十四話 ロアー・オブ・イヴァ
イヴァの剣が泥を切り裂く。だがしかし、少し切られた程度ではダメージにもならないようで、切られたそばから再生していく。生半可な一撃ではダメージを与えることすらできないということだ。
一方、俺の攻撃は……これっぽっちも効いていなかった。
(なんでだっ……イヴァの攻撃は効いてるのに俺のはめり込んでばっかだぞ……!?)
イヴァの剣による攻撃は、ダメージこそ少ないが、ちゃんと『切れている』。触手を切り裂くこともできているし、『通っている』んだ。
対する俺の攻撃は『通ってすら』いない。拳も、蹴りも、全部がのめり込むようにして吸収されてしまう。イヴァと同じように触手を攻撃しても、弾くだけで効果がない。
まさか……見た目同様、打撃に耐性があるってことか? だとしたら相性最悪なんだが……。
いや。違う。イヴァと俺で何かが違うんだ。問題は、何が違うかだけど……。
「魔法……何か剣に纏わせてるな……?」
一歩下がって見れば、イヴァの剣が淡く発光しているのが分かった。もっとじっくりと見てみれば、泥の体を切っているのは剣本体ではなく、あの光の部分だ。
魔法か。何を纏わせてるのかは分からないが、あいつも勇者。だとすれば、『光』の魔法とかが一番それっぽい。試してみる価値はあるな。
強化、展開……武装、光魔法……
拳と足が、ぼんやりと発光する。見た目には同じ感じだけど、どうやら。
ちょうど、伸びていた太い触手があった。身体を空中で捻り、回転させ、その勢いで触手に蹴りをぶち当てた。今までめり込むばかりだったその一撃は……今度こそ、触手を爆散させた。正解だったようだ。
だけど、魔王が光の魔法に弱い……ファンタジーだとよくある話だが、このパターンは初めてだな。大体殴ってりゃ倒せるもんなんだが。
「イヴァ、魔力は?」
「くっ……薬含めて、あと一回分だっ……!」
「素直に答えてくれてどうも」
俺も残り一回と三分の一程度。このまま殴る切るしていてもラチがあかない。ジリ貧だな。こいつの再生力は凄まじい。もっとこう、一撃で全てを消し去れるような攻撃でないと。
うむ……可能性があるとすれば……。
「イヴァ……」
「なんだ、お前はさっきから!」
その首根っこを掴み、無理矢理に後退させる。先程まで俺たちがいたその場所に、泥の巨体が降り注いだ。
下がってからイヴァを離すと、彼はきっとした目で睨みつけてきた。
「助けたつもりかっ……!?」
「違う。そうじゃない」
別に助けたつもりはなかった。ぶっちゃけ、たまたまそうなっただけだ。
「よく聞け、イヴァ=シュターロン。このままじゃジリ貧。多分、奴を倒せない」
「そんなものっ……」
「分かってるだろ? 大したダメージにはなってない。俺も、お前も」
苦虫を噛み潰したような顔。こいつも馬鹿じゃない。そんなことはとっくに気が付いているはず。
俺たちの攻撃は、その一撃一撃は大した威力じゃない。あいにく、二人ともスピードタイプ。強力な一撃をもって奴を一気に消し飛ばすくらいの勢いじゃないと、また再生される。
だったら……要は、一撃で葬り去ればいいんだろう。それができるなら、の話だけど。
でも……それができそうな技を、俺は知ってる。
「『ガング・ロアー』で一気に決められるか?」
「……分からない」
「おいおい、急に弱気になるなよ。勇者だろ?」
そう睨まないでほしい。俺はあくまで……事実を述べたまでで。
「全力で撃てば、僕は暫く動けなくなる。それに、仕留めきれるという保障がない」
今まで強気だったイヴァは、ここにきて突然弱気になる。実際に対峙して魔王の強さを理解したのか……それとも。恐らく、このままだと尻込みして、ガング・ロアーを撃つことはないだろう。
それでもいい。俺にだって奥の手はある。倒せるかどうかは分からないが、やってみるしかないだろう。
でももし、イヴァがやるというのなら……俺はこいつに任せたい。
だから、煽ってみることにした。
「……そっか。それじゃあ、諦めるってことだな」
「なに……?」
一層鋭い目つきで、睨みつけてくる。
「このままちまちまやってても倒せないのは目に見えてる。けど、大技を出す勇気もない。それってつまり、諦めるってことだろ?」
「違う、僕は……!」
迫っていた触手を、右手で弾いて吹き飛ばした。今、俺はイヴァと話をしているんだ。魔王は引っ込んでろ。
「お前の後ろ、何がある?」
そう言うと、イヴァはゆっくりと振り向き、自分の後方を確認した。そこには何もない。目に見える場所には何もないが……当然、その先には町がある。王都リガロアが。
「お前が諦めるのは『勝利』だけじゃない。『全て』だよ」
「お前に……言われなくても分かってるっ!」
「分かってないな。お前は『勇者』ってのが何なのか分かってない」
そう、イヴァを否定した。勇者に関しては少し先輩の俺が言うんだ……間違いない。
今のイヴァは勇者じゃない。ただがむしゃらに突っ込むだけの『馬鹿』だ。そんなものは勇者とは呼ばない。ただの戦士なんだ。
指摘を受けて、イヴァは逆上し、襟元を掴んで引き寄せた。
「お前に……何が分かる!?」
「分かるよ。しんどいんだろ? その肩書き。そのまま放り出すのか?」
「違うっ!」
俺を突き放した奴の身体から魔力が溢れ出す。全魔力を集中させているみたいだ。やる気だな。
「……僕は勇者だ。勇者なんだ……」
襲いくる触手を、目もくれずに剣で切り裂いた。そして、ポーチから瓶を取り出してその中身を飲み干すと、あの時と同じ姿勢で、泥に向け剣を構えた。
『ガング・ロアー』
光のレーザービームのようなものだ。イヴァの持つ技の中で最大の威力と範囲を誇る技……とは俺が勝手に予想しているだけだが。ここでこれを選択した辺り、間違ってはいないだろう。
そして、剣に魔力が集中し、光り輝いて——
「放て……ガング……ロアー!」
……その全てが、放出された。
修練場で出したものとは桁違い。全力で、手加減なしの一撃。視界全てを光が覆って、まさしくそれは『光』そのものだ。
ぶれることなく放たれたそれは、目前の魔王の泥をそっくりそのまま飲み込み……全てを出し尽くし、消えた。
「はっ……はぁっ……」
光が収まると、イヴァはふらつき、その場に倒れ込みそうになる。俺が支える暇もなく剣を支えにして片膝立ちになったイヴァは、それはそれは苦しそうに肩で息をしていた。
問題の、泥は——
(おぉ……)
その巨大だった肉体は大半を失っていた。八割ほどだろうか。先のガング・ロアーで消し飛んだのか、丸く削り取られたように消滅していた。流石にあれだけの威力だ。これは効いただろう。
だけど……いや、まだか。
「倒し……っ!?」
ジュクジュク。
傷口が怪しく蠢き、伸びて、膨張する。瞬く間にそれは広がり、やがて——また、あの巨体を取り戻した。
「そんな……あれでも、ダメなのか……!?」
絶望するイヴァ。正真正銘、全力の一撃だったのだろう。それでも倒しきれないほど強大な敵を前に、やっと、心が折れた。
「勝て、ないのか……このっ、化け物にっ……!」
「まあ、そういうこったな」
立てないイヴァを他所に俺は前に出た。残念ながら、俺がやるしかないみたいだ。
それに……これはこれで良い結果だろう。俺がこいつを倒せれば、の話だけど。
ちょっくら、勇者としては少しばかり先輩の俺から、アドバイスをしてやるとしようか。
「お前は自分を勇者だって言うけどな。そのままだと、もう強くなれないと思うよ」
「お前は、此の期に及んでっ……」
「話は最後まで聞けって」
空間魔法で、泥と俺たちとの間に壁を作った。暫く大人しくしてもらうためだ。
さて。じゃあ、話の続きだ。
俺がわざわざイヴァにアレを使わせたのは……一つはイヴァの心を折るため。そして、一人ではこいつに勝てないと自覚させるためだ。
後者の理由は簡単。一人でこいつに勝てないとなれば、嫌でも俺たちと協力するようになるだろう。それが狙いだった。
前者は……イヴァの中の勇者としての、そうだな、『強迫観念』みたいなものをどうにかしたかったからだ。
「勇者ってさ、俺たちの世界だと、『勇気ある者』って書くんだよ」
まあ、細かく言えば違うと思うんだけど……大体そんな感じだ。魔王に、悪に立ち向かうのはいつだって勇者。勇気ある者。略して勇者だ。
「でも……俺は違うと思う。勇気ある者なんてのはさ、この世界に幾らでもいる。それが勇者だっていうなら、この世界は勇者で溢れ返ってるさ」
そうだ。この世界には勇気ある者なんて山ほどいる。でもそれら全てが勇者かと言われれば、そうではない。
じゃあ、俺やイヴァ、明や水城、十島……そんな俺たち勇者と他の皆で違うこととは何だろうか?
「だったら、どんな奴が、勇者なんだと思う、イヴァ?」
イヴァは黙りこくったまま聞いていた。珍しく、反論もせずに。
「それはさ——」




