十三話 接敵
——乱戦。まさに、そんな状態。
「くっそ、数が多いなっ!?」
無数の魔物の群れの中を、それを蹴散らしながら走り、走り、走る。魔王の泥は一番奥、群れの最後尾に見えたらしい。空間魔法で足場を作っていけばすぐに着くんだが、魔物の数も減らさなくちゃならない。難儀だな。魔力も温存しないといけないし。
そう。だから、強そうな魔物を選んで、潰す。弱い奴は騎士たちに任せておいても問題はないだろう。厄介そうな奴だけは進みながら叩き潰していく方針でいこうと思う。
と、そこで視界を遮る巨体。三メートルはあるだろう長身に、緑の皮膚。長い手足。鋭い牙と角と、それからノコギリのような巨大な武器。
ちっ。グリーンオーガか。皆からすればそこそこ厄介な奴だな。
「グォォアアアアッッ!」
「うるせえ! 日本語で喋れ!」
真っ直ぐ振り下ろされたノコギリを軽くかわし、跳んで、その顔面を右手で掴んだ。
そのまま……地面に叩きつけ、文字通り、『潰した』。
「……おっ」
オーガは頭を失って絶命しているが……良さげなものを持ってるじゃあないか。ちょっと借りるぞ、永遠にな。
ひょいと、先程までグリーンオーガが振るっていたノコギリの柄を掴んだ。少し大きいが、持てないこともない。重さは気にならないしな。良いものを拾った。
……ああ、なに。もちろん、これで泥と戦うわけじゃない。こんな粗悪な武器で魔王と戦えるわけもない。だが、粗悪な武器でも、雑魚なら蹴散らすのに十分。
「よし……いくか」
ノコギリを構え、乱雑に振り回しながら魔物の群れへと突撃する。切れ味は良くないが、魔力で強化された筋力で振り回されたその凶悪な刃は、次々と魔物たちをなぎ倒していく。そんなに魔力も使わないし、こりゃあいい。感謝するよ、グリーンオーガ。
——一方その頃、水城、十島組は。
「トトちゃん、範囲レーザー!」
二体いる小さな目玉のうち、その一体、トトちゃんが一本の極太のレーザーを空に向け放った。放たれたレーザーは空中でその先端を分裂させると、魔物の群れに向け、雨のように降り注いだ。
グギャッ、だとかベケッだとか。そんな小さなうめき声をあげて、魔物たちが次々とそのレーザーに貫かれていく。さらにその隣を駆け抜け、水城は巨大な魔物のもとへ向かった。
地球でいうところの豚のような生物。ただし、二足歩行で、武器を持っていて、尚且つでかい。これがまたでかい。力士よりも大きい。それなりにメジャーな魔物、オークだ。
「『オーク』って感じの見た目だね、おりゃっ!」
脚部に展開されたアクアスが、蹴りの瞬間、それとは反対の方向に水を噴出し勢いを増加させる。筋力強化と水の勢いで加速された蹴りは凄まじい速度で……オークの頭部を吹き飛ばした。
「……ヴェッ!?」
『あり得んやり過ぎた』とでも言わんばかりの声。それもそのはず。水城は今までの戦闘訓練を、元最強の勇者であり攻撃が全く効かない白羽、クラスメイトであり自然と手加減をしてしまう十島としかしたことがない。オークに対しては、見た目の気持ち悪さも相まって手加減の必要無しと判断したのだが、まさかそれが一撃で頭を吹き飛ばすほどの威力だとは想像もしていなかったのだ。
「佳奈ちゃん、ちょっと、スプラッタはちょっと……」
「いや、まさかこんな派手に吹き飛ぶとは思ってなかったの!」
「吹き飛ぶというか、消し飛ぶ……?」
十島は苦い顔をした。水城相手の手加減には慣れていたため、魔物に対してもオーバーキルすぎる攻撃を仕掛けることはなかった彼女も、流石に水城のその一撃にはドン引きだ。
「そんなに力込めてたらすぐに魔力無くなっちゃうよ、佳奈ちゃん」
「わ、分かってるってば。それに、それは希菜子も同じでしょ?」
「む、そうだけど……」
それを脳筋バカの水城に言われるのは少し納得がいかない。と、十島。
「うーん……私も希菜子みたいに、いっぺんに沢山倒せるような技とか……」
三目玉のおかげで十島は範囲殲滅型魔法使いになっている。現在は親玉格のノノちゃんが攻撃をしつつ十島の防御をし、小さなトトちゃんが範囲攻撃をメイン、ロロちゃんが状況に応じて二つの目玉の補助に入っている状況だ。
つまるところ、魔力が尽きない限りはほぼ完璧な布陣。尽きない限りは、だが。
「……閃いた!」
突然、水城がそんな風に叫んだ。かと思うと、アクアスから水を放出し……踵の辺りに集中させ、『固めた』。まるで、剣のように。
「蹴るより斬る方が早いよね?」
「え、うん。まあ、そうだと思うよ」
「よっし、そうとくればジャンジャン斬り倒すよ!」
よく見れば……その踵から生えた水の剣は、高速で動いているようだった。高圧洗浄機のように。それで斬ろうということだろう。意外とオタクな水城の発想力が爆発した瞬間だった。
……そして、突撃した水城は、蹴り技で敵を斬り倒すという謎の戦闘方法で、魔物を蹴散らしていった。
元々、寿命が近かったのだろう。振り回しているうちに根元からポッキリと折れてしまったノコギリを捨てた頃、前方に大きな力を感じた。ここまでに感じたことのない力だ。多分、それが魔王のかけら——泥だと思う。
そして、それともう一つ……イヴァだろう。戦闘の余波がここまで届いている。
「まったく、もう戦ってんのか……」
先走りも大概にしてほしいものだけど、始まっているものは仕方がない。どちらかが倒れる前に急ぐとしよう。
幸い、グリーンオーガが置いていってくれたノコギリのおかげで、魔力はかなり温存できている。当初の予定通り、一回と半分……より少し多いくらい。果たしてこの量で泥を相手にできるのかは分からないが、やってみるしかないだろう。
少し進むと、開けた場所に大きな影と小さな影が一つずつあった。大きな方は魔王のかけら、小さな方はイヴァだ。
実際にこの目で魔王のかけらを見るのは初めてだが……思っていたより『泥』だな。真っ黒なスライムみたいな見た目をしてる。でも、感じられる力は桁違いだ。弱い魔王と同程度の力はあるだろう。流石、歴代最強と言われる紅蓮の魔王のかけらだけある。
対するイヴァは見た目には怪我も少ないように見えるが、消耗は激しそうだ。
そんなイヴァに迫る泥。大きく腕のように伸ばされた身体が、イヴァのいる場所を叩きつける。
「くっ……!」
後ろに跳んでそれを回避したイヴァだったが、空中にいるその身体を、追い討ちをかけるように、泥は薙ぎ払った。
聖剣で受け止め……そして、吹き飛ぶ。十数メートルは吹っ飛んだだろう。
「おいおい……既に押されてるじゃんか」
見兼ねて、駆け出した。
魔法発動……強化魔法……様子見で、三分の一出力。
「うぉぉぉ——らぁっ!」
空中で身体を捻って泥に回転蹴り。全盛期なら一撃で大地を陥没させるほどの威力を持つ俺の蹴りは……本当に、スライムに吸収されるように、めり込んだ。
「んなっ……まんま泥ってことね、なーる!」
空間魔法で泥の目前に足場を作って、何とか力ずくでめり込んだ足を引っこ抜き、離脱。即座にイヴァのもとへと着地した。
「大丈夫か、イヴァ」
苦しそうに呻くイヴァの背に手を添えると、思い切り跳ね除けられた。その顔には嫌悪感。
「ハクタ……ミナヤマ……何故きたんだ……!」
「何故って、勇者だしな」
「お前の手は借りないと言ったはずだ……召喚されたばかりの勇者など、足手まといだ!」
怒り狂うイヴァ。そんな彼をよそに、迫っていた泥の触手のようなものを空間魔法で防いだ。俺たちの目前で、何もないはずの場所で、触手は何かに阻まれた。お得意の空間魔法。その一つ、俺は『空間凝固』と呼んでいる。足場を作るのも、こうやって盾を作るのも、大体これ。汎用性の高い技術だ。
しかしながら、イヴァの前で空間魔法を披露するのはこれが初めてだ。こんなことができるとは少しも思っていなかったのだろう。イヴァは驚いた様子でいた。
「これでも足手まといか?」
返事はない。黙り込んだままだ。
「俺のことが嫌いなのは知ってるよ。でも、今、何を優先すべきなのか。同じ勇者なら分かるだろ?」
「同じ……勇者だと……?」
震えるイヴァの声。おっと、琴線に触れたか。
「違う……僕はお前とは違う……」
「違わないよ。同じ勇者だ」
「遊び半分でやっているような人間が、僕と同じ勇者か!? ふざけるな!」
イヴァは泥の触手を数本切り裂くと、泥に向かって前進した。
「僕は……違う。僕は勇者だ。アレを倒すのは僕だ」
そう言って、突っ込む。やれやれ、手の焼ける……まあ、そういうことなら勝手に手伝わせてもらうとしよう。