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【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第三章【静寂を裂く足音】
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【客人】

【客人】


静かな空気が、ふたたび応接室を包む。


せつなの言葉が落ちた後、誰も動かなかった。


だがその沈黙を、じゅぴが軽やかに打ち破る。


「んじゃ――そろそろ、“本題”に入るっすかねぇ♡」


グレンが視線を向けると、じゅぴはお茶をすするふりをしながら、にこりと笑って続ける。


「さっきまでのおしゃべりは、前菜っす。ちょっとしたウォーミングアップ」


「……どういう意味だ?」


「隊長、あんた、自分で“ここに来た”って言ったっすよね?」


「……ああ」


「じゃあ――何しに?」


静かに、じゅぴの声が落ちた。


「“戦争の回避”? “和平の交渉”? “投降”? “寝返り”?

……それとも、“視察”? “説得”?」


ひとつひとつ、言葉を並べながら、じゅぴの笑みは徐々に細くなっていく。


「口にしないまま通れる場所じゃないっすよ。

ここは、せつなの前――“誤魔化しが通じない場所”だから」


グレンはわずかに身を起こす。


「……俺は、“理解”したくて来た。

この城が、あなた方が、いったい何者で、何を考えているのか――

王国が言うような“脅威”なのか、それとも……別の何かか」


「ふーん。でも、理解した“あと”は?」


「……」


「“理解したい”ってのは、“最初の一歩”っす。

でも、それだけで来れる距離じゃない。ここは、玉座の真下。

命賭けなきゃ、足を踏み入れられない場所っすよ?」


じゅぴの言葉は、甘いのに鋭かった。


「じゃあもう一度、隊長――言ってほしいっす。

あんたがここに来た“本当の理由”、ちゃんと自分の言葉で、ね?」


グレンは黙ったまま、手元のカップを見つめた。


沈黙ののち、重く口を開く。


「……俺は、命令に従うだけの“駒”として、戦列に並ぶこともできた」


「だが、その先にあるのは、何の意味もない“犬死”だ。

上層部の虚勢のために、まともな判断もできずに戦場へ送られ、殺される。

……俺が信じてきた部下たちを、そんな形で死なせるわけにはいかない」


「だからこそ――ここに来た。

理解したいと思った。話を、したかった。

“分かっている者”を、滅ぼす前に、せめて――」


少しだけ、息を吐く。


「……それが、俺がここに来た理由だ」


じゅぴは一瞬だけ目を細めて、ふぅ、と息を吐いた。


「……そっか。

けどさ、隊長――」


甘く微笑んだまま、声の温度が、ふっと下がる。


「“この城”を侮辱した部下も、いたっすよね?」


「せつなに向かって敵意を剥き出しにして、

帰された意味も考えずに……嘲笑った人間、確かにいたはずっす」


「それも、“隊長の大事な部下”っすか?」


グレンはわずかに目を伏せたまま、返す。


「……俺は、彼らを信じてきた。だが、全てを見通すわけじゃない」


「俺の言葉が届かないなら――その責任も、俺が負う」


じゅぴは数秒、何も言わずにグレンを見ていた。


せつなは何も言わなかった。

だが、その沈黙の重みが、全てを肯定しているようにも感じられた。


グレンの言葉が落ち、応接室の空気が再び沈む。


じゅぴが口を開いた。


「ふーん……そこまで言うなら、ちょっと聞いてみたいっす」


茶をひと口すする仕草のまま、声だけが鋭くなる。


「仮に、こっちがあんたの言葉を信じて、命を保証したとするっす」


「でも、その後で――“隊長の大事な部下”が、またせつなを侮辱したり、

この城の中で問題を起こしたら?」


グレンは黙って聞いていた。


じゅぴの声が、徐々に低く、静かに落ちていく。


「この城は、“軽口”ひとつで命がなくなる場所っす。

何を思ってても構わない。でも――行動は、全部、命と結びついてる」


「……それでも命を守りたいって言うなら。

その責任、隊長……どうやって取るつもりっすか?」


グレンは、しばし目を閉じた。

そして、静かに目を開く。


「俺の命で帳尻が合うのなら、惜しむつもりはない」


「それだけの価値があると?」


「……あると思っている。少なくとも俺は、あいつらに“生きて帰る価値”を与えたかった。

そのためなら、自分が潰れる覚悟くらい、とっくにできてる」


じゅぴは、その言葉を聞いてもなお笑っていた。

だが、その目は一切、笑っていなかった。


「……やっぱり、隊長って変わってるっすよね。

“命の代わりに命を”なんて、今どき古いって笑われそうだけど――」


「でも、それが一番、信じやすいっす」


沈黙のあと――


赤い目が、ゆっくりとグレンを射抜いた。


『……貴様の覚悟と、その論理。納得はできる』


『命を賭す意志を示す者を、無為に捨てはせぬ』


せつなは、はっきりとした言葉で告げた。


『よって、グレン=ロウバルト。貴様を、正式に“客人”として迎える』


『貴様の部下たちも含め、当面の保護と監視を認めよう』


グレンの肩がわずかに沈む。

緊張を解いたわけではない。ただ、胸の内にあった“壁”がひとつ――崩れた。


「……感謝します。せつな殿。

この命にかけて、必ず応えてみせます」


せつなは応えなかった。

だがその沈黙は、拒絶ではなかった。


じゅぴは椅子の背にもたれかかり、ふわりと肩をすくめる。


「はいはーい、じゃあこの案件、じゅぴの裁定としても“合格”っす♡」


「さて……“客人”第一号の歓迎準備、ちゃんと整えておかないと、っすねぇ」


彼女の笑みの奥にあるものは――

冷たさでも、好意でもない。本物の“戦場”を見てきた者の視線だった。


その夜、黒き王の城に、新たな影が正式に加わることとなった。

グレンという人物が、命令でも理屈でもなく、「自分の意志」で玉座の前に立った。

そして“命で責任を取る”という、今どき珍しい覚悟を見せたことで、

黒き王の城に一歩踏み込む資格を得た、という流れでした。


とはいえ、客人になったところで、“侵略者”としての立場が帳消しになるわけじゃない。

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