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「はぁ。なに、あいつ。気持ち悪い」
「私も思っていますが、口に出したら負けですよ」
「負けでいいよ」
夕食時にルドドルー辺境伯に領地を見て回りたいと相談したら、辺境伯令息が案内を申し出てきたのだ。
毎日のようにルチルの側にいようとする辺境伯令息を、ルチルは躱しているが、アズラ王太子殿下はイライラしていた。
「八つ当たりされているオニキス様が可哀想だな」と、ルチルは毎夜アズラ王太子殿下の機嫌を直すよう努めている。
アズラ王太子殿下の機嫌を直すことは、アズラ王太子殿下のご尊顔を拝めるので楽しかったが、ルドドルー辺境伯令息の申し出を毎度断ることは、煩わしく思っていた。
そして、別行動となった日の朝からずっと「案内をさせてほしい」と付き纏われていた。
何度も断り、用意してもらった馬車に、オニキス伯爵令息とカーネとミルクと振り切るように乗り込んだのだ。
「それに、ルチル嬢気づいてる? 殿下が辺境伯夫人に狙われているって」
「狙われてる?」
「やっぱり気づいてなかった。訓練中の休憩や終わった時なんて、タオル持っていって胸当てようってしてんの。殿下は無視して、ルチル嬢のところにタオル取りに行くんだけどね。まぁ、殿下にその気があったとしても、アヴェートワ前公爵や公爵の前で無理だよねぇ」
そんなことが行われていたとは……
もしや本でも、誘ったのは辺境伯夫人だったのかも。
「お祖父様やお父様がいなくても、アズラ様は浮気しませんよ」
「そうだろうけど」
「ルドドルー辺境伯が可哀想になりますね。あんなに惚気ていたのに」
「あのおじいさん、ルチル嬢と一緒で疎そうだもんね」
「失礼な」
「だって、夫人とキモ男(辺境伯令息)がデキているのにも気づいてないでしょ?」
開いた口が塞がらないとは、このこと。
そんな顔のルチルを見て、オニキス伯爵令息はお腹を抱えて笑っている。
「でも、恋愛的な要素はないと思うよ」
「どうしてそこまで分かるんですか?」
「夜中に何回か逢引してるのを見たけど、そんな感じじゃなかったから。キモ男は胸が大きい女性が好きなんでしょ。ルチル嬢の胸も見てるから、殿下の怒りが大きいんだよ」
「見られているんだろうなとは思っていましたが……」
「それには気づいてた? よかった」
「ゲスですね」
「カ、カーネ?」
今の底冷えするような声、カーネからだったよね?
「使い物にならないようにしてあげましょうか」
「ヤバい。同じ男として寒気が止まらない」
「カーネ、落ち着いて。もし、私が襲われれば潰してもいいし、引き抜いても何をしてもいいから」
「やめてやめてやめて! 想像させないで!」
青ざめて震えるオニキス様の膝に飛び移るとは、ミルクは神獣なのに雄だったのか。
性別はないと思ってたよ。
そうこうしているうちに、馬車は本日の目的地に着いた。
ルドドルー領で栄えている街で、大きな市場があり、街外れにはチオノドクサが咲いているそうだ。
ルドドルー辺境伯に相談をした時に、チオノドクサを見てみたいと添えてみたのだ。
領地にチオノドクサが咲いている場所は3箇所あるそうで、1番近い場所が今日訪れる街になる。
「確か王家の調べでは4箇所だったはずだけど」と思い、一応辺境伯夫人に「どこのチオノドクサがお気に入りですか?」と質問してみたが、そっけなく「寒いからチオノドクサは見に行きません」と突き放された。
本と違うのか……と、ここにきてまた頭を悩ませはじめた。
街の中を一通り回り、街の食堂で昼食を食べた。
「いまいちじゃない?」と無言で顔を突き合わせることが、普通に旅行に来ているようで楽しかった。
市場でお土産によさそうな物を物色し、街の人にチオノドクサの咲いている場所を教えてもらい、街の外れにやってきた。
太陽が反射して光る白い雪から顔を出す小さな紫色の花々が、幻想的で綺麗だった。
周りにカエデの木はあるけど、魔物の侵入を防げるほど多くなさそう。
それに、こんなにお城と近かったら、すぐに駆けつけてもらえそうだしな。
ここじゃないのかも。
『ルチル。どうしてここに来た?』
「んー、下調べみたいなもの」
『お主、見えているのか?』
「なにが?」
『魔法陣だ』
「魔法陣? どこにあるの?」
『雪に隠れているが、所々に魔法陣があるぞ。それにしても魔物臭いな』
「ちょ! ねぇ、ミルク。その魔法陣って何の魔法陣か分かる?」
『分からん。見たことないな』
「どんな魔法陣か教えて」
『面倒臭い。自分で見たらいいだろう。ちょっと顔を近づけろ』
大人しく顔を近づけると、左目に息を吹きかけられた。
『目に魔力を集めてみろ』
え? 失明したりしないよね?
あたし、脳みそに魔力集めて死にかけたっていう黒歴史があるんだけど。
恐々と魔力を左目に集め、右目だけ閉じると、世界の色が一転した。
色が無くなったレントゲンのような世界に、茶色の魔法陣が見える。
「なにこれ……ミルクって、こんな風に見えているの?」
『ちゃんと見えたみたいだな』
「怖くないの?」
あたし、怖いんだけど。
もし、このまま誰かの顔とか見た日はホラーだよ。
『怖い? ああ、我も魔力を使った時だけ世界が変わる。普段の景色はお主らと何ら違わないはずだ』
「そう、だったらよかった」
色彩って大切だと、改めて実感。
人って、無くした時に初めて気づくからね。
どうして当たり前のように思ってしまうんだろ。
と、今は関係ないな。
「紙とペンを入れてたはず」と鞄から出した。
見えている魔法陣は、大小合わせて全部で13個。
全て同じ模様をしている。
丁寧に書き写していると、オニキス伯爵令息が覗き込んできた。
「何の魔法陣?」
「分かりません。ミルクも知らないって言ってますし」
「ふーん。殿下なら分かるかなぁ?」
「アズラ様?」
「うん、殿下は自分でもう魔法陣創れるから、どの模様が何かとか分かるらしいよ」
「……アズラ様、凄すぎませんか?」
「今更?」
「ですね」
魔法陣を書き写し、この日はルドドルー城に戻った。
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