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「お祖父様、私、あの子と話してみます」
「ダメだ。何があるか分からない」
「いいえ、きっと襲ってきません。私が視た魔物は、あの子じゃないんです。お願いします。側に行かせてください」
全くもって、何が起こっているか分からない。
分からないからこそ、少しでも情報が欲しい。
アズラ様やみんなを危険から遠ざけるために。
顔を見合わせた祖父と父が、瞳で会話をしているように思える。
数秒後、2人は頷き合った。
「私が一緒に行こう。アラゴは殿下から離れないように」
「分かりました」
「僕はいいから、2人共ルチルについてあげて」
「そうはいきません。ここから父を援護しますので、殿下は私の後ろから動かないようにお願いします」
「すまない……わかった……」
辛そうに拳を握りしめるアズラ王太子殿下だったが、ルチルに向けた笑顔は優しさと心配が入り混じっていた。
「ルチル、気をつけて。怪我しないでね」
「大丈夫です。なぜか大丈夫だって分かるんです」
アズラ王太子殿下に笑顔を返して、祖父と一緒に狼の前までやってきた。
狼の呼吸は浅くて早い。
「ねぇ、あなた大丈夫?」
『もう死ぬ……』
「どうすれば助かるとかないの?」
『助からぬ……光の魔法で魔力道を……切られているからな』
「どうして!?」
『お主、我の言……葉が分かるのだな……では、1つ頼みを……はぁ……聞いてくれぬか』
「何かしら?」
狼が、ズレるように横に移動した。
お腹の毛の間から出てきたのは、両手サイズの小さな白い毛の狼だった。
『助けてやっ……てほしぃ……』
「この子、怪我は?」
『し……てぉらぬ……大き……くなるまで守っ……てやってほしぃ……』
「大きくなるまで?」
『ぁあ……そぅだ……大き……くなれば、じぶんで帰れ……るだろぅ……』
「分かったわ」
『かん……しゃ……する……』
「最後に教えて。あなたは、あなたたちは何者なの?」
『われ……は……まも……りが……み……そのぉ……か……たは……し……んじゅ……ぅさ……ま……』
大きな狼が淡く光り、小さな粒になって空に昇っていく。
ずっと歪んで見えていた景色が、歪まずに見えるようになった。
今、何て言った?
いやいや、いーやいや、あたしが転生したのは18禁のエロエロ小説であって、冒険物でも戦闘物でもなかったよね?
……神獣様って、なに? どうなっているの?
「ルチル、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」
祖父がハンカチを差し出してくれて、自分が泣いていることに気づいた。
ハンカチを受け取り、涙を拭う。
小さな狼の耳が動き、ゆっくりと瞼が開いていく。
どこからどう見ても、真っ白い犬の赤ちゃんだ。
小さくて白い狼はしっかりと立ち、周りを見渡してからポロポロと泣き出してしまった。
きっと大きな狼が死んでしまったことが分かったのだろう。
キュウキュウと鳴く声が、とても痛ましい。
『じぃや……じぃや……』
ゆっくりと小さな狼に近づき、頭を撫でてあげると、より大粒の涙を流して泣きはじめた。
誰も言葉を発さずに小さな狼を見守り続けた。
小さな狼は、泣き疲れたようで、そのまま眠ってしまった。
「ルチル、分かったことを話してもらってもいいか?」
「はい。ですが……」
ルチルは、小さな狼を抱きかかえて立ち上がった。
祖父の耳に顔を近づける。
「リバーの防音が必要になります」
「分かった。帰ってから聞こう」
囁き合っていると、アズラ王太子殿下と父が近づいてきた。
父も小声で話しかけてくる。
「父さん、森の周りに3人います。何かを探しているようです」
父の視線が、ルチルが抱いている小さな狼に向けられる。
「3人ならば放っておこう」
「分かりました」
「それから、話は帰ってからになった。リバーの防音が必要だそうだ」
「分かりました」
父が、警戒を緩めたようで、笑顔を見せてくれた。
「ルチル、その子は飼うのか?」
「はい! 犬飼いたかったんです!」
大きな声で犬と言った。
護衛騎士たちに聞こえるように。
この子は犬だからね、と命令するように。
この森には動物の保護ではなく魔物を退治するために来たので、その後は夕方までのんびりした。
本と同じようにアズラ王太子殿下が、泉の水にサンカヨウをつけて、花びらを透明にして見せてくれた。
「なんて代え難い体験」と、小躍りしそうな気持ちを抑えつけた。
夕方の帰り道では、本の記述通り魔物が現れ、護衛騎士たちによって倒された。
少し違っていたのは、本では1体だったのに現れた魔物は3体だった。
「どうして3体も?」と考えても分からない。
それに、今は魔物のことより、小さな狼を守ることを考えなければいけない。
その日ルチルが寝る時間になっても、小さな狼は起きなかった。
小さい頃から欲しいと思っていたペットをゲットしました。
魔物でもいいから欲しいと、魔物を操れるかどうか悩んでいる時に考えていましたね。
魔物を操れるかどうか試す機会は訪れるんでしょうか。
ヴァルアンデュ領はまだ続きます。
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