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秋期初日、教室に入ると、ザーヴィッラ侯爵令息から「会いたかったです」と熱烈にアピールされた。

蚊が飛んでいて鬱陶しいなくらいに思いながら、席に行く途中で、目を疑って足を止めた。


「急に止まると危ないよ」


「……オニキス様……私、目がおかしいんでしょうか?」


「ルチル嬢は色々おかしいと思うよ」


ひどい。

お菓子作った時しか褒めて……


あれ? 美味しいと言われるだけで、褒められてない?


いやいや、美味しいは褒め言葉だ。

オニキス様が、唯一褒めてくれる瞬間だ。


目を擦ってみたが、見えている景色は変わらない。

ルチルたちに気づいたエンジェ辺境伯令嬢が、遠慮がちに手を振ってくる。


控えめなエンジェ辺境伯令嬢のいつもの行動だ。

でも、いつものエンジェ辺境伯令嬢じゃない。


「え? 俺、目がおかしくなった?」


「同じものが見えていると思います」


ぎこちなくならないように手を振り返しながら、席まで歩いた。

ザーヴィッラ侯爵令息の「手を振る姿も素敵です」という言葉は、耳に入ってこない。


「エンジェ様、おはようございます」


「おはようございます、ルチル様。私、お2人に渡したいものがあるんです」


オニキス伯爵令息と横目で視線を合わせ、鞄から何かを取り出そうとしているエンジェ辺境伯令嬢を見る。


本当に、どうしてこんなことになっているの?

エンジェ様に何があったっていうの?

どうして、お化粧お化けになっているのー!?


似合ってないよ!

塗りたくりすぎだしね!

プルプルの白いお肌が悲鳴を上げているよ!


原色だよね!?

原色を頬や瞼に塗ってるんだよね!?

後、まつ毛は何をしているの!?

この世界、まつ毛に関するものあったの!?


「新しく発売された飴なんです。果汁が今までの倍になっているそうです」


「ありがとうございます」


優しくて可愛らしい笑顔をしているんだろうけど、キツい化粧でホラーだよ。


全く化粧っけがなかったエンジェ様だ。

頑張って、お化粧しているんだと思う。


だからこそ、どうすれば、傷つけずに似合っていないって伝えられるの!?


ああああ! どうしたらいいのー!


きっと美味しいんだろう飴に、興味が湧かないよ。


お化粧をしている理由を聞きたかったのに、先生が来てしまった。

1限目は、ずっとどうやって聞こうか考えていた。


「エンジェ嬢、心境の変化でもあった?」


そう聞くのか! 勉強になる!


エンジェ辺境伯令嬢の耳が真っ赤になったので、きっと顔も赤いと思うが、化粧で赤くなっているかどうか分からない。


「お化粧、頑張ってみたんですが……おかしいでしょうか?」


これ、あたしに返されてたら、何も言えなかったわ……


「俺は、いつものエンジェ嬢も可愛かったのになって思っただけだよ。頑張ることは素敵だしね」


チャラ男は、どんな時でも女性を褒めることができる。すごい。


どうして化粧をしているのか聞こうとしたのに、話すなというように、オニキス伯爵令息に背中側の制服の裾を引っ張られた。


「俺、化粧って全然分かんないんだけど、独学なの?」


「い、いえ、私もお化粧は全く分からなくて教えてもらったんです」


は? はぁ?

この化粧って、明らかに悪意ない!?


「どこか歪んでいるでしょうか?」


「ううん、そうじゃなくて、綺麗な色だから興味が出たの。彼女にプレゼントしたら喜んでもらえるかもって」


話に入ろうとしてみたが、また服の裾を引っ張られた。

絶対に会話に入ってくるな、という圧も感じる。


「オニキス様のお相手の方は幸せですね」


「ありがとう。どこで売ってるの?」


「王都の街で買いました。初めて入ったお店なので、場所をはっきりと覚えていません。すみません」


「散策して見つけたんだ」


「いえ、ガーネ様に案内していただきました」


ん? んん?


「ガーネ侯爵令嬢が、お化粧の仕方も教えてくれたの?」


「はい。どんな風にすれば、顔がはっきりとするかとか、顔色がよく見えるとか教えてくださいました。お化粧は女性の戦闘服だと仰られていました。日常を勝ち抜く勇気になるんだそうです」


「エンジェ嬢も、毎日勝ち抜きたいの?」


「私は、少しでも自分を好きになれたらいいなと思いまして」


オニキス伯爵令息の柔らかい笑顔に、至るところから悲鳴が上がった。

エンジェ辺境伯令嬢の耳が真っ赤になっている。


年々、男前度上がっているよね。

アズラ様にはないエロさも、どことなくあるんだよね。

それでもアズラ様が、揺るがないNO1の推しだけどね。


「それは、ジャスの気持ちに応えたくて?」


「そういうことではないんです」


「あれ? 違った? 俺には、ジャスが気持ちを伝える度に、困っているというより遠慮しているように見えてたからさ。堂々とジャスの横に並びたいのかと思った」


「ち、違います。遠慮ではなくて、どうしてもまだ信じられなくて……それが、失礼だとは分かっているんです。ですので、少しでも自分を好きになれたら、考え方を変えることができるんじゃないかと思ったんです」


自分なんかって気持ちを変えていきたいってことだよね。

ジャス様の気持ちに失礼がないように、ちゃんと考えたいからってことだよね。


こういう頑張りに、心打たれるのよ……

泣いちゃいそう……


こういう時って、漫画や本では「俺の気持ちは自信にならないか」とか言うけど、実際自信にならないよね。

こんなに素敵な人が好きって言ってくれている自分は素敵なんだって、どうやって思えるのよ。

まだ「この人、ダメ人間が好きなんだな」って思う方が、納得するよね。


「ジャスも幸せ者だね」


「え? え?」


いい話で終わりそうだけど、このお化粧をどうにか止めさせないといけない。

頑張っているのは分かるけど、似合ってないんだよね。

エンジェ様の可愛さが半減どころかマイナスだもんなぁ。






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