拾話 自分らしさから逃げるな
穏やかな陽光が、嵐の前の静寂を照らす。
重たい体を引きずるエインは息も絶え絶えの満身創痍で、亡者の足取りで帰路につく。
「ここへ来て、二度目の朝か」
やれる限りをし尽くした労苦に見合う成果は多々あれど、果たしてこれで勝利に足るのか不明、予想外の展開なんて星の数ほど未知数で、万全とかけ離れた状況の下で、敗北の不安をもたげながら、やってみるしかないと恐怖を誤魔化し続けた。
「疲れた帰って休みたい……まぁ無理なんですけどー」
うんと背筋を伸ばす。
ようやく少年は家の前まで歩いてきた。
すると、中からドタドタと足音が近づいてきた。
「あっ!?もう、どこにいってたのエイン!?何でいつも大人しく部屋にいないのよ!?」
荒々しく扉を開けたと同時に、怒ったリナが飛び出してきた。
「いやまぁね、思い残す事がないよう色々と見納めしてたのさ。名残惜しくて、ついね。宿木に居られるのも……最後かもしれないから」
べらべら思ってもない事を流暢に話すエインだったが、納得と申し訳なさを同居させた表情で、リナはエインの前まで歩み寄る。
「ぁ……そっか。じゃあこれから志合場へ行くけど、準備はいい?」
「いや、まだ。その前にあと一つ、行きたい所があるんだ」
憂鬱を押し殺すように拳を握り締める彼の瞳は、陽射しによって明るく見えた。
神前志合の戦場は、宿木の近くに群生する針葉樹林から吊るして空中で浮かべた舞台であった。
黄色から茶褐色の琥珀で作られた円状の床板は、鋼鉄並みの硬さを誇りながらも、パズルの様に自由に組み立てる事ができるようにしてあり、衝撃にも強く、加工もしやすくて大変便利だという。
今回は直径が百メートルの円盤型の平らなステージで、小細工なしの実力が試される絶好の場として選ばれた。
そして樹脂の化石の決闘場の上で、威風堂々に蒼い髪の女傑が立っていた。
「あの竹筒の束はなんだ?まさか引っ越し用の荷造りか?定刻直前になってもやって来ず、戦う前から臆病風に煽られるとは……見下げ果てた男だ」
今回の主役の一人、対戦相手のテトッ・テン・カラフルは、静かな闘志を漲らせて待機していた。
しかし暇を持て余して、舞台近くの糖面に積まれているライゼン、アンナが運搬した竹筒の束に関心を寄せていた。
エインの頼みで早急にリナが持ってきた竹筒の山は、中をくり抜けば物資を保存する倉庫として、またリナの家ごと内包して場所を移す事も難なくやれる優れものだ。
しかし、当の本人たちの姿が見えず、テトは僅かに苛立ちを募らせていた。
対するエインとリナは、天幕で囲っただけの即興控室内で座っていた。
相変わらずのリナは前髪を弄りながら、天幕から片目を覗かせるエインをただ見つめていた。
特設された観戦席にはカラフル全員がずらりと参列していた。族長のアルフレッドとムト―も高段から座して待っていた。あの傀儡、聖賢竜コルトネリウスを除いては――。
「一人残らず観ろと命じておきながら、当の本人が来ないのは気がかりだが……あの化け物の言動は志合内容には関係ない……はずだ」
慎重に何度も再確認してから、エインは横に視線を送る。
「どう?リナは緊張してるかい?」
「ううん。私は出来ることをやるだけだから」
「うん。では、僕の言ったことは絶対に守ってね。じゃないと、リナのせいで負けちゃうからさ」
頷くリナの表情は健やかそのものだった。己の行く末を決める大事の前にも関わらず、勝って御の字、負けても故郷を捨てるだけで誰もがそれを咎めない。
改めて、エインは両肩にのしかかる重積を受け止めて、身と心に力が入る。リナは、昔から覚悟を決め終えていた。つまり運命を変えることができるのは、結果だけだった。
「じゃあ、僕は今から着替えるから、悪いけどリナは先に行って待ってて!」
「へ?エイン着替えるの?なんで?」
「いいから!上手く場を繋いどいて!ほい!」
きょとんとするリナの背中を無理やり押して天幕から追い出したエインは、深く椅子に腰掛ける。
「さ~て……それで、首尾よくいけた?」
軽い柔軟をするエインを、後ろから小さな二人が心配そうに見つめている。
「あ……はい。集まる前から兄さまを散々貶して罵倒しましたが、言う前から既にどうせ勝てないって、まくし立ててやがるんだよォあの連中っ!」
「でも兄ちゃん。守備隊長のテトさんはカラフルで一番強い魔法使いです、あ、だぜ。皆んなの意見も、そこまで検討外れでもねェ、と……思いますが?」
場の空気に当てられて、緊張するライゼンとアンナの口調にも本音が混ざっていた。
「うむ、それは良いギャップだ。出だしは良好、後は結果を御覧じろってな」
「なあ……兄ちゃん。教えた代わり……なんて言えない状況なのは分かっておりますが……」
「大変申し訳ございません……が、もう、四の五の言ってらんねェんだよ」
二人は顔を見合わせると、天幕の出口を小さな体で塞ぎにかかった。
「「ここから先は行かせない!」」
狭い天幕の中で、風が吹く。
「……ふーん」
本気だと示す為、少年は情け容赦なく睨み付ける。それはとても子供相手に向ける目つきではない。
だが彼の剣呑な気迫を正面から受けてなお、ふたりは怯まない。彼女達もまた、真剣だった。
「兄ちゃん!神前志合には出ないで下さい!」
「護風神も無く、魔法も使えねェんじゃよ、最悪、死んじまうぞ!?」
互いに握られた手が小刻みに震えながら、勇気を出して言葉を言う。
「で、だから、何?」
しかし不気味なほどゆっくりと立ち上がったエインは、二人に一歩ずつ近づいていく。
「みんなから生きる事が大事だと教わりました!リナ姉の為を思うなら、ここは引いて下さい!」
「追い出されたって二人は死なねェだろ!?アニキが死ねば、リナ姉がどれだけ傷つく!?」
「わざわざ危険を冒してまでしなくてもいいじゃありませんか!?」
「それにお前、テト姉に勝つ自信なんてねぇだろ!?」
「違うね――君たち、分かっちゃいないよ。自信とは積み重ねで生じるもんだ。自信がないからできないじゃない、自信があるから『やる』んじゃない、やって初めてつくものだから、やる前から自信があるのは間違いさ。やった事がない事に自信がないのは当たり前――だから……」
「それでも……もうこれ以上、誰も死んでほしくないのっ!
「これは、ガキの遊びじゃねぇんだぞ!?」
喉を軋ませて糾す二人の声は、泣訴に近く、泣き縋る思いだった。
そんなライゼンとアンナの肩に手をやって、少し寄せた。
「ありがとう。諫言、感謝する」
二人を優しく鎮圧した少年は、必死の訴えを退けてまで押し通り、突き進む。
「黙って結末を見届けろ!奇跡、拝ませてやる――だから信じろッ!!!!」
挑戦者の背中を見送る友達の二人は、潤んだ瞳で訴える。
「……はい、無理を承知でお願いします!」
「リナ姉と離れたくねぇ!」
「「勝ってッ!!」」
切実な言葉に「応ッ!」と答えて、エインは神楽舞の儀式に使うマントを羽織り、啜り泣く二人の子供を置いて天幕を出た。
志合前――少年の心境は如何なるものか。
テトの強さはガチだ。あの二人が萎れたように項垂れて、泣いて止める程だ。
なのに、妙に落ち着いている自分がいる。
志合が決まってからずっとだ。この重くのしかかる心の感じは、記憶も無いのに覚えがある。
きっとそうだ、ぼくは、気に入らない。我慢ならないんだ、みんな、皆がだ!
体良く利用してる癖に、なぜ一人で頑張る人を蔑ろにして平気なんだ?どうして放って置けるんだ!?
いいだろう……お前達が望む神様とやら、演じてやろうじゃないか。
過去にどうとか知らないが、諸共ぜんぶ、根底から覆してやる!
静まり返る会場に響き渡る竹笛の甲高い音が、志合開始まであと三分と告げる。
子供達の遊びの時とは異なる掛け値なしの真剣勝負、神前志合。
全身を穏やかに包み込む、怒りの萌芽を、この胸に掲げて、勝利への岐路に立つ少年。
かくして、時は来た。
運命が賽を投げた――もはや留まる事は無い。
頭から被った少年は、悠然と歩きながらマントを力強く翻して姿を晒した。
「貴様らに告げる――我が言葉、謹んで拝聴せよ!」
開口一番、いきなりの先制攻撃を仕掛けた。エインの戦いにおける布石、その一つ目である!
「我が名はエイン!この世を創造せしめた神である!さて、そこな痴れ者よ、主に仇なすか!?」
エインは神聖な神楽の衣装で身を包み、それらしき口調と仕草を混ぜながら神を装った。
言葉の真偽がどうであれ、聞いた相手に僅かでも疑念をもたらした時点で、この発言に価値が生まれる!
声が届いた周囲の観衆はどよめき、視線が複雑に散逸する。
だが、テトは全く動じる様子もなく、ため息交じりに口を開いた。
「怖気付き逃げたと思えば戯言か。エインと言ったか?名を得たばかりで調子に乗りやがって。お前など眼中にない!リナのアレだけ気をつけておけば、オレに負けは無いんだ!」
だが、瞬時に中身が無いと見抜いたテトが対抗するが、後手に回った時点でこの口論の勝負はついていた。
この神前志合の勝利条件は、相手の天魔護風陣を先に壊す事。
エインは余所者である為に与えられていないので、テトが勝つにはリナが目標となる。
その為、テトはエインには歯牙にも掛けず、全く恐れていない様子だが、ここでエインは更なるもう一押しを仕掛ける。
「恐れ知らずもここまでくれば蛮勇よな。禍い足りぬなら今すぐ終わらせても良いのだぞ?今度こそ、一匹残らず殺してやる!お前が態度を改めぬ限りにおいてはなっ!」
この村は襲撃を受けた過去がある。そのトラウマを呼び起こせば、嫌が応にも反応せざるを得ないだろう。
エインにとっては軽い脅し文句だったが、自分はともかく、全員を殺すとまで言われれば、流石に怯えの色を浮かべざるおえなかったようだ。
しかしテトは、それでも瞬きの間に調子を元に戻した。
「っ!?それが真実なら、ここで示せばいいだけだろ。守備隊長を前にして、やれるものならやってみろォ!」
強いなこいつ――
一度抱いた恐怖は、そう簡単に拭えるものじゃ無い。しかし彼女は理性で即座に抑えた。
故に、テトの切り替えの早さから、エインは彼女の実力を測りとった。
「エイン!?え……何がどうしちゃったの!?」
それに引き換え、エインの猿芝居に一番動揺を見せたのが、他ならぬエインのパートナーのリナだった。
内心、おいおいと呆れつつも笑みを浮かべた。これもエインの予測範囲内だ。
「リナ――この名に恥じぬ戦いを見せよう!だから、信じろ……僕らの勝利をッ!」
「始まりの刻です」と言って族長アルフレッドが立ち上がると、決戦場が静まり返る。
エインとテトが視線を交わし、リナも追いかけるようにして構えた。
「それでは――神前志合――御照覧ッ!」
族長は挙げた手を振り下ろす。
「≪重力軽減≫!」
志合開始と同時だった。リナはいつものをエインと自身にかけて、機動力の向上を図る。
「分かっていてやるのか。その弱点!そよ風にすら飛ばされることになァ!≪螺旋波動≫!」
テトはジャンプした後で掌から竜巻を起こして、こちらへ放ちながら、その反動で上空へ舞い上がった。
「≪風見鳥≫!」
リナは三羽の小鳥を出して、螺旋波動の先端を咥えて三方向へ分散させた。分解された竜巻の方向を誘導して、誰もいない方向へ誘導した。
琥珀の床板とぶつかり発生した強力な上昇気流を利用して、エインはテトより更に上に跳躍した。
役に立ったのは、鳥の翼のように広げたマントだ。風を受ける簡易的な翼膜でエインは宙へ飛び上がり、魔法の反動で浮かぶテトの高さに追いついた。
「リナの背にずっとへばりつくかと思いきや、出しゃばりで、頭が高いな。だが!」
感心する素ぶりから一転、好戦的な笑みでテトは狙いを定める。
「魔法戦を知らず自由に飛べないお前は、ただの的だァ!螺旋っ――」
「今だぁッ!リナ!」
「何ィ!?もうかッ!?」
頭上のエインから真下のリナへ視線を動かしたテトの身体は急速反転、下に向き直して構えを取った。
「≪風輝球≫」
しかし、リナは大量のシャボン玉を決闘場の一帯に充満させただけだった。
「このっ……また虚言!?コイツめ、逐一癪に障るんだよっ!【双天威】 ≪螺旋波動≫!」
テトは両手から螺旋波動を放ちながら、ぐるぐるとなんども回転した。
しなる鞭のような竜巻の連続攻撃でシャボン玉の大半が破壊されたが、泡のように小さく分離して残ったものがあちこちに飛び散った。
吉。下準備はこれで完了、あとは――
ここで明確な地の利が生まれた。
テトの真上にエイン、真下にリナがいて、シャボン玉の足場が四方八方に形成されたことを確認した。
いかに小さな風輝球といえど、重力軽減下なら十分な反発力を得られるのはエインも実験済みだった。
エインは小さな風輝球の一つを足場にして、上空を漂いながらテトを見下した。
「おやまあ随分と偉ぶるくせに、自慢のソレは動かない的にしか当てられないのか〜?」
攻撃的なテトの戦意をエインに向けさせるため、用意していた文句を放つが、テトの反応は意外にも鈍かった。
「なんだ、もう仰々しい演技は終いか?見苦しいほど無駄な努力だ。注意すべき攻撃はリナのアレだけ!お前は独りで遊んでいろ!」
――そうだ、それが、狙いなんだよ。
テトは顔を向けることもなく返答した。最初からエインなど眼中になく、視界からも少年を消した。
だからリナの周りには三匹の風見鳥が常に待機していて、いつでもテトの攻撃魔法を逸らすか、回避の用意をさせている。
そして予めエインはリナに厳命という言葉を用いてまで禁じていた。何があっても志合中は自衛のみに専念しろ。絶対に僕を守るなッ!と――。
「テトちゃ〜ん、後ろ気を付けた方がいいぞ!」
これが本当の開戦の合図だ。
下で向かい合うリナとテトの構図は、エインに背後を見せながら戦うという、全くの無防備状態だった。
思い通りの展開に内心ほくそ笑むエインは、マントに隠し持っていた棒状のソレをおもむろに取り出して、テトに向かって投げた。
「オレの名を気安く呼ぶなッ!貴様の戯言は聞きあギッ――ああっ!?」
テトの身体からガラスの割れるような音が響き渡る。
「なんじゃと!?」
思わずムト―が立ち上がる。
「えぇ!?なんでエインが――っ!?」
リナも驚きの声を上げる。
「ぐぅっ、なっ!?なにがっ!?は?この反応……まさかッ!?」
あまりの衝撃に呻くテトは驚愕の眼差しを向けて、信じられないモノを見た。
なんと、最上位魔法にもなる彼女の護りの魔法陣に、大きく縦に伸びた亀裂が走っていた。
障害物に弾かれ高速に回転しながら飛んでいく茶色の得物。その異様な雰囲気を漂うそれを回収して、エインは高らかに掲げた。
「そう!昨日の夜、アルフレッドが呪法で作った木刀を拝借したのさ!持ち込みオーケーだろう?」
これがエインの用意したテトの天魔護風陣を打ち砕くとっておきの切り札!
アルフレッド本人の怨嗟ではない上に恨みの対象ではない為、著しく効果が激減して出力は一割にも満たないが、それでも十分すぎる攻撃手段である。
なぜなら、これでエインは、テトの魔法陣を破壊可能となるのだから。
「そういえば、封印し損ねていましたね。持ち出して彼に渡したのはあの二人でしょうか」
僅かに口元を上げて、アルフレッドはこめかみを掻いていた。
それを横から見ていたムトーが「おのれ……駒使いがァ」と恨み言を呟きながら杖を握り座り直した。
「じゃが、形勢は依然変わらぬ」
「それはまだ分かりませんよ?」
肩をすくめるアルフレッド。
「そうだなぁ~ん~、呪怨木刀牙――と命名しよう」
呑気に木刀を見ていじくるエインに、猛烈な気迫が向けられた。
「貴様ぁ……やってくれたなァッ!!!!」
テトがようやく、今になってエインへ本気の敵意を向けた。
「君の言う通りだテト、僕には何もできないさ。だからこそ――ここに宣言しよう!」
エインは右手を大きく掲げてから、テトを指差した。
「テトッ・テン・カラフル――お前は僕が打ち負かすッ!」
少年の勇猛果敢な勇姿を、テトは軽く一笑にふす。
「はッ!今のが最初で最後だ!死なない程度に気を付けてやろうと思ったが、いいだろう……実力の差を見せてやるよ!」
「ふん、猛々しいその台詞も、一杯食わされた後では負け惜しみにしか聞こえないな〜?」
エインはここから第二フェーズへ移行したと判断した。
これから見せる魔法が、あの二人が危惧していたテトの本領発揮が、守備隊長が本気で仕掛けてくると――負けの二文字が迫りくることを予感した。
エインを舐めている口ぶりのテトは、内心かなり少年のことを見直していた。
最初に聞いたときには驚いたが、子供遊びとはいえあのライゼンとアンナに勝てたのは必然だったか。
魔法も無しによくやったもの、だが、今度ばかりは、相手が悪い。
「お前の考えは分かってるぞ。その挑発、螺旋波動の乱発を誘い、視界不良となった隙を木刀で突くって魂胆だろうが、守備隊長……舐めるなよ≪古風切斬≫!」
テトは手刀を作って、思い切り振りかぶった。目には見えない魔法の刃が、エインの方へと迫ってきた。
古風切斬――遠距離タイプの螺旋波動とは異なり、中距離用の攻撃魔法。目に見えない魔法の斬撃は螺旋波動よりも破壊力はないものの、世界樹を丸太にしてしまう攻撃力を誇っている。
凡人のエインが当たれば、当然終わり。
エインは、軽くなった体で悠々と後方へ跳んで、風輝球を力いっぱい踏み抜き、高速で弾かれた。
「だろうなっ!」
それを見越したテトは軌道を読んで斬撃を放つが、重力軽減の影響を著しく低下させて落下し、予想外の風輝球へと足を下ろした。
素通りした斬撃はカラフルの人たちのいる観客席の方へと向かい、仕込まれた天魔護風陣に弾かれた。
「空中で減速した!?ってことは願い断ちを!?碌な願いもない無望な奴が、願素を完璧に操ったのか!?」
思った通りの展開に一息つくも、緊張が最高潮に達するエインは相手に気取られないよう面には出さず、不敵に笑って平静を保った。
テトの大技の螺旋波動を古風切斬で補助する戦術は、瞬時に異なる願いを切り替えなければ魔法を使えないかなりの高難度の技だった。
エインは以前、高所恐怖症になりきることで願いを断つという応用技を行使でき、魔法効果の緩急をつけて重力の増減をコントロールすることができた。
これで、重力軽減が発動していた場合の、風輝球を踏んでも重さが足りず遅くなる弱点もクリアした。
それでも、テトの苛烈な魔法攻撃に防戦一方だった。
状況はエインにとって不利になるばかり、魔法を撃たれる度に泡は消え、足場を失い、逃げ場を減らされていった。
だがテトもまた呪法の木刀による一撃で、天魔護風陣は綻びを生じさせている。その印象が強く、動きが慎重にならざるを得ず、付かず離れずの膠着状態になった。
だが、テトの古風切斬が見事にエインが移ろうとしていた風輝球を破壊した。
「詰みだ!≪螺旋波動≫!からの――≪古風切斬≫<横断>!」
エインの軌道上に斬撃と落下方向に螺旋波動を撃ったテトは、これで仕留めたと確信した。
同じ手は通じまい――ここで流れを変える!
「断空波ァ!!!!」
必中するであろう古風切斬が、少年に被弾する前に途中でかき消された。
彼が手に持つそれは、光を当ててなお透明で凛々しさを醸し出す強靭な羽根の刀身が伸びていた。
「名付けて――風切乃太刀!二刀流はご存じかな?」
初披露というまたとない絶好の機会。欲を言えば、木刀の時と同じく魔法陣へ攻撃したかった。
だが、カラフル全員の生命線を守る役目を負う守備隊長のテトは。同じ手が通じるほど甘く無い。
「それは……まさか!?虹鳥の羽か!?」
「そうさ。昨日の夜の内に、急遽パルに作ってもらった新作さ。回収された奴の羽根を二枚使ってね」
少年は、テトの螺旋波動に古風切斬への連携に対する答えとして、宿敵の羽根を採用した。
空をあれだけ自由に飛び回る虹鳥イーリスフォーゲルの風切羽は、予想以上にテトの魔法を切り裂いた。
魔法陣への攻撃に呪いの木刀、そしてテトの魔法への防御に虹鳥の羽根の刀を使う。
これが、エインが一夜漬けで考えた戦術だった。
「戦いの優劣を決めるのは、何もフィジカルだけじゃ無い。生物競合の圧倒的な差は、大きさに数と毒、イレギュラーに電気だとか不死性もあるが、人間の強さは考える力だ!そしてそれは、魔法相手にだって抗えるのだぜ?」
「エイン……あの後で一体、どれだけの準備をしてたの?……そんなに負けたくないの?」
魔法の小鳥たちを肩に乗せたリナは、神妙な面持ちで二人の戦いを見上げていた。
テトは、無意識のうちに驕っていたと自制した。
これまでの彼の戦い方は、この時の為の準備が相当な忸怩たる思いを懸けて費やしたものだったから。
その本気が滲み出すような意を前に、テトは認識を改める。
この男――本気でオレに勝ちに来た。
「認めぬ訳にいくまいな。だが、いかに緩急や揺動をつけようと動き自体は単調。飛べなかったことがお前の敗因だ。これまでの非礼を詫びよう……行くぞ――【双天威】≪螺旋波動≫<多連複乱撃>!」
テトは螺旋波動を打つ直前の拳で、目の前の虚空を殴りつけるように連打する。
「は?ヤベェッ!?ぎィやぁアアアア~~ッ!?」
その数は十を超え、二十、三十もの竜巻の大群がうねり狂い、決闘場の空気をまとめて切り裂きにかかる。その破壊の規模はミサイルの絨毯爆撃にも劣らない。連発も乱発された螺旋波動で、舞台全部を満遍なく蹂躙した。
――ヤバヤバやバヤバァ~~ッ!?
さらには、古風切斬も威力を増大させて、空気の揺らぎが目に見えるまでに圧縮して放ってくる。
その軌道は、螺旋波動を避けようとするエインの予測位置に放たれていた。
エインは風切乃太刀をぶんぶんと振り回して、ギリギリ致命傷を避けなければならず、
もし一発でも当たれば、そこから一気に持って行く狙いだ。
エインは防戦一方な上に、全身に疲労感が蓄積され、頭は集中しすぎてジンジンと痛み始めていた。
おいおいおいやべェぞ物量が!?なんだこのクソゲーは!?――ちッ……やっぱ、まだまだキチイ。こりゃ出し惜しみしている場合じゃないな。守備隊長、名ばかりと思ったが、予想以上に応用技や派生が多い上に出しどころも見事、戦術も判断力も高い。相当の手練れだ。嫌になるね。このまま継戦されれば、ジリ貧。いよいよ――アレを始める頃合いだ!
「≪螺旋波動≫――<積天風>」
その姿はまるで小さな台風。テトはそれを空中に静止して設置しだした。
「あれは地雷、機雷の空中版か!?」
一応、虹鳥の刀で斬れば排除事態は可能だろうが、しかし、一度のモーションは必須。その隙を狙うという、エインがテトにやろうとしていた戦術をそのまんま返されていた。
「魔法戦の何たるかも知らない貴様を相手に、戦いにすらならないと思っていたが、ほんの少しは、頑張っていたじゃないか。だが、そろそろ限界だろう?……諦めるなら投降しろ」
「つまらん戯言だな。実力差がある相手を退けるには、勝てない土壌を避けて、勝算がある所で挑むのが弱者の嗜みだ。それすら悟れず相手を舐めてかかるとは出来損ないめ、守備隊長失格だな。全く、先代とは大違いだな」
「っ!?――そうか、わかった。これより、職務を全うする――≪螺旋波動≫<積天風>」
テトは両手で同時発動する螺旋波動の解放を、敢えて溜めて魔力の放出を留めた。
「ん……設置しない?……溜め技か!?」
「一度目は見本。お前の健闘を讃えたオレからの慈悲だ。死ぬなよ?――<積天解放>!」
それは小さな台風のような形状、予測される効果は、暴風の大爆破である。
全方位の全体攻撃。強烈な爆風を前にしたエインは、二本の刀を交差して防ぐも完全ではなく、小さな切り傷がその全身に刻まれていた。
「この……体中がチクチクするじゃないか。だが軽傷にもならんな。やはりお前は優し過ぎる!それ自体は悪くない、嫌がる必要はない――だが、これで本当に皆を守り切れるのかな?」
「なに!?」――おかしい、絶対にありえん!なぜこいつはまだ戦える!?余波だったとて、この男に耐えきれる威力じゃないぞ!?あの二本の刀があるとしたって妙だ。オレの魔力も無尽蔵じゃ無い、どうすればいい!?
二人は、二人ともに恐れていた。
――つうかこっちもギリっギリだ。人読みが間に合ってなかったらと思うとゾッとする。呪いの木刀が徐々に弱体化していく。攻守逆転しなければ、膂力で必ず押し切られ、テトの魔法陣を壊せなくなる。
「解せんな――なぜだ?リナの為にか?カラフルと何の関係もない男が、どうしてそこまでするんだ!?」
全く予想だにしない展開に困惑するテト。
「人の縁に時間は必須じゃない。守りたいからやるんだ。そしてテト、君もそうだ!」
意味深な物言いに、怪訝な表情のテト。
「守備隊長は、如何なる危険からも守り抜く――だがこのお粗末な戦いがお前の志す事か?出来損ないの陳腐なクオリティだな。甘いんじゃないのか?」
ピクリと、テトの指が動いた。
「遠距離攻撃ばかりで、間接的に僕を攻撃しているが、直接やってこないのはなぜだ?教えてやる、人を殺すのが怖いんだ。紛い物だよ、お前の殺意は。本気で人を殺す覚悟があるなら、直に切り裂いて見せろよ!――それが無理なら降参しろ。そうすれば、守備隊長……僕が代わりにやってやるよ!」
エインは首を見せて、指で斬れと示した。
怒りを滲ませたテトは、自身の手首に繋がる願いを込めたミフィタを見ながら叫ぶ。
「黙れ!中身の伴わぬ言葉など浅く薄いそよ風だッ!上部だけ意味をなぞってばかり、思想も信念もない、形だけの空洞、記憶もない過去もなく誇る己もないお前が粋がるな!」
「では殺さず傷付けず、人を守れるなどというのか?それこそ本物の戯言だ。詭弁や正論で防げる危難なぞない!」
「お前との問答は無駄だ!」
「だとしたら、志でもお前の負けだ!」
「なんだと!?――何の志も掲げていないくせに……何言ってんだお前!」
鋭い斬撃を飛ばすも、エインに叩き落とすように払われる。
「信念ならあるさ。ちょうど昨夜がた作った。名だたる御伽噺や神話に英雄譚、天才の偉業等などご多分に漏れず、ありがたがられる理由は常に一つ!ならば僕もかくやあれかし――僕は神として――『問題解決』を志す!その生き様である!」
「はァ?何を言い出すかと思えば。弱いくせに、強がりも甚だしい!」
「弱くていいさ、強弱で力なんだ。独りよがりな強がりで何を守れる!?お前の気丈な冷静さも偽りだろ?脅威に殺される覚悟は、あるのだろうさ。でもねテトちゃん、君には、善良な人を殺さなければならない恐怖は騙せない。そうだろう?」
テトの古風切斬を放とうとした手が止まった。
「たとえば、より多くの命の為に少数を切り捨てる。お前にその判断を下せるか?」
俗に言うトロッコ問題。命を数と捉えれば、自ずと天秤は傾き、生殺与奪を運命付ける。
「たとえば、脳の機能が低下した植物状態の家族の生命維持を止める判断を、君にできるのか?お前の意志で家族の生命が奪われる。その時お前は、自分から憎まれる痛みに耐えられるのか?殺した自責と罪悪感を誤魔化せるのか?」
エインはひたすらテトに問い続ける問答方式を取った。疑問をぶつけ続ければ、いつか必ず答えが行き止まりになる。
これは志合、互いの志をぶつけ正誤を競い合う戦い。
さっさと心理戦でテトの精神状態を不安定にしないと、押し切られる焦りに追われるエイン。
そして苛烈を極めたテトの攻撃は次第に、明確にエインに当たらなくなっていった。
「では聞こう……お前の志とやらは、いったいなんだ?」
会話を続けるエインは縦横無尽に跳びまわり、設置されたテトの魔法を次々と切り伏せて無力化していた。
「……名誉ある誇り高きカラフル守備隊長という役目に、役割に奉仕する使命感だ!常に危険に備え、この身を挺して任務を完遂すること。勇気と忍耐、平和を願い、存立と安全を保つことだ!危険を未然に防ぐために!その可能性の要因を――お前を排除するッ!」
「では、訊ねるが、ここまでリナの為に頑張る僕は、お前に殺される程、悪い奴なのか?」
「……っ!?」
テトは明らかに苦悶の表情を浮かべた。
「印象操作っつってね、倒す相手が悪い奴じゃないと気持ちよくないだろう?だから、ムト―はあること無いことのレッテルで、僕に悪い印象を植え付けようとしているのさ。気づいていたか?」
攻撃魔法を放つためには、明確な願いを望む必要がある。
そこでエインは心理戦を展開、小難しい話を強制することで、テトの思考に雑念を織り交ぜ始めたのだ。
魔法のキレが悪くなってる――そろそろ次のステップの頃合いか。
「まだ分からないのか?なぜ、パルや子供らがここまで協力したのか、なぜ、リナが何も言わないのか、本当に分からないと言うつもりかァッ!?」
エインはとっておきの木刀を直接テトに向かって投げつけた。当然、簡単に避けたテトだった。
だが、度重なる問いかけに沈黙するテトは混乱していた――この男、これほどの魔法応用技をことごとく防ぐ。なぜここまでこいつはオレの攻撃パターンを読み切れる!?何が起こっているんだ!?
「どれだけ年月を経とうとも、お前は……あのときから刻が動いてない」
「あの時……だと?」
「そうだ。ミフィタを結んだあの日、思い描いた理想の未来で、テトは笑えているかい?」
「っ!?き、きさまァッ!――ぐわぁぁあッ!?」
直後、またもやテトを護る魔法陣が、更に痛恨の一撃を受けた。無数の亀裂が全体にまで広がり、破壊の程度から見て、あと一撃当てれば勝負が決まる可能性が高いだろう。
風輝球は運搬魔法。エインは攻撃のように見せかけて投擲した木刀を寸分の狂いも無く、何度も跳ね返り、テトの真後ろへ運搬してみせたのだ。
精神が崩れた状態からの今のテトに防げるものではなかった。
「これぞ、我が友人にして小さき二人の師匠のおかげだ!あと一回っ!」
エインは言いながら重力軽減の恩恵で跳び上がり、宙を舞う木刀を回収した。
死角からの強襲を受けたテトは、エインの口車に乗せられて、木刀の行方に気が付かなかった。
「おのれ……心理戦か、ちと荷が重いのう」
苦々しく、歯噛みするムトー。
「彼、抜け目ないですね」
涼しげに見守るアルフレッド。
「兄ちゃん、このまま行けるかな?」
「どうでしょう?これで終わる守備隊長とは思えませんが」
ライゼンとアンナも、天幕から戦いを見守っていた。
「ほんとにエインだけでテトに勝っちゃうかも……わたし、何にもしてないのに……」
リナはずっと決闘場の床板に立って、身に降りかかる戦いの余波を防いでいただけだった。
「これまでのおしゃべりは陽動か!?――油断した!もう喋らん!」
これまでの鬱憤を晴らすようにひたすら直線的な攻撃を放つテトの魔法を、エインは軸をズラすのみで難なく避けた。
「これで分かったろう?ひとりは弱い!だから人は協力して命を繋いできた!だから優しさってのは優れものなんだ!」
テトは、指先がピクリと反応した。
エインは、終始クールだった。その挙動を見逃さないまでに。
「だがな、世のため人のためにと言い訳に自傷行為を許すといずれ破綻する。テトは未熟で無力で、 困難に一人で立ち向かえる強い子じゃなかったろう?らしくないんだよなぁ!昔のお前は、ずっと、独りが寂しかったろう?」
今までとは違って、エインは厳粛な面持ちで寄り添うような口調で言った。
「もう戯言は聞き飽きたァッ!【双天威】≪螺旋波動≫<多連複乱撃>!」
これまでの立ち合いでテトの攻撃パターンを読み取ったエインは、先程は焦り散らかした超広範囲魔法を軽快に避けながら、なおも叫び続ける。
「そうやって自分に嘘をつくから無理がたたって辛いんだ!本当のテトは、もっと弱くて優しかったろう?だから君はミフィタに――あんな願いを込めたんだッ!」
螺旋波動が放たれる起点の腕に小さな風輝球を当てて、軌道を別方向へ弾き飛ばした。
「黙れェッ!」
なおも恫喝するように叫ぶテト。
「がむしゃらに頑張った十年、託された思いに魔法が応えるのは当たり前だ。それほどの執念をお前は懸けていたんだ。だが、あの頃のお前が何をしても結果は変わらん」
「このっ……適当な事をべらべらと――昔のオレとか、何を語ってるんだ!?」
螺旋波動を風切乃太刀で、真っ二つに引き裂いてなお、テトの叫びより大きな声で遮り、エインは力強く叫んだ。
「知ってるさ!何故なら昨夜!テトの家の寝室に忍び込み、鍵を開け、日記を全て読んだからなァ!」
「はぐわァぁあッ!?」
想像だにしなかった衝撃的事実を前に、テトの顔が真っ赤っ赤になっていた。
動きを止めた。いや、周りの空気が、ぴたりと止まった。
「嘘でしょ。エイン、勝つためでも、人のを勝手に……見るなんて……」
リナにも引かれている。
「あ~……ひでぇ。けど、なんか兄ちゃんらしいぜ」
「見損ないそうな所に、見惚れましたわ」
そう、カラフルには住居侵入罪は無く、プライバシーの侵害もないのである。しかしそれは、あまりにも非常識な為、特に言及する事柄でもないからであることを、エインは知らなかった。
「最初の方は紙がぐしゃぐしゃ。きっと泣きながら書いていたんだよな?」
「ぅっ…………いや、まだ嘘という可能性が……」
「え~っと最近の趣味は~、裁縫だっけ?未来の素敵な旦那様のためとはいえ、露出度えぐくね?もうちょい抑えめの方がいいと思うよ」
日記の内容を遠慮なく暴露し始めるエイン。全て知られている弱みを握られて、段々と動揺しはじめるテト。
「しょ、んなことで……どド動揺するとでも……おもも……ってうるの……かカかっ」
指先をプルプルさせて、見え透いたやけ我慢を訴えるテト。
「その年齢になっても、まだぬいぐるみを抱かないと眠れないのか?そんなに誰かに頭を撫でて慰めて欲しいのかい?――キモいね」
「ぬ、ぬがあぁああ~!?」
テトは頭を抱えて、もがき苦しんでいた。
エインとテトが初めて出会った時に、隠した手帳のような本は、日記帳だったのである。ちなみに鍵が付いていたのだが、製作者はパルでマスターキーを持っていた。それをエインは拝借したのである。
日記の内容暴露という極悪非道な精神攻撃を浴びせるエインは――精神攻撃も効いてる、ここで決める。と冷静に判断を下し、勝機を逃すまいと動く。
「それが嘘偽りないテトの本心だろ?なぜ恥じる?」
これまで見せたテトの強気は建前であると知っているエインは、さらに続ける。
「なぜ無力や未熟、歪み汚けに浅ましさを恥ずかしいと思う?自分の弱さを、醜態を、失敗を、駄目さを忌み嫌うのはなぜだ?」
「たとえば、君たちはお金を持たぬ事を恥じたりすまいて?ヤギという家畜を飼っていないとか、腕立て伏せが一度もできない。別の世界ではね、それは命を断つ程の大問題なんだよ。知ってた?」
「なん……だって!?」
「人よ斯くあれと作られた理想像、相対的価値観と自分とを比べる。組織や集団が作った最低限の常識、作られた相対的価値観と比べている。それはまた一つの呪いだ。自分の価値を他人に委ねるな。君の心が抱く理想と現実の落差が過剰なストレスを作り出している!君が全ての元凶なんだよ」
全部バレて硬直してしまったテトは、エインの話を黙って聞いていた。
「コルトに言われたんだろう?役割をこなすより他人との意思疎通より大事なことがある――自分を大切にする事だよ。戦いたくないくせに、傷付けたく無いくせに希望を持っているくせに諦めてんじゃねぇ。痛々しく惨めで、虚しいだけだ。かつての自分を否定したって今の自分が肯定される訳じゃないのさ」
「それでも、オレが負ける時、カラフルが終わる時だ――もう二度と繰り返さないためには……」
絞り出すようにして言ったテトの心からの本音を、エインは容赦なく捻り潰す。
「その無様、独りにさせたが故にと親が見れば自責に押し潰されるだろう。愛する娘がそんな苦労を背負うと知れば嘆き悲しむだろう。可哀想だと思わないか?テトは……そんな親不孝者でいいのか?」
「はっ?……こいつ……もういい……死ねェッ!」
羞恥に悶える様から一転、テトはあの猛禽のイーリスに比類する強烈な迫力で睨んできた。
「ハァァァァアア――≪渦戔流舞≫!!!!」
「あらぁー……想定外キターッ!?」
それは日記にすら書かれていなかったテトの切り札にして三つ目の魔法。
「この世から消し飛べッ!!!!」
それは風を圧縮させて放つ擬似的な斥力だった。
すかさずエインは風切乃太刀に木刀を合わせて、二刀から一刀流へ切り替えた。
避ける隙すら無かった破滅的な衝撃波は、呪法で強化された風切乃太刀による斬撃で辛くも断つことができたが、僅かに残っていた風輝球がまとめて破られてしまった。
「痛いってことは防ぎきれていない……万事休すか」
この渦戔流舞の恐るべきところは、連射性と近接にも遠距離にも使える汎用性の高さ。そしてダメ押しに、テトが自由に飛行できるという点だった。
テトは決戦場上空にいるエインの更に上に移動した。
「すっかり忘れていたが、お前を倒す必要はなかった。リナの魔法陣を破壊すれば勝ちだ――【双天威】≪渦戔流舞≫<多連複乱撃><積天風>!」
そして、テトに向かって吹き込む突風が針葉樹林一帯に流れ込んできた。
間違いなくテトは志合を決めるつもりで、決戦場の舞台である琥珀ごと破壊してしまいかねない強大な衝撃波を放つ準備をしていた。
ライゼンとアンナは、青ざめて、あるいはたまに目を背けながら戦いを見守っている。
しかし、苦悶の表情を浮かべる者が、もう一人いた。
「テトの奴め、魔力を必要以上に使われとる事に気づいておらぬ。その点、あやつは戦い慣れておる。この期に及んで勝負の重要性をしかと弁えておる。リナの魔法陣を破壊するのが肝心だというのに……」
「エインさんは本気で逆上させてテトさんの魔力切れを狙っている。勝てなくても勝てる条件を、勝利条件を整えはじめている……しかし、間に合うかどうか……」
魔法の破壊領域で静かに見上げるエインは、テトの収束させた圧倒的な風の塊を観察して確信した。
「なるほど素晴らしい魔法だが、いよいよ精神力が尽きてきたか?二発目は無いな――そしていいのか?そんなのを撃てばリナはともかく、僕は死んじゃうぞ?人殺しになる決心はできたのか?」
エインの挑発を、テトは面白い冗談でも聞いたように朗らかに笑った。
「確かにそうだ。お前の言う通り殺す気は無かった。不甲斐ないばかりだ、では貴君の期待に応えよう。今までオレにほざいた言葉、無碍にするなよ?――これがオレの最後の攻撃だ――二人まとめてやればいい――耐えられるか避けられると思うなら……それで終わりだッ!」
「ん?どゆこと?……あれ?……願い断ちしても……なんか浮いてるんですけど……ああっ!?」
渦戔流舞の影響力は二段階に分けられる。風を圧縮させるために周囲の空気を吸い込む引力と、斥力のように放つこと――つまり、対象を自由に吸い込む引力の風をも引き起こす。
吸引力によってなすすべなく引き寄せられたエインは、テトの魔法の手元にまでどんどん引き付けられていった。
リナが自衛の構えを解いて「エイン!?」と叫ぶ。
「そのままだッ!引っ込んでろォッ!」
戦いの流れは完全にテトへ移り、エインは激流に流される落ち葉にも等しかった。それでもエインはこの状況にも関わらず、意地でもリナを戦いに参加させなかった。
「蛮勇だな――まだオレに勝てるとおもっているとはッ!」
螺旋波動、古風切斬、渦戔流舞の魔法を使いこなすテトは、どんな風にも風を操る、まさに風系魔法使いの理想形の一つだった。
――やべぇこいつ思ってたより全然強ェッ!?このままじゃ確実に負ける――故に、予想通りの展開に戻ってきた。実にいい勝負だった。猪突猛進の馬鹿ほど御し易し奴もいない。これで決着だ――と、焦っている風を装っており、エインは実は冷静だった。
「ぶっ飛んじまいなァッ――<積天解放>!!!!」
渦戔流舞の軌道上に、エインとリナを捉えた瞬間――テトは力を解放した。
音を置き去りにした超絶的な衝撃波は、白い雲のようなものを伴って振り下ろされた。轟く大音響が遅れて周囲を破壊しつくして、決闘場の琥珀の床をも跡形もなくぶち抜いた。
直撃を受けていない観客席にかけられた魔法陣すらひび割れが生じるほどの広範囲の爆風だった。
直撃を受けたエインの姿はどこにも見当たらず、割れた琥珀の破片を盾にして攻撃を防いだリナだけが、ふわふわと浮いていた。
「え……エインは?どこ?……ねェ!?」
リナはあちこちと見回してみたが、どこにも見当たらなかった。
「むぅ……テトのやつ、魔力は残っとるのか」
「直ちにエインさんの捜索を厳命しなければいけませんね」
「兄ちゃん……だから言ったのに……」
「兄さま……どうかご無事で」
「はぁ……ハァ……くッ――さすがに、魔法、使い過ぎたか……」
さしものテトにも疲労の色が見え、冷や汗を掻いていた。
場は静かになり、まるで志合が始まる前に戻ったようだった。
「不思議な……感じだ。まるで手ごたえを感じないようで、でもどこか清々しい――これが――」
「「これが守るための戦い」」
テトの声に混じり、男性の声がした。
テトは背後からの奇襲にいち早く気づき、振り返って隠し持っていた扇子を広げた。
目の前には、先端が折れた木刀を振りかぶるエインが、そこにいた。
「やはりな……テトは手強い」
「ほんっとにしつこいなお前は――嫌いじゃないが」
エインは、風切乃太刀に使用していた二枚の虹鳥の風切羽と、マントに隠して差し込んでいた二枚の風切羽を組み合わせて作った風車で暴風を分解して流していた。無傷とはいかなかったが、なんとか窮地を脱することができた。
そしてその後、皆に気づかれずに空中に留まって潜伏できたのは、マントにはある仕掛けを施されており、光を屈折して透明に見えるステルス機能が付いていたからだ。これも、パルによる賜物である。
「エイン!良かったァ!」
安堵するリナは、思わず腰を抜かして、風見鳥に支えられていた。
鍔迫り合いになり拮抗する二人だが、テトがいきなり跪いた。
「ガっ……!?」
テトを護る天魔護風陣が、貝殻が割れるような音を出しながら破損した。
そして、呪いの木刀の先端部分だけが、二人の間をすり抜けて落ちていった。
笑みが零れるエインは、呪怨木刀牙の先端をわざと折って、テトの真上へ投げていた。
その落下によって、テトの魔法陣がいよいよ球の形を成さなくなってきた。
しかし、その瞬間が命取りだった。
テトは片手から繰り出される渦戔流舞の斥力を推進力として利用して瞬時に移動し、エインと急接近した瞬間、もう片方の手の平から繰り出す螺旋波動が、エインの腹に的確に命中した。
「がッっっっ――ハァッ!?」
世界樹を貫く一撃を被弾したエインは、服の裏地に仕込んだある模様のおかげで辛くも耐えはしたが、高さ十メートルから落下したような衝撃で目眩がした。
そして、切り刻まれた服の至る所から、大量の赤い液体がだくだくと噴き出した。
「エインッ!?もういいよぉ!?私たちの負けでいいから!降参するからっ!だからもう止めてェ!これ以上したら死んじゃうよ!」
涙目になったリナは、エインの惨状を見て涙を流して泣き叫ぶ程の動揺を見せる。
それでも従順に、エインからの指示を着実に守った。
「なっ!?ぇ……リナが守らなかったァっ!?撃つと思って……やった。なのに……」
だが、リナ以上に動揺を見せたのが他ならぬ、彼を攻撃したテト自身だった。
「うゥっ……違う、お、お前が、悪いのだぞ、何もできないのに、でしゃばる、から……」
内股となり肩を振るわせるテトの女々しい様子を、エインはしっかり見ていた。
――ここの一般常識と倫理観は学んだが、その反応はやはり笑ってしまうな。
俗に普通と呼ばれる人の価値観は、人に殺されるより、自ら人を殺さなければならない方が遥かにキツいのだ。これがエインが仕掛けた最大の精神攻撃だった。
「どうした?なぜトドメを刺さない?たかが血を流して死にかけているだけだぞ!?」
テトは、カラフルに降りかかる脅威に立ち向かい、人を守って死ぬ覚悟があると思った。
しかし、人を殺したときの自責と罪悪感は似て非なる別物だ。
「な、何ィ!?お前、そこまで……覚悟を……」
――はい確定。敵に同情なぞ、所変われば致命的だ。
やっとの思いで戦い抜いたエインは、ここでやっとひと安心した。最大の懸念事項の想定外が間違いなく払拭されたからだ。
「人は追い詰められた時、本性を曝け出すという――今のお前がテトちゃんだよ。それでもまだ何もできないのにでしゃばる事が悪いと思うなら、お前は、黙って見ているのが正しいと――そう言うのか?」
「……えぇっ?」
呂律が上手く回っておらず、テトは冷静さを失いかけていた。
遠い追憶にでも想いを馳せているかのように。
「もしそうなら、昔からテトは正しいよ。たとえ……目の前で家族が襲われて死んだとしても、黙って見ているのが正しいんだよなァッ!」
「なっ!?――えぇ」
刹那、動揺するテト。
「そんなこと急に言われても……、いやそれより死んでなくて良かった、じゃなくて、なぜあの怪我で動ける?まさか、奴は、本当に神なのか!?」
恐るべき可能性に動揺を見せたテトは後ずさりして、エインが流した液体の一部が付着した手を触った。
「……ん?えっ?待って。この血、独特の匂いがしないぞ?まさか……これは、染料で赤くしただけの、水か?エイン……これは、本物の血じゃないのか?偽装を!?」
「そうだよ。これではっきりした。テト、お前には人を殺す覚悟がない。その上、守るべき観客にも攻撃を加えた。守備隊長には向いてないね!」
エインがやったのは血の擬傷であり、怪我を負うふりをしただけだった。
服の下に血と同じ色に染めた水を入れた袋を予め仕込んでおいて、いずれ直撃を受けた際に破れるようにしていた。
コケにされたテトは不動のまま立ち尽くした。そして、含み笑いをしはじめた。
「はは……あはは……騙したな……オレの心を弄んだのか。き……貴様ァアァァアアッ!!!!」
テトはもう、エインを狙っていなかった。我を忘れてがむしゃらに自身の力を限界以上に引き出して、思いを魔法に変えてぶつけてきた。
テトが目指した理想の守るための戦いを見せつけたエインは、テトの歪さをこれでもかと晒した。
完全にキレたという事は、それが外れていない証拠であり、テトの本心にアクセスしたということ。
今がエインにとって最大の好機だった!
「もういい。全力を出してぶつかって気づいたはずだ。己の歪さの影に隠れた悲嘆をさらけ出してやれ。お前のミフィタをいいかげん解放してやれよ!」
どれだけ荒れ狂う螺旋波動を、乱暴な古風切斬を、猛り狂う渦戔流舞をも木刀で次々と切り伏せた。突撃するエインの連続の剣技で――無双乱舞と彼は密かに呼んだ!
テトの猛攻の全てを跳ね除けたエインは、凄まじい気迫でテトの前に立って言い放った。
「弱くったっていいじゃないか!どんな本音も吐き出せばいいじゃないか、その苦悩も葛藤も大切さの裏返しなんだ!」
「嫌だ!」
自暴自棄になったテトは、渦戔流舞を目の前で展開し、自分諸共にエインへ攻撃するという自爆を選んだ。
天魔護風陣がほぼ全壊状態で行えば、自滅してしまうだろう。だがエインは一瞬もためらうことなく突き進み、「嫌じゃねえよッ!」と折れた呪いの木刀を投げて、相殺し消滅させた。
「一人ぼっちで惨めでダメで、もうどうしようもないなら、みんなでやればいいじゃないかッ!」
エインは、今にも泣きそうなテトの胸ぐらを掴み、無理やり眼前にまで引き寄せた。
「人の為と己を偽るは卑怯だ!自分に嘘をつくなっ!」
エインは怯まず、正面から見つめ返して――堂々と叫んだ。
「人の心における本当の強さとは、弱さを受け入れ痛みに耐えて辛苦を背負い、それでも前に進む事ッ!不安恐怖にかられても――自分らしさから逃げるなァッ!!!!」
彼の紡ぐ啖呵を切るは、テトの心に深く突き刺さる刃となった。
胸中は既に看破され、虚言と誤魔化す事もできず、苦悶の顔を浮かべたままだった。
テトは口調こそキツめだが、日記の内容と本音が一致した事で、エインはテト本来の人物像と本心が見えていた。
それ故に、エインが立てた今回の作戦名は、『テトの優しさに付け込もうぜ大作戦』なのである。
「ぬ……ひっ、ウぅっ!?」
何か言おうとして、しかしテトは返す言葉がなかった。
言葉にならない声を出しながら、軽口も文句も言わなかった。それは、彼女に対する思いやりに満ちた言葉で、正確に的を射ていたからだ。
膿を出すように漏れ出た本音を丁寧に受け取り、悪いものを押し出した。
テトの感情の機微に敏感に反応して作られたエインの言う事は、テトにはもう手も足も出なかった。
「く……き……さま、もう……許さな……ッ――」
――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!!
テトの悔し紛れの強がりの直後、テトの声がかき消されるほどの強烈な閃光と爆発音が辺りを覆いつくし、赤い衝撃波の激震が高速で走り抜けた!
伝播した方向から、いち早く状況を理解したエインは、眉間にしわを寄せて舌打ちした。
「ちッ――燃料樹脂の火事の真相は、分からず終いだった。この機に乗じるか、イレギュラァーッ!」
爆発炎上して黒々とした煙と灼熱の炎が噴き出しているのは、カラフルの住処である宿木からだった。




