救出
ひらりと、マコトのローブが視界を埋めていった。残された言葉に縫い留められたようにその場を動けなくなったサヤカは、挑発的なマコトの台詞だけを聞いていた。動かなければいけないのに、何もできないかもしれないけれど私だってマコトの相棒だ。せめて影から魔法で手助けだけでも、しなければいけないのに。
一度「やらなければ」と頭を通してしまうと、サヤカの正義感は恐怖に負けるのだ。
「ここで何してるんだよ」
「アルトンの町で、子供が攫われたって聞いて。そんな悪党は僕がやっつけてやるって思ったもので」
「名前を教えろ」
「人に名前を聞くときは先に名乗ってください、金髪のお方」
「俺はイアン。フードをとれよ、顔が見えないだろう」
「フードをとったところで暗闇で、何も見えないでしょう」
「……チッ、もういい」
きん、と鞘から剣が抜かれる音が聞こえた。彼の太刀筋は知っている。人と戦ってもきっと強いであろうことも。サヤカすれすれを貫いていった銀色を深く覚えている。ただ息を止めることしかできないサヤカは、緊迫感の中で交わされる会話に震えていた。一文字一文字をようやくかみ砕いて、意味を理解する。
相手の力量は見えないし、わからない。
普段の数倍生意気な返答をしたマコトに気を悪くしたのか、鉄どうしがぶつかる音がした。比較的平和なリチアドで、人と人の剣での戦いはめったに起こらない──というか、サヤカは経験したことがなかった。これがひとりだったら、もうとっくに遁走しているところだ。一人旅のころに山賊に出会ったときなんかは、花びらで目くらましをしたり、狼にやったように蔓で足を縫い留めたりして奔逸していた。今は、ナフェリアの帰還と隣にいたマコトのことを考えるとまさか逃げるなんて選択肢は頭の片隅にさえなかったけれど。
剣での戦いは、一歩違えれば命を奪い奪われてしまう。大怪我だって、ただの喧嘩なんかよりすぐそばに控えている。剣が合わさる音が響く度にサヤカはぎゅうと量の指を握りしめていた。マコトを巻き込んだことをひどく後悔していた。
やがて、金髪の青年──おそらくナフェリアが追っていたその人だろう──は、荒げた息で声を上げた。金属のぶつかり合う音が一度止み、踊るような足音が途絶える。
「お兄さんよお、言い忘れてたが」
「なんですか?」
「この岩はな、俺たちの住処なんだ。だから俺が呼べばすぐに仲間が」
「──それがねえ、残念ながら来ないんだよ」
冬の夜というこの場にそぐわないほどの、流れ落ちる滝のような水の音がした。人が倒れるような音にようやく、岩の影から飛び出す。大岩の影から遠く狙われたイアンは、あまりの水の勢いに雪に沈められていた。なんとか上体を起こすも、寒さに震えているようだ。勇者のような登場の仕方であらわれたのはもちろんナフェリアだった。
「仲間がいるのはあたしらのほうだったんでね。いくよふたりとも! 道案内はまかせたからね!」
「っ、おいまて!」
「待てと言われて待つ奴はいないさ。これに懲りたら子供を攫うなんて真似はやめるんだね」
妖艶に笑って見せたナフェリアは、足元にいた子供ふたりを抱き上げた。マコトが素早く、抜刀したままサヤカの手をとる。サヤカのほうも雪の上を走るのはいい加減に慣れたもので、イアンが起き上がるよりも早くナフェリアのもとへたどり着いた。
「アルジュ、マナ。怖いだろうが声を上げないでくれるかい?」
ふたりの子供は、ナフェリアの言葉にこくこくと頷いた。見たところ兄妹のようで、おそろいの美しい赤毛はぼさぼさに乱れている。マコトは速度を落としナフェリアとサヤカの後ろにつき、イアンを警戒している様子だった。
「中にいた二人組はさくっと気絶させてきたよ。追ってくるとしたらイアンだけだ、もしものときは相手を頼めるかい?」
「勿論。相手もずぶ濡れだったし、この寒さなら何とでもなるよ」
「私も! 私も、なにか出来ることがあったら!」
「まだ仲間がいたとか、そういうもしもの時はふたりをつれてシュカの小屋まで逃げてくれ。そのあとは同じだ、三日後にアルトンの町で会おう」
その会話を最後に、三人は黙り込んだ。無駄に体力を使うのは今はやめたほうがいい。助け出された二人の兄妹は、ナフェリアにしっかりとしがみついていた。




