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ルドドルー辺境伯が教えてくれなかった、王家が調べた4箇所目のチオノドクサが咲いている場所には、夥しい数の魔法陣が隠されていた。


カエデの木が、どこよりも多い。

チオノドクサも、どこよりも咲いている。

本の中で言っていた場所は、たぶんここだと思う。


でも……これって……4箇所を一斉攻撃されたら、ルドドルー領終わりじゃない?


想像するだけで体が震えてきた。

指先には、寒さ以上の冷たさがある。


オニキス伯爵令息の提案で休憩することにしたが、街というよりも村なこの場所には食堂が見当たらない。


「どこにも無いかー」


「何か探しておるのか?」


どこからともなく声が聞こえて辺りを見渡すが、誰も居ない。


「下じゃ、下」


聞こえたとおりに下を見ると、腰が曲がっている小さなお婆さんが杖をつきながら立っていた。


「お婆ちゃん、ごめんね。気づかなかった」


「よくあることじゃから、よいわ。して、何を探しておるんじゃ? 手伝うぞ」


「優しい! ありがとう。休憩できる場所が欲しいんだけど、食堂あったりする?」


「酒場ならあるぞ」


「酒場は、子供の俺らにはなぁ」


「食堂みたいなものじゃろ。ほら、ついてこい」


歩き出したお婆ちゃんの背中を一瞥してから、オニキス伯爵令息とカーネが顔を見合わせている。


「案内してもらいましょう。何かあれば倒せばいいだけです」


「カーネさん、意外に過激だよね」


「ルチルお嬢様を守るためでしたら殺人もいたします」


「怖い! やめて! 気絶でいいから!」


案内してもらうに意見が一致したようで、オニキス伯爵令息とカーネに挟まれながら、ルチルたちはお婆さんの跡を追った。


小さな村だ。

数分で酒場に着いた。


お婆さんが言うには、外でご飯が食べられるところは、ここしかないそうだ。


「あ! お婆ちゃん、やっと帰ってきた! 心配したんだよ! って、いらっしゃい」


20歳くらいのボブヘアの活発そうな女性に出迎えられる。


「やっと帰ってきた?」


「わしの家じゃからな。ほれ、嬢ちゃんたち座りなされ」


ドア近くの席を杖で指されたので座ろうとしたら、お婆さんも一緒に席に着いている。

そして、飲み物を勝手に注文された。


「して、嬢ちゃんたちは、あの広場で何をしてたんじゃ?」


「広場って?」


「チオノドクサなら、こんな辺鄙なとこに来んでも見れるじゃろうて」


「ああ、見られてたんだね。でも、答えはチオノドクサを見に来ただよ。ルドドルー領の全てのチオノドクサを見て回ってて、ここが最後」


こういう会話はオニキス伯爵令息が得意だろうと思って、ルチルもカーネも会話には加わらず静聴している。


「えー! 君たち、そんなことしてるの? 変わり者だね」


出迎えてくれたお姉さんが、ジュースを運んできた。

そして、興味津々といった感じでお婆さんの隣に座っている。


「この村に、村人以外の人がいるなんて不思議」


「そんなに誰も来ないの?」


「来ないのよー。昔はたくさん来てたんだけどね」


「ん? どうして来なくなったの?」


「辺境伯夫人分かる?」


「うん、ものすっごく綺麗な人でしょ」


「あの人、ここで働いてたんだよ」


え? どういうこと?


「チオノドクサの広場で倒れていたらしくて、お婆ちゃんが拾ってきてね。本人は何にも覚えてないから、ここで働けばってなったのよ。

で、あの美貌でしょ。どこから噂を聞きつけたのか分からない人たちが、たくさん来てね。毎日、大宴会状態。あの人、歌が上手くてさ。毎日聞けて幸せだったな」


「どうやって辺境伯と出会ったの? 噂では、辺境伯の一目惚れって聞いたけど」


さすがオニキス様。

ここで真逆なことを言うとは。


「そうなのよー。辺境伯様が視察で来られた時にね、歌に一目惚れしちゃって。お城で歌ってほしいってなって、あれよあれよと奥さんにまでなっちゃってたのよねぇ」


は?

いやいやいや、押し掛けたんだよね?


「すごいね。俺も歌練習して、誰かに惚れてもらおうかな」


「君は普通にモテそうだけどね」


「そう? ありがとう」


お姉さんは、新しく入ってきた客に気づき、笑顔でドアの方に向かった。


「チオノドクサはどうじゃった? 綺麗じゃったか?」


「うん、ここのチオノドクサが1番かなぁ」


「辺鄙なとこまで来た甲斐があったということかの」


「そうだね」


「嬢ちゃんはどうじゃ?」


「綺麗でした。雪の中でも咲く花って神秘的で強くて、でも可愛くて。大好きな花になりました」


「それはよかった。あの花は、わしらの希望みたいなもんじゃからな」


「希望ですか?」


「そうじゃ。この村は、もっと活気があったんじゃ。辺鄙なところだからと、辺境伯様もよく視察に支援にとよくしてくださっておった。

しかし、ここ数年来なくなってしまっての。支援もなくなってしもうて、寂れる一方じゃ。今じゃ冬に食べられる物は少なく、冬越えをできそうにない家を村全体で支えておる」


少し目を伏せるお婆さんに、どう声をかければいいのか分からない。

ここはアヴェートワ領でも、王都でもない。

何かをしてあげることはできない。


「さっき嬢ちゃんは、チオノドクサを強い花と言ったじゃろ。わしらも寒い中、強く咲いているチオノドクサのように強くなろうって言い合っておるんじゃ。頑張ろうってな。

じゃから、嬢ちゃんの言葉は嬉しかったぞ」


柔らかく微笑むお婆さんに、笑みを返した。


「辺境伯には相談しないの?」


「わしらは文字は書けんからの。手紙は無理だから、若い物が何人か城に行ったが帰ってこんのじゃ。あやつらが無事ならいいんじゃが」


「俺が代筆しようか?」


「よいよい。手紙を出すお金があるなら、冬越えの支度金に使う」


「そっか。じゃ、また今度ジュースを飲みに来るよ。お客が来るのはいいことでしょ」


「そうじゃな。待ってるぞ」


お婆さんに見送られて、酒場を後にした。

動揺しないように正面を見て真っ直ぐに歩いていたが、馬車に乗ったら虚脱感から頭を垂れた。


「俺……意味分かんないんだけど……」


「私も同じく……」


「一体、何が起こってんの? ルチル嬢、チオノドクサ見て顔面蒼白してたけど、あそこヤバかったの?」


「ヤバいなんてものじゃないですよ。数え切れないくらいの魔法陣がありましたから」


「うわー……人数足りないんじゃないの……」


「そうかもですね……」


「それに、辺境伯と辺境伯夫人も問題だよ。村の人たちは、今日会った俺たちに嘘をつく必要なんてない。だから、嘘をついたのは辺境伯と辺境伯夫人。後キモ男もか。なんでわざわざ嘘ついて、あの村を隠したかってことだよ」


「貴族名鑑と同じ顔をしていたから……本物ですよね?」


「偽物だったら、アヴェートワ前公爵たちが気づいてるでしょ。殿下も初めてじゃなさそうだったし」


「この魔法陣は、辺境伯が用意したとかじゃないですよね」


「してても、魔法陣見えるなんて思わないから、隠す必要ないでしょ」


これが前世のなんてことないことなら、すぐにスマホで検索して溢れる答えから本当っぽいものを選べるのに。

ううん。それより、したことはないけど、知恵袋で相談してもいいかもしれない。


現実逃避をそこそこに、いくら考えてもしっくりくる答えが出ず、帰ったら早々に相談しようということになった。


そして、話し合いをしても、これだ! という答えは導き出せなかった。


でも、領地の雪かきを手伝うという名目を思いつき、次の日から騎士団はルドドルー領に点在することになった。






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読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

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王家から、監察官的職務の人と魔法の専門家と騎士団でも出動させて良さげな事案になってきていませんか。
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