【素顔の灯】
アールフェン中央広場――
せつなたちが去ったあと、沈黙のまま立ち尽くしていたセリナを、仲間たちが囲んでいた。
「……セリナ」
ルカが、ゆっくりと声をかけた。
「さっきの……本当なのか? お前……“ネザリア側”だったのか?」
その問いに、セリナはぎゅっと唇を結び、深く頭を下げた。
「……はい。ごめんなさい。ずっと、騙していました……」
ミラが、思わず言葉を失う。
「でも、私は……この街で過ごした時間が、全部、嘘だったなんて思っていません。
みんなと過ごした日々は、本当に……楽しかったんです」
震える声に、誰も言葉を返せなかった。
そのときだった――
「セリナ、お前さ」
ぽん、とルカが彼女の肩に手を置いた。
「今、すっごい顔してるぞ」
「えっ……?」
「泣きそうな顔。いや、もう泣いてるか?」
そう言われて、初めて自分の頬に流れる涙に気づいた。
セリナの肩が、ぴくりと震えた。
「……わたくし、本当に、皆さんに守られていたのですね……。ずっと、嘘を重ねていたのに……
そんなわたくしに、こうして……優しくしてくださって……ありがとう……ございます……」
涙を流しながらの言葉は、仮面のものではなかった。
「……それが、お前の本当の喋り方なんだな」
ぽつりと呟いたのは、ミラだった。
「へぇ~、なんか……すっごくいいじゃん、可愛いじゃん!」
「ふふ、いいなぁ、なんかこう……セリナって感じ!」
あっという間に、笑いが広がった。
涙の中で顔を伏せながらも、セリナははっきりと告げる。
「……わたくし、この街に残ります」
「ネザリアに戻っても良いとは言われました。でも……私は、この街で、まだやりたいことがあるんです。守りたいものも、できました」
ルカが大きく頷いた。
「そっか。なら、俺らが守ってやるよ、セリナの居場所をな」
「うん!セリナちゃんは、もうこのギルドの仲間だもん!」
――ありがとう。ありがとう、本当に……。
心の奥で繰り返すたび、セリナの仮面は音もなく砕け落ちていた。
遠く、建物の陰。
それを静かに見つめていたのは、グレンだった。
(……よくやった、セリナ)
感情を揺らさず、任務を遂行する“影”だった少女が。
今や誰よりも、“この街”と共に在る者へと変わっていた。
彼の視線に、微かな安堵が滲む。
こうして、セリナの“仮面の再出発”は――本当の意味で、終わりを迎えた。
そして、始まっていく。
“素顔の少女”としての、新たな日々が。
ネザリア城・作戦観測室――
黒曜石の柱が並ぶ空間。その一角、光の球体――“全域観測鏡”が静かに回転していた。
その内部には、アールフェンの広場。
セリナが涙を浮かべながら仲間たちに謝り、そして受け入れられる光景が、鮮明に映し出されていた。
「……泣いてるじゃん。あのセリナちゃんが」
じゅぴが、珍しく表情をゆるませながら、画面を見つめる。
「ま、でもよかったっすね〜。あの子が“自分の意志”で残るって言ってくれたのは」
その隣で、リィナが頬杖をついたまま、ぼそりと呟いた。
「泣くとか任務の邪魔でしかないよね、あの子」
「……それでも、“泣けるようになった”ことが、大事なんじゃないかしら」
そう言ったのは、窓際に座る少女――
かつて“神喚の巫女”と呼ばれた存在だった。
真っ白なドレスの裾を揺らしながら、彼女は静かに立ち上がる。
「ずっと“感情なんて要らない”って思ってたのに……今は、ちょっとだけ羨ましいなって、思った」
リィナが片眉を上げる。
「……あんたがそう言うなんて、ちょっと意外かも」
「そう? でも、今の私は……もう“ただの巫女”じゃないもの」
そう言って振り返った巫女の表情は、以前とはまるで違っていた。
どこか年相応の、少女らしい笑顔。
無感情の仮面を脱いだその顔に、僅かな照れすら滲んでいた。
「せつな、様……」
巫女は、視線をひときわ鋭く持つ“主”へと向ける。
「……あのセリナって子。私、もうちょっと知りたいな。……友達になってみたいって、思っちゃった」
じゅぴがくすくすと笑う。
「巫女ちゃん、雰囲気変わってきたっすよね〜。ちょっと可愛げ出てきたっていうか」
「ふふ……うん、自分でも、少しずつ“戻ってきた”気がするの」
それは、道具として扱われ、感情を閉じ込められていた少女が――
初めて“人”として生きる選択肢に触れた証。
観測鏡の中、セリナの笑顔がこぼれる。
その様子を見ながら、せつなは無言のまま、わずかに頷いた。
『……面白い』
ただ一言、低く。
だがその声音には、どこか優しさが滲んでいた。
巫女がそっと口元に手を添え、微笑む。
「ねぇ、じゅぴ。……次のお茶会、セリナも誘っていい?」
「もちろんいいっすよ♡ ってか、そのうちリィナとも遊びに行くっすか?」
「えー……」
リィナが明らかに嫌そうな顔をする。
「なんであたしが、そんなのと……」
「そんなのって……ひどーい」
巫女の、年相応の拗ねた声。
けれど、それを見たリィナがふっと吹き出した。
「……ま、どうしてもって言うなら考えてやらないでもないけど」
「やった」
声を立てて笑う巫女。その姿に、部屋の空気がふんわりと柔らかくなる。
“戦いの後”――
それぞれが、少しずつ、“生きる”方向へ歩き始めていた。




