【黒城にて/迎えと指輪】
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【黒城にて】
ネザリア城・応接室 談話スペース――
重苦しい謁見と対話が終わり、じゅぴが席を外した後。
案内されたのは、同じフロアの片隅にある休憩用の小部屋だった。
深い漆黒の壁と、落ち着いた色合いの調度。
わずかに甘く香る花の香気と、静かに揺れる魔導ランプ。
「この城……どこを歩いても、圧があるな」
グレンは椅子に腰を下ろしながら、思わず漏らす。
「そう? ぼくは落ち着くけど」
静かに響いた声の主は、リィナだった。
壁際に立つようにして控えていた彼女が、黒衣のままスッと近づいてくる。
「……隊長さんには、合わないのかもね。
この城の空気も、せつなの“隣”も――軽い覚悟じゃ息が詰まるでしょ」
グレンは少し目を細めて彼女を見る。
「君は……あのときの」
「うん、“影”として案内した。リィナ。せつなの専属」
無表情のまま自己紹介を終え、リィナはテーブルの上の湯気の立つカップを見てひと言。
「それ、飲まないなら片づけるけど?」
「……いや、いただこう」
手を伸ばしかけたグレンの手元に、すっと別のカップが差し出される。
「熱いうちのほうがいい。こっちは新しいやつ」
差し出したのはルーガだった。
すでに部屋の一角に座っていたらしく、いつの間にか準備していたらしい。
「……気が利くな」
「気が利くって言うか、ここの人たちは“余計なこと言わせないための気配り”が身に染みてるんだよ」
「おかげで、喋る前から“命の軽重”がちらつくな」
「慣れると案外快適だぞ。お前が今、まだ“外”の人間だからだ」
そう言って笑ったルーガの目には、わずかながら“満足”の色が浮かんでいた。
一方、リィナは無表情のまま、じっとグレンを見据えたままだった。
「……本当に、連れてきてよかったの?」
「判断したのはせつな様だ。僕らはそれに従う」
「……ふぅん。じゃあ、信じてみる。“今だけは”ね」
そのままリィナは黒い影のように一礼すると、音もなく部屋を後にした。
扉が閉まり、ふたたび静寂が戻る。
「……あれで、機嫌がいい方なのか?」
「最上級だ。お前がそのまま“隊長”やれてたら、いずれ噛みつかれる」
「……ありがたい助言だ」
ルーガはふっと笑った。
「ようこそ、“ネザリア城”へ、隊長。
ここでの時間は……たぶん、お前の思ってる以上に、深くなるぞ」
グレンは、その言葉に答えなかった。
ただ、湯気の立つカップを手に取り――
沈黙のまま、最初の一口を口にした。
「……旨いな」
小さく呟いたその一言に、ルーガの口元がわずかに緩む。
笑みは、声にならないまま、空気の中に溶けていった。
こうして、グレン=ロウバルトは――
漆黒の城の中で、最初の“夜”を迎える。
その身を、まだ知らぬ未来の波にゆだねながら。
【迎えと指輪】
ネザリア城・転移室――
巨大な黒曜石の円盤が、床一面に埋め込まれていた。
幾重にも重ねられた魔法陣が、淡く赤紫の光を揺らめかせている。
「はいは〜い、準備できたっすよ〜♡」
じゅぴが指を鳴らすと、魔力の波紋が空気を撫でるように広がった。
「片道限定、位置固定式。“大型転移陣・対人対応”っす。
……帰りは、せつな様の“あれ”にお任せっすね〜」
「……“あれ”とは?」
グレンが眉をひそめると、背後で気配が動いた。
振り返れば、そこに――せつなが静かに立っていた。
無言で差し出されたのは、漆黒の金属で成された指輪。
紅い魔石が中央に嵌め込まれ、静かに脈動する魔力を放っている。
『……この指輪に、戻りの転移魔法を封じておいた。
発動には、魔力と“意志”が必要だ』
グレンはわずかに目を見開いた。
「……そんなものまであるのか」
『信頼を預けるというのは、そういうことだ』
せつなの声は静かだった。だがそこには、疑いようのない重みがあった。
ルーガが指輪を受け取り、深く頭を垂れる。
「了解。確実に“こちら側”へ、連れて戻ります」
せつなは何も言わず、闇の中へと歩み去る。
「じゃ、行ってらっしゃ〜い♡ 爆発は……たぶんしないっすよ〜?」
「たぶん、ってなんだ……」
ルーガが小さくため息をつき、指輪に魔力を注ぐ。
「転移、開始する」
魔法陣が一斉に輝きを放ち――
二人の姿は、光の中に吸い込まれていった。
王都・第七調査隊詰所――
転移の光が収まり、そこはいつもの詰所だった。
だが、いきなり現れた二人の姿に、兵たちは動きを止めた。
「た、隊長……?」
「本当に……? でも、戻ってこないって……」
「命令違反になるって言われてたぞ……!」
ざわめきが広がり、疑念と不安が交錯する。
そんな中、グレンが前に出る。
「静かにしろ。今から話すのは、全員の命に関わることだ」
緊張が走る。
グレンは簡潔に、だが真剣に語った。
――王国が決めた進軍。
――それが、どれほど無謀か。
――敵ではなく、“帰された”意味。
――そして、自分の決断。
「これは、命令じゃない。“選択”だ」
「ついて来れば、上層部に背くことになる。王国にとっては裏切り者だ。
だがそれでも――俺は、お前たちを死なせたくない」
沈黙。
しばらく誰も言葉を発さなかった。
やがて、一人の中堅兵が立ち上がる。
「……隊長。“敵地”って言ってたよな? 本当に信用できるのか?」
「命を差し出すような場所なら、俺一人で行っている。
だが、あの城は違った。“理解を求める力”があった。
俺は、それに懸けたいと思った」
「命を懸けて?」
「違う。“生きるために”だ」
兵たちは顔を見合わせた。誰も軽くは決断できなかった。
だが――
「……隊長が、そこまで言うなら……俺は、信じる」
最初の一人が、静かに立ち上がった。
「……同じく」
「俺も行きます。命より信じてきたのは、隊長です」
「俺たちの命は、もう預けてるも同然だろ……!」
次々と声が上がり、隊の空気が変わる。
ルーガが肩を竦めて笑った。
「……やっと、まとまったか」
ネザリア城・兵詰所――
赤黒い転移の光が走り、十数名の兵たちが姿を現す。
そこに迎えの者はいない。
代わりに広がっていたのは、黒一色の完璧な空間。
壁も床も天井も、磨き抜かれた漆黒。無駄なく洗練された構造。
調度はすべて魔導製、寝具は王族級、個室は静謐に保たれ、
食堂・医務区画・風呂すら揃う“兵の詰所”としては異常な空間。
「……ここが……?」
「敵地、だと……?」
「いや、これは……なんだ……?」
誰もが戸惑いに包まれる中――
ルーガが一歩、前に出る。
「ようこそ。ネザリア城へ」
その言葉が落ちた瞬間、全員の視線が静かに彼に注がれた。
グレンは少し後ろに立ち、言葉なく全員を見渡していた。
その姿には――もはや迷いはなかった。
こうして王国第七調査隊は、漆黒の城に受け入れられた。
“命を懸ける”のではない。
“生き延びる”ために選んだ、その最初の一歩として――
戦うだけが正解じゃない――そんな葛藤や選択の物語にできていたら嬉しいです。
ちなみに後半あたり書いてる時「これって誰が主人公なんだっけ?」ってなりかけてました(笑)




