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アズラ王太子殿下が領地視察から帰ってくるのを待って、ルチルとアズラ王太子殿下はデートに出かけた。
領地視察に行く前にアズラ王太子殿下から「帰ってきたらオペラを観に行こう。ルチルと2人で出かけたいんだ」と、恥ずかしそうに言われていたのだ。
当然、考える間もなくオッケーをした。
「これで寂しくても頑張れるよ」と、ハニかむ顔がとても可愛かった。
今回の領地視察も、ルチルの同行許可は下りなかった。
ルチルの外で遊びたいだろう気持ちを汲み取って、アズラ王太子殿下が両陛下に直談判してくれたのがオペラデートなのだ。
直談判してくれた話は、アズラ王太子殿下が領地視察に旅立った翌日に、オニキス伯爵令息が教えてくれた。
こっそり祖父に相談して、アヴェートワ領で買い物をしようと思っていたが止めることにした。
アズラ王太子殿下の気持ちが嬉しかったからだ。
オペラデートの日は、オニキス伯爵令息はお休み。
誕生日が近いので、彼女に会いに行くと言っていた。
これは、デート数日後のオニキス伯爵令息の誕生日の話だが、ルチルはアズラ王太子殿下と共同で、ケーキを年の数だけ用意した。
つまり16ホールだ。
「数回に分けてほしかった」と言いながらも嬉しそうなオニキス伯爵令息に、ルチルたちも嬉しかった。
「そろそろ着くよ」
「わぁ! あんなに大きな建物、いつできたんですか?」
窓の外を、カーテンの隙間から楽しそうに覗く。
「結構前から工事してたみたいだよ」
「前から工事?」
「明日がオープン日で、今日は貸切だからね」
「ええ!? いいんですか!?」
愉快そうに笑うアズラ王太子殿下に、言ってしまった言葉を取り消したくなる。
VIPすぎない!? と思ったけど、VIP中のVIPだったわ。
結構庶民感覚を減らせたと思ってたけど、こういう所で抜けてないって実感する。
だって、贅沢すぎるんだもん。
劇場に着くと、支配人や従業員たちが歓迎してくれた。
案内された席は1階席で、前から10列目のど真ん中だった。
あれ? こういう時って、王族専用席から見るんじゃないの?
去年家族で行った時は、上のBOX席から見たよ。
「どうかした?」
「ここから観てもよろしいんでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ。そのための貸切だから」
首を傾げると、微笑みながら手を繋がれた。
「アヴェートワ前公爵に聞いたんだ。去年ルチルが『上からかぁ』って呟いてたって」
あたし、心の声を漏らしていたのか。
全然記憶にないわ。
「本当は、どこか旅行に行けたらよかったんだけどね。オペラでごめんね」
「嬉しいですよ」
「そうなの? 『ルチルは好きじゃないと思いますよ』とも言われたよ」
くっ!
お祖父様、どうしてそんな要らない情報まで教えるんですか。
「好きじゃないわけではありませんよ。非日常的なお話なら面白いのになぁって思うだけです」
「そっか。やっぱりもっと頑張って、旅行を許してもらえばよかったな」
アズラ様を落ち込ませてしまった。
でも、嘘で誤魔化すのは嫌だったんだ。
「私はアズラ様と出かけられるなら、どこだって嬉しいんですよ」
だから、今日もオペラだけど、ものすっごい楽しみにしてたんだから。
「ありがとう」
繋いでる手をニギニギすると、仕返してくれた。
劇場全体がほんの少しうす暗くなり、幕が上がる。
また、この話か……
何度か観たけど、建国の物語にしか出会っていない。
それとも、他にないのかな?
ロミオとジュリエットとかさー。
オペラ座の怪人とかさー。
ハムレットとかさー。
恋愛の舞台が観たいー!
これは、もう脚本を書いて演じてもらうしかないのかな?
って、脚本書いてる時間なんてないわー。
それに、歌劇は普通の脚本じゃ無理だろうしなぁ。
そもそも普通の脚本でも、あたしには無理だったわ。
前世の知識があるだけで、才能があるわけじゃない。
勘違いしてはいけない。
ああ、歌わない普通の舞台が観たいな。
いきなり歌無しは受け入れてもらえないだろうから、ミュージカルから始めるのがよさそう。
投資するって形で、どうにかならないかな。
娯楽が欲しい。
娯楽といえば、アズラ様って歌って踊れないのかなぁ。
うちわやペンライト振りたいなぁ。
Tシャツやタオルを作ってもいいかも。
先にブロマイド……は、コスプレ写真があるからいいや。
物語は面白くないけど、間近で観る演技や歌は迫力があり、音楽も素晴らしいものだった。
キャストがお辞儀をして袖にはけるまでの間、ずっと拍手をしていた。
夕食も外で食べるようで、アヴェートワ商会が運営するレストランに到着した。
貸切にしてもらうために祖父に相談をして、オペラのことを色々言われたんだなと察した。
「オペラ、楽しかったようでよかった」
ずっと「アズラ様のグッズを作るなら、何を作るか考えてました」なんて言えない。
折角のデートだったのに、残念な子でごめんなさい……
「アズラ様は、好きな演者の方とかいらっしゃるんですか?」
キョトンとされました。
質問に変なところありましたか?
「好きな演者って、どういうこと? オペラはオペラじゃないの?」
なる、、ほど?
この世界に推しという概念が存在しないということなのかな?
それとも、アズラ様が興味がないだけとか?
「なんと言いますか……心のオアシスと言いますか……」
「心のオアシス?」
「その人を見ると、元気になれたり頑張れたりすることです。後は、尊敬で涙が出てきたりします」
どうして頬を膨らませているんだろう。
可愛いから、もっとしてください。
じゃない。
ああ、久しぶりのアズラ様だから脳が暴走しちゃう。
「ルチルには、そんな人がいるってこと?」
「んー、今日の方々も素晴らしいと思いましたが、トキメキはなかったです」
「ときめき!? 好きってこと!?」
「好きな演者の方のお話ですよね?」
「2度とオペラには行かない」
ええ!? どうした!?
どうして、そうなった!?
「どうしてもルチルが観たいって言うなら、僕がうた、歌うよ。練習すれば、きっと、歌えると」
言いながら恥ずかしくなったのね。
可愛いが渋滞してる。
推しNO.1は、どう転んでもアズラ様だわ。
「ふふ……ヤキモチ嬉しいです」
「ちがっ、わないよ。ルチルが、僕以外を好きとか嫌だよ」
「そういう好きではないんです」
「どういうこと?」
「家族が好きとアズラ様が好きが違うように、また違う好きなんですよ。応援したいとか、成功してほしいとかの好きなんです」
「パトロンになりたいってこと?」
援助するとは、また違うんだけどな。
「似ているようで違うものですね」
「難しいね」
あたしも、これ以上の説明ができない。
前世はどうやって、推し活って言葉が生まれたんだろう?
「ルチルは、応援したい人がいるってこと?」
「私は、アズラ様以外にときめいたことがありませんから。常日頃応援したいのもアズラ様だけですし」
「僕もだよ。僕もルチル以外にときめいたことないよ」
「相思相愛ですね」
微笑み合って、デザートのアイスをスプーンで掬う。
「アイスを食べる度に、ルチルと初めて会った日を思い出すんだ」
「私もです。あの時のアズラ様の喜びよう、可愛かったですから」
「また可愛いって言う」
「今はカッコいいですよ」
朗らかに微笑むアズラ王太子殿下に対して、ルチルは心の中でニヤついていた。
今度、歌ってもらおう。
さっき歌ってくれるって言ってたもんね。
ビデオ欲しいなぁ。
ビデオが無理なら録音機。
リバー、作ってくれないかなぁ。




