【帰還と震える報告】
漆黒の謁見の間を退出した直後――
調査隊の一行は、まるで“神域”から追い出された巡礼者のように、静かに門を後にしていた。
沈黙。
誰ひとり、口を開かない。
あの声が、あの殺気が、まだ耳の奥で焼きついて離れなかった。
――ただの“調査任務”だったはずだ。
だが、あの玉座の間に立った瞬間、全てが違ったのだと理解した。
「……なあ」
沈黙を破ったのは、後列を歩く若い兵士のひとり。
「さっき殺されたヤツ……ほんとに、あれだけで……?」
誰も答えなかった。
いや、答えられなかった。
「“冗談”だよな……あいつ、いつも軽口叩いてたしさ……なあ?」
別の兵士が低く呟く。
「“本物”だった。あれは、ただの王じゃない。“支配者”だった……」
先頭を進んでいた副官が足を止め、全体に声をかける。
「……このまま駐屯地へ戻る。道中、無駄口は控えろ。……あの玉座の余韻を引きずってる今は、何も口にするな」
一行は再び、黙って歩き出す。
日が沈み始めた空の下、黒き影のように静かに移動する調査隊。
その誰もが、帰還したという安堵と共に――
“生きて帰された”という異様な事実を、まだ飲み込めずにいた。
そして――
日没直前。
王都南方の駐屯地へと戻る、調査隊の姿があった。
隊列は静まり返っていた。
馬蹄の音も、装備の金属音も、まるで何かに押し潰されているかのように重く響く。
彼らが帰ってきた――それだけで、周囲にいた兵士や文官たちがざわめいた。
「……おい、戻ってきたぞ!」 「全員無事か……? 人数、足りてないんじゃ……?」
数名の上官が駆け寄る。
「お疲れ様です! 調査隊隊長、殿下より報告を急ぐようにとのお達しが……」
「……ああ。報告する」
隊長の声は低く、疲労と何か別のものを押し殺すような響きだった。
その顔には、土と汗と――わずかな血の痕。
だが、何よりも印象的だったのはその目だった。
恐怖。
緊張。
そして――理解。
「急げ、報告書を纏める。俺が口頭で伝える内容とは別に、“記録として”残せ」
「し、しかし……対象の規模は? 見た限りの兵力、戦力、そして……内部状況は?」
「……全て、“予想の外”だった」
淡々と返しながら、隊長は馬から降りた。
「城の規模、構造、全てが“常識”から逸脱していた。 それに、あの玉座に座していた存在……“あれ”は、我々が知るどの王とも違う」
報告を受ける文官たちが、思わず顔を見合わせる。
「……なにより、こちらが“どう見られているか”を理解しろ。 あれは“外交”ではない。“裁定”だった。命を“許された”だけにすぎない」
「で、ですが隊長……兵のひとりが、戻ってきていないと……」
隊長の眉がわずかに動いた。
「……不要な言葉を発した。“罰”を受けた」
「……っ!」
誰もが凍りつく。
一瞬、駐屯地の空気が止まった。
「この件は、王都の中枢に“正確に”伝えろ。 ごまかせば、次は……“誰が”戻って来られなくなるか、わからんぞ」
静かな声。
だが、あまりにも重く鋭く――誰もが頷くしかなかった。
「……とにかく、“敵”とするには危険すぎる。 あの場所は、明らかに“意志を持って建てられた”。勝手に手を出せば、王国全体が……」
隊長は言葉を飲み込み、遠くを見た。
そこには、もう“城”の姿は見えない。
だが、瞼を閉じれば焼きついて離れない――
漆黒と黄金の、玉座の記憶。
「……“支配者”がいた。あれは、そういう存在だった」
報告はまとめられ、封魔処理を施された文書とともに、王都の魔導院と上層部へと運ばれていく。
だが――その内容が、王国をどう揺るがすかは、まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは、調査隊の誰もが――
あの玉座の影を、決して忘れることができないということだった。
王国の兵士たちは純粋な人間。その対比によって、せつなたちが築いた世界がいかに常識外で、触れてはならない存在か。
それが読者にも伝わっていれば嬉しいです。




