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出迎えに来てくれたルドドルー辺境伯令息に軽く挨拶だけをして、割り当てられている部屋に戻った。
アズラ王太子殿下も帰ってきているようで、浴室から物音がしている。
今日のことを祖父や父にも報告した方がいいと思い、カーネが2人に声をかけに行ってくれた。
ほどなくしてアズラ王太子殿下が浴室から出てきて、少ししたら祖父と父もやってきた。
リバーに作ってもらった防音の魔法陣の紙をドアに貼り、話し合いを始める。
「これが、その魔法陣か」
祖父の言葉に、ルチルが頷く。
「はい。全部で13個ありました。ただ……あの場所とは思えないのです」
「この魔法陣が何か分かればな」
「しかし、辺境伯には聞けないでしょう。見えるはずないものですから」
「使ってみよう」
各々考えを巡らせていたが、アズラ王太子殿下の言葉に視線が一点に集中した。
「使ってみれば分かることだよ」
「しかし……何が起こるのか分かりません」
「何が起こるか分からないからこそ、知っておくべきだよ。この魔法陣には、転移の魔法が組み込まれている。それは分かるけど他は分からない。場所も聞いたことがない数字だ」
祖父と父も、アズラ王太子殿下と同じように悩ましげな面持ちをしている。
きっと2人も転移以外読み解けないのだろう。
ルチルは数字さえも分からず、アズラ王太子殿下に問いかけた。
「数字はどこなんですか?」
「マイナス600とマイナス400。後、マイナス800。基本、場所を示すのにマイナスは使わない。それに数字は2つまでだ」
『魔界だ』
は? 魔界なんてあるの?
何言ってんの?
そこまでファンタジーなの?
『なんて顔をしている。もしかして、魔界があるの? とか思っているのか? 我らが住む天界があるのだから、魔物が住む魔界はあるだろう』
「え? 魔物って自然発生じゃないの?」
『どうやって自然発生するんだ。卵から孵るに決まっているだろ』
もう何が何だか分かんない!
本のストーリーなぞっているのに違うところ多すぎる!
って、違うわ。
本のストーリーとかじゃなくて、魔物は自然災害だってリバーが言ってたんだわ。
ミルクから聞いたことを、みんなに話した。
全員、渋い顔をしている。
「1番考えたくない魔法陣ということか」
みんな、見当がついたの?
あたしも何となく思っていることがあるけど言わないよ。
当たってほしくないもの。
「魔物召喚の魔法陣……か」
アズラ様が言っちゃった……
そうだよね、それしか導き出せないよね。
誰か、他の意見を出してください。
「ルチルが視たのは、召喚された魔物が襲う未来ということですね」
「アヴェートワ前公爵に公爵。これはラッキーかもしれない」
「ラッキーですか?」
「うん。魔法陣を使うのなら、魔法陣に魔力を流しに来る者がいるはずだ。捕まえれば、何が起こっているのか分かる可能性がある」
「殿下、それは難しいかと」
父の沈着した声に、アズラ王太子殿下は断念するように息を吐き出した。
「だよね……でも、可能にする案を出してくれるかと思ったのに……」
「殿下が考えられないのなら、誰にも無理でしょう」
「こんな時だけ持ち上げるんだね。ルチルとのこ一一
「同じ部屋というだけで、かなり大目に見ているのですが? まだ不満がありますか?」
怖い! 怖い!
やめてあげて!
般若も鬼も降臨しないであげて!
「な、ないよ。ありがとう」
「分かってもらえているのなら良かったです」
胸を撫で下ろしたアズラ王太子殿下が、小さく咳払いをした。
「口が堅くて協力してくれる強者が欲しいね。今のままでは人数が少なすぎる」
「そうですね。アヴェートワの騎士の誰かに任せるのは怪しいですからね」
「どうしてですか?」
アズラ王太子殿下と会話していた父ではなく、腕組みをしながら考え事をしていた祖父が教えてくれる。
「口も堅いし忠誠心もある。それに、強者に間違いはないが、ずっと張らせておくとなると人数がおかしくなる。最悪、ルドドルー辺境伯にバレる」
「はじめから少し間引きしておくべきでしたね」
なるほど。
どこに行ったの? ってなるのか。
領地を守る騎士も必要だから、合同演習といってもアヴェートワ騎士団は少数で来ている。
もう何日も一緒に訓練をしているのだ。
いなくなれば、すぐに分かるだろう。
「でも、近いうちに理由をつけて、巡回を始めるべきだよね」
「そうですね。城だと駆け付けるには遅くなりますから」
「ルチル、街の治安はどうだった?」
祖父に問われ、ルチルは思い出しながら答える。
「問題なさそうでした。皆さん気さくそうな方ばかりで、喧嘩も見かけませんでした」
「そうか。治安がいいのはいいことだが……」
「ルドドルー辺境伯に、何か困っていることはないか、手伝えることはないか聞いてみよう」
「今はそれ以外ないですな」
夕食の時に早速アズラ王太子殿下がルドドルー辺境伯に話していたが、今現在思い当たらないとのこと。
「いつでも相談してほしい」と話を終わらせていた。
「アズラ王太子殿下は、外湯はお好きですか?」
唐突に辺境伯夫人が、アズラ王太子殿下に尋ねている。
「外湯とは?」
「ルドドルー領には、外で湯浴みができる場所があるのです。雪の中で入る湯浴みは絶景でございます。よろしければ、食後にご案内いたしますわ」
外で湯浴み?
それって……
温泉!? 温泉があるのね!
「アズラ様、行ってみませんか? きっと気持ちいいはずです。日頃の疲れを癒してくれるはずです」
「ルチルが行きたいのなら付き合うよ」
ルチルの弾んでいる声に、アズラ王太子殿下が軽く笑っている。
「大きければ一緒にはい一一
「ルチル」
般若と鬼が!
背中に冷や汗が!
「もちろん、お祖父様もお父様も一緒に入りましょう」
「私もお供させていただきます」
妖美に微笑んでくる辺境伯夫人が、アズラ王太子殿下を見つめている。
こんなにあからさまでいいの?
辺境伯は酔っちゃってるから大丈夫なの?
「申し訳ございませんが、お祖父様とお父様が女性と湯浴みをするなど、お祖母様やお母様に代わって見過ごせませんわ。それに、家族団欒の場ですので控えてもらえたらと思いますの」
今にも「私も一緒に」と言い出しそうな辺境伯令息を牽制するために、家族団欒と付け加えた。
「その言い方だと、僕は他の女性と入ってもいいの?」
「まぁ、アズラ様ったら、そんなことされましたら婚約破棄しますわ」
「はははき!? ちちちがうよ! 僕入らないよ! ルチル以外と入りたいと思ってないよ!」
分かっていますとも。
きっと「アズラ様は私とだけですよ」という風な言葉が欲しかったんですよね。
ふふ。でも、慌てる姿が見たかったんです。
はぁ、癒される。
「仲がよろしくて王国の未来は輝かしいですな」と口を大きく開けて笑うルドドルー辺境伯が、貴族というより酒場の冒険者のように見えた。
食後はルドドルー辺境伯の侍女に外湯に案内してもらい、全員寝着を纏いながら、前世で見たことがある特大の露天風呂を楽しんだ。
後で護衛をしていたオニキス伯爵令息から「俺も入りたかった……」と、恨みがましく見られた。
次の日、またその次の日と、ルチルはチオノドクサが咲いていると聞いた場所に赴いていた。
驚愕することに、チオノドクサが咲いている残り2箇所にも、初日に見た魔法陣と同じ魔法陣があった。
念のためと、瞳に魔力を流したまま街の中や帰り道は過ごした。
チオノドクサが咲いている場所以外には魔法陣はなく、心の底から安堵した。




