吹雪の森の邂逅
宿で一夜を明かした次の日。
朝餉も昨日と同じ食事処で済ませ、ナフェリアはこのあと南西の森へ出発すると言い出した。そういえば昨夜はなんとなく流れで行動を共にしたが、そもそもサヤカたちはナフェリアに特に用事があったわけでもない。昨晩部屋を共にしたサヤカは一晩お喋りに興じたが、別れはずいぶんとあっさりしていた。
噴水前で、手を振って去っていくナフェリアを見送る。短剣だけを腰に携えて暴徒のもとへ行こうとする彼女のことを、サヤカは最後まで心配そうに見つめていた。
この街にしばらくとどまっていたらしいナフェリアが教えてくれた雑貨店で、買うものを見繕いながらサヤカが言った。
「ナツはなんの魔法が使えたのかな」
「わからないけど、ナツも一人旅をしてたわけだし、身を守れる魔法だよ。きっと」
「うん、わかってるんだけど……やっぱり心配で。そこにもしほんとに、子供を連れ去った犯人がいたらとっても危ないし」
「すごく身のこなしが軽かったし、きっとナツは強いと思う。大丈夫だよ」
マコトはそう付け足した。納得したように頷きながらもサヤカは未だちらちらと、ナツが出て行った方角──南西を見ていた。出会って日の浅いマコトでもわかる、彼女はきっと心配性なのだ。お人好し、と言ったほうがいいのかもしれない。
僕のときもそうだったけれど、とマコトは思う。いざというときに自分を顧みないで相手に手を差し伸べられる種類の人間なのだろう。マコトも情は移りやすいほうだが、たった一晩道を共にしただけでここまで入れ込むことはできない。もっと自分を大切にしてほしい、と今言ったところで彼女はきっと意味を理解しないだろう。
「ナツ、自分のことを薄情だって言ってたの。そうは思えないんだけどな」
「……薄情? あの人が?」
「そう。利害だけで動く便利屋だって言ってたよ、自分のこと」
「……そうは見えなかったなあ、僕からも」
「やっぱり?」
「うん。ほんとに利害だけで動くんだったら、謝礼がもらえるかもわからない上に、すごく危険が大きいこんな事件に首突っ込まないと思う」
サヤカは、チーズの棚の前で腕を組んだ。決してチーズを買うか迷っているわけではなく、ナフェリアのことについて考えているらしいというのは、マコトにも伝わってきた。
「どう考えたっておかしいだろう、なんでこんなに冬が長いんだかねえ!」
確かに、どう考えたっておかしい。サヤカはいろんな意味で、その言葉に頷いた。目の前に広がる銀世界と人影は、予想だにしない現実である。
黒髪を振り乱して走るナフェリアの後ろを、サヤカたちはついていっていた。彼女とは今朝方、町で別れたはずだ。昼前に町を出たサヤカたちは、ナフェリアの向かった南西の森の方角へとはいかず、街道沿いに南へと歩いていたはずだ。夕暮れ時を控え、マコトたちは野宿する場所を見つけようと森へ入った。背の高い木が立ち並ぶそこは幻想的で、魔法の力が満ちているような気がしなくもないが、こんな奇跡が起きるとは予想外である。
道の途中で出会ったのはナフェリアだった。途轍もない確率で再会を果たした三人を悪趣味に言祝ぐかのように、雪が降り荒れていた。吹雪である。
「昨日ナツが言ってた理由じゃないの!?」
「あんな御伽噺のような話があってたまるか、せいぜい国王様の死を悼む期間だとかそんなもんだろう! いい加減予定が狂うから、早く春にしてほしいものだねえ!」
「ナツ、落ち着いて……いや、僕も同じ気持ちではあるけど!」
ごうごうと吹きつける吹雪をなんとか凌げる場所を見つけなければと、視界の悪い森の中サヤカたちは周りを注意深く見つめていた。雨を凌げるような大木の下も、強風から身を隠せる大岩もいまは意味を成さない。雪穴を掘ろうにも、連日続いた晴れが災いして雪の高さが足りなかった。ナフェリアは苛立ちをあらわにずんずんと森を歩く。
こういった緊急事態に、出会った人と離れて単独で行動するのはもちろん危険だ。サヤカとマコト、それにナフェリア達は無言の同意で行動を共にしている。見ず知らずの人ではないのが救いだった。マコトは定期的に方位磁石を取り出しては、いまどこを進んでいるのかを確認している様子だった。濃霧と同じくらいに視界の悪い中、彼の持つ方位磁石の、夜光石の光はずいぶん役に立つ。マコトはそれを服の中にしまい込むことなく、三人の目印代わりに服の外に出していた。
「ふたりは魔法で何とかできないかい? 残念ながら、あたしは無理なんだ」
「僕もできない。道を一瞬照らすことぐらいならできるけど」
「光魔法かい?」
「そうだね。雷だから、攻撃性が高いけど……サヤカは? 土魔法で洞窟みたいなの作ったりできない?」
「無理だと思う。完璧に呪文を詠唱したら、三時間くらい保つ薪は作れるけど、その程度だし……そもそも植物しか扱えないから、土はいじれないよ。植物だけで屋根をつくったところで、多分すぐに消えちゃう…………天幕を持ってる人はいないの?」
「小天幕なら持ってるけど、この吹雪じゃ何の役にも立ちやしないね。早めに何とかしないと、三人とも凍死だよ」
「……さらっと恐ろしいこと言わないでよ……」
物理的な寒さとは別の寒さを感じたマコトが、小刻みに首を振りながらナフェリアに言った。悪びれない様子で首を傾げた様子のナフェリアにため息をついた。白く染まった息遣いは景色に溶けていく。




