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2限目の間は、どうすればお化粧方法を変えられるかを考えていた。
休憩時間になり、説得するぞと思った時、シトリン公爵令嬢が教室にやってきた。
「何、その顔。不細工ね」
おーのー!
せめて、やんわり似合ってないって言ってあげて。
「……ごめんなさい」
「どうして、謝るの?」
「シトリン嬢、何をしにA組へ?」
「オニキスに用事なんてないわよ。ルチル様、魔法陣の教科書貸してほしいの。鞄に入っていなかったわ」
「よろしいですよ。どうぞ」
教科書を渡しても、シトリン公爵令嬢は考えるようにエンジェ辺境伯令嬢を見ている。
エンジェ辺境伯令嬢は睨まれていると思っているのか、だんだんと身を縮めている。
「どうしてそんなことになったの?」
「えっと……」
「お化粧したいなら教えてあげるわよ」
な、なんと!
まぁ、一緒に旅行した仲だもんね。
「時間は、まだあるわね。それ、バーミンの新作のパレットを買ったんでしょ。待ってきているの?」
色を見て、どこの化粧品で、新作のパレットとか分かるんですか。
女子力、高すぎっす。
「は、はい。落ちたら付け足すのに持ってきています」
「は? 落ちないわよ。バーミンは、専用の化粧落としじゃないと落ちないのよ」
「……そうなんですか?」
「そうよ。だから、パーティー用に重宝されているの。ドレスに負けない濃い色をしているのも、パーティー用に作られているからよ」
勉強になるわー。
あのやたら豪華な化粧品たちが、きっとバーミンなんだろうな。
カーネが、専用の化粧落としじゃないと無理だって言ってたもんな。
「あなた、どうやって落としているの?」
「ルチル様からいただいた石鹸です」
「落ちるの!?」
「はい」
「どうしてもっと早く教えてくれないのよ!」
「ご、ごめんなさい!」
「謝らなくていいわよ!」
「ごごごめんなさい!」
圧が強いんですよ、圧が。
「シトリン様、早くしないと時間が」
「そうね。って、ルチル様は、どうして今まで放っておいたの?」
「私、お化粧得意じゃないんですよ」
言い訳です。ごめんなさい。
友達だからこそ、きちんと伝えるべきでした。
「そうだったわ。ルチル様って、お化粧に興味ないものね」
興味がないというより、お化粧しなくても今世は可愛いからしなくていいかなぁってね。
ええ、言い訳です。面倒臭いんです。
「あなた、石鹸は持っていないわよね?」
「は、はい」
「仕方ないわね。化粧落としで我慢しなさい」
シトリン公爵令嬢が、鞄から化粧落としとハンカチを取り出している。
コットンがないから、ハンカチを使って落とすのだ。
初めての時は、ハンカチ!? 貴族半端ない! と思ったものだ。
教科書は入れ忘れているのに、化粧道具は入っているとは。
女の子ですね。すごいっす。
「少しじゃ落ちないわよ。1本使う勢いでつけなさいよ」
「は、はい」
言葉の圧は強いけど、親切だよね。
可愛いし、優しい。
シトリン様には幸せになってほしい。
化粧を落としたエンジェ辺境伯令嬢の顔は、赤くなっていた。
お化粧で荒れちゃってる……
痒くない? 痛くない? 大丈夫?
「あなた、バーミン無理よ。諦めなさい」
「あ、はい。私には不釣り合いなものでした」
不細工と言われた言葉が突き刺さったのだろう。
見た目をバカにされてきた過去を思い出したのかもしれない。
「放課後、ルチル様の部屋に来て」
「え? わかりました」
どうして私の部屋なんでしょう?
いいけどね、いいんだけど、私の了承は?
エンジェ辺境伯令嬢にチラチラ見られ、来てくれて大丈夫という風に笑顔を返した。
「エンジェ様、お肌治しましょうか?」
「治すとは?」
素っ頓狂な声で答えられる。
「あら、まだ知らなかったの。ルチル様の金色の魔法は治癒だったのよ」
自分のことのように威張りながら言うシトリン公爵令嬢に、小さく笑った。
少しだけマウントを取ったのも、自慢してくれているのも、ルチルを友達だと思ってくれているからだと伝わってきたからだ。
ルチルも、シトリン公爵令嬢を親友だと思っている。
だからこそ、嬉しいのだ。
クラスメートたちは、金色の魔法が治癒だと知って騒いでいる。
「そのままでは、お顔痛くないですか?」
「少しヒリヒリしていますが、こんなことに使っていただくわけにはいきません」
「ここが戦場でしたら、魔力を残すためにお肌のトラブルでは使いませんが、今は何もない教室ですから。遠慮なさらずに治させてください」
それでも遠慮するエンジェ辺境伯令嬢に、少し強めに「目を閉じてください」と言うと、条件反射のように瞬時に目を閉じてくれた。
エンジェ辺境伯令嬢の顔の前に右手を翳し、魔力で顔を覆うイメージをする。
ミルクが言うには、治った状態をイメージすることが大切とのこと。
「終わりました」
ゆっくりと目を開けたエンジェ辺境伯令嬢が、不思議そうに両手で自分の頬を触っている。
「いつもより柔らかい?」
え? あー、ごめん!
エンジェ様のほっぺた柔らかいだろうなっていう気持ちが反映して、お肌の角層4層全てに魔力が作用したのかも。
でも、綺麗になるなら、いつもより柔らかくてもいいよね。
目を光らせたシトリン公爵令嬢が、エンジェ辺境伯令嬢の肌を断りなく触った。
「ずるい! 後で私にも治癒魔法してもらうから!」
こらこら、人を指さしてはいけませんよ。
「早く戻らないと」と急ぎ足でシトリン公爵令嬢は、A組を出ていった。
入れ替わるように、3限目の先生が入ってくる。
お母様たちや王妃殿下に治癒魔法使ったら、喜んでくれそう。
今度、やってみよう。
昼食時に、シトリン公爵令嬢は、エンジェ辺境伯令嬢にお化粧について楽しそうに話していた。
その様子をジャス公爵令息が嬉しそうに見ていたので、仲良くなったと思っているのだろう。
実際は、シトリン公爵令嬢のマシンガントークを、エンジェ辺境伯令嬢が目を白黒させながらも必死で聞いているのだ。
シトリン様って、本当にお洒落に関すること大好きだなぁ。
ルチルは安全圏で聞いているので、BGMでラップを聞いている気分だ。
早口=ラップだと思ってしまうルチルなのだ。
視線を感じて、ふと見た先には、辛そうな顔をしたガーネ侯爵令嬢がいた。
エンジェ辺境伯令嬢に対して罪悪感があるから辛そうなのか、ジャス公爵令息が嬉しそうにしているから辛そうなのか、はたまた、その両方なのか分からない。
分からないが、1度話をしないとなと思った。
彼女は頑張ると言っていたが、あんな間違った風に頑張る子じゃないと思いたい。
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