十八話 終戦
……イヴァとの共闘を始めて、漸く、終わりが見えたと思った。
果ての見えない魔物の群れがまばらになり、その最後尾が視認できた。軽く見積もっても、まだ三桁はいるだろうが……こちらの陣営も、思ったより前線に残っている兵が多い。この程度なら、問題なく殲滅できるだろう。
「イヴァ、魔力はあとどれくらい残ってる?」
そう問うと、イヴァは瞑想するように一瞬だけ目を閉じた。
「先ほど、騎士からポーションを渡されたので……半分より、少し多い程度です」
「半分強、か。ガング・ロアーは打てるか?」
再び問いかけると、イヴァは首を縦に振りはしたものの、困惑した表情で答える。
「……? ええ、威力は落ちてしまいますけど……でも、何故です? あれを使わずとも、この程度なら殲滅できるでしょう?」
彼の言う通り、この程度の数なら、俺たち二人だけでも殲滅は可能だ。だが、それをするよりも前に……イヴァにはしてほしいことがある。
さっきの演説で、イヴァは勇者として、兵たちの士気を高めてくれた。勇者としての好感度はかなり上がっただろうが……折角、これだけ敵のいる舞台に立っているんだ。もっとド派手なことをして、『勇者』という存在そのものを、フェストースの人間に刷り込んだ方がいい。
そのために一番適しているのが、イヴァで言えば『ガング・ロアー』だ。威力もあるし見た目も派手だ。遠くから見ても分かりやすい。勇者としての力を誇示するにはうってつけの技だろう。
「勇者なら勇者らしく、大技の一発でもぶっ放しとかないとな。それに、兵が見てる前で使えば、良いパフォーマンスにもなるぞ」
「なるほど……兵の好感度を買っておけば、後でそれに助けられる、ということですね?」
「そういうことだ」
流石、理解が早い。
イヴァは他者に対して排他的な意識を持ってはいるが、幼少期から勇者として育てられてきたおかげで、実力や知能は現地勇者としてはかなり高い水準になっている。俺に協力的な関係となった今は、心強い味方だ。
「そういうことでしたら……」
イヴァが、剣を引き、構えた。最も魔物の数が多い場所に向けて、ガング・ロアーを放つつもりだ。
「三割程度の威力で放ちます。動けなくなるほどではありませんが、後の処理はお願いしますよ!」
「ああ、任せろ」
イヴァの剣が、光で包まれていく。このチャンスを逃す手はない。
「皆、勇者様が大いなる光で道を示してくださるみたいだぞ!」
そんな大声をあげて……兵たちの気を引く。騎士やギルダーの視線がイヴァに集中し、あちこちから感嘆の声が漏れていた。
……そして。
「放て……ガング、ロアー!」
イヴァの奥義、ガング・ロアーの光の奔流が、巨大な槍となって、前方の魔物を呑み込んだ。
魔王の泥に放った時よりも勢いは弱いが、代わりに、範囲を広めて放ったようだ。直線上に居た魔物は全て、その一撃で跡形もなく消滅している。
ある意味神々しくも見えるその光景を、兵たちは呆然とながら眺めていた。イヴァを讃える声が、そこら中から聞こえる。
「おぉ、なんと高貴な光だ……」
「あれが、勇者様の力か……」
「神秘的だ……」
……よし。これで、『勇者イヴァ』は大きな存在感を持つ男になった。後々のことを考えると、こうやって力を披露しておくに越したことはない。昔の経験からして、役に立つからな。
ガング・ロアーを放ったイヴァは、魔王の泥の時ほどではないにせよ、その顔には疲れの色が見えた。暫く休ませておけば復活するだろう。
幸い、今の一撃で思ったよりも敵の数が減った。もう残ってる魔物は二桁台に突入したんじゃないだろうか。
「さ、パフォーマンスも終わったし、今のでかなり数も減った……一気に片付けちまうか」
戦の終わりは、もうそこまできている。後は、もうほんの少しだけ気合を入れるだけだ。
「イヴァ様が道を開いてくれたぞ! 全軍、進めっー!」
『オォォオオオオオッッ!!!』
残る兵を連れ、俺は魔物の群れへと突撃した。
——そして、空が赤く染まり始めた頃。
「……おわ、った……?」
どこからか、そんな声が聞こえた。
終わりが見えないほどの群れで来ていた魔物たちの姿は、もうどこにも見当たらない。残るのは戦の跡だけ。薙ぎ倒された木々や抉れた大地が、戦の熾烈さを物語っていた。
剣が地面に落ちたような、そんな音がした。その音をきっかけに、皆がこの光景を受け入れ始める。
「お……」
『終わったぁぁああああっっ!!』
拍手喝采。兵たちは誰彼構わず近くにいた者と抱き合って、勝利の喜びを分かち合っていた。
俺も、傍にいたイヴァに拳を突き出す。
「お疲れ、後輩くん」
「ええ……お疲れ様です、先輩」
茶化すように笑ったイヴァは、その拳に自らの拳を突き合わせ、にへらと笑った。
さあ、戦いは終わりだ……街に帰って、勝利の凱旋といこう。
* * *
兵たちを引き連れて街へ帰ると、水城や十島、明がそわそわしながら俺たちを出迎えてくれた。全身をまさぐるように怪我を確認され、小さな傷でも念の為に治療を受けてくれ、と救護班が飛んできたり……ゴタゴタとして凱旋どころではなかったが、悪くはない。
そして……その日の晩。国王クロニア=イル=フェストースが主催する戦勝会が開かれ、功労者として、俺たちも参加することになった。各自適切なドレスコードで挑むように、とイヴァに忠告されたが……。
「……私たち、制服しかないよね?」
「ああ。異世界人だからな」
ドレスコードなんてものはない。いや、正確に言えば俺にはあるが、他の三人は制服がそれに当たる。
「いいんじゃないか、制服で。異世界の正装だって言っとけば何とかなるだろ」
「そんな軽い感じでいいんですか……?」
「言っとくけど、ちゃんとした衣装を用意する、なんてことになったら、安い民家一つ買えるくらいの値段になるぞ」
「嘘だろ……」
なんてったって、国王主催のパーティーだからな。そこで求められる本当のドレスコードなんて、平民が手を出せるようなものじゃない。
まあ、今回は戦勝会、ギルダーや騎士も参加するパーティーだから、そこまでちゃんとしたものを求められることはないだろう。制服だって正装の一種だし、俺たちはそれで問題ない。
「じゃ、各自準備して集合な。遅れたらイヴァに何言われるか分からないぞ」
そうして、一度解散。各自部屋に戻り、制服に着替えてからもう一度集合する。真っ先に戻ってきた俺と違って、三人はえらく時間がかかっていたが……どうやら、髪をセットするのに時間がかかったみたいだ。気合の入り方が違う。
「……行くか。多分、イヴァももう来てるだろ。和解した経緯は、歩きながら説明するよ」
「そう、そうだよ。それが聞きたかったんだよ。水無月くん、『ハクハ様』って呼ばれてたでしょ?」
「言うな。折角忘れてたんだから」
水城が、忘れたかった過去を掘り起こしてくる。忘れかけていたことを掘り起こすな。
パーティー会場は、王城の大広間だ。正装をした奴らが何人か通っているから、その後についていけば自ずと辿り着けるだろう。