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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
二章 正義感
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噂話の双子

 宿の風呂の時間が決まっているということで、サヤカたちはおのおの先に風呂に入ることにして、広場にぽつんとある噴水で待ち合わせることを決めた。ナフェリアとともに入った久々の風呂からあがり、替えの服に着替える。部屋に着ていた服を干して荷物を持ち、サヤカとナフェリアは広場へと向かった。

 宿の扉をあけると、ひやりとした風が沁みた。サヤカは襟巻を持ってきていてよかった、と思う。くるくるとそれを巻いて、先に歩いているナフェリアへと追いすがる。乾ききっていない髪のせいで、頭まで凍り付いてしまいそうだ。

「マコト、おまたせ」

「いや、たいして待ってな──……サヤカ?」

「……そう、だけど?」

「……いや、なんでもない」

 濡れた髪を結ぶわけにもいかず(ナフェリアは気にせず結んでいたが)、サヤカはそのまま髪を降ろしていた。夜風に靡くそれがやけに煽情的で、視線を逸らしたマコト。ナフェリアは目ざとく気が付いたらしいが、静かに笑うだけで特に何も言わない。それがむしろ怖い、というのは考えすぎだろうか。底冷えする夜の中、雪のちらつく風に吹きさらされているサヤカが体調を崩さないか不安で、マコトは自分の着ていたマントをそっとサヤカにかけた。冷たい髪が手に触れた。

 ありがとう、とサヤカが言う。マコトは笑い返しながら、小さく首を振った。ナフェリアはもう、お気に入りの飯屋だというところへ向かって歩き始めているようだ。石畳の上で足音を立てながら、ふたりはナフェリアへ追いついた。


 ガーリックパンにあたたかなスープ、野菜の煮つけと肉の炒めものが机に並んだ。ナフェリアだけは辛みの強そうな野菜炒めを小皿で頼んでいる。三人は祈りの言葉をささげた後に、おのおのそれらを口に運んだ。

「このスープ美味しいよ、マコト」

「……辛くないよね?」

「うん、辛くないって。いたずらしたのは最初の一回だけじゃない……」

 木の匙で根菜を救い上げながらサヤカが言った。鶏の出汁が使われているのか、一口で塩気と旨味が口内に広がる。食べられないほどの熱さではない、といった程度に冷めているスープだったが、サヤカは片手をぴったりと椀にくっつけて暖をとっていた。マントを貸してもらっていなかったらもっと冷えていただろう。マコトに感謝である。

 一方マコトは、行動を共にし始めて三日目ほどの時に仕掛けられた、パンに香辛料が振ってあるといういたずらを警戒して、サヤカの薦めたスープに手を付けていない。野菜の煮つけに先に手を伸ばしているようだった。

 外では、再び雪が降り始めていた。最初の晩のように吹き荒れる吹雪ではないが、こういう天気の時に野宿にならなくて済んだのはありがたい。

「本当、今年って冬が長いよね」

 ぽつりと洩らしたサヤカに、ナフェリアが匙を椀にいれてから指を立てた。待ってましたとでも言いたげに、ナフェリアが答える。

「そういえばね。今年の冬が長い理由を小耳にはさんだんだ。根拠は全くないから、一説にしか過ぎないんだけど」

 意味ありげな発言に興味をそそられたらしいサヤカが身を乗り出す。サヤカが何か言おうとしたのをナフェリアが遮るようにして続けた。

「聞きたいかい?」

「聞きたい!」

「それは僕も気になる。教えてよ、ナツ」

「勿論だよ」

 誰かに話したかったのかもしれないな、とサヤカはふと思った。マコトはナフェリアの話を聞きながら、ようやっとスープに手を伸ばしていた。

「四季の塔の扉は王家の人間にしか開けられないんだが、どうしてか知ってるかい?」

「あ、それ僕聞いたことある」

「えっ、答え知ってるなら言わないでねマコト! 私が答えるから!」

「了解、分かったよ」

 片手でマコトのことを止めたサヤカに、彼は笑いながら頷いた。彼の了承を得たからじっくり考えられる。塩気と共に少し酸っぱさを感じる肉の炒め物を食べながら、サヤカは頭を巡らせた。ナフェリアが意地悪にも、残り秒数を数え始める。マコトが便乗していた。

「ええと、待って待って! えっとー」

「さーん、にーい、」

「えっと、王様の魔法でしか開かないような魔法がかけられてる! ……で、どうかな」

「……ふふ、半分正解ってところかねえ。王様……というか、王家の血筋のものは、誰しもが鍵を握って生まれてくるそうだ。その代の長子の鍵でしか、四季の塔は開かないそうだよ」

 存外夢のない答えだったらしいサヤカが、「……案外普通なんだね?」と不満げな顔をする。もっとこう、壮大な魔法陣やロマンチックな秘密があるのかと思ったのだ。マコトが笑いながら言った。

「鍵を握って生まれてくるって時点で普通じゃない………あっ、もしかしてその鍵がなくて今、冬が来てないってこと?」

「惜しい。……いや、もちろん真相はわからないんだけどね?」

 ナフェリアはそう言って、見るからに辛そうな色の炒め物をひょいと口に放り込んだ。行儀悪くも、食べながら会話を再開させる。

「実はね、」

 勿体ぶった口調に、サヤカとマコトが思わず息を飲む。ナフェリアは話が巧みだった。たっぷりと間を置いてから、ようやく続きを口にする。

「────今の王女様に、双子の兄弟がいるらしいんだよ」

「双子!」

「その子の鍵がないから、四季の塔は開かずの扉になってしまってね。春の精を起こすことも、冬の精を眠りにつかせることもできなくなってしまった──……らしいね」

 その話に納得したのか、身を乗り出してたサヤカがどさりと椅子に座りなおす。マコトも、スープの椀を手に取ったまではいいが食べる手が止まっていた。

「双子の兄や姉は二人分の厄を背負って生まれてくるというからね。忌み子として殺したはずが、どこかで生き延びていた──なんていうロマンチックな話さ。これはね」

「それは確かにロマンチックかも。本当にそうだったら、どんな人なんだろう! 王女様に似てらっしゃるのかなあ」

「確か、王女様は栗色の髪に薄い緑の目の方だったはずだけど……。双子だし、王女様にそっくりな姫様がいるのかもしれないね。……女王様と王様の色を混ぜたみたいな髪色らしいけど、緑の目は王様譲りなんだっけ」

「そうだねえ。もう一人のお姫様もそんな感じなのかもしれないね」

「王子様の可能性もあるよね。王女様が緑の目なら王子様は女王様に似て……」

「確か女王陛下は黒髪に赤い目だったろう。黒髪って点だけならマコトも王子になれるねえ」

「似合わないよ、僕には」

 椀に口をつけてスープを飲んでいたマコトが、手を振って謙遜した。揶揄うように顔をほころばせ、確かにとサヤカが笑う。小さな杯に注がれたお茶を飲みながら、ナフェリアは続ける。

「まあ、どこまで本当かわからないけどねえ。現実はこんなロマンチックじゃなくて、冬の夜みたいに冷たいんだろうさ」

「ナツ、詩人みたいだね」

「あたしなら吟遊詩人になれるって? ありがとう」

 そこまでは言ってないけど、とサヤカが笑った。

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