一九話 告白
大広間には、既に大勢が集まっていた。中には、戦場で見知った顔もある。俺の背中に思い切り炎の球をぶつけたギルダーもいた。
その中に、一際目立つ集団があった。一体何に群がっているのかが分からなくなるほど、あの一角だけ人口密度が高い。
(まあ、あれだけの人間が集まる目的なんて、限られてるが……)
あの渦の中心にいる奴は、きっと今頃、慣れない忙しさにあたふたしていることだろう。可哀想だが、巻き込まれても面倒だ。収まるまで放っておこう。
「すっごい人だねぇ……」
「人の数もそうですけど、この広間、広すぎですよ……」
水城と十島は、まるで田舎から出てきた子供のように、キョロキョロと顔を動かして忙しそうだった。
制服だという時点で少し浮いているのに、そんな風に動かれると……すごく、目立つ。
「あんまりキョロキョロしないでくれ……田舎者みたいだろ……」
「いや、俺たち、実際田舎者じゃないか?」
「うぐっ……まあ、それは確かに……」
文明レベルでは地球の方が上だけど、俺たちの住んでいた町と比べて都会なのはこっちだから……田舎者というのは間違いでもないのか。
「とにかく。一応勇者としてここに来てるんだから、勇者らしくな」
「勇者らしくって……具体的に、どんな感じなの?」
「その辺りは白羽が詳しいんだから、出来れば教えてほしいところだな」
「どんと構えてりゃそれでいい。世界を救う勇者がなよなよしてたら、安心できないだろ?」
世界を救うために戦っている勇者が、なよなよした気弱な奴だったら、たとえ実力があっても民は安心できないだろう。
もちろんこれは、実力も無いのに自信満々に誇らしげでいろ、という意味でもないが……自信なんて、無いよりある方がいいに決まってる。
「うわっ。さっすが元勇者、説得力が違うね」
「水無月くんが言うと、言葉に力強さがありますね……」
「日本じゃただのサボり魔なのにな」
「サボりじゃない。仮病だ」
『同じ意味だ』、と、三人から一斉にツッコミが入った。
そんな異世界人トークを繰り広げていると……突然、広間の照明が消え、辺りが暗闇に包まれる。正面にある舞台の照明だけが点灯したままで、その傍から、一人の男が壇上に上がった。
フェストースの現国王、クロニア=イル=フェストースだ。
もっと華やかな登場の仕方をするのかと思ったが……まあ、あの国王はそういうのを嫌いそうな感じだしな。
クロニアは壇上に立つと、一つ、大きな咳払いをした。
「皆の者、此度の活躍、大義であった」
彼の挨拶が始まると同時に、騒がしかった会場内が、一瞬で静まり返る。自国の王を前にして騒ぎ倒す不埒な輩はいないようだ。
「皆の尽力により、町には被害が出ていない。あれだけの規模の魔物を相手にこの結果は、大変喜ばしいことだ」
王としてのクロニアは、そこまで話して……何か、面倒臭くなったのかもしれない。頭を掻きむしると、大きなため息をこぼした。
「……祝いの場で、こういう堅苦しいのは無しにしよう。皆のおかげで、被害は最小限に抑えられた。上からではあるが、この地を治めるものとして、礼を言う」
礼儀を崩したような態度で、クロニアが言った。俺達がこの街に来た時と、大体同じような接し方だ。
「特に、この中には多大な功績を挙げたものがいる。名を呼ばれたものは、こちらへ来てほしい」
……おっと?
「勇者、イヴァ・シュターロン」
イヴァの名が呼ばれ、さっきの人だかりの中心から、髪がボサボサに乱れた奴が現れた。やっぱり、あいつだったか。
イヴァは壇上に上がり、クロニアの隣に立った。そして、クロニアはその反対側を指差しながら、
「そして、異世界の勇者、ハクタ・ミナヤマ」
——偽名として使っていた俺の名を呼んだ。
「……嘘だろ。何も聞いてないぞ」
「ほらほら、王様呼んでるよ?」
「水無月くん、凄い活躍でしたしね」
「『どんと構えてりゃそれでいい』……だろ?」
三人がにやけながら、肘で脇腹を突いてくる。
こいつら……後で覚えてろよ。
ため息をつきながら、舞台に向かって歩いていく。モーセが海を割ったみたいに、俺の前にいた奴らが、俺を避けて道を作っていく。
舞台に上がり、クロニアの隣に立つと……クロニアは一歩下がり、俺達を前面に押し出した。
「戦場にいた者なら知っているとは思うが、この二人の活躍が無ければ、被害は更に拡大していただろう。魔王の力の片鱗を倒したのも、この二人だと報告を受けている」
歓声が巻き起こった。イヴァにアピールをさせたおかげで、ここにいる騎士やギルダー達の間での、俺達二人の認知度はかなり高い。こうなることは予想していなかったが。
「一言でいい。何か、話してやってくれ」
クロニアに背中を押され、イヴァと目が合った。こういう場には慣れていないんだろう。イヴァも、酷く困ったような笑みを浮かべていた。
「……イヴァ・シュターロンだ。あまり長い話は好きではないから、一言だけ」
一つ、小さな咳払いをして、イヴァは続けた。
「今回の勝利は、皆の協力あってのものだ。魔王を倒すまで、どうか、力を貸してほしい」
そして、プライドの塊だったイヴァが、深々と頭を下げた。普段のこいつを知っている騎士達の中には、驚きのあまり、目を見開いている奴らもいた。
ま、こいつの中で、何かが変わってくれたってことだろう……他者に排他的なところはまだ治ってないかもしれないが、勇者として、人々を守るって使命を重く受け止めてくれたのは、今回一番の収穫だな。
そんな奴の脇腹を突き、茶化す。
「短いな、それだけか?」
「ち、茶化さないでくださいっ……!」
「ははっ、冗談だよ」
少し前まで争っていた俺達が、普通に会話していることにも驚いたのだろう。騎士達がざわめき出した。
「ほら、次はハクタさんの出番ですよ。茶化したからには、立派な演説をお願いします」
「はいはい。頑張りますよ」
俺だって、勇者時代にこういう場があった時は、誰かに丸投げしていたから、慣れちゃいないんだがな……まあ、仕方ないか。
それに、イヴァが折角、勇者としての信用を築いてくれたんだから、いつまでも『嘘』を吐き続けるのも好ましくはない。
「……あー、異世界から来たハクタ・ミナヤマだ。ここにいる何人かは、既に顔を合わせているかと思う」
見覚えのある顔……訓練所や戦場で見た騎士やギルダー達が、小さく頷いた。
「フェストースの人間が、他者に排他的なことは知っている。だから、俺達異世界の勇者も歓迎されてないことだろう」
それは、この街の人間全員から感じていたことだ。俺を含め、ガッダリオンから来た人間は、明らかに避けられていた。
だけど、俺はそんな彼らを『否定』はしない。それも一つの考え方だし、差別的な意識をゼロから作り変えていくだけの時間は、俺達には残されていない。
だから、新しく意識を植え付けることにした。イヴァに『勇者』としてのアピールをさせ、人々に『勇者』という存在を強く植え付ける。
「だが、その筆頭であるイヴァは、俺を信じてくれた。不思議に思っている奴も多いだろう」
そして、勇者という存在が人々の中で『信用』に値する存在になった時、俺自身の正体を明かす。
幸い、イヴァのおかげで、四代目勇者が人々に嫌われるような存在でないことは分かった。これも収穫。
勇者として名を明かすなら、これ以上の舞台はないだろう。
「俺の名は、ハクハ・ミナヅキ。元四代目勇者だ」
広間に、静寂が訪れた。
そして……その静寂をいの一番に破ったのは、他でもない、クロニアとイヴァであった。
「……えぇぇぇっっ!?」
「は、ハクハさんっ!? 言っちゃうんですかっ!?」
「ああ。いつまでも嘘で塗り固めるのも、信じてくれてる皆に失礼だろ」
イヴァに掴みかかられ、体を揺すられる。徐々に、広間に音が戻ってくるのが分かった。
「もう一度言う。俺はハクハ・ミナヅキ。つい先日、この世界に戻ってきたばかりの、元四代目勇者だ」
真剣なイヴァの反応に、これが嘘でも冗談でもないと、人々は気付いたのだろう。その表情が徐々に驚愕に染まり——広間を埋め尽くすほどの、驚きの声で満たされた。




