【策謀と愚者の決定/偵察と盃の対話】
【策謀と愚者の決定】
王都――政務院・戦略会議室。
重厚な円卓を囲むのは、王国軍の高官たち。
その表情には怒気と誇りと、そして“侮り”が浮かんでいた。
「……報告は確認済み。“黒の城”、高密度魔力を帯びた構造物。
出現の経緯は不明、敵性反応は現地で一名死亡……この一文だけで、十分すぎる」
分厚い報告書を叩きつけるように置いたのは、軍務卿のひとり。
「兵士を殺されたとあっては、黙っているわけにはいかんな」
「ふざけた“王”を名乗る輩め……この国を何だと思っている。まるで我らの土地に“主”として座っているかのような態度だ」
「異物は排除。それが“秩序”だ」
そんな中――会議室の扉が重く開かれる。
「……お待ちください」
姿を現したのは、調査隊を率いた隊長。 深く頭を下げ、円卓の中央に進み出た。
「現地での対話を試みた私から、最後に進言させていただきます」
「……ならば言ってみろ。兵士を一人失い、何を庇い立てする?」
隊長は、息を一つ、深く吐いた。
「今回の対象は、ただの脅威ではありません。
あれは――本物の“玉座”です。“王”としての意志と格を持った存在です」
「何を言っている?」
「我々が受けた威圧は、“力”ではない。“支配”でした。
あの空間に、我々の常識は通じなかった。
理屈で測れる存在ではない、“異質”そのものでした」
ざわめく空気。
だが――誰かが笑った。
「お前は“恐怖”に飲まれたのだろう。だが、それが何だ。
未知の魔力、謎の城、王を名乗る存在……ならば、なおのこと征伐すべきだ」
「……愚か者め」
隊長の目が細くなる。
(……なぜ、我々があの場で“ただちに殲滅”されなかったのか――誰も疑問に思わないのか?)
(なぜ、ひとりを“殺され”、我々が“生かされた”のか……)
(それすら、“許された”のだと――なぜ、誰も気づかない)
軍務卿があざけるように言う。
「貴様の報告にあった、“漆黒の王”とやらに……この国がひざまずくとでも?」
その言葉に、隊長はもう何も返さなかった。
ただ、静かに視線を落とし――
心の奥で呟いた。
(……“漆黒の王”よ。あなたの“許し”の意味を、この国は理解できなかった)
(ならばいずれ――その“沈黙”が終わる時が来る)
(その時こそ、“この国の終わり”だ)
【偵察と盃の対話】
王都――日が沈みきった夜の、酒場。
酔いと熱気に満ちた喧騒の中。 その片隅、ひとりだけ違う温度の男が、カウンターに腰掛けていた。
調査隊の隊長。 ネザリア城から帰還し、上層部への報告も終えたばかりの男だった。
だが――
「……ったく、正気じゃねぇ……」
グラスの底を乱暴にテーブルへ叩きつける。 中身はすでに三杯目。言葉の節々には酒気と怒気が混ざっていた。
「“あれ”を攻める? 兵を殺されたから?……だからって、あれに勝てると思ってんのか、あの連中は……」
口にするのもはばかられる“あれ”――漆黒の玉座。 玉座にいた者の名は、彼にもわからなかった。 だがその威圧と支配力を、身体で“理解”させられた者だけが知っている。
(あれは……“軍”の力でどうこうできる存在じゃない)
酒を呷る。 意識が少しずつ霞んでいく中、隣にふい、と人の気配。
「……よく飲むな。何かあったのか?」
声をかけてきたのは、ラフな冒険者の格好をした青年。 旅装にマント、首元には少し古びたギルドバッジ。 だがその佇まいには、冒険者にしては妙な“隙のなさ”があった。
「……隊長殿、だよな? ネザ……いや、“あの黒城”から帰ってきたって噂、聞いてる」
「……ああ。帰ってきたとも。……“許された”だけだがな」
口元を歪め、さらに酒をあおる。
「こっちは命がけで会談を成立させたってのに、上の連中は“誇りを踏みにじられた”だの、“王国の威信”だのと……」
「……潰す気、なのか?」
「ああ……! “やられたらやり返す”、それが“国家の正義”なんだとさ!」
隊長はグラスを握り潰す勢いで拳を握った。
「何も見えてない……“理解”もしてない…… なぜ俺たちが帰ってこれて、あの若造がなぜ処刑されたのか―― あの玉座の前に立って、何を感じたのか、誰も聞こうとしないんだ……!」
その独白を、青年――いや、“偵察者”は静かに聞いていた。 表情は崩さず、ただ視線だけを、隊長の目に重ねる。
「……あんた、後悔してるのか? 報告を、従ったことを」
「違う。“諦め”だよ……止まらないのなら、せめて一人でも、“理解させるべき相手”に繋げたかった……」
ふっと、力の抜けた笑み。 それは、どこかで“負け”を悟った者の顔だった。
その瞬間――
王城・玉座の間。
魔導スクリーン越しに、すべてを見ていたせつなが、ゆっくりと目を閉じた。
「……じゅぴ」
「見てたっす♡ 完璧に“落ちてる”っすねぇ、あの隊長」
「この隊長はまともなようだな、こいつだけ助けてもいいかもしれんな」
玉座の光がわずかに揺らめく。
漆黒の支配者は、ついに“戦い”への最初の橋をかける。
その端は、酒場の夜の片隅から、静かに――“侵食”を始めていた。
謁見という形を取りつつも、それは対等な会話ではなく、“裁定”であり、“試練”でした。
それを理解できる者と、できない者。明暗が分かれ、今後の展開にも大きな影響を及ぼしていきます。
また、影で見守るせつなとじゅぴ、リィナの動きに加え、調査隊隊長という“理解者”の登場は、王都にとっての数少ない“橋”でもあります。




