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同期がオトコに変わるとき  作者: 涼川 凛
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本気の恋


「かわいいっ」



 仕事から帰ると、さっそく大きくて白いウサギのぬいぐるみを触る。


ふわふわでもふもふ。抱きしめると柔らかくてものすごく癒されるから、今一番のお気に入りだ。



 これは『わくわくふぁーむ』に行った帰りに真辺が投げてよこした包みの中身だ。


白い毛に真っ赤な瞳が愛らしいこれは、部屋のほぼ中央に置いてある二人掛けソファの半分ほど占領する、かなりデカイ子なのだ。



 ショップで見たときはそれほど大きく感じなかったけれど、私の部屋の中ではかなりの存在感を放っている。


仕事から帰ってこれば一番に目に入るから「ただいまー」なんて話しかけてしまうし、寝る時は抱き枕代わりにしている。



 これ、私がもらってもよかったのだろうか。


てっきり『気になる子』にあげるつもりで買ったと思っていたけれど、まさか投げてよこすとは……片付けのお手伝いのお礼と考えていいのだろうか。


あの日は盛大な寄り道が楽しかったし、夕食代もろもろを払ってくれただけで十分だったのに、結構なサプライズだった。



 おかげで真辺のことが気になってしょうがない。


もともと気になる男だったけれど、最近はふとした隙に顔が浮かんで来たり、今どうしてるかな?なんて考えたりするのだ。


会うたびに腕を掴まれたり、妙に接近してきたり、たまに変なことを言ってきたりするから、そのせいもあるのだろうけれど。



 社内で偶然見かけると目で追ってしまう自分がいて、イケナイイケナイと一生懸命自分を律している。


彼はただの飲み友達で『抱ける程度には好き』とか『来る者は拒まず』とか『女は二番目』とか、彼女に冷たくて鬼畜な男なのだ。


昼間っから色気だだ漏れの男なんて、好きになったら大やけどをする。


ただの友人として付き合うのなら、さっぱりとした性格で一緒にいると楽しいからいいのだけど、彼氏候補にするには危険すぎるのだ。



 そうだ、私はアラサーで今から付き合う人にはどうしても「結婚」の二文字が浮かぶのだから、ここはやっぱり堅実で一途な人を選ばないといけない。


それに真辺にとって私は男友達と変わりがないのだから、好きになっても不毛なのだ。


もしも女としてみているのなら、5年もの間何も言ってこないのはおかしいもの。


あのとき車の中で『行くな』なんて言ったのも、貴重な飲み友達を失うのがイヤだからだと思うのだ。


第一、彼には『気になる人』がいるのだから。



「ね、好きになっちゃダメって、ウサギ君もそう思うよね?」



 ものを言わぬぬいぐるみに同意を求めていると、スマホが着信音を鳴らした。


お母さんからだ……もしかして、お見合いの進展があったのだろうか。



「はい、真奈美です」


『もしもしー、私はあなたのお母さんですよー』



 間の抜けた言い方で、頭がカクンと垂れる。


 わが母の最初のひと声はオレオレ詐欺の逆バージョンみたいで、名前表示がなかったら速攻切ってしまいそうなタイプのものだ。


何度か注意したけれど『なんて言ったらいいかわからないもの』と、ちっとも改善してくれない。



「はいはい。お母さん。電話してくるなんて、何か進展があったの?」


『そうなの、朗報があるのよ! そっちのほうで、信用できる仲介人さんが見つかったのよ!』


「それだけ??」


『それだけって、真奈美。これってすごいことなのよ?』



 知り合いの知り合いを伝って見つけた仲介人さんは凄腕で、まとめたカップルは500組を超えるのだという。


それが凄いレベルなのかさっぱりわからないけれど、個人で請け負ってる人の中では多いのだとお母さんは力説した。



『だから、すぐにいい人が見つかるから期待してて頂戴!』



 自信たっぷりの弾んだ声のお母さんに「分かった。待ってるね」と言って通話を終える。


 お見合いが一気に身近に迫ってきた感じだ。


お相手が決まれば、真辺の幻影も掻き消えるだろうか……。





 会社は繁忙期に差し掛かって、真辺をチラリとも見ることがなくなった。


おかげで私の心は平穏を保っている。


このまま距離を置いていけば、芽生えている真辺への気持ちが消えていくはずだ。



「はい、これが新発売の缶コーヒーです。好きなのを一本どうぞ。それからこれが一覧です。よかったらどうぞー」


「ありがとうございます」



 仕事をしていると、営業課の大山さんが缶コーヒーと注文票を総務課まで配りに来た。



 支社ではたまに新商品の試飲をさせてもらえる。


それに自社製品は社員割引で買えるから、好きな飲料をケースごと買って実家に送る人もいる。


私も、毎年実家に頼まれているので注文票をもらった。



 今年の新発売リストには、お母さんの好きな天然水系のジュースがある。


欲しいかどうか家に帰ったら早速聞いてみなくては。そのついでに、見合いの進展も訊くのだ。


あれから2週間は経っているし、自信たっぷりに『すぐ』と言ってたのだから、そろそろ何か知らせがあってもいい頃だ。



 月末が近くなって総務の仕事も忙しく、2時間ほどの残業をして家路につく。


コンビニでパンを買って帰ると9時を回っていた。


夕飯はパスタを作って食べ、いざ実家に電話をしようとスマホを取ったらLINEの着信が1件あった。



「真辺だ……」



『明日飲みにいかねえ?』とあって、どう返事するべきか迷う。


いつもだったらすぐに『OK!』と返すのだけど、今は……。



「ごめーん、明日は行けない」



 そう返したらすぐに『いつならいい』と返事が返ってきて、吹き出しの応酬が始まった。



「当分無理」


『忙しいのか』


「そうじゃない」


『理由を言え』



 離れたいと返しても応酬が続きそうで、ぴたりと止まる効果的な言葉を探す。


 まだハッキリと決まってないけど、きっとこれが一番……。



「お見合いするから」



 そう書いて送信すると、しばらく間が空いた後に吹き出しが現れた。



『そうか』



 これで、ふたりでは会えないと理解してくれたかな。


もう誘われることはないかもしれない。今まで楽しかったな……。



 ふたりで飲みに行ったお洒落なお店や真辺が注文してくれたカクテル、時間を忘れて話したこと、わくわくふぁーむで膝枕をしたこと、なんだか色々と思い出してしまって、自分で決めたことなのに胸が締め付けられる。


 真辺だって本気の恋をするのだ。私に会っていたら、あらぬ誤解をされて何かと不都合になるだろう。


この気持ちは、飲み友達を失う寂しさなのだ、彼氏ができればこんな気持ちはすぐに忘れられる。それまでの我慢。


明日からは飲み友達ではなく、同期として接すればいいだけのことだ。



 白ウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、切なさを紛らわせる。


そうして30分ほど経って気持ちが落ち着き、会社から持ってきた注文票を取り出して実家に電話しようとしたけれど、既に11時近い。



「明日にしよう」



 スマホに充電コードを挿していると、ピンポンとチャイムが鳴った。



「こんな遅くに誰だろう?」



 スコープから外を覗くと、男性のような人影が見えた。



「……どなたですか?」



 ドア越しに訊いてみると「俺だ」と言う声が聞こえてきて、胸がドクンと跳ねる。



「ま、真辺?」


「そうだ。開けろ」


「何しに来たの??」


「藤崎に用があるんだよ、開けろ。早く開けねぇとここで騒ぐぞ」



 言い方がとても切羽詰まった感じで、本当に騒ぎ出しそうだ。



「ま、待ってよ。近所迷惑になっちゃう。今開けるから!」



 開錠してドアを少し開けると、ぐっと大きく開かれて真辺が滑り込むように玄関に入ってきた。



「こんな時間にどうしたの。何の用?」



 私を見る真辺の表情は神妙で、さっきまでの勢いが減っている。



「遅くに悪い。上がっていいか」


「……ちょっとだけなら。どうぞ」



 ソファに鎮座するウサギのぬいぐるみを退かして真辺に座るのを進め、私は、ベッドのそばに座った。



「用って、何?」


「藤崎を止めに来たんだ。いいか、見合いをするな」


「な、いきなり何を言うの? 真辺には止める権利ないでしょう?」


「確かにそうだ。俺に権利はない。だから作りに来た」


「作るって、どうやって? 意味が分からないよ」


「お前、俺の気持ち分からねぇの?」



 分からないの?と訊かれたら、今まで悶々と考えていたことしか思い浮かばない。



「貴重な飲み友達の」


「違うだろ。俺、今まで結構アピールしてきたつもりだけど。今まで奢ったカクテルに何が添えられていたか、覚えてるか」


「えっと、ピンクのガーベラとか、ハートのチョコレートとか、バラの花のツボミとか?」


「添えられたことの意味を考えたことがあるか?」


「……意味?」


「花言葉知ってるか?」



 花言葉。そんなの考えたこともない。



 真辺がじーっと見つめているので、急いでネットで検索をする。


バラの花のツボミは「愛の告白」「恋の告白」……ピンク色のガーベラは「熱愛」……。



「これは、つまり」



 私を好きってこと!? 



 一気に顔が火照って、スマホを持つ手が震える。



 ま、まさか、本当に? でも、こんなのものすごく分かりにくい……。



「だって、こんなの知らなかったもの」


「この超絶鈍感。普通、そんなの添えられていたら、意味を考えるだろうが」


「そんなこと言ったって……」



 そりゃあ確かに、変わった趣向だなとは思ったけど。



「だからベタにハートのチョコを添えたりもしてみた。だけどお前はあっさり無視するから、俺に気がないのだと思った。お前よりも好きになれる女がいるかと、いろんな女と付き合ってみたりもした。だけど、どの女も抱けるくらいには好きになったが、お前以上に好きになれる女がいない」


「だったら、何でもっと早く言ってくれなかったの?」


「お前との関係を壊したくなかったんだよ。お前の笑顔を失いたくなかった。それほどに好きなんだ。もう待っていられねえ」


「でも、真辺はモテるし、来る者は拒まずだし、すぐに浮気するんじゃ……?」


「さっきも言っただろう。お前が俺のものにならないからだと。それに、俺は好きな女しか抱かねえよ。もう一度言うぞ。見合いをするな」



 真辺がソファから降りて私の前に座ったので、なんとなくウサギのぬいぐるみを引き寄せて抱きしめた。



 真辺の瞳が艶っぽく光ってて、その色気にドキドキしすぎてめまいがしそうだ。



「あの、真辺、近いよ」



 背中をベッドの縁に押し付けて小さくなっていると、強引にウサギのぬいぐるみを取られた。



「言ってみろよ。お前の気持ち。俺のことをどう思っている? 俺は、お前を誰にも渡したくない。好きだ」



 スッとメガネが取られて、テーブルの上に置かれた。



「そ、それは、あの……」


「真奈美、いい加減俺の腕の中におさまれよ」


「……好き、です」



 呟くように言った瞬間、ひょいと抱えられてベッドの上にのせられた。



 声を出す間もなく唇が塞がれて、口中が優しくもてあそばれる。


吐息と水音が耳を刺激して、真辺のことしか考えられなくなる。


素肌を滑るように触れる指先と唇から彼の愛を感じ、全身が喜びに満たされた。



 彼の胸に顔を埋めて幸せな気持ちに浸る。


鬼畜だと思っていたけれど、全然違っていたみたい。



 明日すぐ実家に連絡をしなければ。



『私に彼氏ができました。結婚相手になりそうです』と。



【完】



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