【1】レヴィラスの祈り
――――それはまさしく祈りのような。
しかし時に世界を滅ぼしてしまうものである。
それなのにその声が愛おしい。
「……また、聴こえる」
『コオテ、コオテ』
戦の始まりを告げるその鐘には、ふたつの顔がある。表は怒り、裏は悲しみ。
その意味を、誰もが忘れてしまっても……。
「どうしたの?」
顔を覗く、ひとりの少女。
「な……何でも」
無意識に身体を強ばらせる。濃茶の髪は蹲っていても目立ち因縁をつけられる。そしてみんなとは違う灰色の瞳。どれもこれも俺を縮こまらせるもの。
「ねぇ、同じクラスの空くん、だよね?」
「え……」
俺を知ってる?こんな平凡な俺を?
「私は花。覚えてる?」
「……ああ、うん」
クラスのマドンナの彼女を知らぬわけはない。
「大丈夫?ひとりで立てないなら、どうぞ」
優しく手を差し伸べる彼女。
「でも、俺と関わったりなんてしたら」
彼女が何をされるか。
「へーきだよ!私、これでも空手の黒帯だからさ!」
そう言って彼女は俺の手を引き上げた。
そんな、優しい世界もあるのだと。
『ユカン、ユカン』
しかし脳内に響く拙い言葉。意味を成さないはずなのに、何となく分かる。
哀愁を帯びたその詩は。
『トヨメカセ、トヨメカセ』
悲しみ、苦しみ、寂しさ。
『オオセヨ、オオセヨ』
けれどその中で見つけた。
『ミマシ、ミマシ』
呼んでいる。
『ミコトノリ』
破壊と、
『ミコトノリ』
破戒。
『コオチノ、カダン』
それを望められればどれだけよいか。
『ササゲン、ササゲン』
けれど、それを捧げられれば。
この世界が滅びてしまうことだけは分かった。
たとえどんなに生き辛くとも。
どこにも味方がおらずとも、ひとりぼっちでも。
それでこの世界が……滅びてしまえばいいとは思えない。あの日の彼女の手があったから。
オーケストラのように止まぬことのない喧騒も、異界の言葉が紡ぐ詩を聴いている時だけは静かな……静かな闇の中。
その中にいられるのなら、それ以上は望むまいと思っていたんだ……。
闇の中。どのくらい、この中にいただろうか。
あちらの17歳の姿ままで、自身の時を止めながら。
ただ、それが責務のように、たゆたう。この優しい闇の中に抱かれて眠り……眠る。
目覚めの時まで、いつまで待てばいい?
だがふと、顔を上げる。
懐かしい匂いを掴んで、ふと瞳を開けた。
そこは……見覚えのない森の中。だけど知っているのは……何故。
「おはようございます、我が主」
そう言って俺の手をとり跪き、顔を上げたのは。赤茶けた髪に赤い瞳を持つ顔立ちの整った青年だった。装いはまるで騎士のよう。
「えと……」
知っているはずなのに、よく思い出せない。
4つの羽根に……6つの脚……。
しかし目の前の青年には羽根はなく、手足も人間と変わらない。
そして同時に脳裏に浮かぶのは、神の座に腰掛ける自分ではない自分。そしてその周りに集う4柱の……彼ら。
「我が主に変わらぬ忠誠を」
けれどその言葉を受け取り、この世界に『着地』をしたのが分かった瞬間、闇の中に入ってくることがなかった声が、俺の中に入ってきた。
(ヤバい……ショタっ子の年齢より成長しているはずなのに……っ。主は……確実にハーパン・ニーソが抜群に似合う!そのハーパンニーソの間の絶対領域は……もはや……。いや、文字通り神レベル……っ!!)
え……。
えぇぇ――――――……。
唐突に、この青年に手を取られていることが不安になってきたのだが。
「我が主」
それって俺のこと……だよな……。しっくりくるのに、ちょっとそれは止めてほしい、不思議な感覚。
「きっと我が主のこと。我が望みも容易く見抜かれたことでしょう」
え……えっと……しょ……ショタコン……。このひとショタコン……!?あの、お国柄的に童顔には見えるのだろうけど。
とは言え……俺はもう17歳なのだが。ただし身長は平均よりも低い150センチ台。
さすがにハーパンニーソは無理があるのでは……?
「我が主には、ハーパンニーソが確実に似合う……!」
そんなイケメン顔でそんなことを言われても!何かが確実に無駄遣いされている……!そのルックスと声で、少女漫画のヒーローのセリフを言った方が確実に生産的ではなかろうか。
「我が主は……ハーパンニーソ!」
(絶対領域絶対領域絶対領域いぃぃぃ――――――――っ!!!)
ひいぃぃっ!?こ……このひと変態だあぁぁぁぁっ!!?
て言うか絶対領域って……メイドさんのスカートとニーソの間に使う言葉じゃないのぉっ!!?うわあぁぁぁぁんっ!
「ま、前座はこのくらいにして」
「前座……?前座なの……?これ」
この後何が来るのか……ちょ……恐いんですけど。
「俺たちの屋敷に行こうか」
「……いえ?」
「そうだよ。この森にある。俺たちの屋敷」
「あの……俺は……っ」
一緒には行けない。何故このひとが俺を連れていこうとしているのか……それほどまでに、拒むことはしない。けれど。
「俺は多分……あなたにとって、良くないものを、持っている」
「……そうか。別の世界に一度魂が渡った弊害かな?俺たちのこと覚えてない?主」
「……ご、ごめんなさい」
何だかとても申し訳ないことをしたようで。
「んまぁ、そこら辺はレヴィに聞けばいいからね」
レヴィ……?
――――レヴィラス。
一瞬、聴いたこともないけれど、だけど知っているその名が脳裏に浮かんだ。
「問題ないよ。主は俺たちの中で一番強いけど」
一番……強い……?俺が……?
「でもみんな、この世界の異物。主の元でしか生きられないからね」
それって、どういう意味なのだろう。
脳裏に流れてくる映像は、彼が懐かしんでいる映像か。
先ほどと同じ。しかしもっと視界が明るくなる。角を生やした自分ではない自分に縋る、4柱の影のひとつは……彼である。けれど、彼自身ではない。
そして角を生やした誰かは……。
「少しずつ、思い出していけばいいよ。心配しなくても、俺たちも主が転生するたびに生まれ直してる」
生まれ変わっているのではなく、直してる……?その言葉の使い方はどこか奇妙で、でもしっくりとくるのは何故だろうか。
「我が主」
「あの……」
「ん?」
「その主っての……ちょっと」
「嫌……?」
「……ではないけど」
その呼び方は、幾度となく繰り返されてきた、理が紡ぐもの。けれど。やっぱり地球で、日本人として過ごした身としては……。
「俺は、空。空だよ。ソラって……呼んで」
この世界には漢字と呼ばれるものはない……はずだ。文字も言葉も違う世界。それでも彼と意思の疎通ができるのは……多分。還ってきたからなのだろうな……。
ずっとずっと、あの鐘の音と、紡がれる拙い詩を覚えていたから。
あの闇の中に籠っていられたからだろう。
「仰せのままに、我が主。……いや、ソラ」
「……うん。あの……あなたの名前は……」
「俺は……」
(ハーパンニーソを穿いて『おにーたん』って呼ばれたい……!)
ヤバいこのひと、やっぱりヤバいひと!!
てか何、『おにーたん』って……!確かに彼の方が年上だと思うけど……その『おにーたん』には違う意味が込められているような気がしてならない。
「レインガルシュ」
彼……レインガルシュが紡いだ名に、どこか納得が言ったように俺の中にすっぽりと収まる。もちろん妙なショタコン……?いや、俺はもうショタとか呼ばれる年齢ではないし。……つまり彼が変態だと言う事実ではない。
彼自身がレインガルシュだと言う点に於いてだ。
「普段はレイでも、ガルシュでも、好きに呼んでいい」
「……じゃぁ、レイン?」
どこか空とお揃いみたい。その響きが好きだった。レインは……雨。
「そうか。ふふ……っ」
(今生では、それを選ぶか)
代々呼び名に差があるのか。多分俺の名も……じゃないかな。
思い出せないけれど。それでもレインは俺の眷属神。それだけは分かった。変態なところは……よく分からないけれど。
レインに続いて森の中を進んで行けば。森の中に大きな屋敷を見つけた。




