【囚われの影】
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【囚われの影】
日が傾き始めた頃、荷馬車の一行は西の森沿いを進んでいた。
空気は穏やかで、虫の声と鳥のさえずりが静かに響く。
「……あれ? 今、音止まんなかったか?」
槍使いの青年が、急に立ち止まった。
森の音が……消えていた。
風が止み、空気が重くなる。
一行の視界に、黒い“何か”が滑るように現れる。
「――っ!」
何の前触れもなく、矢が飛ぶ。
続いて、影のようなフード姿の男たちが木々の間から出現した。
「……おい、マジかよ、盗賊!? いや、動きが――」
叫ぶ暇もない。
無音のまま、ひとり、またひとりと倒されていく護衛たち。
(動きが洗練されすぎてる……ただの山賊じゃない。組織化された暗殺型)
セリナの目が、仮面の奥で細く光る。
だが、彼女は――動かない。
「きゃっ……!」
演技は完璧だった。
スカートの裾を掴んで後ずさり、仮面の下で唇を噛む“ふり”をする。
(ふふ……見事に囲んできたわね。
でも、“新米冒険者の女の子”なら――ここで怯えるべき)
敵のひとりが、ナイフを手ににじり寄ってくる。
「いい子だ。そのまま大人しくしてな」
「……は、はい……っ」
声を震わせ、肩をすくめる。
だがその実、体は戦闘時の気配探知と視界記録を開始していた。
(魔力残留量、攻撃技術、装備の質……全部調べられる)
縄がかけられ、馬車の荷台に放り込まれる。
護衛たちもそれぞれ拘束されているが、皆意識はあるようだった。
「うぅ……セリナ、大丈夫か……」
「……だ、大丈夫です……っ」
(ありがとう、これで“演技”が自然になる)
目の端で、周囲の暗殺者たちの“間合い”と“統率”を観察する。
(……これは、ただの盗賊じゃない。“誘拐組織”。しかも……冒険者専門かも)
拘束されたままの姿勢で、セリナはゆっくり目を伏せる。
(せつな様……ちょっとだけ、遊ばせてもらうわ。仮面の下で――ね)
そして、仮面の奥でひっそりと笑った。
荷馬車は、夜の森を静かに進んでいた。
月は雲に隠れ、道の先すら曖昧な暗さが辺りを包んでいる。
縄で縛られたセリナは、荷台の隅に座らされていた。
他の護衛たちは口を布で塞がれ、声を上げることもできない。
(……じゅぴなら、私の位置も魔力状態も全部見えてる。だから、今残すべきは“外向き”の痕跡)
――この街に暮らす、他の冒険者たちへ。
次に“消える誰か”がいたとして、同じようにただ囚われて終わるだけではなく。
少しでも、“気づく”きっかけになるように。
セリナは、自分の背中側、マントの内側に指を這わせた。
(魔力痕じゃなく、視覚的で自然な“印”がいいわね)
指先には、ギルドで渡された“ブロンズランク”の仮登録証――銅片の小さなプレート。
その端を、自分の爪で――音もなく、削る。
ぎり、ぎり、と細く線を刻む。刻まれたのは、単なる“引っかき傷”に見えるが――
それは、街のギルドで共有される“救難の符号”だった。
《→=≫》
意味は――「西門通過後、強制連行の可能性あり」。
ほんのわずかに、荷台の木板の内側に、それを残す。
(誰かが馬車を見つけたとき、これに気づけばいい。
そして、次の“消える人”が、減るかもしれない)
続けて、目立たないように“薬草の香り”をつけた布切れを腰帯の内側から落とす。
朝の依頼で手に入れた、ごく普通の素材――だが、それは確かにこの馬車の“中”にある証拠になる。
一見すればただの忘れ物。
けれど、調査をする者にとっては、明確な痕跡になる。
(演技も必要。泣きそうな少女のまま、ちゃんと仕上げなきゃ)
ガタン、と馬車が揺れる。
ひとりの敵が様子を見に荷台を覗き込んできた。
「……大人しくしてるな? 泣いてても、構わねえぞ」
セリナは、怯えたように目を伏せ、かすれた声で呟いた。
「……帰りたい……お父さん……お母さん……」
その言葉に、敵は鼻で笑った。
(……ふふ。大丈夫。もう“呼び水”は撒いた)
あとは――この街が、ほんの少しでも“気づいて”くれればいい。
それだけで、今日は“十分な収穫”だ。
仮面の奥で、セリナは淡く笑った。
今回はセリナが“囚われる”側に回るという、少しスリリングな展開。
ですが、彼女はただの“被害者”ではなく
仮面の下で冷静に情報を拾い、街に向けて“呼び水”を撒いていく……




