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19・20話の出来事
王宮とアヴェートワ商会、他の商会や社交界に、D組の生徒は「仕事を他人に押し付け、嘘ばかりを言う」と通達すると宣言。
「目には目を、歯には歯を」方式で、D組の子達にやり返す。
モスアとセレのA組移動を決めた。
A組に戻り、マルニーチ先生に事情を話すと、体全部を使ってため息を吐かれた。
「学長室行くぞ。ついてこい」
「え?」
「嫌そうにするな。行くぞ」
先生と長い時間一緒にいるのは、嫌だなぁ。
何されるか分かったもんじゃない。
でも、学園長の許可は絶対いるもんね。
先生いなくても、いいんだけどな。
心の中でブツブツ言いながら、大人しくついていく。
オニキス伯爵令息が側にいるから、先生に対しての恐怖は薄れている。
オニキス伯爵令息は学長室のドアの前で立っていて、学園長とマルニーチ先生と3人で話し合いになった。
「アヴェートワ公爵令嬢の仰りたいことは分かりました。モスアさんとセレさんのクラス移動は、特例で認めます」
「ありがとうございます」
話せば分かる人だったのね。
平民のみんなと同じクラスになりたいって要望を聞いてもらえなかったから、どうやって駄々を捏ねようかと思ってたのよね。
「ですので、D組の皆さんのことを許してあげてもらえないでしょうか」
あー、ね。
それ、誰かが虐めで死んだとしても、同じことが言えるの?
学園の体面を守りたいんじゃないの?
「まだ子供のすることです。D組の皆さんは、今回のことで反省するでしょう」
「まだ子供と言いますが、もう学園2年生です。就職する子は就職が決まっていく年齢です。それなのに、大目に見ろと仰るのですか?」
「だから、大目に見てあげてほしいのです。将来がなくなってしまうのは可哀想でしょう」
「分かりました。王宮とアヴェートワ商会だけにしますわ。私と関連する所ですし、仕事をサボったり嘘を吐くような方は必要ありません。これ以上は譲れませんわ」
「しかし……」
学園長が渋るのは無理もない。
王宮とアヴェートワ商会だけと言っても、その2つから見放されたら噂にならないはずがない。
結局は、他の商会にも社交界にも広がってしまうのだ。
「今回のことは、D組の担任が知っていて、何もしなかったことも問題だと思っています。生徒を導く先生が、虐めを黙認していたんです。
虐められていたのが、平民の子だからいいって言うんですか? では、なぜそもそも平民の子を入学させるんですか? 平民の子たちはストレス発散の道具ではありません」
「そんなつもりで、平民の子たちの入学を許しているわけではありませんよ。輝かしい未来のためです。貴族も平民もありません。
ですので、今回はD組の子たちの輝かしい未来のために、許してあげてほしいのです」
「先ほども申しました通り、王宮とアヴェートワ商会以外には言いません」
静かに睨み合っていると、ノックが聞こえた。
オニキス伯爵令息が開けると、アズラ王太子殿下とジャス公爵令息が入ってくる。
「学園長、ごめんね。お邪魔するよ」
アズラ王太子殿下はルチルの横に座り、ジャス公爵令息はオニキス伯爵令息の横に立った。
「授業が終わったら、D組の子たちに泣きつかれてね。ルチルに聞きにA組に行ったら、学長室だって聞いたから来たんだ。言っていることが皆グチャグチャで、要領が得られないんだよ。
学園長、説明してもらっていいかな?」
笑顔だけど、怒ってるみたい。
何に怒っているんだろう?
アズラ王太子殿下は、学園長の話を静かに聞いていた。
そして、説明を聞き終わると小さく頷いている。
「分かったよ。モスアとセレの移動の条件飲むよ。王宮にもアヴェートワ商会にも言わない」
「アズラ様!」
「殿下、ありがとうございます」
アズラ王太子殿下は頭を深く下げる学園長を無視して、ルチルに微笑みかける。
「ルチル、許してあげたらいいよ」
「しかし、それでは……」
「学園長は秘密にしろとは言ってないからね。王宮とアヴェートワ商会には言わなければいいんだよ。家族団欒の場で、父上やアヴェートワ公爵に学園であったことを話す分には問題ないんだから」
はっ! なんて頭が回るんでしょう。
学園長は、信じられないものを見るような顔で、アズラ王太子殿下を見ている。
「で、でんか」
「なに? 今更、秘密にしろとか言わないよね? 後から条件変えるなんておかしいもんね」
「……は、はい」
「じゃあ、ルチル。授業に戻ろう」
アズラ王太子殿下が立ち上がって差し出してきた手を、掴んだ。
頷いてから立ち上がり、そのまま手を繋ぐ。
ルチルたちが学長室を出るときに、マルニーチ先生も出てきた。
先生、一言も喋らなかったな。
何をしに一緒に来たんだろう。
「殿下と騎士の2人、忠告だ」
アズラ王太子殿下が、マルニーチ先生を睨む。
アズラ王太子殿下は、媚薬の魔法陣の件をまだ許していない。
マルニーチ先生に殴りかからないように理性を総動員していることに、ルチルは気づいていない。
「学園長は、神殿との結びつきが強い。気をつけることだな」
言うだけ言って、去っていってしまった。
「学園長って、そうなんですか?」
「僕は初めて知ったよ。真実は分からないけど、父上たちの耳には入れておこう」
オニキス伯爵令息にお願いをして、今日の一連の出来事を報告してもらった。
一家団欒の時ではないけど、神殿の話が出たのだから仕方がない。
D組で起こったことは瞬く間に広がり、D組の生徒たちは蛇蝎視されるようになった。
誰も火の粉を浴びたくないのだ。
D組に寄り付かず、D組の生徒たちとは距離をとってしまう。
話が広がった原因は、D組の生徒がアズラ王太子殿下に泣きながら直訴をしたからだった。
周りに人がいる状態で泣きながら話せば、聞き耳を立てている人たちは内容を知ることになる。
その人たちが、面白おかしく吹聴したのだ。
そして、誰もがヒエラルキー上位の恐ろしさを思い知り、平民への虐めはなくなった。
アヴェートワ公爵家には、D組の子供の家から謝罪の手紙とお詫びの品が連日届くようになった。
父は「現時点では、取引や付き合いを変えるつもりはないが、両家共に代替わりした時は交流をしてから決めたいと思っている」と、返信しているそうだ。
アズラ王太子殿下にも、嘆願の手紙が届くようになった。
その中で、謝罪をしている人たちには「これからの行動も視野に入れるようにする」という言葉を、謝罪とルチルの行動を諫言する手紙には「自らの行動を諌めるように」と返しているそうだ。
どうして誰もが平和に暮らせないのだろう。
どうして虐めをしてしまうんだろう。
どうして虐めている相手は、誰かの大切な人だと想像できないのだろう。




