9.冒険者になった
私とローズ様が再び冒険者ギルドへ赴いた際、エリーナさんは私たちを応接室へと案内した。
そして応接室において、エリーナさんは猛烈に私たちに謝罪した。
「本当に申し訳ありませんでした!」
頭を深く下げており、尖った耳まで真っ赤になっていた。土下座をする一歩手前、とさえ思わせる姿だった。
やはり、エリーナさんは、事実上の罠である「鼠王駆除」の依頼を私たちに受けさせるよう、指示を受けていたのであった。
前回訪れた時はテーブルの上にクッキーの一枚すら無かったが、今はチョコレートケーキが運ばれてきていた。お詫びの品であろう。
「大丈夫ですよ。私たちは二人とも無事ですから。これはエリーナさんの職務だったのでしょう」
私個人の考えとしては、冒険者ギルドの立場を考慮すれば、この程度の慎重さは必要であると思っている。そのため、マイルズや彼の協力者を怨む気持ちはない。
それに、マイルズはあの時、私に発言させ、弁明の機会を与えようとしていた。薬が効いた直後に私の命まで奪おうとはしなかったのだ。かなり慈悲深いと言えた。
では、ローズ様の考えはというと……。
「わらわにもう一つ寄こすならば、汝を許そう!」
ローズ様はすでにチョコレートケーキを平らげ、おかわりを要求していらっしゃった。
ローズ様もまた、気にしていない。
「それよりも、私たちは新しい依頼を受けたいです。なにせ、私たちはもう冒険者なのでしょう?」
「もちろんです! 私にお任せください!」
私たち二人の口がチョコレートケーキで満たされている間に、エリーナさんは冒険者ギルドによる私たち二人への処遇方針について説明した。
「ユーリさんは元アランダの騎士、ローズさんは死の深淵の魔王であるということは、お二方とも隠しておきたいのですよね? ギルドの内部機密文書には記録を残しますが、公開資料には記載しません。
もし公開すれば、ローズさんの実力なら、もっと報酬のいい依頼を受けられますよ? 本当に非公開でよろしいのですか?」
この件については、すでにローズ様と話し合った。
一時的に不死の呪いを取り戻し、魔王へと化すことは確かに強力である。しかし、血の呪いの変化は予測が困難である。
「血の呪いは、人間が化したものじゃ。人の心は変わる。ゆえに、血の呪いも変化する。信頼できる規則がないのじゃ」
ローズ様は当時、そう仰った。
「不死の呪いは、今回は汝がマイルズに斬られた傷を治したが、次回も同じようになるとは限らぬ。
最悪の場合、わらわが不死の呪いを取り戻しすぎたり、あるいは汝に不死の呪いを返すのが遅れたりして、汝が致死の呪いに殺されてしまう。
まとめると、わらわはあの時、汝が殺されると思い、やむを得ずそうしたのじゃ。できることなら、このことはせぬ方がよい」
確かにその通りであった。
この前、不死の呪いはローズ様の指のあかぎれを治さなかった。その間にある規則とは何なのか。あるいは、そもそも規則が存在しないのではないか。
危険すぎる。技の一種として運用できるものではない。
「いえ。あれは本当に痛むのです。できる限り避けたいですね」
私はエリーナさんの提案を断った。
この理由もまた、本心である。
「ところで、エリーナさんは怖くないのですか? 私たちのような、魔王だの血の呪いだのといった存在が……」
「怖い? ふふっ」
エリーナさんは笑った。
「冒険者ギルドは、あらゆる変人が集まるものです。あなたたち程度では、まだまだ大したことはありませんよ」
なるほど。
◇◇◇
エリーナさんの話によると、多くの冒険者は冒険者ギルドに加入する前、すでに傭兵として冒険者とさほど変わらない生活を送っていた。そういった者は、冒険者ギルドに入ってすぐに一人前として活動できる。
しかし、私とローズ様は冒険者の仕事を全く経験したことがなかったため、初心者期間に集中的な指導を受け、様々な種類の仕事を経験する必要があった。
私とローズ様は冒険者として依頼を受け、それらを一つ一つこなし、実績を積み上げていった。
――排水システムに詰まったスライムの駆除。
王都の警備隊がやっていることと大差がないようだ。
――家を抜け出した猫の連れ戻し。
おや? これも冒険者の仕事なのか。
――魔法研究のための、人喰い花の花粉の採取。
全身が人喰い花のよだれまみれになった。しかも、依頼人がずっと傍らで金切り声を上げていた。
「あの子を傷つけないで!」
――狂暴化した森の精霊の鎮撫。
森の精霊は魔物ではなく、幻獣である。森の精霊のいる森はより健全に保たれ、人にとって有益な動植物を多く採集できるため、益獣とされている。
時折、不作法な愚か者が森の精霊を怒らせ、その結果、森の精霊が狂暴化して人を襲い始めることがある。
私たちの任務は森の精霊を殺すことではなく、その攻撃から身を守り続けることであった。森の精霊が疲れ果て、攻撃を諦めるのを待ち、それから和解の贈り物を捧げるのだ。
私はこの依頼が好きであった。
鼠王に関する依頼はなかった。鼠王が再び姿を現すことはなかった。
◇◇◇
この日、エリーナさんから、私たち二人を指名した依頼があると通知があった。
ハンクさんからであった。
彼の商隊がもうすぐエグモを発つ。ダイアウルフが出没する平原を通るため、私たちを護衛として雇いたがっている。
この依頼を、私たちは当然受けた。
◇◇◇
「ローズ様、頭目は左です、石の裏に隠れています!」
「おお、見えたぞ!」
火球が空を切り、ダイアウルフの潜伏場所へと正確に叩きつけた。
ダイアウルフは影から飛び出し、逃亡を図る。
私は狼の群れの間をすり抜け、その行く手を阻んだ。
剣技・烈!
強化された刃が、ダイアウルフの強靭な皮膚を切り裂いた。
狼の群れは頭目が死んだのを見て、哀鳴を上げ、逃げ散っていった。
商隊の護衛たちは安堵し、武器を掲げて歓声を上げた。
私とローズ様は馬車へと戻り、ハンクさんの隣に腰を下ろした。
「お前たち、今じゃ一人前の冒険者らしくなったな」
ハンクさんは豪快に大笑いした。
「お褒めに預かり光栄です」
「おっと、そうだ。ローズ嬢、手を出しな」
ハンクさんはポケットから輝くものを取り出し、ローズ様へと差し出した。
真珠の髪留めであった。
私とローズ様が死の深淵から出たばかりで、一文無しだった頃、ローズ様がエグモの町までの旅費として、ハンクさんに渡したものである。
「鑑定してもらったんだが、本物のモナ貝の真珠だった。
ヒッチハイクの代金にしちゃあ、いくら何でも多すぎる。やっぱり返すぜ。あんなはした金、気にするな。
それに、マイルズ様もこれをお前たちに返すよう望んでおられたからな」
なるほど。ハンクさんもまた、冒険者ギルドの協力者であったのだ。
最初に乗車を承諾してくれたのは、私たちが駆け落ちの恋人同士だと誤解したからではなく、私たちが怪しいと察し、芝居に付き合った上で後から身元を調べるつもりだったからなのだろう。
裏にある真相がそうであったとしても、私たちが助けを必要としている時に、ハンクさんが手を差し伸べてくれたという事実は変わらない。
「感謝する」ローズ様は真摯な眼差しでハンクさんを見つめた。
「どういたしまして。お前たち、しっかり励めよ」
「ローズちゃん、元気でね」マリーさんはローズ様を強く抱きしめた。
これからは、何かあるたびにハンクさんとマリーさんを頼ることはできない。
自立せねばならない。
冒険者としても、騎士としても。
◇◇◇
初心者期間を脱した後、私とローズ様のランクは、初心者を示すFランクから即座にCランクへと上がった。
Eランクは「あまりにも酷く、いつギルドから除名されてもおかしくない」。
Dランクは「まだ大いに成長の余地があり、集中的な指導を要する」。
そしてCランクは、私たちが一人前として活動できることを意味している。
私たちの冒険者ギルドの会員証も出来上がった。
エリーナさんは、精緻な箱に収められた、きらきらと輝くバッジを私たちに手渡した。
バッジの上には、私たちの登録名と番号が刻まれていた。
そこに記されているものは、私が予想していたものとは異なっている。
「魔王姫の騎士・ユーリ? エリーナさん、これは?」
「わらわのは魔王姫か……」
エリーナさんは謝罪のジェスチャーをした。
「ごめんなさい! これはマイルズ様のご要望なのです」
やはり、あの男を斬るべきであったな。




