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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
四章 決断の時
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春を冠する

 シュカは既に、自分の荷物をざっと纏めているようだった。しばらくして、サヤカの次に起きたのはナフェリアで、そこからはすぐに全員が目を覚ました。その中でも、目が腫れてしまったと笑うシュリは、それでも晴れやかな顔つきをしていた。

 シュカは、調度品はそのままに、自分の着替えや小物を詰めた鞄を背負って小屋を出ることにしたようだった。鍵をゆっくりと閉めると、それをそのまま地面に埋める。樵が帰ってくる前にシュカがこの家を出ることになった時はここに鍵を埋めておくと決めていたらしい。出発の前に長い置き手紙を書いていたのは記憶に新しかった。

 アルトンまでの道のりは六人という、騒がしい人数で進むこととなった。

「そういえば、みんなで酒場に行きたいって話が出てたっけねえ。どうするんだい?」

「私は行きたい!」

「僕はみんなに任せるよ」

 ナフェリアの問いかけに、各々が反応した。他の人が行くなら行く、と曖昧な返事だったのはマコトとシュカだったが、ほかの面々は面白そうだと行きたい様子だった。シュリはシュカの隣を陣取りながら問う。

「酒場って……俺は行っていいもんなんですか、それ」

「酒飲まなきゃ平気だろ。飯だけ食ってれば」

「アルトンにそこそこ大きな酒場があったはずだよ。あたしも行ってみたかったし、今日中にアルトンに着ければ行ってみるかい?」

「ナフェリアちゃん、何かおすすめの料理とかある?」

「あたしは辛い物が好きだから、それしかお薦めできないけど……辛いものは平気なくちかい?」

「うん、割とみんな食べられるよね」

「何度も言うようだけど、僕は無理だからね。ねえ聞いてる? ミコト、あとサヤカも」

「旨いんだけどな、辛いもんって酒に合うんだぜ」

「お酒も、辛いものも食べない人にそれ言われても……」

「酒場に向いてねえなあ、兄貴」

 悪びれないミコトに、マコトがわざとらしく肩を落として見せる。サヤカがまあまあ、とくすくす笑いながら宥めていた。

「お酒かあ。変な酔い方しないといいなあ」

「サヤカちゃん、泣き上戸だったらどうする?」

「えっ、恥ずかしいから嫌だなそれ」

「可能性はあるよー」

「シュリちゃんだってこう……変な酔い方するかもしれないじゃん」

「どんな?」

「……わからないけど」

 酒場に行ったことがないサヤカは、変な酔い方の具体例をよく知らない。しばらく迷った末に具体例を諦めたサヤカを、ミコトとナフェリアが笑う。

 シュカも多少笑いながら、話題をそっと変えた。

「俺はまず教会と、孤児院に寄りますね」

「あ、じゃああたしは国兵のところに顔出してくるよ。悪党たちをきちんと捕まえたかも気になるしねえ」

「じゃあ、わたしシュカと一緒に行くね。酒場に寄るってことは……アルトンには一晩残ることになるのかな」

「じゃあ、サヤカと僕とで宿取っておこうか。男女で割って、二部屋あれば平気?」

 頷いたサヤカに、ミコトが「三手に分かれることになりそうだな」と続けた。アルトンには夕暮れ頃に到着するだろう。

「酒入ったらまともに話せないやつ出るかもしれないし、先にこの先どうするか話し合っとこうぜ」

 ミコトがそう提案する。先頭を歩いていたナフェリアが、くるりと振り返って後ろ向きに歩きながら問いかけた。

「シュカは王都に行くんだろう? シュリはどうするんだい?」

「わたしもシュカと一緒に王都に行くよ。なんとかして両親に連絡とらないと」

「俺もシュリと一緒に行くから、とにかく急いで王都だな。兄貴たちも王都だっけ?」

「僕たちはそこまで急ぎじゃない──よね? 王都だよ」

 マコトがサヤカに確認をとるようにしながら答える。サヤカはそうだなあ、と首を傾げた。

「一緒に行っていいなら行きたいな、私は。みんなは?」

「俺らはもう途中の町だとか、観光だとか関係なしに王都だけを目指しちゃうけど、それでよければ一緒に来る?」

「……そんなに急いでるの?」

 シュカとシュリが、同時にこくりと頷いた。最後尾を守るサヤカとマコトは顔を見合わせて少し悩んでいる様子だった。とくにマコトは、連絡こそ途中でしたものの騎士を罷免になって初の帰省である。気まずさももちろんある。だから正直ミコトと一緒に行けるのは心強くもあるのだが、サヤカはどうなのだろうか。町の観光をそれなりに楽しんでいる様子だったし、とマコトは悩んでいた。

「杞憂かもしれないけど、わたしとシュカは早く王宮に行かなきゃいけないの」

「ああ、そういえば昨日もなんか言ってたねえ。冬が長いのは俺のせいだとかなんとか、シュカが」

「ああ、あれ」

 シュカがなんてことなさげに言う。話していいのかとシュリに目配せしてみせると、シュリが頷いて話し始めた。

「ええと、まず……わたしたち、元は王宮の出なの。宮廷魔導士っていう、こう、国の魔法関連のあれこれをやるひとたちの子供で、小さなころから使用人としてお城に居たの。……ええとそれから、四季の塔には四季の精がいるっていうのは、みんな知ってる?」

 随分と飛躍した話ではあったが、サヤカとマコト、それからナフェリアは、流石にそれは知っていると言いたげに頷いてみせた。ミコトはどうやら事情に通じているようで、シュリと一緒に残りの三人を見渡している。

「四季の精には、その精霊のお付きになる『守り人』って人たちがいてね。一年のうちその季節だけ、四季の精と一緒に塔に籠ることになってるの。お世話をしたり、一緒に遊んだりする役割なんだ。あと、四季の変わり目に、四季の精を起こしたり寝かしつけたりするのも『守り人』の役目」

「……『守り人』は一生ものの役割です。四季の精に見初められたものだけがなれる特別な役割で、守り人が高齢になると、四季の塔に次代の守り人の候補となる数人の子供が連れていかれて……その中から、四季の精が『守り人』を選びます」

 サヤカの目が白黒としてきていた。複雑かつ、聞いたことのない話はすぐに頭には入ってこない。マコトとナフェリアも、何度も頷きながら一生懸命に話を聞いている様子だった。

 サヤカは、その話がどこへ向かおうとしているのか、それすら皆目見当がつかない。そんな三人の様子に、一度止まった話だったが、ナフェリアが先を促した。

 シュカが続ける。

「俺が、その……次代の『春の守り人』でした。攫われる一年ほど前に、俺も姉さんも魔力が強いからと候補になって、俺が選ばれたんです。そのあと攫われたんで、きっと別の人が選ばれたもんだと思ってたんですけどね」

「今年になって、なんだか冬が長かったから……もしかして、シュカがいないせいで冬が長くなってるんじゃないかってずっと思ってたの。でも、この気候だとそうでもないみたいだね」

「まだ鐘が鳴っていないことだけが不安なんですけどね」

「……おーい、兄貴にサヤカ。難しい話なのはわかるんだけどな、帰ってこい」

 立ち止まって頭を抱えたサヤカに、ミコトがあきれた様子で声をかけた。ナフェリアは何とか話を飲み込んだようで、斜め上を見て何度も頷きながら意味深に「なるほどね」と呟く。マコトは様々なことを言いたげに口をぱくぱくとさせていた。

「まあ、本当に春の守り人がまだ決まっていないなんてことはありえないでしょう。でも、気になるから早く王宮まで帰りたいんです。……両親に会いたいのももちろんありますけどね」

「ええっと……つまり、待ってね、シュリちゃんとシュカは、すごくえらいひと……?」

「そんなことないよ、ただの魔導士の娘。シュカは偉い立場になる予定だったってだけ」

「僕も正直なところあんまり理解できてない。けど、とりあえず直ぐにでも帰りたい理由はわかった、つもり」

「……ええと、まあいいさ。とりあえず複雑なんだね、事情が」

「さては誰も分かってないだろ。俺も理解するのに三日くらいかかったけど」

「……とりあえず僕は、シュリさんが、あまりにも想像を超えた壮絶すぎる人生を送ってきたことに驚いてます。攫われた上にロクス様の館に来たのは知ってたんですが、王宮の出なことまでは……」

 思考の限界を超えて疑問符が飛び交う三人に、シュリが笑って見せる。

「そんな深く考えなくていいのに」

「いや、その……」

「それより、ナフェリアさんはどうするんですか。旅の便利屋って言ってましたけど、これから行き先は」

「……どうしようか。あんたらについてくのが一番面白い気がするし、そうしようかねえ。とりあえずアルトンまでは一緒だ」

「……そうですか」

 シュカがそう言って前を向いた。サヤカはいまだ話が噛み砕けず、ぐるぐると考えながら一行に追いすがった。

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