11.サンドイッチとコーヒー
スープで元気を取り戻せた侯爵様に、今日からは3食すべてを提供する。
引っ越しの荷物はまとめてあって、昨日寮を出る前にマシューさんに頼んでいたのと、執事のセドリックさんと連絡をしっかりとれていたこともあり、夕食と仕込みを終えて部屋に戻ると、あとは服を出せば終わりでしょ?というくらいに片付いていた。
おかげで引っ越しの疲れを残す事もなく、ゆっくり眠っていつも通りに目覚めることができた。 侯爵邸に従事する人間はすべからく有能ということが証明されてしまった。自分もその一端になるのだと思うと、改めて身が引き締まる思いだ。
朝のメニューはサンドイッチにすることにしていたので、昨日のうちに新鮮な野菜の追加とハムを頂いてきた。パンをスライスするためのナイフは実は特注で、どんなに薄くスライスしてもパンくずはほとんど出ない優れもの。
いろんな道具が新品でそろえられているキッチンではあるけれど、譲れない個人の調理道具はすべて持ち込ませてもらった。その一つ一つに検品があったのはいうまでもない。しかしどれも毎日磨き上げてきた道具だ、ひとつとして取りこぼせない。
そして昨日寝る前にパンの種を仕込んで冷蔵庫で低温発酵していた。焼きたてを食べてもらう準備はぬかりない。真四角のパンケースに真っ白いパン生地をそっと仕込み、新しいオーブンで焼いていく。このオーブンの調子だって、数日前から何度か自分用のパンを焼いて温度と庫内の様子はチェック済み。絶対においしい朝食を召し上がっていただかなくては!
パンが焼ける間に野菜の準備をする。サンドイッチとか「簡単に食べられるもの」って、意外と作るのは手がかかるのよね。
よく洗って水気を拭き取ったレタスを手に取り、ぱちん!と両手で挟み込む。こうすることでパンに挟んだときに他の具がずれたりしないのだ。それからトマトときゅうりを薄くスライスする。トマトは種を取った方がいいのだけれど、今日のトマトは部屋が分かれていないタイプだ。むしろ種の酸味がいいアクセントになりそう。
きゅうりもぱりぱり感を楽しみたいので、できるだけ薄く切る。薄切りにしたハム、レタス、トマト、きゅうり。すべてが乗ったお皿が、それだけでもうおいしそう。うっとりと眺めていたら、パンが焼き上がる音がした。
「あ、忘れてた!チーズ、チーズ……」
と冷蔵庫に振り向いたところで、厨房の入り口に人影があることに気づく。
「え、侯爵様」
「おはよう」
「おはようございます!朝食の準備をしております」
昨日までよりもいささか丁寧な口調にしよう、と心構えをしていた。なんといっても直属だ。
「わかった。口調は前のままで構わない」
「いえ、しかし」 「この家にそういうことを言い咎める者はいないし、君がそういうのもうちょっと落ち着かないからな」
「はぁ、そうですか。わかりましt」
『きゅうぅぅっくるるぅ』
またお腹が一緒に返事した。
「は、早く作ってしまいますね!できたらお持ちしますのでお部屋でお待ちください」
「わかった。ああ、飲み物はコーヒーで頼む」
「かしこまりました」
紅茶の準備をしようと思っていたけれど、変更。これを言いにいらしたのかしら?
「……あ、チーズ!」
忘れ物を思い出す。冷蔵庫から出したチーズをうすく切り、バターを薄く塗ったパンに乗せた。よし。
「2種類でいいかしら」
ぐぅぅ、と小さくお腹が鳴っている。もっと魔力を追加しなくては。レタスをぱちん、と手で叩いて平らにし、その上にトマトを乗せる。あまり上品でなくても良いとのお話もいただいていたので、厚みがあっても大丈夫だろう。彩りが綺麗にまとまるようにマヨネーズのソースで味を整え、ハムを乗せてパンで蓋をする。
「これ、ホットサンドにしてもおいしかったなぁ」
ちょっとそう思ったけれど。ふきんでつつんで一休みさせる間に、もうひとつ。たまごサンドにしよう。普段はゆで卵を刻むけれど、今日はスクランブルエッグをはさむことにする。
たまごをといてミルクを加え、塩で味を整える。フライパンにバターをいれ、じゅわっと広がったところに卵液を一度に入れると、ふわりと広がる。そっとかき混ぜてふわとろのスクランブルエッグができたら、ちょっとあおいで冷ましておく。
パンの上にハムを4枚はみ出すように並べ、その真ん中にたまごサラダを乗せてほんのりケチャップをかける。またレタスを叩いてから乗せ、はみださせておいたハムで包み込んでパンを乗せる。これもふきんで包み、少しなじませる。
「この間にコーヒーも入れちゃおうっと」
ひとりだから、洗い物は後回しでいいか。今日のコーヒーはちょっといい豆を出して、と厨房の担当者から預かっている。これまた預かったミルで丁寧に豆をひいておく。これは食後にすぐ出せるようにしておこう。たっぷりのお湯を沸かして、ワゴンにセットする。
「サンドイッチ、三角と四角どっちかな……そうだ。侯爵様に決めていただこう!」
そのままのサンドイッチをフルーツ用のカッティングボードに乗せ、きれいに洗ったパンナイフと一緒にこれもワゴンにセット。このまま食堂へ向かう。ドアを開けてびっくりした。
「おはよう」
「お、おはようございます!すみません、遅かったでしょうか」
なんともう侯爵様がテーブルについてらっしゃった!
「いや、食事が楽しみ……で、待っていた」
そういう侯爵様を見て、部屋にいるセドリックさんも一緒にワゴンを押してきた侍女さんもびっくりしている。
『ぐぅぅぅう』
「……侯爵様、サンドイッチは三角と四角、どちらがよろしいですか?」
「魔力が高い方で」
そんなことはない、と思うけれど。
「わかりました、では三角に切らせていただきます!カットも魔力多めで!」
サクサクとトマトのサンドイッチを切り分けると、お皿の上に花が咲いたようだ。ナイフをふいてから、たまごサンドも二つにする。こちらは春の野原が広がったように見える。
「とても美しいな」
「どうぞ、リクエストのサンドイッチです!」
きゅうりはパリパリ、レタスがしゃきしゃきと小気味いい音を立てる。とろりとしたマヨネーズにハムが、やわらかく味をまとめていく。
「これは……とてもおいしいな」
もぐもぐと咀嚼する侯爵様は、セドリックさんさえ見たことのない笑顔だったようだ。
準備したコーヒーサーバーにポットからお湯をそそぐと、とてもいい香りの湯気がたちのぼる。お腹の音も収まり、魔力も落ち着きをみせた。お互いにお腹がいっぱいになる、これぞ天職への転職だったかも!
[続く]




