第12話 思わず拍手しましたわ
「一手指南してやろう」
顎をそらして傲慢な態度で、セブリオ国の王太子を見下ろす。その仕草のひとつまで洗練されて美しいと見惚れてしまった。思わず甘い吐息が漏れ、慌てて扇で顔を隠す。
「素敵な方ね」
「王太子殿下とは雲泥の差ですわ」
フランシスカと忍び笑いながら、不敬な発言を繰り返す。相手が王族ならば不敬だが、今は問題なかった。そのため遠慮がない。
騎士として最高位の実力を持つリオ兄様がいるのだから、万が一にもこの金髪の貴人に怪我を負わせる心配はしなかった。それに鍛えた腕で剣を構える所作から、この方の力量も素晴らしい。訓練をサボりまくった王太子が勝てる要素がなかった。
「馬鹿にしやがって」
馬鹿にされるような愚かな行為しかなさらないのに、よくもまあ……感心しながら、剣先を向けるクラウディオに眉を寄せた。その後ろから駆け寄るカルメンは、彼を止める。
「やめて。この人は、隠しキャラでレアなんだから」
「うるさいっ」
クラウディオは邪魔をしたカルメンを突き飛ばし、そのまま上段から振り下ろす。技量のない剣を軽く弾いて絡め、叩き折った甲高い金属音が響いた。
「これで終わりか」
軽い悲鳴が上がった広間も、すぐに拍手が沸き起こる。気持ちは理解できますけれど、さすがに拍手はどうかと思いますわ。いえ、私も拍手しておりますけれど。
父や兄も含め、ほとんどの貴族が拍手している。王家の威信は欠片もありませんわね。
愛した女性であるはずのカルメンを突き飛ばしたクラウディオは、今頃になってカルメンに手を伸ばして助け起こしている。素直に手を借りる彼女もおかしいですが、クラウディオの一貫性のない言動も困りものです。一国の王太子としての教育が成っておりません。
三日月のような不思議な形の剣は、彼が手を振ると消えた。残されたのは、足元で折れた王太子の剣のみ。
「この無礼者を摘み出せ」
その命令に従う騎士はなく、困惑して顔を見合わせることもない。見れば玉座にしがみついていた元国王陛下も姿を消していた。恥ずかしくて見ていられない気持ちは理解できます。同情しつつ伯母様を見上げれば、にっこり微笑み返された。本当に息子と認めていないのね。
気の毒に思う感情はないけれど、四面楚歌の状況をクラウディオは理解した方がいいと思うわ。
「それで、なぜ下がろうとする」
手が触れる距離は婚約者の方に失礼だと、数歩下がった私に、機嫌悪そうな声が降ってきた。テュフォンの美しい眉間にシワが寄る。
「花嫁と呼ばれた婚約者の方に申し訳ありませんもの」
「お前が花嫁だ」
言われた内容が理解できず、彼の手が示した先、つまり私の後ろに誰かいないか確認して振り返ってしまった。この騒動で左右に割れた貴族の列は、後ろにはない。数人の侍従がいたが、彼らは男性で「花嫁」になれなかった。
視線を戻して、呆れ顔で手を差し伸べるテュフォンの褐色の手を見つめ、自分を指差して首をかしげる。大きく頷かれ、意味がわからないまま手を握られた。




