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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
二章 正義感
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インクが乾いたら

 ひゅう、と三人の間を風がすりぬけていく。冷え切ったそれがまるで剣先のように感じて、サヤカが思わず振り返った。何もいないことを一瞬で確認して、すぐに前にいるマコトとナフェリアに追いすがる。時刻は大分前に昼を回っていた。

「あとふたつだね、ついてこられるかい?」

「僕は。サヤカは?」

「体力ならあるから平気だよ」

 ひらりと右手を振ったサヤカに、こくりとナフェリアが頷く。きっと前を行く二人よりは疲れているけれど、まだまだ音を上げるほどではない。ざくりざくりと雪に足跡が刻み込まれていた。それぞれのブーツの靴裏の形が雪の上に形作られて、サヤカは少し見ていて楽しかった。

 サヤカたちは、シュカの教えてくれたアジトの候補になりそうな場所をいくつか回っていた。そのうちひとつは場所自体が見つからず仕舞い、他に回ったふたつは外れだ。三つ目に回ったがらんどうの洞窟は野宿にはちょうどよさそうだったが、昼から寝る予定はサヤカたちにないので、足早にお暇した。

 今向かっているのは四つ目の候補地である洞窟だった。川をくだっていくと、周りが広場のようになっている大木がある。大きなうろのあるその大木から南東へ。大岩が見えてきたら、その岩の裏側に洞窟の入り口がある──ナフェリアはどうやら記憶力が良いらしく、さっきその案内を空で唱えていた。サヤカとマコトは目をぱちくりとしながらそれを見ていた。

 横に流れているのは、そこそこに大きな川だった。流れがとどまっているところなんかは凍り付いているほどで、その冷たさを考えると万が一にも足を滑らせられない。ひとりだけ凍死しかねない。なるべく川から離れたところを歩いているサヤカに対し、ナフェリアは飄々と川の傍を歩いていた。

「大木、かあ」

「今のところ見当たらないけど、どうなんだろう。僕たちが見落としてるだけなのかな」

「川が二つに割れるところまで行っちまったら行き過ぎって言ってたね。まあとりあえずそこまでは歩いてみよう。サヤカは目がいいから、特に周りの観察頼んだよ」

 サヤカはこくこくと頷いた。シュカの説明を思い出すに、森に入らなくても岸から見えるところにあるらしいし、注意深く見ていれば見落とすことはないだろう。頼られたことに張り切って、目を細めて遠くまで見つめるがそんな大木は見えなかった。ナフェリアが真剣な顔で続ける。

「植物の魔法が扱えるってことは、木と喋れたりはしないのかい?」

「……やろうと思ったこともなかった」

「おっ、じゃあ望みは残ってるじゃないか。目印になるほど大きな大木だったら森でも有名だろう、木と話せたらすぐ見つかるさ」

「うーん、話すなんて考えたことなかったから、魔力の使い方がよく……ねえ、もしかしてからかってる?」

「まさか」

 ナフェリアが両手をひらめかせて呆れた顔をした。その横で目を逸らし、喉の奥で笑っているのはマコトで、ナフェリアは「まさか」などと言った割に口角を吊り上げている。明明白白に揶揄われているのを察して、サヤカがもう、と首を落とした。

「いや、もしできたら便利だろうなって思ったんだよ。一割のはんぶんくらいは期待してたさ」

「ほとんど期待してないじゃない……」

「まあ、土魔法を扱っている人とはたくさん出会ったけど、植物と話せる魔法だなんて聞いたことなかったからねえ」

 悪びれなくそう言ったナフェリアに、サヤカが深く深くため息をついた。川は大きく曲がり角に差し掛かり、勢いよく流れる水の音が森に広がっていく。時折流れてくる氷が流れについていけず放り出され、どこかにぶつかって割れる音がしていた。ぱきり、ぽきりとどこか心地よく響く。

「ねえマコト、こういう時こそ助けてほしいな!」

「いや、サヤカが予想外に引っ掛かりやすくて……反応が遅れてる。次から善処するね」

「騎士様、ちゃんとサヤカを守ってやってくれよ。あたしはついやっちゃうからさ」

「つい、でからかうのをやめてくれるとすっごく助かるなあ、ナツ!」

 羞恥心を帽子で隠しながらサヤカはふたりに訴える。サヤカはくすくすと笑っているマコトたちに、ふたりそろうと大分意地悪になるなあ、とぼやいてみせた。

 少し歩くと、また大きな川の曲がり角にやってきた。「無駄にうねうねと曲がる川だねえ」とぼやいたナフェリアに、遠くを見ていたサヤカが声をかける。

「ねえ、あれじゃない?」

「お、大木はあったかい?」

「いや、大岩のほう。あれじゃない?」

 マコトのマントをくんと引っ張って、木々の向こうに見えるそれを指差した。常緑樹の葉に隠れて見落としてしまいそうだったが、確かにマコトにも灰色が見える気がする。サヤカが指さしたそこをナフェリアも注視して、気楽そうに言った。

「まあ、あそこならすぐ行けそうだし行ってみるとしようか。はずれだったらすぐ戻って大木を探せばいいさ。でも一応、地図にしるしを頼んだよ、マコト」

「わかってるよ」

 マコトが鞄からすっと取り出したのは森のざっくりとした地図だった。アルトン町で売られているものだが、これはシュカが貸してくれたものだ。候補地までの道のりは覚えていれど、正確な場所まではわからない。それらしき洞窟などを見つけたら、ついでに言い狩場や目印になりそうなものを見つけたら、地図にしるしてほしいと頼まれている。ついでに自分の家はここだよ、と二重丸をしてくれた。

 はじめはナフェリアが、そして一番先を行くナフェリアにまかせっきりはと次にサヤカがその役を請け負っていたが、サヤカが途中で地図の縮尺に頭を悩ませていたのでマコトが代わったのだった。

「……うん、これで大丈夫。行こう」

「ありがとうね、あたしがシュカに頼まれたことだったのに」

「地図読むのは得意だし、好きなんだ。だから気にしないで」

 インクが乾ききったことを確認して地図を畳み、方位磁石を服の中に仕舞いこんで、マコトが岩のほうを見つめた。

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