怪我の行方
泣き疲れたのか、シュカに抱き着いたまま眠ってしまったシュリを、ミコトが軽々と運んでいた。朝靄もかからずすっきりとした朝を迎えた一行は、「見苦しいところをお見せしました」と笑うシュカを囲んで食卓に座っていた。
「ナフェリアさん、改めて……ありがとうございます」
「あたしがあの子を見つけられたのは本当に偶然だったんだってば。お礼ならこの子らに言ってくれ」
「サヤカさんも、マコトさんも……本当に、姉を僕のところに連れてきてくれて、ありがとうございました」
サヤカが、満更でもなさそうに笑う。マコトが謙遜して手を振った。シュカはそれぞれにお辞儀をしながらお礼を言っていた。
「ミコトさんも、本当にありがとうございました」
「俺は礼を言われるようなことはしてねえよ」
しんみりとした小屋の空気に耐えられなかったのか、ナフェリアがシュカを茶化す。
「シュカ、「僕」だなんて格好つけてないで気楽に喋ったらどうだい?」
「……最低限の礼儀のつもりだったんですが」
「そんなの誰も気にしないさ」
シュカが疑わしげにナフェリアを見つめる。サヤカとミコトが、相変わらずなナフェリアの様子を見て笑った。シュカの寝台を借りて眠るシュリを気にしている様子はあったものの、ミコトも安心したのか楽しそうだった。
「ナツ、やっぱお前人を揶揄うことが生き甲斐だろ」
「心外だねえ」
「ああ、それには同感です」
「シュカ、何を言ってくれてるんだい?」
まだ少し涙声ながら、シュカがミコトに同調する。マコトも「僕も一票」とそっと手を上げた。ナフェリアが盛大な溜息をついて、あきれた様子で笑う。
小屋は、火を焚いていないのになんだか暖かかった。マコトはローブを椅子の背にかけて、サヤカは襟巻を外している。鳥がどこかで鳴いていた。
「……ねえ、春がそろそろ来るのかな?」
「ああ、多分ね。夜明けと春が一緒に来るなんていいじゃないか、ふたりを祝福してるよ」
「ようやくか。ほんとに今年の冬は長かったね」
確かに、とミコトが笑う。
シュカが一拍置いて、ふにゃりと笑って見せた。サヤカたちは見たことがなかった、そんな気の抜けた笑みに、つられてサヤカも微笑む。
「……よかった。俺のせいかと思ってました」
「ん?」
「春が来なかったじゃないですか。ずっと雪が降ってたし、鐘も鳴らないし……」
「そうだねえ。確かに長かったけど……国王様が亡くなったし、そういうあれこれじゃないのかい? シュカは何にもしてないだろう」
「……あれ、姉から聞いてませんか?」
こてりと、シュカが首を傾げる。サヤカは流石に眠くなってきてふわと欠伸をしてみせた。シュカの問いにミコト以外の面々が頷くと、シュカは少し悩んだ素振りを見せる。
「ええと、じゃあ……姉が起きてから、お話しします」
「分かった。すまないけど、少し場所を借りてもいいかい。夜じゅう歩いてきたせいでみんな眠いんだ」
「少しうるさくしますが、それでよければ」
「かまわないさ。何かするのかい?」
「……王都に向かいます。だから家を片付けて、明日にはアルトンに挨拶に行きます。樵ともそういう約束なので……姉もきっと、そうです」
ナフェリアもそれ以上は追及しなかった。サヤカがいち早く立ち上がり、おぼつかない足取りで居間へと向かう。慌ててそれについていったマコトに、ゆっくりとナフェリアたちも続いた。シュカは気を使ってか、窓枠に布を挟んで日の光を遮断する。それなりに暗くなった部屋の中で、いち早くサヤカは眠りに落ちていた。
シュカが胸元からなにやら、雫を無理やり固めたような、菱形を崩したような形をした宝石を取り出して、慈しむような目で見つめていた。
ふと目を覚ました時には、まだ誰も起きていなかった。かすかに陽が差し込んでいるのが見えて、ああ昼過ぎか──とサヤカは思う。ずいぶん早く起きることができたな、と伸びをして、雑魚寝している面々を見つめた。
徹夜で森を歩ききって、それからようやく眠ったにしてはやけに頭がすっきりとしている。どういうことだろうかと首を捻れば、少し向こう側で気配が動いた。のそりと起き上がったのはシュカで、寝癖が目立っていた。
サヤカははじめ、何の疑問も持たずにシュカに手を振ってみせた。ぺこりとお辞儀したシュカは、静かに立ち上がって小屋の奥へと向かった。桶を片手に戻ってくる姿を見て、水汲みに行くのだなと思う。サヤカも一行を起こさないように立ち上がると、シュカに手伝いを申し出た。
小屋の外に出てから、シュカはようやく声を出した。
「おはようございます」
「……こんにちは、じゃなくて?」
「え? ……ええ、おはようございます」
今は昼過ぎではないのか。おはようございます、と疑問ながらに答えてから、サヤカは眉をひそめた。どうしてシュカも眠っているのか。夜明け直前に叩き起こされた形となる彼は別に、サヤカたちに合わせて眠る必要もない。慌てて太陽の向きを確認しようと空を見上げたサヤカは気が付く。
昼ではない、朝である。
「……もしかして、一日経ってる?」
「あ、はい。ナフェリアさんだけ一度起きたんですが、他の人はみんな眠りっぱなしでした」
一日経った朝ならば、道理でシュカも寝ているわけだ、とサヤカは納得した。シュリに負けず劣らず気を張っていたであろうミコトも、それからマコトも安心したのか起きることなく丸一日眠っているらしい。
「みなさんが起きたら、俺はアルトンに向かいます。姉さんが一緒に来るかどうかはわからないけど……」
「王都って、なにか王都に用事があるの?」
「まあ。……サヤカさんたちは?」
「私とマコトも、王都に向かってるの。シュリたちの行き先は聞いてないけど、シュリが向かうとこにミコトも来るだろうから……わからないのはナツだけかな」
「じゃあ、道は一緒かもしれませんね。サヤカさんたちさえ良ければ」
「邪魔じゃなければ、一緒に行けたら楽しいと思うな」
さんさんと陽の光が降り注いでいた。風に木々が揺れる。水汲み場にしているらしい井戸まで来た時に、シュカが思い出したようにサヤカに聞いた。
「そういえば、腕を怪我しているんじゃないですか。水汲み、今日は少ないですし、無理しないでください」
「あ、……これは……」
「……サヤカさん?」
「……もうほとんど治ってるから、大丈夫。いつも小屋を借りっぱなしだし、手伝うよ」
「それなら良いんですけど」
シュカが未だ心配そうに、釣瓶を井戸の底に落とす。ぱりんと氷が割れる音がして、釣瓶が水に沈んだようだった。サヤカは少し目を逸らした後に続ける。
「マコトと一緒に旅をはじめた切っ掛けがこの怪我なの。治ったら一緒にいる理由がなくなっちゃうなあって思ってるんだ、……少しだけ」
「……そんなの、まだ一緒に居たいって言えばいいじゃないですか?」
「うん、わかってる。治ったらちゃんと言うつもりだよ」
ぱしゃり、と冷たい水が桶に移されていく。ふたつの桶に半分ずつほど水がたまると、シュカがふたつの桶をひょいと持ち上げた。サヤカが何を言う前に、皮肉っぽく口角を上げてシュカが言った。
「怪我してるサヤカさんに手伝わせて、マコトさんにいちゃもんつけられても困るんで」
「そんな人じゃないけどなあ」
「分かってますよ」
シュカの言葉に、サヤカはつい笑った。桶の中の水がシュカの足取りに合わせて揺れ、波紋を作っていく。サヤカはただシュカについてきた形になってしまったが、他愛もない話をしながら小屋まで戻った。




