◯救助されます。酔っ払いに絡まれます。
辿り着いたのは、三つ目のセーフハウス、一番貧相なマンションだった。団地と言っても過言ではない。
「お前ほんまッ!三つ目やぞ!ほんまにどないなってんねん!ほんまにおるんか!?」
途中で捕まえた黒鳥会直系の幹部に怒鳴りちらすユキ。幹部だけでなく無線越しにエリにも言っているようだった。
ユキさん、焦らないで。とサヤカが宥められ、少し冷静になるユキ。
「ここ以外はもうないねんな?どうなんだ?コラ」
ユキの問いに激しくうなづく幹部。
「そもそもお前な?なんでそんな格好を妾にさせるねん、ずいぶんな趣味してるわホンマ」
と、前置きしてから、核心に触れる質問をする。妾の姿を見てないぞ、と話を振ったら整形したという話だったのだ。
妾が鬱陶しくなってきた時につい、たまたま自分の好みだと酒の勢いで言ったのがエマのような容姿だった。要はただの偶然だった。エリは呆れを通り越して、自分にはツキがないのかと自身を呪った。
反対に、そこまでしてティオを死地に送り出すつもりもなかったから、現状一番焦っているのはユキである。
「お前、これで実は別の場所ですってなってみ?どないなるかわかってるよなぁ!命がなんぼあってももう遅いぞ!!?」
間違いない、これ以上は俺もわからんのだ、と狼狽する幹部を睨みつけるユキ。
「もう、アンタだけがそんなに慌てると、こっちの調子が狂うじゃない」
先にセーフハウス内に侵入したエリの無線が入る。銃声は聞こえない。静かに制圧しているのだろう。ただ男のうめき声とエリの軽口だけが無線から届く。
最後の一部屋以外を掃討完了。そのエリからの無線を受け、幹部を突き飛ばしながら、セーフハウスに入るユキとサヤカ。
その時だった、ティオに預けた位置情報が展開される。
ここだ、ここで間違い無い。
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「もおぉー!、にゃんでぇ、もっとおおお、早くぅ、言わにゃいのよぉぉぉー、もーーー!」
寂れた居酒屋の座敷席で、グデグデになったエリがティオに絡みつく。ティオは先日グラスを投げられ平手打ちされたにもかかわらず、エリに触れられては、まんざらでもない顔をしている。嬉しいらしい。
エリはティオの肩を組んで、それほど安物でもないはずのブランデーをティオのグラスに乱暴に注ぐ。
「ほりゃあ!にょみなさいよー、アッハッハ!」
逆ツーフィンガーくらいの余力しかなかったグラスから盛大にブランデーが溢れる。何がおかしいのかわからないがエリの笑い声がもう一段上がる。
「アッハー!ごぼりぇちゃったぁー!ヒャッヒャッヒャぁ!」
あー!すいません!と言いながらサヤカがテキパキ机を拭く。エリはサヤカに目もくれずグデグデでベタベタとティオに絡みつく、両手で頬を包みこみ、じっとティオを見る。ティオが照れて目を逸らそうとするが、それを許さないようにしっかり掴んで笑顔になる。
「ほりゃあー、にょんでよぉー、ティオちゃーん」
左手は頬にそえたまま、ブランデーが溢れたベタベタのグラスをティオの口に持っていく。ティオはなされるがまま、飲まされている。誰に対する言い訳ではないが、合意の上であると思われる。
「いつもこんなんなんか?コイツ?」
ビールを片手にユキがサヤカ尋ねる。いつのまにか机は綺麗になっている。サヤカは頬を掻く。
「ここ最近で一番ですね、麻薬取締課全員を潰した時以来ですね」
楽しいそうですよね。とかなんとか言っているが、ユキにとってはそれどころではない、聞き捨てならない話があったような気がするので確認する。
「あの麻取全滅って、コイツなんか」
エリが麻取で浮いているという噂があったが、まさかの懇親会関係だとは思わなかった。いや、そんなことはないと思いその真意を聞こうとするが、サヤカの顔は笑って黙っている。よく見るとその顔に書いてある文字は、これ以上聞くな。であった。ユキはそれ以上の追求を諦めた。ええんや、監査じゃないんや。深追いせん方がええんや。そう思い、片手のビールを飲む。やっぱり瓶ビールだよ。
「当たり前よ、潜入捜査で酒に溺れるなんてあってはならないわ、バカじゃないの」
何をどこまで聞いていたのか、エリが無駄にキリッっとした顔で言ってくる。キッっとこちらを睨んだ後、ティオに向き直って猫撫で声で話しかける。実は酔っていない?そんなことあるのだろうか。
「だかりゃあ、はやくぅ、飲んでえぇー」
さっき空っぽになったはずのグラスには、また新しい琥珀色の液体が並々と注がれていた。エリもなまじ顔は悪いわけやないから、あれで迫られて耐性ある人間は最早人間やないかもしれんな。ティオは絆されているので彼女は人間ということにしよう。
「いや、でも、その」
ティオは、お酒のせいなのか、エリの猫撫で声を近くで聞いたからか、顔を真っ赤にしている。
おや?抵抗できるのか、もしや人間ではないのか?エリや妾の女から受けた一連の傷はいつのまにか塞がっているし、跡も残っていない。まぁ、元々訳わかんないからどっちでも良いや。いつかわかる。そう思いユキは自分のビールをグラスへ注ぐ。
エリは、飲んでと言ったくせに自分からグラスに口をつけて飲んでいる。ブランデーを一気飲みだ。繰り返すが合意の上だと思われる。グラスを空にして、ふう、と一息ついてティオをエリが抱きしめる。
「ごめぇんねぇー、もっとぉー早くねぇー」
この日もう二十回は聞いたセリフを吐く。自分たちが早く行ければよかったと懺悔する。
「良いんですよ、むしろありがとうございます」
ティオは顔は赤いが話し口は至って真面目。全く酔っている素振りがない。続けて何かを話そうとするが、エリがキツく抱きしめるので、あわわわわ。なんて言っている。
「ほらエリさん、ティオさんが話せなくなってますよー」
極めて自然に有無を言わさずエリを引き剥がす。エリも抵抗はしない。不思議な関係性だとは思う。
「うっしゃいわぁー!ボケェエエエ!うちのむしゅめにぃー、にゃにしてくれとッんじゃあああ、このボケコリャァ!!」
唐突に全く似てもないモノマネを披露するエリ。ティオ救助のために部屋に突入した際にユキが妾相手に啖呵を切ったセリフである。突然のモノマネに驚くユキとニマニマするエリ。
ふん。と仕切り直しをして、エリは机に肘を置いて指を組みそこに顎を乗せる。古臭い大学教授のような感じであり、ニマニマというムフムフである。
「むしゅめだってヨォぉお、どうなんよぉ?ティオちゃ〜ん」
切れ長な目つきの流し目でティオを見るエリ。酒で酔った頬も少し艶っぽく見える。
「あの、その、えっと…」
いつものスカートを握りしめて、俯いて小さく小刻み震えるティオ。
「エェー、なにぃ?」
顎を指からおろし、少し前のめりになって急かすエリ。
一拍の間が開く。全員がティオの言葉を待っている。
「嬉しかったです!!!信じて良かったです!!!!嬉しいです!」
ガバッと顔を上げ、天井を見上げて大泣きするティオ。
あー!と、泣くティオにまたエリが抱きつく。
あ、泣き上戸なんだぁと、サヤカがパッと笑顔になる。それ以上は触れないでおく。
「愛されてるってええええ、こんな感じなんですねええええええ」
びべええ、と、情けなく泣くティオを爆笑しながら抱き直すエリ。
愛されてるって言いましたが、そうなんだろうか。と彼女が実体化してからのことを思い出すユキであったが、まぁ、良いや。どうやらそれは間違いではなかったらしい。
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「あのー、良いですか?」
ティオの潜入捜査と居酒屋大騒動から数日経った金曜日の定時前。監察官居室にサヤカが一人で訪ねてきた。
珍しい時間にそれほど珍しくないほぼ身内の来訪。
「珍しいね、こんな時間に」
ユキが迎える。ティオは珈琲を準備する。添えられるのは甜菜糖。甜菜という野菜から取れる砂糖の一種、茶色で粒も大きく、自然な甘みが出るとされている。ティオは珈琲に尋常ならざる量を入れるので初めて見ると驚くが、監察官居室ではもはや日常である。
「あのー、まだ解禁前なのですが、お伝えしないといけない話があります」
サヤカがおずおずと切り出した。
一話 終わり




