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夏期初日に、オニキス伯爵令息は戻ってきた。
「お土産は?」と強請ると、「王都にいたのにないよ」と呆れられた。
夏期期間には文化祭があるため、今年も夏期初日は学園に行くのが嫌だった。
だが、サボって変なものを押し付けられても困る。
空気になるように徹して、クラスメートたちの話し合いに耳を傾けている。
「はい! 俺が主役、相手役はルチル嬢で劇がやりたいです」
ザーヴィッラ相手に誰がやるか。
寝言は寝て言えってんだ。
「劇なら主役はオニキス様がいい」という小声が、チラホラ聞こえてくる。
オニキス様相手でも劇は嫌だよ。
それにね、アズラ様が激おこプンプンしちゃうよ?
想像したら可愛いわー。
屋台やバザー、遊戯場など、出てくる意見は1年生の時と変わりない。
「ルチル嬢、なんかありませんか?」
「ありませんよ。オニキス様は?」
「ないですよ。きっとみんな、去年のくみ紐みたいな販売を期待していると思いますよ」
そう言われてもなぁ。
ネイルサロンやってみる?
でも、ネイルって結構難しいからなぁ。
男の子たちができるかどうか。
「ネイルは、どう思います?」
「無理でしょ。女の子のものって感じだもん。それに、男が女の子の手を触るっていうのもね。はしたないと思う人がいると思うよ」
ですよねぇ。
みんなで、できそうなものねぇ。
ああ、あたしがあまり好きじゃないから忘れてたけど、前世でめちゃくちゃ流行って、子供に頼まれて手作りしたものがあったわ。
「屋台にしましょうか」
「俺は嫌だ。絶対にお店の方が美味しい」
「簡単に作れる新作でも?」
「はい!」
前触れもなくオニキス伯爵令息が、手を挙げて立ち上がった。
委員長やクラスメートたちが、目を皿にしている。
「屋台にしよう! ルチル嬢が新作用意してくれるって」
はい、クラス湧くよね。
先生に注意されるよね。
あたしは湧いてないのに「公爵に許可を」って注意されるよね。
うん、全部去年と一緒だわ。
委員長が、期待に満ちた表情で見つめてくる。
クラスメートたちの視線にも、熱いものを感じる。
「ルチル様、何を作らせてもらえるんでしょうか?」
「タピオカドリンクですわ。甘いもちもちしたものが入ったミルクティーになります」
飲み物の種類は、紅茶だけでいいでしょう。
文化祭の日に合わせて、街にあるカフェでも提供開始してもらおう。
リバーなら簡単に魔道具作るでしょ。たぶん。
「来週に試作品をお持ちしますわ。それを飲んでいただいて、作りたいと思ったら屋台にしましょう」
「はい、ありがとうございます」
無理だったら、クッキーでも売ればいいよ。
オニキス様の意見なんて無視してしまおう。
ん? ちょっと待って。
ああああああああ! ストローどうしよう!!
タピオカを吸えるようなストローあるんだろうか?
見たことないよ。
でも、ストローはあるんだから、リバーならちょちょいのちょいで作ってくれるはず。
大量生産してくれるかどうかは……
何でお願いすればいいんだろう……
プラスティックじゃないけど、ストローはあるし、透明なカップもある。
街にある屋台の飲み物は、その透明なカップを使っている。
今更だが、ゴミ箱はスライム素材で作られていて、中に入れたゴミは消えるそうだ。
昔、祖父の執務室で見た時に、祖父が教えてくれたのだ。
環境に優しいねぇ。
魔物凄いねぇと思ったものだ。
お昼休みになり、アズラ王太子殿下たちの文化祭の催しを教えてもらった。
シトリン公爵令嬢がいるC組はバザー、フロー公爵令息がいるF組は、去年B組だった生徒が多いから今年こそはと、パンの販売とのこと。
アズラ王太子殿下のJ組は揉めに揉めて、去年3年生がしていた魔石探しになったそうだ。
揉めた原因は、キャワロール男爵令嬢がアズラ王太子殿下と劇がしたいと騒いだから。
クラスの半数が賛成し、クラスの半分が反対したそうだ。
アズラ王太子殿下が「公務が入って欠席になる可能性があるかもしれないから、劇は難しいと思う」と嘘をついて、劇の話は流れたとのこと。
「劇だとしても、ルチル以外は嫌だからね」と爽やかに言われたが、嘘をつくのはどうなのだろうか? と思ってしまう。
嘘も方便でいいのだろうか?
いいのか? よくないよね?
ああ、忘れずに平民のみんながいるクラスは、何をするのか聞かなきゃだわ。
嘘について考えることを放棄したルチルである。




