【客人】
【客人】
静かな空気が、ふたたび応接室を包む。
せつなの言葉が落ちた後、誰も動かなかった。
だがその沈黙を、じゅぴが軽やかに打ち破る。
「んじゃ――そろそろ、“本題”に入るっすかねぇ♡」
グレンが視線を向けると、じゅぴはお茶をすするふりをしながら、にこりと笑って続ける。
「さっきまでのおしゃべりは、前菜っす。ちょっとしたウォーミングアップ」
「……どういう意味だ?」
「隊長、あんた、自分で“ここに来た”って言ったっすよね?」
「……ああ」
「じゃあ――何しに?」
静かに、じゅぴの声が落ちた。
「“戦争の回避”? “和平の交渉”? “投降”? “寝返り”?
……それとも、“視察”? “説得”?」
ひとつひとつ、言葉を並べながら、じゅぴの笑みは徐々に細くなっていく。
「口にしないまま通れる場所じゃないっすよ。
ここは、せつなの前――“誤魔化しが通じない場所”だから」
グレンはわずかに身を起こす。
「……俺は、“理解”したくて来た。
この城が、あなた方が、いったい何者で、何を考えているのか――
王国が言うような“脅威”なのか、それとも……別の何かか」
「ふーん。でも、理解した“あと”は?」
「……」
「“理解したい”ってのは、“最初の一歩”っす。
でも、それだけで来れる距離じゃない。ここは、玉座の真下。
命賭けなきゃ、足を踏み入れられない場所っすよ?」
じゅぴの言葉は、甘いのに鋭かった。
「じゃあもう一度、隊長――言ってほしいっす。
あんたがここに来た“本当の理由”、ちゃんと自分の言葉で、ね?」
グレンは黙ったまま、手元のカップを見つめた。
沈黙ののち、重く口を開く。
「……俺は、命令に従うだけの“駒”として、戦列に並ぶこともできた」
「だが、その先にあるのは、何の意味もない“犬死”だ。
上層部の虚勢のために、まともな判断もできずに戦場へ送られ、殺される。
……俺が信じてきた部下たちを、そんな形で死なせるわけにはいかない」
「だからこそ――ここに来た。
理解したいと思った。話を、したかった。
“分かっている者”を、滅ぼす前に、せめて――」
少しだけ、息を吐く。
「……それが、俺がここに来た理由だ」
じゅぴは一瞬だけ目を細めて、ふぅ、と息を吐いた。
「……そっか。
けどさ、隊長――」
甘く微笑んだまま、声の温度が、ふっと下がる。
「“この城”を侮辱した部下も、いたっすよね?」
「せつなに向かって敵意を剥き出しにして、
帰された意味も考えずに……嘲笑った人間、確かにいたはずっす」
「それも、“隊長の大事な部下”っすか?」
グレンはわずかに目を伏せたまま、返す。
「……俺は、彼らを信じてきた。だが、全てを見通すわけじゃない」
「俺の言葉が届かないなら――その責任も、俺が負う」
じゅぴは数秒、何も言わずにグレンを見ていた。
せつなは何も言わなかった。
だが、その沈黙の重みが、全てを肯定しているようにも感じられた。
グレンの言葉が落ち、応接室の空気が再び沈む。
じゅぴが口を開いた。
「ふーん……そこまで言うなら、ちょっと聞いてみたいっす」
茶をひと口すする仕草のまま、声だけが鋭くなる。
「仮に、こっちがあんたの言葉を信じて、命を保証したとするっす」
「でも、その後で――“隊長の大事な部下”が、またせつなを侮辱したり、
この城の中で問題を起こしたら?」
グレンは黙って聞いていた。
じゅぴの声が、徐々に低く、静かに落ちていく。
「この城は、“軽口”ひとつで命がなくなる場所っす。
何を思ってても構わない。でも――行動は、全部、命と結びついてる」
「……それでも命を守りたいって言うなら。
その責任、隊長……どうやって取るつもりっすか?」
グレンは、しばし目を閉じた。
そして、静かに目を開く。
「俺の命で帳尻が合うのなら、惜しむつもりはない」
「それだけの価値があると?」
「……あると思っている。少なくとも俺は、あいつらに“生きて帰る価値”を与えたかった。
そのためなら、自分が潰れる覚悟くらい、とっくにできてる」
じゅぴは、その言葉を聞いてもなお笑っていた。
だが、その目は一切、笑っていなかった。
「……やっぱり、隊長って変わってるっすよね。
“命の代わりに命を”なんて、今どき古いって笑われそうだけど――」
「でも、それが一番、信じやすいっす」
沈黙のあと――
赤い目が、ゆっくりとグレンを射抜いた。
『……貴様の覚悟と、その論理。納得はできる』
『命を賭す意志を示す者を、無為に捨てはせぬ』
せつなは、はっきりとした言葉で告げた。
『よって、グレン=ロウバルト。貴様を、正式に“客人”として迎える』
『貴様の部下たちも含め、当面の保護と監視を認めよう』
グレンの肩がわずかに沈む。
緊張を解いたわけではない。ただ、胸の内にあった“壁”がひとつ――崩れた。
「……感謝します。せつな殿。
この命にかけて、必ず応えてみせます」
せつなは応えなかった。
だがその沈黙は、拒絶ではなかった。
じゅぴは椅子の背にもたれかかり、ふわりと肩をすくめる。
「はいはーい、じゃあこの案件、じゅぴの裁定としても“合格”っす♡」
「さて……“客人”第一号の歓迎準備、ちゃんと整えておかないと、っすねぇ」
彼女の笑みの奥にあるものは――
冷たさでも、好意でもない。本物の“戦場”を見てきた者の視線だった。
その夜、黒き王の城に、新たな影が正式に加わることとなった。
グレンという人物が、命令でも理屈でもなく、「自分の意志」で玉座の前に立った。
そして“命で責任を取る”という、今どき珍しい覚悟を見せたことで、
黒き王の城に一歩踏み込む資格を得た、という流れでした。
とはいえ、客人になったところで、“侵略者”としての立場が帳消しになるわけじゃない。




