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第48話 東京レイド⑦

 代々木公園に穿たれた巨大な陥没孔――新海の魔導電重砲レール・キャノンが穿ったそれは、ダンジョンへと続く垂直に近い落下路の入り口だった。丈一郎は躊躇なく、数百万は下らないだろうゾンビの群れを引き連れてその闇へと身を躍らせた。


 眼下に広がるのは、どこまでも続くかのような深淵。しかし、丈一郎の身体は空気抵抗など意にも介さず、ダンジョンの壁面を数度蹴ることで落下速度を巧みに殺し、狙い定めた下層の広間へと音もなく着地した。土埃が舞う薄暗がりの中、即座に周囲の地形を把握する。広間は歪な円形をしており、いくつかの通路が放射状に伸びているのが暗視スキル越しに見えた。


 着地とほぼ同時に、丈一郎は最も奥へと続きそうな通路の一つに飛び込むように駆け出した。


 直後、頭上から凄まじい音が響き渡る。それは絶叫であり、衝突音であり、肉が潰れる音であり――死そのものの交響曲だった。漆黒の滝。無数のゾンビが、後から後から途切れることなく落下してくる。

 最初に広間の硬い岩盤に叩きつけられたゾンビたちは、その衝撃で文字通りミンチ肉と化し、赤い染みを広げる。続くゾンビは、その上に降り積もり、さらにその上から落ちてくる同胞の重みによって、まるでプレス機にでもかけられたかのように圧し潰されていく。骨が砕け、肉が裂けるおぞましい音が連続し、ダンジョン全体がその衝撃でビリビリと震えている。壁面からはパラパラと土砂や岩片が崩落し、視界はさらに悪化した。


 数分間――永遠にも感じられる時間だった――死の雪崩は続いた。やがて、落下してきたゾンビの死骸が積み重なり、丈一郎が飛び込んできた縦穴を完全に塞ぎきった。

 丈一郎は、駆け込んだ通路の奥、数百メートルほど進んだ地点で足を止め、静かに振り返った。広間を満たした死骸の山は、進んできた通路の中ほどまで迫っている。そして、その隙間から、落下の衝撃を生き延びたゾンビたちが死体をかき分けて這い出し、その勢いのままなだれ込んできた。


「さぁ、こっちだ。じゃんじゃん入ってこいよ」


 丈一郎は独りごちると、ゴブリンキングから手に入れた両手剣を収納から抜き放つ。


「第二ラウンド開始だ」


 気配察知で生き残りの位置と数を把握し、通路という地の利を活かすべく、狭い入り口に殺到してくるゾンビの群れへと踏み込む。まず一体、振り下ろされた両手剣が、ゾンビの頭蓋を腐ったカボチャのように叩き割った。返す刀で隣の個体の胴を薙ぎ払う。


剛打クラッシュブロウ!」


 スキルを発動させ、渾身の力を込めた一撃がゾンビの胸部を陥没させ、吹き飛ばす。その勢いに後方のゾンビたちが巻き込まれ、叩き潰される。

 即座にステップを踏み、続けざまに二連斬ツインブレイクを放ち、数体の大型ゾンビの首をまとめて刎ね飛ばした。


(いつのまにか大型ゾンビ(デミ・タイタンゾンビ)も混ざってやがる…。考えられるとしたら走り出した時か)


 思考を巡らせながらも、丈一郎の動きは、まるで精密機械のようだった。無駄な動きをする余裕は一切ない。一体一体を確実に処理しつつ、常に周囲の状況を把握し、次の一手を予測する。両手剣のリーチと破壊力、そして彼自身の圧倒的なスピードが合わさり、ゾンビの群れは面白いように蹂躙されていく。

 腐臭と血飛沫が舞う中、丈一郎はただ淡々と剣を振るい続ける。地に伏したゾンビの死体が消えると同時に、その奥から絶え間なく這い出てくるゾンビを叩き伏せる。死骸の山から這い上がろうとする腕があれば、それを踏み砕く。


(――巨神鉄槌ギガンティア・スマッシュのクールタイムは60分。のこり30分ほどか。地上まで数発は必要だろうし、長期戦に備えてMPの残量も考えないとな。みんな、それまで頼んだぞ)


 丈一郎はゾンビを処理しつつ、クールタイムの終了を見計らい、地上へと戻って仲間たちと合流する算段を立てていた。



 *  *  *



 丈一郎が黒き奔流と共に奈落へ身を投じてから、およそ十分が経過した。代々木公園には硝煙と腐臭、そして言いようのない圧迫感が満ちていた。


 大島率いる大島隊、真壁率いる真壁隊、そして篠原率いる篠原隊は、それぞれの隊列を維持しながら、周囲を警戒しながら公園中央部へと慎重に進軍していた。

 三舞台の後方、代々木競技場第一体育館の広大な屋上には、藤田隊と神谷、一部の政府職員が布陣していた。彼らの任務は、突入部隊の退路確保、公園外周からの新たな脅威の監視、そして可能な限りの後方からの支援である。藤田の指示のもと、村上と田辺は重機関銃の銃口を公園外周へと向け、舞と夏芽はそれぞれのスキルを発動できる位置で待機していた。


「全隊、作戦通りステータス振りは終わっていますね? 新たに取得したスキルは即時共有、ここからは大島さんの指示に従い、周囲との連携を優先して動いてください」


 杉谷の落ち着いた無線が各部隊に届く。急激な経験値獲得に備え、各自、事前に考えておいたステータス振りを速やかに反映。全員が事前にシミュレーションし、複数パターンの成長方針を決めていた。


 やがて、先行する三隊の視線の先に、その忌まわしき光景が全貌を現した。公園南方、かつて多くの人々が待ち合わせの場所として利用したであろう原宿門に近い時計塔の傍ら。そこに、直径100メートルはあろうかという巨大な陥没孔が広がっていた。そこに元々あった公園の池が抉り取られ、水が滝のように流れ込み、穴の底からは不気味な水蒸気と、微かな地響きが絶え間なく漏れ出してくる。


 丈一郎が引き込んだゾンビの大部分は、既にその大穴へと落下していた。しかし、公園内や原宿駅へ続く道路には、未だおびただしい数のゾンビが蠢き、溢れていた。それらは丈一郎の挑発スキルに引きつられて、大穴へ、大穴へと狂ったように殺到し、互いに押し合いへし合いしながら雪崩れ込んでいく。


「っ! これでは近づくことも厳しい。 杉谷さん、南側の奴らを削ってください。神谷さんは例の支援をお願いします」


 大島が無線で指示を飛ばす。ほぼ同時に、新宿駅ビル屋上の杉谷と新海から精密な支援射撃が開始され、大穴周辺に密集するゾンビが次々と吹き飛ばされていく。これによって、大島、真壁、篠原の各隊は、周囲の残存ゾンビを排除しながらも、大穴への進路を確保することができた。


「私の見せ場が来ましたね。成長した賢者のスキルをお披露目しましょう――クイックバリア」


 神谷が静かに詠唱すると、三部隊の頭上に淡い光を帯びた魔力の膜が展開されていく。それはまるで空気が歪んだような、透明な防御壁だった。神谷は詠唱を繰り返し重ね掛けしていく。


 丈一郎がダンジョンに飛び込んだ直後、各隊員は急速なレベルアップを遂げていた。中でも、職業賢者は攻防ともに優秀で、元ゲーマーでもある神谷は、その性能と使い所を即座に把握。事前にこの支援を大島へ無線で伝えていたのだった。

 神谷が今、発動したクイックバリアは、敵の攻撃力が対象の防御力を下回る場合、一度だけ攻撃を無効化するという、シンプルな初級防御魔法。防御力を下回るという点から使い所が難しいため軽視されがちだが――ゾンビのように「一度でも触れられれば終わり」な相手に対しては、まさに命を守る“お守り”となる。


 体育館の屋上から神谷は部隊の動きを見下ろしつつ、小さく息を吐いた。


「これで、3発までは耐えられるはずです。――皆さん、どうかご無事で」


 やがて、三隊の隊長たちが、固唾を飲んで大穴の縁に到達した。

 今泉はスキル魔導操作エーテルマニピュレーションを発動する。本来は、魔力で小型の動物や虫を操る探知士シーカーの補助系スキル――だが、電子機器に強い今泉は独自の発想で、この技を小型ドローンに応用していた。

 魔力で飛行し、魔力を纏うことで一定の衝撃にも耐えるよう調整されたドローンは、通常の偵察装置とは比較にならない機動性を持っていた。ドローンは静かに大穴の内部へと滑り込んでいく。リアルタイムで送信される映像は、今泉の操作端末を経由して三隊長のタブレットへと共有される。

 穴の底は、落下し積み重なったゾンビで埋め尽くされ、おぞましい肉の絨毯と化して蠢いていた。もうもうと立ち込める水蒸気と粉塵、そして折り重なる死体の山で、丈一郎の姿はおろか、穴の正確な深さすら判別できない。


「……凄まじいな」


 篠原が低く唸る。


「ああ。桐畑は無事だろうが、こいつらを放置するわけにはいかん」


 大島も頷く。

 真壁は何も言わず、ただスコープ越しに穴の底の蠢きを凝視していた。


「各隊長、及び後方支援部隊、攻撃準備!」


 大島の号令一下、突入前の露払いとして、ありったけの火力が穴の底へと叩き込まれることになった。

 だが、その一手目を切ったのは、隊長たちでも、火器でもなかった。恵理が一歩、体育館屋根の縁へと進み出る。右手を掲げ、静かに詠じる。


「……穢れを焼き尽くし、還すは聖なる火」


 空間が軋み、恵理の掌の前に、白銀の炎が渦を巻いて現れる。その炎は、かつてとは比べ物にならないほど巨大で、輝きも鋭い。

 恵理自身もまた、レベルアップに伴い魔力を研ぎ澄ませていた。この日に向けて、アンデッドに特効を持つこのスキルを徹底的に鍛え上げ、繰り返し使用することで、自然と祝詞が口をついて出るまでに至っていた。

 完全詠唱によって火力は格段に高まり、それはもはや単なる後衛の一撃とは呼べない、“破魔の業火”と化していた。


 静かに息を吐くと、恵理は迷いなく、その腕を振り下ろす。


「――浄火ピュリファイア!」


 白銀の浄火は、流星のごとく軌跡を描き、大穴の闇へと突き刺さるように落下していった。

 次の瞬間、爆ぜた光とともに、底部のゾンビの群れが火の海と化した。その炎はただの熱ではない。“死を拒絶された者(アンデット)”特効の聖なる魔力特性を持ち、無数のアンデッドが炎に触れた瞬間、悲鳴を上げる間もなく燃え崩れていく。

 その火はゾンビからゾンビへと燃え広がり、数千のゾンビが一斉に蠢き、焼かれ、崩れていく。


「全隊、撃ち込め!!」


 大穴へと突き刺さった恵理の浄火ピュリファイアが総攻撃の号砲となる。

 大島隊、真壁隊が携帯していた対戦車擲弾や高性能手榴弾を次々と投下。篠原隊もアサルトライフルやグレネードランチャーで援護する。体育館屋上の藤田隊も、射程に入る穴の縁に群がるゾンビに対して、村上と田辺が重機関銃で掃射を開始した。


 激しい銃撃音と爆炎を見下ろしながら、夏芽はギリッと唇を噛みしめていた。


(私だって……! みんなみたいに、戦えるんだから!)


 三隊の後方から駆け寄ってくるゾンビたちが視界に入る。

 同時に、彼女の周囲に魔力によって生成された銀色の縫い針――魔縫針マジックニードルが十本、浮き上がりながら出現する。


 夏芽がが眼前に右手を掲げると同時、空中に浮遊していた魔針が、鋭い魔力の輝きを曳いて三隊の後方から近寄るゾンビたちへと高速で射出された。夏芽が右手の指先をピアノを奏でるように繊細に動かすと、それに応えて魔針は生き物のように空を舞い、密集するゾンビたちの頭部へと狙いすまして高速で飛翔していく。


「――滅びの十重奏デストロイ・デクテット針打スレッドニードル!」


 夏芽が独自に編み出した針打スレッドニードルの連続精密操作。一本一本の魔針が、まるで意志を持ったかのようにゾンビたちの眉間や眼窩を正確に、そして連続的に「縫い刺す」ように貫いていく。「チクッ、チクッ、チクッ」と、ほとんど音にならないほどの微かな音が連続するが、その度にゾンビは動きを止め、あるいは痙攣する。


 そして、十数体のゾンビを縫い終えた魔針の軌跡が、まるで目に見えない糸で繋がっているかのように見えた瞬間――夏芽が眼前で右手の指をパチンと鳴らした。


 その合図と共に、ゾンビたちを貫いた魔針が内包していた魔力を爆発的に解放。まるで縫い合した糸を引き絞るかのように、ゾンビたちが強烈な力で互いに引き寄せられ、激しく衝突し合う。


 グシャッ!バキッ!と骨肉が砕けるおぞましい音が響き渡り、一塊の肉塊となって圧殺され、そのまま崩れ落ちていった。


「……よしっ!」


 岸本が詠唱を完了させ、火柱ファイアウォールを穴の底へと叩き込むと、さらなる爆炎が立ち昇り、ゾンビたちの断末魔の叫びにも似た音が微かに響いた。


 真壁は冷静に、爆発によって露出したゾンビの密集箇所や、大型のゾンビの弱点と思しき箇所を、対物ライフルで正確無比に撃ち抜いていく。


 連続する爆発音が代々木公園に轟き渡り、大地が震える。ゾンビの肉片、土砂、黒煙が巨大な間欠泉のように穴から激しく噴き上がり、空を汚した。

 数分間に及ぶ集中的な爆撃の後、今泉が索敵スキルを発動しながら報告する。


「爆心部の敵反応、大幅に低下! 音響分析からも、活動中の個体数は激減したと推測されます。ですが……依然、半数以上の生存個体を確認」


 その報告を受け、大島が決断を下した。


「よし。これ以上の遠距離攻撃は効果が薄い。突入するぞ! 奴らを根絶やしにする!」


 突入部隊が即座に編成された。


 第一陣、先遣及び露払いとして、指揮を執る大島、元SATの経験と卓越した近接戦闘技術を誇る篠原、そして民間人ながら、特異職で範囲火力の高い中谷。


 第二陣、主力及び制圧担当として、圧倒的なタフネスと突進力を持つ南雲、同じく高い近接戦闘能力と機動力に秀でた二階堂、そして全隊を俯瞰し敵の危険因子を排除する魔法使い(ウィザード)の岸本と狙撃手スナイパーの真壁。


 さらに、突入部隊全体の守護及び支援担当として、鉄壁の防御力を誇る守衛者ガーディアンの職業を持つ吉野、薬学者ファーマシストの職業を持ち、回復ポーションといった特殊薬品の錬成を得意とする平野、索敵が得意な探知士シーカーの今泉が続く。


「行くぞ! 坂口は同盟国のお二人を体育館上まで頼んだぞ」


 大島の短い号令と共に、選ばれた者たちの顔に覚悟の色が浮かぶ。彼らは大穴の縁に迅速にアンカーボルトを打ち込み、特殊繊維ロープを展張。眼下に広がる奈落を前にしても、その瞳に揺らぎはない。


 次々と、彼らはロープを巧みに操りながら、垂直に近い壁面を懸垂降下していく。降下中も油断はなく、落下しきれずに壁面に張り付いていたゾンビや、穴の縁から身を乗り出してくるゾンビを、ハンドガンやナイフ、スキルで的確に処理しながら、奈落の底へとその身を投じていった。


 地上では、遅れてやってきた杉谷と新海が藤田隊と合流し、体育館屋上から広範囲の警戒を続け、恵理と舞は負傷者発生に備えて治癒魔法の準備を、神谷はあえて攻撃には加わらず魔力を温存し、クイックバリアの再展開の準備をする。杉谷、新海、第四機動隊と夏芽は、周囲から遅れて出てくるゾンビを1体1体確実に処理していく。


 日は既に高く昇り、戦いが始まった朝とは異なる熱気を帯び始めていた。

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― 新着の感想 ―
最近キャラクターが多くてよくわからなくなって来たのでもう一回最初から読みたいと思います
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