【掲示板の選択/西門の境界】
【掲示板の選択】
朝食を終えたセリナは、ギルドの中央ホールへと足を運ぶ。
壁に設けられた掲示板には、今日も多くの依頼が貼り出されていた。
(依頼の内容、日付、報酬……それに“発生場所”。注目すべきはそこ)
すでに何人かの冒険者が貼り紙の前に集まり、目を走らせていた。
セリナはその列に混ざりながら、視線だけを走らせる。
『■Eランク:荷馬車護衛(商隊)/出発地点:中央市場→西門/報酬:銅片12〜15枚』
『■Fランク:廃屋清掃依頼(旧市街)/発生場所:西街区・第二路地/報酬:銅片10枚+食事券』
『■Dランク:牧草採取(牧場管理組合)/依頼場所:城壁外・南西斜面/報酬:銅片18枚』
(西門関連が複数。……中でも、商隊の護衛と廃屋清掃。どちらも通行証不要で西方面に行けそうね)
手を伸ばしかけたそのとき――
「そっちはやめといた方がいいぜ」
隣に立っていた初老の男性が、ぽつりと声をかけてきた。
腰に剣を下げた、ベテラン風の中年冒険者だった。
「西門の清掃依頼……依頼元が曖昧でな。たまに消えるんだよ、“人”ごと」
セリナは、仮面の奥で息を殺す。
「……でも、掲示板にある以上、正式な依頼ですよね」
「ああ、一応な。報酬も出る。けど……戻ってこない奴もいた。気をつけな」
(……やっぱり、“消えている”。西門には、何かが潜んでる)
男が去ったあと、セリナは改めて視線を掲示板に戻す。
(護衛依頼なら、“通り過ぎるだけ”ができる。直接西門に関わるわけじゃない)
「……これに、しようかな」
ぽつりと呟いて、セリナは『荷馬車護衛』の依頼票に手を伸ばした。
今日もまた、“自然なふり”で、街の真実に近づくために――
【西門の境界】
荷馬車の車輪が、石畳の上をぎしぎしと軋ませながら進んでいた。
「じゃあ頼んだよ、お嬢ちゃん。あんたが一番若いけど、雰囲気は一番落ち着いてるなあ」
頼んできたのは、寡黙な中年の商人だった。
粗末な荷台には、布で覆われた木箱がいくつも積まれている。中身は生活雑貨と乾燥食料。
ルートは中央市場から西門を通り、小さな村へと抜ける半日程度の行程。
(……誰でも受けられる依頼。けれど、それがいい)
他の護衛はセリナを含めて三人。
粗野な槍使いの青年、無口な弓使いの女。そして、仮面の新米冒険者。
「ま、こんだけ人数いりゃ、盗賊も襲ってこねーよ。荷も地味だしな」
「……村で何か変な噂あったら、こっちにも教えてくれな」
(この人たちも、知らずに“踏み込む”のかしら)
護衛隊が動き出す。
数分の行軍の後、彼らは街の西端にたどり着く――
西門。
そこには、奇妙な静けさがあった。
「門番いねーじゃん。昼近いってのに」
「いや、いるよ。……あそこ」
ひとりの門番が、ただ立っていた。
目を伏せ、微動だにせず、空気のような存在感。
だがその“無表情”が、逆に異様な緊張を漂わせていた。
(……この感覚。見ている……? でも、視線を感じない)
門を通る際、門番は一言だけ言葉を投げかける。
「……通行許可、確認。問題なし。通れ」
それだけ。声も、表情も、限界まで抑えられている。
セリナは一礼しながら、仮面の奥でそっと呟いた。
(……この人、“監視役”かもしれない)
西門を通り過ぎた瞬間――
街の空気が、がらりと変わる。
草の匂い、風の流れ、音の通り方までもが、まるで別の空間。
背後の石造りの街とは、あまりにも違う。
「さて、ここからは一本道だ。獣も魔物も最近は出てないが……念のためな」
「用心はしておくよ。……お前さんもな」
商人がセリナに目を向けて、微笑む。
「“この道”、最近は妙な足跡がよく見つかるんだ。獣じゃない、人間の……な」
セリナの瞳がわずかに細まる。
(……人の足跡。西門の外で? それって――)
仮面の裏で、彼女は静かに警戒レベルを引き上げた。
セリナが潜入を進める中、今回は“西門”という街の外れに足を踏み入れる回でした。
依頼という日常の中に、少しずつにじみ出てくる「違和感」を感じ取っていただけたら嬉しいです。




