【2】森の屋敷
森の中にあった屋敷は異世界ファンタジーに出てきそうな洋館だな。見た目だけでも立派なのに。屋敷の回りを囲む道はずっと遠くまで続いている。
「普通の人間はここには入れないよ。むしろ森にもね」
「……どうして」
「それがこの世界にとっての幸いだから」
この世界にとっての……。
この世界はもちろん俺が生まれ育った世界ではなくて。
この世界の空気にたくさんの言葉に触れて、無意識に刻まれていく事実。
「そして主の……願いでもある」
その主は多分……俺だけではないのだろう。
「ソラはこの世界をどう思うか……これから世界を知って、決めて行けばいい」
(お出掛けにはハーパンニーソを用意しておかなくちゃ)
ひぃっ!?
いやさすがにハーパンニーソはちょっと……。俺……引きこもりにならないか……?まぁ今までもひとのいないところで、鐘と詩の闇の中に引きこもっていたようなものだけど。
レインが先導する中、屋敷の中へと入る。全て完璧に掃除がされている……。
「魔力でそうなるようになっている」
俺の疑問を読んだように、レインが答える。
「俺に思念を送っても構わないよ。しゃべりたくないことは、こっそりでも」
思念を……送る……?
それはよく分からないけらど……でも知っているような。
(ハーパンニーソをどうしても穿きたくなった時なら……いつでも……!)
それはないと思うけど!?
「そう言えばソラは不思議な服を着ているね」
「あ……学ラン?」
俺みたいな親からも捨てられた気味の悪い子どもでも、世間体とか、行政の都合とかで、学校には通わせてもらえたから。
「それが異界のコスチューム?」
「……うん。でもレインも知ってるの……?異界のこと」
俺はレインにとっての異界からやって来たこと。いや、だからこそか。レインが俺を迎えに来てくれたのは……。
「それが先代の願いだったからね」
先代って……前の、いわゆる俺の前世だよね。
「けど、いられるとしても十数年かそこらだ。ソラは……ソラの魂はこの世界に帰属する。そして俺たちも。創世神も俺たちも、待てるのはせいぜいそれくらいだ」
「待ってた……の」
レインと……まだ会えていない、そのひとたちは。
「そうだねぇ……俺たちの居場所は、主の側にしかないから」
それでも……行かせてくれたのか。あちらでは常に奇妙な、気味の悪い子どもだと扱われてきた。親にも捨てられ、施設も転々とした。それでも前の俺は……望んだのか。
どうして……。
もっと早く、レインたちの元へ還りたかったはずなのに……。
「そうだね」
レインは俺の深意を汲み取ったのか、俺の頬に流れた涙をそっと拭う。
「それでも先代はそれが必要だと判断した。本当は……あちらにはこちらの世界の魔法や、スキルは何も持ち込めず、魂の中にしまわれるはずだったのだけど……」
「俺のこと……ひとの心の声が聴こえるのは……」
「本来はあちらの世界にはないものは持っていけないと踏んでいたのだけどね」
そう……か。
「本来は持っていけないはずだったもの。だからこそ先代もそれを選んだのか……」
だが所詮はこちらから見れば異界。現地のものしか知り得ない微細な事実もあるだろう。特に伝説とか、科学的に証明できていないこととか、存在とか。
「……こう言うのはテレビでも超能力者の特集があった。だから地球でもありだとされたのかも」
「それは盲点だったかもねぇ。他は神の力由来や、魔法由来だったお陰か出なかったようだけど」
他にもこう言うのがあるのか……。
「大丈夫だよ」
レインは俺の表情を読んだのか。ぽふっと頭に掌を乗せてくれる。見たことはあっても……初めての、温かい感覚。
「こちらでは俺たちがいるから」
「うん」
その言葉はとても温かく、力強いものだった。
「何だか……」
「……ん?」
「……お兄ちゃんがいたらこう言う感じなのかなって」
思ってしまった。施設では常にひとりぼっちだったから、他の子がしていた年上の子をお姉ちゃんやお兄ちゃんと呼ぶこともなくて。
「……ソラ」
(もしかしてハーパンニーソで『おにーたん』って呼んでくれる!?)
「そ、それはないから……!」
ついついツッコんでしまい、やってしまったと口を噤む。
ひとの心の声に反応するだなんて。また気持ちが悪いと言われてしまう。親に捨てられて施設を転々として、ずっとずっと分かっていたことじゃないか……っ。
それなのにまたやってしまった……。
「ごめん……なさい」
レインはせっかくよくしてくれたのに。今までもよくしてくれたひとはいたけれど。必死で隠しても、肝心なところでボロを出す。或いはどこかしらで奇妙な子どもだと勘づかれて、またひとりになる。
「それは何に謝ってるの?俺たちは心の中までソラと繋がっていたい」
心の……中まで……?そんなこと……初めて……いや、本当はずっとずっとそうで……。
ただ、忘れていた……思い出せなかっただけなのだ。
意図せず拾ってしまうのなら。
『主の声も、聞かせて』
そう、望んでくれたのだ。
『だって主は、俺たちの唯一だから』
(レイン)
「うん」
久々に伝えるその声に、自信はなかったけれど。確実にレインには届いており、レインは俺にあいづちを返してくれる。
(ありがとう)
「こちらこそ」
にこりと微笑み、再び頭を撫でてくれる掌は……やはり、温かい。




