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【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第三章【静寂を裂く足音】
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【影の選別】


「じゃ、始めるっすよ♡」


じゅぴが指をひと振りすると――


足元の黒い魔方陣が回転を始め、空間そのものが“沈む”ように沈黙する。


兵たちの足元から、微かな“濁り”のような気配が広がる。


「最初は、“現地兵向けの最低難度”の訓練っす」


「この“影導線走行”――見えない影の通路を読み取って、

正しいルートを走り切ればクリア。……まぁ、簡単っすよ?」


簡単――と言いながら、じゅぴの指先がくるりと空をなぞると、

兵たちの足元から、細く黒い“裂け目”のような線が現れた。


しかし、それは次の瞬間、全ての者にとって“異常”と化す。


「……足が……沈む……!?」


「ぬかるみ……いや、違う……これ、魔力が吸われてる……!」


「な、なんだこの空間……ッ!?」


まるで“意識”があるかのように、地面がうねり、足を絡め取り、重圧をかける。

呼吸が浅くなる。魔力が渦巻くこの“空間そのもの”が、彼らを試していた。


「一歩間違えると、魔力が崩れて脚ごと持ってかれるっすよ? がんばれ〜♡」


じゅぴは楽しそうに手を振るが、その瞳だけは“本気”で全員を見ていた。


「動きの遅いやつ、注意散漫なやつ、影から目を逸らしたやつ。

ここでは全部“死因”になるっす。そういうとこ、ちゃんと見せてほしいっす♡」


兵たちはそれでも、歯を食いしばって前に進んだ。


だが、これは“最低難度”。


ここがネザリア。

ただの“通路走破訓練”ですら――王国の常識を、遥かに超えていた。


(ここから“影”を学べるか。それとも、振り落とされるか)


じゅぴの視線は静かに、しかし鋭く――

新たな“影候補”たちの一挙手一投足を、見逃さなかった。


続く地獄の時間の中で、

兵たちの中に、“何かが目覚める者”と――“限界を知る者”とが、分かれ始めていた。





訓練――“導線走行”。


それはただ“走る”だけの訓練ではない。

影の気配、空間の歪み、魔力の密度を読み取り、正しい“生存の経路”を瞬時に選ぶ。


足元はうねり、重力が歪む。

錯覚と現実の区別も曖昧な中で――兵たちは、それでも走っていた。


だが――


「くそっ……足が……!」


一人の兵が、バランスを崩した。

足を取られ、肩から地面に叩きつけられる。


「魔力が……引かれて……!」


そのまま飲み込まれそうになる足元の“影”――

そこに、冷ややかな声が落ちる。


「一度崩れたら、もう“不要”ってことっすねぇ」


じゅぴだった。


彼女は笑っていなかった。ただ、事実だけを述べるように。


「影は“甘え”を許さないっすよ?

そのまま沈むなら、“選別完了”っす」


周囲の兵たちが息を呑む。


その瞬間――


「立て」


鋭く、短く、低い声が響いた。


グレンだった。


誰よりも素早く、その兵の元へ駆け寄り、肩を引き上げる。


「お前が倒れるのは勝手だ。だが、“俺の判断で”見捨てられるまでは、勝手に死ぬな」


「た、隊長……!」


「今は――走れ。それだけ考えろ」


兵はうなずき、再び足を踏み出す。


それを見届けたじゅぴは、ふふっと口元を緩めた。


「……へぇ。そうくるんだ?

“せつな”の前に立つだけあるっすね、隊長」


その一方で――


別の一人が、異質な動きを見せていた。


その兵は、一見して平凡だった。

だが、影の導線を踏み外すことなく、全身を滑らせるように駆けていく。


「……お?」


じゅぴがその動きに気づいた。


「こいつ、意識してるわけじゃない……

“見てる”んじゃなくて、“感じてる”っすね。影の流れを」


呼吸、脚運び、魔力の流し方。

すべてが訓練ではなく、“本能”の領域に近づきつつあった。


「……一人、当たり。っと」


じゅぴはポン、と片手を叩いた。


しばらくして訓練は終了した。


汗を滴らせ、呼吸を乱しながらも、兵たちは立っていた。


それを見届けたじゅぴは、グレンの元に歩み寄る。


「ま、初日としては――悪くないっす。

倒れそうなやつ、使えるやつ、どうしようもないやつ、だいたい見えたっすね」


「で?」


「今から、せつなに報告してくるっす♡」


くるりとターンし、指をひらひら振りながら、じゅぴは闇の奥へと消えていった。


(ふふ……“影の芽”、あるじゃん)


こうして、王国兵たちの“初日”は終わった。


だがそれは、“影としての選別”の始まりに過ぎなかった。


この地で生き残るとは、“変わる”ことを意味する――


それを、彼らはまだ知らない。

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