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ルチルの夏休みは、意外に忙しかった。


週の半分は王太子妃教育が組まれているし、アヴェートワ領内の働きたい主婦を募って刺繍糸のコースターと花の作り方を教えている。

さすがに、もう刺繍糸に飽きたのだ。

そのうち作ろうと思っていたミサンガも、自分では作りたくなくなって、くみ紐を作っている人たちに教えて作ってもらっている。


祖父や父と話し合って、ネイルサロンの準備とネイルの指導も始めた。


「あーーーーー! あーそーびーにー行きたい!」


オニキス伯爵令息に、呆れたように息を吐き出される。


「この前、デートしてたよね」


「それだけですよ。それ以外、外出無しですよ」


「殿下が忙しいんだから仕方ないでしょ」


アズラ王太子殿下は、領地経営、陛下の補佐、医学の勉強、薬草の栽培、薬の開発、魔物討伐の訓練と、とても忙しくしている。

春休みの旅行の皺寄せも、今きているそうだ。


「あんなに働いて、倒れないでしょうか?」


「寮にいる時よりも眠っているから大丈夫だと思うよ」


あたしの睡眠時間に合わせているからってことだよね。


「まだ時間ありますよね?」


「ないよ。もうすぐ移動しなきゃ」


「新作作って、アズラ様にって思ったのに」


「新作? まだ3時間はあるんじゃない」


もうすぐって言ったよね?


「お茶会が終わったら、作りに行きましょう」


「時間かかるんじゃないの?」


「早く終わると思いますよ」


噂をすれば影ありとはよく言ったもので、ちょうど王宮の侍女が呼びに来てくれた。


オニキス伯爵令息とカーネとミルクと一緒に応接室に向かおうとしたが、ミルクが「我は寝る」と、ルチルのベッドで眠ってしまった。

1匹にはできないので、カーネにはミルクについていてもらうことになった。


ちなみに、ミルクは毎晩ルチルのベッドで眠っている。

寝る前のルチルとアズラ王太子殿下のイチャイチャに、砂を吐きそうだと思っているからだが、ルチルには伝えていない。

気を使えるペットなのだ。


ルチルから魔力を吸うのは、日中でもできるので問題ないそうだ。


応接室に着くと、ラブラド男爵令嬢がソファから立ち上がってカーテシーをしている。


「2人だけですから、堅苦しいことは無しにしましょう」


丁寧に顔を上げるラブラド男爵令嬢に、優しく微笑みかけてからソファに座った。

いつも以上にカチコチに緊張しているラブラド男爵令嬢は、殊更慎重にソファに腰を下ろしている。


「どうされました?」


「な、なにがでしょう」


「とても緊張されているようですので」


「き、緊張します。おお、王宮は初めてです」


「え? アズラ様のお茶会に、参加されていなかったんですか?」


辛そうな顔を隠して笑うラブラド男爵令嬢に首を傾げたかったが、我慢した。


「1度だけ招待状をいただいたんですが、私の家は昔から貧乏でしたので、アズラ王太子殿下のお茶会に行けるようなドレスがありませんでした」


貧乏だったの!?

知らなかった……

お父様の1口メモには、貧富については書かれてなかったものね。


「ですので、ルチル様からお茶会に誘われた時は、家族全員で驚いたんですよ。偽物じゃないかって大騒ぎだったんです」


「断られずに来ていただけて、よかったですわ」


「ワンピースなら親戚が譲ってくれるとのことでしたので、思い切って参加してみたんです。夢のような世界でした」


だよね。

あの演出は、用意したあたしでも夢のようなって思うもの。


「ここだけの話、私は毎回ドレスではなく、ワンピースでも大丈夫なお茶会に安心しているんです」


「聞けてよかったです。実は、私が重たいドレスをあまり着たくなくて、ワンピース指定にしているんですよ。私がドレス嫌いだとバレると困りますので、内緒にしてくださいませ」


「分かりました」


遠慮がちだけど、ようやく小さく笑ったラブラド男爵令嬢に安堵した。


王宮だけど堅苦しくなくていいって書いといてよかった。

グッジョブ! あたし!


って言っても、いつもより高そうなワンピースっぽいな。

これからは、アヴェートワ公爵家のタウンハウスにしよう。

転移陣での移動は簡単だもんね。


そういえば、ラブラド様ってお茶会の時、絶対最初に現れるんだよね。

もしかしたら、男爵家の中でも貧乏だからと思って、誰よりも早く行かなきゃってなっているのかも。


「それで、ルチル様。今日は相談したいことがあるとのことでしたが、私でお役に立てるのでしょうか?」


「役に立つとか立たないとか、気にしないでください。試しに一緒に始めてみませんか? というお誘いです」


ラブラド男爵令嬢は、先ほど笑ったことで緊張が解れたのか、顔に血色が戻っている。


「なにをでしょうか?」


「小説を書いてみませんか?」


「は?」


素っ頓狂な声は、前からではなく後ろから聞こえた。

後ろを睨むと、立っているオニキス伯爵令息が頬を掻いている。


「いや、ルチル嬢には無理でしょ」


「私の何を知っていると言うんですか」


「だって、ああいうのって繊細な人が書くもんじゃないの?」


今までの中で1番ひどい。

確かに大雑把だけど、なんとかなるって精神だけど、繊細だよー。

あたし、きっと繊細だよー。


「わたわたし無理です! 繊細じゃありませんから! 弟たちのことはぶっちゃうし、大口開けてご飯食べちゃうし、服が汚れていても気にしないし、休日は寝癖も直さないし、『ま、いっか』が口癖ですし!」


大声で捲し立てられて、言われたことを理解するのに数秒かかってしまった。


それは、オニキス伯爵令息も同じだったようで、2人同時に笑いが込み上げてきた。

お腹を抱えて笑うと、ラブラド男爵令嬢は余計なことを言ってしまったと顔も体も真っ赤にしている。


お茶会では、いつも相手の話を盛り立てているから聞き上手なのかと思いきや、ボロが出ないように頑張って合わせてたんだろうな。

バカ正直な可愛い子だわ。

まぁ、猫被りでは負けないけどね。


「ラブラド様、小説を書くのに繊細さは必要ありませんよ」


たぶん……


「必要なのは、想像力。そして、観察力だと思うんです。そしてそして、ラブラド様はその2つを持ち合わせています」


「わたわたし、持っているんですか?」


「断言します。持っています」


よく「こうだったらいいですね」っていう案を話しているもの。

相手は「そうなんです」って、嬉しそうにしているもの。

それって、相手を観察してないと分からないことだよね。


ラブラド様が本を好きっていうのも知ってるからね。

図書館で会うと、手には恋愛小説を持っているよね。

友人と感想を言い合っているのも知っているからね。


「まずは、試しに書いてみませんか? 書いてみて、面白かったら本にするでどうでしょう」


「で、でも、何も思い浮かびません」


「大まかな話は私が考えますから、それを事細かく書いてほしいんです」


ロミジュリ書いてもらいましょう。

この世界版が、どうなるのか楽しみだわー。

本にしなくても、あたしは読めるんだから役得よね。


この世界の恋愛小説で、悲恋を読んだことはない。

きっと、ないのだろう。

どの物語も登場人物だけ変えた? と思うようなものばかり、先が分かるものばかりなのだ。

単調でドキドキしないのだ。


ロミオとジュリエットを大まかに伝えただけなのに、ラブラド男爵令嬢の瞳が輝いている。


「ルチル様、素晴らしいです。その話、私が読んでみたいです」


「その読んでみたいなってものを書いてほしいんです」


ラブラド男爵令嬢は唇に握り拳を当て、ボソボソと何か呟いている。

数秒見守っていると、大きく顔を上げて、ガッツポーズをしながら立ち上がった。


「やってみます! 書いてみせます! ものすっごい楽しそうです!」


思考が止まっているルチルたちに気づいたラブラド男爵令嬢は、真っ赤になりながら蚊が鳴くような声で「失礼しました」と言って、座り直している。


本日2度目の込み上げてくる笑いを堪えることはできず、ルチルとオニキス伯爵令息は大声で笑った。






小説を書くのに何が必要か分かりません。ラブラドの性格を表現するための言葉です。


いいねやブックマーク登録、誤字報告、感想ありがとうございます。

読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
戯れ言です。 ロミオとジュリエットって、確か、13歳と14歳なんですよね。 そりゃあ、思慮の浅い行動を取って、破滅に向かうわな、という(笑)。 ちなみに、恋物語ではありませんが、呂不韋と趙夫人と始皇帝…
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