第11話 我が花嫁、ですか?
「なんだ、騒がしいぞ。ベクトル」
不機嫌そうに眉をひそめたのは、目の前の美丈夫だ。この国でメレンデス公爵である父を呼び捨てる者は伯母様だけだった。国王陛下であっても呼び捨てにする権利はない。
「テュフォン様とおっしゃるのですね。庇っていただき……」
「そいつは誰だ! お前は浮気していたのかっ!!」
突然の罵声に言葉を遮られ、苛立ちの滲む鋭い眼差しで睨みつける。元から目元がきつい美人系と評される私だ。切り裂くような視線に、クラウディオがびくりと怯えた。
この馬鹿は、何のつもりで私の言葉を遮ったのかしら。もう婚約者ではないし、今が初対面の方に対して「浮気していた」ですって? 浮気したのはそちらでしょう。王族の品位どころか、人としての常識まで捨ててしまわれたのね。
「クラウディオ様、私はすでにあなたの婚約者ではございませんわ。初対面にも関わらず、そこの無礼な女から公爵令嬢たる私を守ってくださった紳士に対し、なんという侮辱を口になさるのですか。これがセブリオン家の礼儀とは……なんと嘆かわしい」
嘆いて周囲に訴えれば、貴族達が一斉に非難の口を開いた。私の言葉に含まれた棘に気づいたフランシスカが「すごい嫌味」と楽しそうに笑う。息子を目の前で貶された伯母様も、「あらあら」と緩んだ口元をさりげなく扇で覆った。
「……我が花嫁に何たる無作法か」
舌打ちしたテュフォンが思いがけない単語を使った。花嫁、ですか? どこかに婚約者の方がいらっしゃったのね。でしたら、あまり近づいては失礼ですわ。
後ろへ数歩下がろうとした私の腕を、彼の腕が押し留めた。大きな手のひらが、優しく手首に添えられる。握るほど強くなく、しかし止める意思は伝わった。
「テュフォン様?」
「なぜ離れる」
不機嫌そうに告げられ、困惑してしまった。
「俺を無視するなっ!!」
叫んだ王太子にもう二言三言は叱りつけるつもりで振り返って、言葉を失った。儀礼用に腰に下げた剣を抜き放っている。
「テュフォン様! ティファ」
「短慮に過ぎますぞ」
兄と父が間に立つが、彼は剣を収めようとしない。迷った末、リオ兄様の手が左へ差し出された。左利きの兄へ、近くにいた騎士が歩み寄って剣を差し出す。膝をついて捧げられた剣の柄に手をかけたところで、テュフォンが前にでた。
「よい、其方らの手を汚すまでもない」
何も持たぬ右手を一度握り、肩の高さから下へ振り抜く。その手にいつの間にか、淡い金色に光る三日月型の剣が握られていた。




