その宿屋、違います!
「……ふぅ……よっこらせ……。」
カスタードのお姫様だっこから開放された私は、年寄りくさい掛け声と共に右手を掲げると、フォドンは漆黒の霧となり、まるで何事もなかったのように消えていった。
しかし、整備されていた庭の殆どは、フォドンの炎球のおかげで焼け野原化してしまっていた。
支給人たちの何人かは、焼け野原化した庭の復旧作業を開始していた。
しかし、素人が見ても復旧までは、かなりの時間がかかってしまうだろう。
私は、フォドンとの戦いで気を失っていたウエハースの元へ向かい容態を見る。
使用人たちが、着ている甲冑を脱がそうとするが、高熱で甲冑は触れないほど熱くなっていた。
流石に、熱伝導を防ぐことはできなかったようだ。
この状況で生きているのは、ウエハースの強靭な肉体のおかげだろう。
私は、左手をウエハースの胸辺りに掲げ、修復魔法を発動する。
修復魔法は回復魔法とは違い、肉体を治癒するのではなく、肉体の壊れた部分をそっくり新しい何かで補修する魔法だ。
それが具体的に何か……は、知らないけど……多分、大丈夫だろう。
その為、通常の回復魔法比べ、段違いに治りが早く戦いで傷ついた痕もほとんど残らない。
とても、便利な魔法なのである。
ただ、修復魔法は使えるケースが限定的な条件が課せられており、こういった裁判の立証やトラブルが合った際に限られている。
修復魔法を施している間、使用人の方には水をかけてもらい、甲冑を冷ましてもらっていた。
いいやんばいに甲冑の温度が下がると、使用人たちは急いで甲冑を外し、中にいるウエハースを助け出した。
ぐったりと気を失っているが、命に別状はなさそうだ。
取り急ぎ、近くの簡易ベッドを準備してもらい寝かせて様子を見ることになった。
「……ふぅ……。」
治療も一段落すると、私は、焼け野原となった庭の中央で宣言するのだった。
「それでは、これにて立証を終了します。ウエハースさんは善戦されましたが、フォドンに破れてしまいました。」
「その為、今回はムラビさんの訴えを支持させて頂きます――!」
これにより、今回ムラビさんの解雇は取り消しとなり、職場に復帰できることになったのだ。
もっとも、私たちの世界でも、解雇についてはそう簡単にできないようになっている。
未経験者歓迎、一からしっかりと指導しますと応募で謳っていたのに、実際は数日で辞めさせてしまっている。
これは解雇条件には、値はしないからだ。
そんな訳で、元の世界の法律とウエハースさんの訴えでは、大幅に差異があった。
更に、ウエハースのステータス的な強さが、あれ程の強い魔物を召喚してしまったのだろう。
無事立証を終えた私は、ウエハースさんが目覚めるまで少し休むことにした。
現在の状況を簡単に説明すると、私のMPはほぼ0という状況だ。
辺りを見回すと、庭の隅辺りは結界から外れており、焼け野原になっていない箇所が多かった。
私が休むには、十分なスペースが残ってる。
私は、そのまま倒れるように草のベッドに寝転がる。
そして、目蓋は重く閉じていき、眠りの闇に落ちていった。
*****
何か頭がぷにぷにするような弾力が気持ちよかった。
少し冷たい風が顔に辺り、私は目を覚ますと、目の前にはカスタードの顔があった。
「あら?、お目覚めですか先生――。」
何故か、膝枕をされていた。
頬で太ももを擦る。とても、すべすべしていた。
……私なんかは、食生活も荒れているせいか結構肌荒れが酷いのだ。
こんな健康的な太ももは、とても羨ましかった。
何かすべすべの秘策があるのか、今度聞いてみよう。
「……ウエハースさん起きた?」
「はい、先程。あちらで先生をお待ちですよ。」
私は結構熟睡してしまったようだった。
私カスタードの太ももから頭を上げると、手を組んで上に伸ばし深呼吸をする。
短い時間でも熟睡できたおかげか、頭はスッキリできていた。
私は、ウエハースが寝ている簡易ベッドの方に、駆け寄るのだった。
「ウエハースさん、大丈夫ですか?」
まだ多少は火傷の後が残っているようだが、概ね大丈夫そうだった。
「おう、異世界の弁護士様、ワシの手当をしてくれたんだって?正直、殆ど体の痛みが無いんだが、どんな治療魔法を使ったんだ?」
「特別な修復魔法ですよ、無事効いて良かったです。」
「おお、流石は異世界の弁護士様だ!本当に助かった。感謝するぞ!」
「いえいえ、これも私の仕事ですので。」
巨漢のウエハースは、私に頭を下げる。
元の世界でも、男の人に頭を下げれ貰うことなんて殆ど無いので、私はあたふたしてしまった。
「ワシは負けたか……。つまり、人を雇うということは、それなりの覚悟と責任を持つ必要があるということだな……。」
「そうですね、雇われ側にとっては、人生がかかってますから、安易な解雇は社会的に認められないということですね。」
「……なるほど、今回は良い教訓になったぞ……。」
すると、ウエハースは何か思いついたようで
「おい、ムラビを呼んでこい。」
と使用人に命令をした。
使用人はすぐさま探しにいくと、数分もしないうちにムラビを連れてきた。
「…………。」
ムラビは、少しバツの悪そうな顔をしていた。
「済まなかった……。まさか、お前が、あれほど戦える男とは思わなかったのだ。」
突然の謝罪――。
ムラビは、驚いた。
「今思えば、ワシは会社の利益ばかり気にして調子に乗っていたのだろうな。能力のあるものを見極め、そだてるという事を止めてしまっていた。上に立つ者としては失格だな。」
「ムラビよ、ワシはお前……いやお前たちに期待をしたいと思う。もう一度ワシの元で、仕事に励んではくれないだろうか。」
「!!!」
「こ、こちらこそ改めてよろしくお願いします。俺たちも、ウエハースさんの、あの戦いに恥じないように、頑張ります!」
ウエハースとムラビは、この場で、お互い力強い握手を交わす。
その光景を見て、私は安堵する。
これなら、もうトラブルも起きないだろう。
「良かったですね、先生!」
カスタードが、私の両腕を握り、ブンブンと振り回し喜んでいる。
「まぁ、私にかかればどんなトラブルも、バッチリ解決よ!」
私は、謎のポーズを決め、少しだけ調子にのった。
心はとても晴れやかだったので、これくらいは大目に見てほしい。
私にとって、法律で円満解決させることができたのは、弁護士冥利に尽きる思いだった。
*****
辺りは、既に日も落ちてきて薄暗くなってきた。
街の建物た街頭に、火や魔法により、徐々に明かりが灯されていく。
その様は、ネオンや外灯が輝く繁華街の明るさとまた違う、神秘的な光景に思えた。
私たちは、ウエハースとムラビに挨拶を済ませると、城を後にする。
門番のモヒカン男は、カスタードに怯えつつも頭を下げ、経緯をしってか丁重に私たちを送り出してくれた。
薄暗い夜道を、私とカスタードは街の方へ向かって歩いて行く。
「結局、夜になっちゃったわね。」
「観光しようと思ったけど、時間的に無理なようね。体もくたくただし……。」
「ねえ、カスタード、どこか良い宿屋あるかな?選んでもらっていい?」
「!!!……私が、選んでいいんですか!?」
「ええ、こちらの世界じゃ、どこがいいか私には分からないからね。」
「じゃあ……あの先生と泊まりたい良さそうな宿屋があるのですが……宜しいでしょうか!」
ご機嫌な声を上げ、確認をするカスタード。
「え、ええ……、じゃあ、そこにしましょうか。」
「は、はい!それでは早速向かいましょう!」
カスタードは、嬉しそうに私の手を取ると、私を引っ張るのだった。
しかし、私はまだ知らなかったのだ。
この先連れて行かれた宿屋が私の思っているものと違うことを……。
*****
「……。」
私は、部屋にあるベッドに座り、呆然とする。
私が座っているベッドは、巨大な円形のベッドだった。
部屋の色彩もピンクよりで、窓を隠すカーテンのようなものもフリルのついて可愛いかった。
部屋を灯すランタンの光が、ゆらゆらと揺れ室内を薄っすらと明るくしている。
ああ、これが雰囲気というものなのだろう。
隣のでは、カスタードが鼻歌を歌いながらお風呂に入っている。
とても、上機嫌のご様子だった。
私は、両手を顔に当て真っ赤にする。
「……これは、たぶん、どうみてもラブ……ほ……。」
こちらの世界にも、私たちの世界と同じような施設があるのかと驚きはした。
人間の性というやつは、異世界でも同じなのかもしれない。
……そもそも、元の世界でもこんな場所一度も入ったことなど無いのだ。
まさか異世界のホテルが、人生初体験になるとは夢にも思わなかった。
まぁ、相手はカスタードなんだけど。
しかし、それなりに興味のあった私は、中央のベッドにダイブする。
私がベッドに沈むと、それなりの弾力で跳ね返る。
「うわぁ……これは……ふかふかだぁwwwwwww!」
言葉に草を生やすほど、ベッドは、とても心地よかった。
「そろそろ……お風呂……私の……番……かな……。」
私の目蓋は、どんどん重くなっていく。
このふわふわの感触を楽しみながら、そのまま沈むように眠りについてしまうのだった。
*****
窓の隙間から眩しい光が、私の顔にチラチラと当たる。
「ん……んん……!」
私は、その光の刺激で目を覚ました。
「あれ……?私……。」
昨日の夜、ベッドにダイブした辺りからの記憶がまったくなかった。
でも、その割には何かが色々おかしかった。
「なんで私、裸なの……。」
服を脱いだ記憶が一切ない。
私は、慌てて服を探そうとすると、隣に誰かが寝ているのに気がつく。
そこには、カスタードが全裸の状態で、微かな寝息を立てていた。
「…………。」
……多分、何もなかったよね。
もしかすると泥酔してお持ち帰りされるというのは、こういう感じかもしれない。
そんな事を、考えてしまった。
しかし嫉妬なのだろうか、カスタードのすべすべの肌を見ていると羨ましく思い、ちょっと触ってみる。
「あ……ぁん……。」
カスタードの、静かな喘ぎ声が聞こえる。
はっ!……いかんいかん!これじゃ、おっさんじゃん!
私は我にかえると、手を引っ込める。
床に落ちていた服を掴むと、私は隣でお風呂に入ることにした。
「はぁ……。」
後ろからため息のような声が聞こえる。
振り向いたが、彼女は先程と同様、微かな寝息を立てて寝ていた。
「気のせいかな……?」
そして私は、朝のお風呂で体と気分をさっぱりさせるのだった。
*****
「うぷっ……。……でも満足満足……。」
宿屋を出た私たちは、開いている適当な店で、朝食取ることにした。
起きたばかりなのであれだっかが、入ったお店の料理はが美味しく、朝ごはんにしてはガッツリと食べてしまった。
「そろそろ、時間かな……。」
そろそろ私がこちらに来て24時間経とうとしていた。
私は、ミスターGの元へ戻ることをカスタードに伝える。
戻る最中、カスタードは、ただブツブツと小声で謎の呪文を唱えているようだったので、そっとしておいた。
そして、しばらく無言で歩いていると
「う……。」
「うわ――――ん!!!」
突然カスタードが泣き出し、私は驚いた。
「ど、どうしたの!?」
私は、子供をあやすような感じで、優しく声をかける。
「せ……ん……せいと、このままわがれるなんで、づらずぎまずぅ……。」
「わ、別れを惜しんでくれるのね、ありがとう。まぁ、でも、また来ますから、すぐ会えるわよ!」
「ぼんどうでずが、いづあえまずが、どのぐらいがまんずればいいでずが……。」
「ほ、ほら、とりあえず、これで涙拭いて……。」
カスタードは、私が渡したハンカチを手に取ると、目の涙と鼻水と涎を拭く。
「す、すいません、少し感情が高ぶってしまいまして……。」
カスタードは、ハンカチを持ったまま動かなくなる。
「どうしたの?」
「……私は、私の依頼者に会うことは許されていないのです。」
「なので、ここで先生をお見送りさせて頂きます……。」
悲しそうな顔で、カスタードは話す。
「あ、そうなんだ……。」
そういえば、もうすぐ森を抜ける。
あの開けた場所まで、もうすぐだった。
「あの……先生?この布切れ、次回まで預かってて宜しいですか?」
「洗ってお返ししますので……。」
そんなに気を使わなくてもいいよ!と話そうと思ったが、カスタードの寂しそうな顔を見て
「いいわよ、それを私と思って待っているといいわ。」
私はカスタードと別れると、森の奥へ歩いていく。
カスタードは、私が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「……はぁ……先生……帰ってしまわれました……。」
「……。」
「先生の……先生の……布切れ……。」
「くんかくんか。」
カスタードは、その微かな匂いを少しの間、楽しむのだった。
*****
「やぁ、お疲れ様でした、先生!」
私が森を抜けると、ミスターGが出迎えてくれる。
「ご、ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」
「いえ、時間ほぼぴったりですよ。約束をしっかり守って下さって助かりますよ。」
流石にミスターGとの約束を破ると、もうこちらに来られない気がして、この辺は仕事同様しっかり守ることにした。
「しかし、今回も大活躍でしたね。依頼したギルドの方も喜んでいましたよ!」
「そ、そうですか、それは良かったです!」
なんだかんだで、やはり仕事をこなし依頼人に喜ばれるのは嬉しいものだった。
これが元の世界でもできれば良いのだけど……。
「それでは、準備して帰りましょうか。」
私は頷くと、帰りの支度をする。
そして、名残惜しいが、この異世界を後にするのだった。
*****
――そして、私は元の世界に戻ってくる。
「……はぁ、帰ってきてしまった……。」
時計をみると、22時間程度、異世界の方に居たのだろうか。
時間は、夜の10時を過ぎていた。
「それでは先生、異世界でのお仕事、ご苦労様でした。」
「……はい……。」
「明日も休みですよね?ゆっくり休んでまた、こちらの世界のトラブル解決にご協力をお願いします。」
「こ、こちらこそ!ふつつかですが、よ、よろしくおねがい……しますぅ!」
私は、挨拶すると深々と頭を下げ、ミスターGと握手をする。
「……そ、それでは、また……。」
「はい、お疲れ様でした。」
そして、私は入り口を出る。
ビルの外にでると、暗い夜道を歩いて行く。
繁華街の灯りが見えると、少しだけホッとした気分になった。
ただ、ビジネス街の土曜の夜ということもあり、開いているお店は少なかった。
「……あれ?」
携帯をみると、珍しくメールが着信していた。
メールする相手もいないので、メールの着信自体が珍しかった。
まぁ、たまにどこから私のアドレスを知ったのか、迷惑メールが来ることはあったので、そのたぐいかと思った。
しかし、それは事務所の先輩からのメールで、明日、資料の整理を手伝ってほしいとの依頼だった。
「明日……休みなのに……。」
そう思いつつも、私は「わかりました。」と打ち込んでメールを返信する。
小さな事でも、人から頼られるなら頑張ってみようかな。
そんな、少し前向きな気分の夜だったのだ――。
読んで頂きありがとうございました!
監修や解説の準備などで、不定期連載になりますが、引き続きよろしくお願いいたします。
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