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ナギュー公爵家に行く日に、母から「何があっても笑っていなさい」と言われた。
『お母様、フラグを立てないでください』と思わずにはいられなかったが、ルチルは笑顔で「はい」とだけ返事をした。
シトリン公爵令嬢とは仲良くなれたと思っている。
だが、公爵や公爵夫人はどうだろうか?
新年祭や誕生日パーティーで、公爵に睨まれたことはない。
でも、あのオヤジは狸だ。ぽんぽこ狸だ。
何を考えているかは分からない。
それに、いつまでも公爵夫人は睨んでくる。
もしかしたら、シトリン公爵令嬢のアズラ様大好きな気持ちは、公爵夫人からのある種の洗脳があるのかもしれない。
両親がルチルのことを嫌いでも、娘が招待する友達に何かすることはないだろうと、軽い気持ちでナギュー公爵家に行くことにした。
ナギュー公爵家のタウンハウスに転移陣で移動すると、丁度アンバー公爵令嬢も着いたところのようだった。
待ってくれていたシトリン公爵令嬢と挨拶を交わそうとしたが、その前にシトリン公爵令嬢がミルクを気に入ってしまい、ミルクを抱きしめて離さないという事態に陥ったのだ。
抗議しようとする弟に、「旅行中は、私がミソカと離れずに一緒にいるから」と言うと、「分かりました。我慢します」と言葉とは裏腹なはじけた笑みをくれた。
シスコンは健在のようだ。
まずはお茶をしようと、ナギュー公爵家のタウンハウスに案内された。
ナギュー公爵家のタウンハウスを一言で表すなら、目が痛いほど煌びやかだった。
広いだけではなく、お金がかかっているんだろうと分かるほどの装飾の数々。
細工が見事な家具に、アンティーク調の食器。
そして、コスモスを1年中特殊な技法で咲かせているという庭。
まさしくTHE貴族! そんな家だった。
お茶を飲みながら「ミルクはアズラ様に貰った犬で、砂漠の商人から買ったらしい」と説明をした。
シトリン公爵令嬢も犬を飼いたいらしく、両親に相談したが了承をもらえなかったそうだ。
理由は、ナギュー公爵が動物が苦手なんだとか。
だから、将来の楽しみにとっていると話してくれた。
本人は狸で動物の仲間のくせにと思ったことは、秘密だ。
この日のために、リバーに作ってもらったプラスチックのような硬い紙で、ルチルはトランプを作っていた。
といっても、数字と柄を落ちないインクで書いただけだ。
ナギュー公爵家では羽子板やボール遊びは怒られるだろうと思って、部屋で静かに遊べるトランプにしたのだ。
ちなみにチェスはあるが、紳士の嗜みとされているので女性がすることは好まれない。
女性でチェスができようものなら、変人扱いされるだろう。
トランプは、昨日の夜に家族で勝負をしていた。
ババ抜きに7並べに神経衰弱。
単純なルールばかりなので、説明も簡単にできた。
家族全員で白熱して、最終的に勝った数が1番多かった祖父が優勝した。
祖父と父には、ポーカーやブラックジャックも教えた。
「これは、全世代で人気がでる。(夜の)サロンにもピッタリだ」と、悪どい顔をしていた。
チェスは飽きられているらしい。
羽子板やボールには見向きもしてくれなかったのに、トランプは大量生産をして売り出すそうだ。
シトリン公爵令嬢とアンバー公爵令嬢に、ババ抜き、7並べ、神経衰弱の説明をして遊んだ。
夕食の時間までずっとトランプで遊び、2人は販売されたら購入すると、とても気に入っていた。
ババ抜き等に飽きてきたら、ジジ抜きや豚のしっぽ、大富豪を教えてもいいかもと思った。
夕食は、ナギュー公爵夫妻と一緒かと思っていたが違った。
ナギュー公爵は、朝食くらいしか家で食べないそうだ。
公爵夫人は少し前から領地にいるらしく、領地に行けば一緒に食事をとるだろうとのことだった。
「今回、フローたちはいなくてよかったわ」
「どうしてですか?」
「お母様は、フローをよく思っていないのよ」
「ええ!? あんなに害がなさそうに見えるのに」
「それ見えるだけで、実際は害があるって言ってない?」
惚けるように視線を逸らして、空笑いを浮かべる。
「まぁ、いいけど。フローをというより、アズラ様以外をよく思っていないのよ。
あ、でも、ジャスは別ね。昔ルクセンシモン公爵を好きだったみたいで、ジャスを見ると思い出して、ときめくんですって」
シトリン様……それ、バラしていいんですか?
「お父様から聞いたことがありますわ。何回かデートをしたことがあるそうですよ。ジャスには、色んな女性と遊べって口煩く言ってますわ」
ルクセンシモン公爵、本当にやんちゃだったんですね。
そして、お父様もたぶんそうだったんでしょうね。
今度、やんちゃ話教えてもらおうかな。
「ジャスは色んな女性と遊びそうに見えないわね」
「あの子、好きな子がいるらしいんですの」
アンバー様、それこそ秘密にしといてあげて。
「だから、『ガーネとの婚約はできない』との一点張りで、お父様は『だったら、好きな人を連れてこい』とか言い出しますし」
「連れてこいってことは、連れて行けばジャスは好きな人と結婚できるんでしょ。なら、連れて行くべきよ」
シトリン様、それができないんですよ。
彼、片想い中なんですよ。
「それが、あの子口下手でしょ。その子とは話したことないんですって」
「何やっているのよ。で、その子って誰なの?」
ワクワクを隠せていませんよ、シトリン様。
「教えてくれないんです。お父様も『話せないのなら家から手を回してやる』と言っているんですが、それも嫌だそうで」
「ジャスってヘタレなのか、そうじゃないのか分からないわね」
本では、結婚できていなかったからなぁ。
来年の年末までに結んであげるか、ルクセンシモン公爵の死が免れたら結んであげるか……
悩ましいところなのよね。
それに、ガーネ様のこともあるからなぁ。
ガーネ様は、ジャス様を好きで間違いないようだし。
無理だって分かっているけど、みんなの想いが報われる方法があればいいのに。




