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十五話 四代目勇者の勇者論

 僕は、生まれた時から『勇者』になるべく育てられた。



『イヴァよ。決して他者を信じるな。自分の力だけを信じて戦え』



 物心ついた時から、そう教わってきた。


 勇者候補の一人として育てられてきた僕が勇者に選定されたのは、ガッダリオンが異世界から勇者を召喚する、少し前のことだ。

 紅蓮の魔王(ルウスボルデ)の復活が予知され、僕はこの世界の勇者として選ばれた。



 お前なら、魔王を倒せる。



 僕ならば、魔王を倒せる。



 そうやって休む暇もないほど厳しい訓練を乗り越え、今日、この戦いに臨んでいる。



 だというのに……目障りな男がいた。



 そいつは異世界から召喚された勇者で、なんの努力もせず、血の滲むほどの努力をしてきた僕たちと同等の力を持つとされている。

 気に食わなかった。これまで、勇者になるために死に物狂いで努力してきた僕と、ただ召喚されて強くなっただけの異世界勇者が、同列の存在として語られるのが。



 奴らの協力なんていらない。魔王の力の片鱗も、復活した紅蓮の魔王(ルウスボルデ)も、全て僕が倒してみせる。



……そう、思っていた。



 その結果が、この(ざま)だ。全力で放った『ガング・ロアー』で、魔王から漏れ出した力の一部さえも滅することができない。

 こんなもので、何が勇者か。こんなもので、魔王が倒せるものか。



 頭の中で、何かが崩れ去った音がした。今まで僕が信じてきた力が、跡形もなく崩れ去ったような、そんな気がした。

 こいつは倒せない。ずっと、戦うための力を身に付けてきた僕でさえ敵わなかったんだ。力を手に入れたとはいえ、戦う術を知らない異世界の勇者に、敵うはずもない。




 そう、思っていたのに。




「でも……俺は違うと思う。勇気ある者なんてのはさ、この世界に幾らでもいる。それが勇者だっていうなら、この世界は勇者で溢れ返ってるさ」



 この男はなんで……そんなに希望に満ち溢れた目を、していられるんだ?






   * * *






 『勇気ある者』書いて、『勇者』と読む。日本じゃよく使われてる言葉だ。『勇ましい者』と書いて『勇者』と読む、なんていう派生もあるが、正直……俺はそのどちらも、違うと思ってる。

 だって、勇気ある者も、勇ましい者も、そこら中探せばいくらでも出てくるんだ。そんなのが勇者だっていうなら、この世界はとっくに、勇者で溢れ返ってる。


 俺は、違うと思うんだよ。



「イヴァ。俺はさ、思うんだよ」



 俺の言葉を遮るように、魔王の泥の触手が伸びる。空間魔法で作った防御壁に、触手が何度もぶつかって、遂には歪んだ空間にヒビが走り始めた。


 そして、防御壁が突破される。触手が何本も、俺たちに向かって伸びる。そのままいれば、貫かれるだろう。


 イヴァの顔が青くなる。思わず目を逸らしたくなっただろう。それでも敵を直視し続けていたのは、恐怖心からか、それとも、勇者であるプライドか。




「勇者ってのはさ——」




 俺は……拳に光の魔法を纏って、ほんの少し全力を出し、その触手を全て叩き落とした。




「——誰かに、『勇気を与えられる者』だと思うんだよ」




 全ての触手が一時的にとはいえ消滅したことで、魔王の泥は怯んで後退する。そこに追い討ちをするように、空中に光の槍を作り出して、奴を串刺しにした。



「勇気を、与えられる者……だと……?」

「ああ。勇気ある者なんてのは、どこにだっている。でも、誰かに勇気を与えられる人間ってのは、ごく僅かだ。そう思わないか?」


 イヴァは俯き、黙り込んでしまった。


「ただ強いだけじゃない。ただ勇気があるだけじゃない。誰かの希望になって、勇気を与えられる奴が、本当の勇者なんだよ」


 そこまで言ったところで……イヴァは立ち上がり、胸ぐらを掴んできた。


「知ったような口を……利くなよ……!」


 さっきまで青ざめていたその顔には、無数の筋が浮かび上がっていた。


「何が勇気を与えられる者だ……! だったら、こんな絶望的な状況にいる僕に、勇気を与えてくれよ! アレと戦う勇気をっ!!」


 目の前で、怒りながら……そして、どこか泣き出しそうになりながら、イヴァが叫んだ。

 自分が情けないことは分かっている。だけど、自分ではどうすることもできない。まさしく、絶望的な状況だ。それが分かっているからこそ、そんな顔をするんだな。



「ああ。安心しろ、そのために俺は来たんだから」



 イヴァの手を振り払い、その前方に立つ。光の槍に貫かれた魔王の泥は、膨張することで槍を飲み込んで無力化していた。



 悪いな。俺は、お前に直接的な恨みを持っているわけじゃない。だけど、これがイヴァを説得するための、一番手っ取り早い方法なんだ。そのための、犠牲になってくれ。



 俺は、俺の持ち得る技の中で、最も威力の高い技の構えを取った。といっても、構え自体はシンプルなものだ。右手を拳にして引き、左手を開いて前に出す。身体を半身にして、顔は敵を見据えたまま。


 そして、右の拳に、ありったけの魔力を込める。文字通り、今の俺に残る全ての魔力だ。魔力を込めて、練り上げて、圧縮していく。魔王の泥にダメージを与えられるよう、そこへ、光の魔法を付与していく。



 イヴァ。お前は異世界の勇者のことを嫌ってたけど……なのに、俺は不思議に思ってたんだよ。嫌っているんなら、どうしてお前がその名前を使ってるんだろう、ってな。



「見てろ、イヴァ。勇者ってのは、人類の希望なんだ。勇者以外の全員が諦めたって、挫けたって……勇者だけは、立っていなきゃならないんだ」



 圧縮した魔力が、黄金色に光り輝く。自分でも目を閉じたくなるほどに眩い光は、イヴァの放つあの技の光に似ていた。




「……そんな、まさかっ……」




 イヴァは、驚いて目と口を開いたまま、閉じることができなくなっていた。


 違うな。イヴァの放つ光に似ているんじゃない。恐らくは、イヴァ()、この技を真似たんだ。



——準備は整った。超速再生能力を持つあの泥を消し去るためには、奴の肉体全てを一気に消し去る他ない。全盛期の力を発揮できない今の俺じゃ、奴を消し去る方法は、これくらいしか思い浮かばない。


 でも、きっと。


 きっと、今はこれが、最適解だ。イヴァのためにも。









「——ガング、ロアー」








 引いていた拳を目にも留まらぬ速さで打ち出し、圧縮していた魔力を解き放つ。その姿はさながら、全てを貫き滅する、光の槍のようだ、と、誰かが言っていた。



 光はそのまま一直線に進み、さらに巨大化した魔王の泥を包み込む。

 その圧倒的な破壊力を誇る一撃は、魔王の泥を一瞬にして蒸発させ、その後方に広がる森を消滅させながら……やがて、輝く粒子となって霧散した。



 ガングロアー。四代目勇者である俺の奥義ともいえる技であり、最大火力を誇る魔法だ。



 力が衰えていたから、少し不安はあったが……魔王の泥は、たった数ミリのかけらさえ残さず、消滅した。再生するなら既にしているだろうし、これで倒し切ったと考えて良さそうだ。



 振り返ると、イヴァはその光景に腰を抜かしていた。俺のことを指差しながら、顎を震わせている。



「あ、あり得ないっ……! だって、あの人(・・・)は三〇〇年も前の……」



 そんなイヴァのもとへ向かい、手を差し伸べた。



「なあ、イヴァ。一人で戦うのはもうやめろ。俺たちはプライドのために戦ってるんじゃないんだ。皆の命を背負ってるんだからさ」



 イヴァから送られてくる視線は、もう前と同じような排他的なものではなかった。むしろ、憧れとか羨望とか、そんな視線を感じる。



「……ハクハ、ミナヅキ、様……」



 俺の正体に気が付いたイヴァが、そう言った。



……様?



 ガング・ロアーという名称を知っている時点で、俺か、俺の昔の仲間のどちらかを知っているんだろうとは思ってたが、まさか……そういう感じか?


 イヴァは俺の手を取ることなく、即座に膝をついて、まるで国王に忠誠を誓う騎士のように、首を垂れた。




「……おう。できれば様付けはやめてほしいけどな」




 まさかここまでとは思ってなかったが……まあ、過程はどうでもいい。これで、イヴァが少しでも改心してくれるなら、俺はそれでいい。




 遠くの方から、騎士たちの声が聞こえる。どうやら、あちらもある程度は戦況が落ち着いたみたいだ。魔王の泥は片付いたことだし、俺たちも残党処理に加わるとしよう。

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