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金貨の娘  作者: 美穂
第8章 泥濘の澱

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第8章 第2節 シルクの綻(第1項)

挿絵(By みてみん)



朝(あさ)の勉(べん)強(きょう)会(かい)を終(お)えて、

わたしは書(しょ)室(しつ)で過(す)ごす。



書(しょ)室(しつ)の利(り)用(よう)者(しゃ)はわたし一人(ひとり)。



扉(とびら)を閉(し)めてランタン一(ひと)つの

頼(たよ)りない灯火(ともしび)の中(なか)。



毛(け)深(ぶか)いイオスをクッションにして、

法(ほう)律(りつ)の棚(たな)にあった訴(そ)訟(しょう)記(き)録(ろく)の続(つづ)きを読(よ)む。



この本(ほん)に興(きょう)味(み)があったわけでもない。



サンサが勧(すす)めてきた訴(そ)訟(しょう)記(き)録(ろく)は難(むずか)しく、

別(べつ)の訴(そ)訟(しょう)法(ほう)の専(せん)門(もん)書(しょ)を読(よ)んで

用(よう)語(ご)を理(り)解(かい)しなければならない。



書(しょ)字(じ)板(ばん)を利(き)き腕(うで)ではない左(ひだり)手(て)で引(ひ)くと、

蜜(みつ)蝋(ろう)がスタイラスで荒(あら)々(あら)しく削(けず)られていく。



大(たい)陸(りく)由(ゆ)来(らい)の単(たん)語(ご)も多(おお)く、習(しゅう)得(とく)は難(むずか)しい。



けれどいまは、頭(あたま)の中(なか)を支(し)配(はい)する恥(はじ)を、

難(なん)解(かい)な文(も)字(じ)で掻(か)き消(け)してしまいたかった。



「ニクス姉(ねえ)…、こちらに

 いらっしゃいますかー。」



扉(とびら)が叩(たた)かれて、

ムネモスが書(しょ)室(しつ)に入(はい)ってくる。



わたしはイオスに突(つ)っ伏(ぷ)したまま

彼(かの)女(じょ)を目(め)で見(み)た。



「そちらは法(ほう)律(りつ)の本(ほん)ですか?


 ニクス姉(ねえ)様(さま)はそんな高(こう)度(ど)な専(せん)門(もん)書(しょ)も

 嗜(たしな)まれていらっしゃるんですね。」」



「愉(たの)しくないわよぉ。」



訴(そ)訟(しょう)記(き)録(ろく)の中(なか)には過(か)去(こ)の判(はん)例(れい)だけでなく、

事(じ)件(けん)の仔(し)細(さい)、罪(ざい)人(にん)の発(はつ)言(げん)から最(さい)期(ご)まで

記(き)述(じゅつ)されている。



「トリンと一(いっ)緒(しょ)にお出(で)掛(か)けしませんか?」



ムネモスの後(うし)ろにはトリンも立(た)っている。



ムネモスは新(しん)入(い)りのフランジの中(なか)では、

誰(だれ)よりも明(あか)るくて言(こと)葉(ば)遣(づか)いは丁(てい)寧(ねい)だった。



貴(き)族(ぞく)からフランジになった彼(かの)女(じょ)が、

黒(くろ)色(いろ)のチュニックを着(き)ているせいもあり、

アイリアの工(こう)房(ぼう)の生(せい)徒(と)になる為(ため)に

館(やかた)にを去(さ)ったレナタを思(おも)い出(だ)させる。



チュニックには長(なが)い袖(そで)が付(つ)き、

腹(ふく)部(ぶ)には大(おお)きなポケットもあった。



なにより厚(あつ)手(で)のシルク生(き)地(じ)が、

みんなの興(きょう)味(み)を引(ひ)いた。



エルテル領(りょう)に残(のこ)るベリーが、

領(りょう)地(ち)を発(た)つ娘(むすめ)を思(おも)って用(よう)意(い)したのは

想(そう)像(ぞう)に難(かた)くはない。



彼(かの)女(じょ)の仕(し)事(ごと)振(ぶ)りは、

孤(こ)児(じ)院(いん)から来(き)た他(ほか)のフランジに比(くら)べて

失(しっ)敗(ぱい)が多(おお)かった。



仕(し)事(ごと)をその場(ば)で見(み)せて教(おし)えても、

見(み)ているだけで行(こう)動(どう)に移(うつ)さない。



年(ねん)長(ちょう)のフランジが言(い)い方(かた)を変(か)えても、

異(こと)なる行(こう)動(どう)を取(と)って失(しっ)敗(ぱい)する。



ムネモスはエルテル先(せん)代(だい)領(りょう)主(しゅ)の娘(むすめ)で

孤(こ)児(じ)院(いん)の選(せん)考(こう)会(かい)に関(かん)係(けい)が無(な)いのに、

わたしはフランジから呼(よ)び出(だ)され、

彼(かの)女(じょ)について毎(まい)日(にち)相(そう)談(だん)される。



『言(い)われる前(まえ)に行(こう)動(どう)しろ。

 勝(かっ)手(て)な行(こう)動(どう)はするな。』



サンサがマルフに言(い)ったこの言(こと)葉(ば)を例(れい)に、

相(あい)反(はん)する指(し)導(どう)が失(しっ)敗(ぱい)の原(げん)因(いん)になると教(おし)えた。



フランジが8人(にん)も増(ふ)えると

仕(し)事(ごと)は充(じゅう)分(ぶん)に与(あた)えられず、

素(そ)養(よう)のあるトリンとムネモスの二人(ふたり)は、

ファウナの元(もと)で認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)に回(まわ)された。



育(そだ)ちの良(よ)いはずのムネモスを、

ファウナも高(たか)くは評(ひょう)価(か)しなかった。



ファウナは元(もと)は洞(どう)窟(くつ)港(こう)の港(こう)長(ちょう)の娘(むすめ)で、

ムネモスと同(おな)じく身(み)分(ぶん)を持(も)っていた。



それでもファウナは娼(しょう)館(かん)に来(き)たムネモスを

妬(ねた)んだり、憐(あわ)れんだりもしない。



仕(し)事(ごと)に集(しゅう)中(ちゅう)の無(な)いムネモスより、

仕(し)事(ごと)に興(きょう)味(み)を持(も)っていなくても、

要(よう)領(りょう)の良(い)いトリンを評(ひょう)価(か)していた。



わたしはイオスの

柔(やわ)らかお腹(なか)に顎(あご)を乗(の)せて、

二人(ふたり)の格(かっ)好(こう)を見(み)上(あ)げた。



トリンもムネモスと同(おな)じ、

黒(くろ)色(いろ)の上(うわ)着(ぎ)を着(き)ている。



すでに二人(ふたり)は出(で)掛(か)ける準(じゅん)備(び)が整(ととの)っていた。



「わたしはいま外(がい)出(しゅつ)したくない気(き)分(ぶん)なの。


 だからこうして、

 自(じ)分(ぶん)の中(なか)の恥(はじ)を雪(そそ)いでるの。」



わたしが喋(しゃべ)るとイオスのお腹(なか)が揺(ゆ)れ、

鳴(な)いて迷(めい)惑(わく)がっている。



「なにかおかしなことがありました?」



「朝(あさ)の勉(べん)強(きょう)会(かい)で失(しっ)敗(ぱい)してたからでしょ。


 諳(あん)誦(しょう)できずに舌(した)を噛(か)んだり、

 南(なん)部(ぶ)言(こと)葉(ば)で奇(き)妙(みょう)な発(はつ)音(おん)が混(ま)ざったり、

 文(ぶん)章(しょう)を途(と)中(ちゅう)で飛(と)ばして読(よ)み間(ま)違(ちが)えたり、

 質(しつ)問(もん)に答(こた)えてばかりで進(すす)まないし。」



全(すべ)ての反(はん)省(せい)点(てん)をトリンに指(し)摘(てき)され、

イオスのお腹(なか)に向(む)かって呻(うめ)いた。



抗(こう)議(ぎ)の鳴(な)き声(ごえ)が聞(き)こえるけれど気(き)にしない。



新(しん)入(い)りのミニとアミという黒(くろ)髪(かみ)の双(ふた)子(ご)は、

入(い)れ替(か)わりで質(しつ)問(もん)を繰(く)り返(かえ)して惑(まど)わせ、

わたしの諳(あん)誦(しょう)に呆(あき)れたのか、

教(きょう)育(いく)室(しつ)を離(り)席(せき)したまま戻(もど)らなかった。



「みんなの前(まえ)でお話(はなし)するなんて、

 ニクス姉(ねえ)様(さま)は元(げん)老(ろう)院(いん)議(ぎ)員(いん)のようで、

 勇(いさ)ましくて魅(み)力(りょく)でしたよ。」



また敬(けい)称(しょう)を付(つ)けられたけれど、

指(し)摘(てき)して訂(てい)正(せい)する気(き)も湧(わ)かない。



「わたしは本(ほん)を読(よ)み上(あ)げるだけで、

 議(ぎ)員(いん)みたいに雄(ゆう)弁(べん)でなくてもいいのよ。」



「瑣(さ)末(まつ)な失(しっ)敗(ぱい)にも皆(みんな)が耳(みみ)を欹(そばだ)てていたのは、

 学(がく)習(しゅう)に関(かん)心(しん)が生(う)まれていたからですよね。


 みんな喜(よろこ)んでましたでしょう?」



「それを笑(わら)われてたっていうんだよ。」



トリンの意(い)見(けん)に

わたしの考(かんが)えが一(いっ)致(ち)してしまう。



「ミニとアミのお二人(ふたり)は、

 姉(ねえ)様(さま)のお話(はな)してくれた本(ほん)の話(はなし)を、

 食(しょく)堂(どう)でずっとしてましたもの。」



「あの子(こ)達(たち)は孤(こ)児(じ)院(いん)に居(い)た頃(ころ)から、

 喧(やかま)しくて堪(たま)らないわ。


 この子(こ)はここに置(お)いて、

 わたし達(たち)だけで市(いち)場(ば)に行(い)こう。」



「それはいけません。


 護(ご)衛(えい)も帯(たい)同(どう)させるように、

 サンサお姉(ねえ)様(さま)から言(い)われていますもの。


 ニクス姉(ねえ)様(さま)、見(み)てください。


 私(わたし)達(たち) 、お給(きゅう)金(きん)をいただきました。


 これで姉(ねえ)様(さま)に、

 市(いち)場(ば)に連(つ)れて行(い)って貰(もら)いなさい、

 とのことでした。


 市(いち)場(ば)とはどこなのでしょうか?」



「やっぱりわたしも行(い)くわっ!


 買(か)い物(もの)、してみたいもの。」



わたしが急(きゅう)に立(た)ち上(あ)がったので、

イオスが驚(おどろ)いて毛(け)を逆(さか)立(だ)てた。



「私(わたし)もです!」



「は? 二人(ふたり)共(とも)、

 買(か)い物(もの)くらいしたことないの?」



「はい。

 私(わたし)はルースを手(て)にしたのも初(はじ)めてです。」



ムネモスが革(かわ)袋(ぶくろ)から金(きん)貨(か)を1枚(まい)取(と)り出(だ)す。



挿絵(By みてみん)



「これ1枚(まい)でなにが買(か)えるのでしょう?」



「そんなに買(か)えないと思(おも)うわ。


 テマッサで二(ふた)つ…?」



ガロムの店(みせ)のテマッサが一(ひと)つ5ルース。



サンサはテマッサを4個(こ)買(か)い、

ノーラに金(きん)貨(か)を2枚(まい)渡(わた)していた。



挿絵(By みてみん)



これで1枚(まい)の価(か)値(ち)は10ルースにあたる。



サンサ達(たち)が偽(ぎ)造(ぞう)した金(きん)貨(か)の代(か)わりに

新(あたら)しく作(つく)られた硬(こう)貨(か)とはいえ、

その金(きん)貨(か)1枚(まい)がたった10ルースでは

価(か)値(ち)が低(ひく)い気(き)がする。



「本(ほん)当(とう)に10ルースかしら。本(ほん)物(もの)?」



偽(ぎ)貨(か)を疑(うた)い始(はじ)めたわたしの顔(かお)を見(み)て、

黙(だま)っていたトリンが堪(たま)り兼(か)ねて指(し)摘(てき)した。



「…いや、1,000ルースだよ、それ。」



想(そう)定(てい)していた価(か)値(ち)の100倍(ばい)もした。



「そんなに違(ちが)うの?

 100ルースでもなくて?」



「勉(べん)強(きょう)会(かい)で教(おし)えてる立(たち)場(ば)なのに、

 そんなことも知(し)らないって…。」



トリンは呆(あき)れて深(ふか)い溜(た)め息(いき)を吐(つ)いた。



――経(けい)済(ざい)の本(ほん)ならまだしも、

  物(もの)の相(そう)場(ば)を書(か)いた本(ほん)って、

  書(しょ)室(しつ)には無(な)いのよね…。



自(じ)分(ぶん)の不(ふ)注(ちゅう)意(い)と勘(かん)違(ちが)いで、

大(おお)きな損(そん)をするところだった。



「これだけあれば、館(やかた)のひと達(たち)全(ぜん)員(いん)に

 記(き)念(ねん)品(ひん)を買(か)ってあげられますね。」



「無(む)駄(だ)使(づか)いしてはダメよ。


 今日(きょう)は見(み)て回(まわ)るだけにしましょう。


 1,000ルースなんて市(いち)場(ば)に出(だ)しても、

 使(つか)えないと思(おも)うもの。」



テマッサ200食(しょく)分(ぶん)ものお金(かね)を使(つか)い切(き)るには、

グルグスほどの大(おお)食(ぐ)いを100人(にん)も

連(つ)れ歩(ある)かなければいけない。



想(そう)像(ぞう)を超(こ)えてしまう。



「収(しゅう)穫(かく)祭(さい)が近(ちか)くて旅(りょ)客(かく)も多(おお)いから、

 盗(ぬ)まれたりしないように。



「お買(か)い物(もの)はお預(あず)けなんですね…。」



彼(かの)女(じょ)は金(きん)貨(か)を首(くび)に下(さ)げた革(かわ)袋(ぶくろ)に戻(もど)すと、

胸(むな)元(もと)に隠(かく)して残(ざん)念(ねん)がった。




 ◆




スーは朝(あさ)から写(しゃ)本(ほん)で工(こう)場(じょう)に行(い)き、

サンサも収(しゅう)穫(かく)祭(さい)で行(おこな)う演(えん)劇(げき)の準(じゅん)備(び)に出(で)た。



他(ほか)のドレイプも、

新(あたら)しく入(はい)ったフランジを連(つ)れ、

美(び)術(じゅつ)館(かん)の宝(ほう)飾(しょく)展(てん)などに出(で)掛(か)けてしまった。



胸(むね)に水(みず)袋(ぶくろ)を吊(つ)るした

大(おお)男(おとこ)のグルグスを見(み)上(あ)げ、

玄(げん)関(かん)前(まえ)で口(くち)を開(あ)けるムネモス。


挿絵(By みてみん)



「大(たい)陸(りく)の奴(ど)隷(れい)は巨(きょ)体(たい)なんですねぇ…。」



「奴(ど)隷(れい)ではなくて護(ご)衛(えい)でしょ。」



「あっ。大(たい)変(へん)な失(しつ)礼(れい)をしてしまいました。」



トリンから訂(てい)正(せい)を受(う)け、

ムネモスは深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げた。



フランジだけの外(がい)出(しゅつ)であっても、

護(ご)衛(えい)を連(つ)れ歩(ある)く必(ひつ)要(よう)がある。



その理(り)由(ゆう)についてわたしは説(せつ)明(めい)しなかった。



「え? ウントも来(く)るの?」



「良(い)いだろ。

 オレは正(せい)式(しき)な護(ご)衛(えい)だぞ。


 オーナーに言(い)われてんだよ。

 グーグスについて歩(ある)けって。」



「あっ! 止(や)めなさいウント!」



イオスが悲(ひ)鳴(めい)を放(はな)つ。



ウントに髭(ひげ)を引(ひ)っ張(ぱ)られて、

イオスは館(やかた)の中(なか)に走(はし)り去(さ)ってしまった。



今日(きょう)の護(ご)衛(えい)塔(とう)で外(がい)出(しゅつ)できるのは、

気(き)弱(よわ)なグルグスにお調(ちょう)子(し)者(もの)のウント。



挿絵(By みてみん)



休(きゅう)養(よう)日(び)だけあって、

館(やかた)を出(で)られる他(ほか)の護(ご)衛(えい)は

全(ぜん)員(いん)外(がい)出(しゅつ)中(ちゅう)になっている。



頼(たよ)りにしていた護(ご)衛(えい)のディーゴも、

朝(あさ)からスーが連(つ)れて行(い)ってしまった。



わたしはウントの相(あい)手(て)をせずに、

トリンとムネモスを先(せん)導(どう)する。



イオスを抱(かか)えていないと右(みぎ)腕(うで)が落(お)ち着(つ)かず、

余(よ)計(けい)に不(ふ)安(あん)が募(つの)った。



「あちらの高(たか)い石(せき)塔(とう)が鐘(しょう)楼(ろう)ですか?」



「島(しま)に建(た)ってるのよ。


 街(まち)の中(ちゅう)心(しん)に川(かわ)が流(なが)れてるでしょ?」



「はぁー。

 お城(しろ)の尖(せん)塔(とう)よりも高(たか)い場(ば)所(しょ)ですね。」



「天(てん)文(もん)学(がく)者(しゃ)や鐘(かね)撞(つ)きが寝(ね)泊(と)まりして

 火(か)災(さい)を知(し)らせたりもするのだから、

 ずっと街(まち)を眺(なが)めてるのかしらね。


 退(たい)屈(くつ)な中(なか)で、過(か)酷(こく)な仕(し)事(ごと)よね。」



館(やかた)の建(た)つ赤(あか)土(つち)の丘(おか)を西(にし)に下(くだ)り、

運(うん)河(が)を跨(また)ぐ橋(はし)を越(こ)えると、

北(きた)には防(ぼう)壁(へき)が見(み)える。



トリンは防(ぼう)壁(へき)を睨(にら)みつけていた。



羊(ひつじ)の群(む)れ、お魚(さかな)の鱗(うろこ)が広(ひろ)がって空(そら)を覆(おお)う。



「防(ぼう)壁(へき)の先(さき)が禁(きん)足(そく)地(ち)なのですね。」



「ネルタの国(こっ)境(きょう)だ。


 臆(おく)病(びょう)な分(ぶん)水(すい)街(がい)が奴(ど)隷(れい)を集(あつ)めて、

 この防(ぼう)壁(へき)を作(つく)り始(はじ)めたのは20年(ねん)も前(まえ)よ。」



「トリンは大(たい)陸(りく)語(ご)だけではなく、

 島(しま)の歴(れき)史(し)も教(おし)えてくれるんですよ。」



ムネモスに褒(ほ)められると、

彼(かの)女(じょ)は黙(だま)って下(した)を向(む)いてしまった。



「二人(ふたり)共(とも)、館(やかた)の仕(し)事(ごと)には慣(な)れた?


 覚(おぼ)えることも多(おお)くて大(たい)変(へん)よね。


 特(とく)に認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)の仕(し)事(ごと)は。」



「補(ほ)佐(さ)ね。」



「トリンには仕(し)事(ごと)の失(しっ)敗(ぱい)を、

 何(なん)度(ど)も助(たす)けられています。」



挿絵(By みてみん)




鐘(しょう)楼(ろう)の建(た)つ日(ひ)時計(どけい)島(とう)の、

南(みなみ)側(がわ)の広(ひろ)場(ば)には露(ろ)天(てん)商(しょう)が集(あつ)まり、

大(おお)勢(ぜい)のひとが買(か)い物(もの)で出(で)入(い)りをする。



川(かわ)を越(こ)える橋(はし)から遠(とお)目(め)に眺(なが)めても、

この街(まち)に住(す)むひとの多(おお)さがよく分(わ)かる。



木(き)々(ぎ)の緑(みどり)は褪(あ)せ、

赤(あか)や褐(かっ)色(しょく)に色(いろ)づき始(はじ)める。



黄(き)色(いろ)の小(こ)粒(つぶ)の花(はな)を咲(さ)かせ、

風(かぜ)が甘(あま)い香(かお)りを運(はこ)ぶ。



空(そら)には南(みなみ)から来(き)た星(ほし)鳥(どり)が、

群(む)れを成(な)して黒(くろ)い雲(くも)を作(つく)っていた。



「ひとが大(おお)勢(ぜい)居(い)ますね。

 お祭(まつ)りでしょうか?」



「ムネモス。走(はし)ってはダメよ。

 …逸(はぐ)れると人(ひと)攫(さら)いに遭(あ)うわよ。」



「いけません。

 興(こう)奮(ふん)してしまいました。


 慎(つつし)みがありませんものね。


 私(わたし)はよくお母(かあ)様(さま)にも叱(しか)られました。」



サンサ達(たち)の使(つか)う子(こ)供(ども)騙(だま)しの脅(おど)し文(もん)句(く)は、

ムネモス相(あい)手(て)には通(つう)じなかった。



彼(かの)女(じょ)はわたしとトリンの手(て)を取(と)って、

縦(たて)並(なら)びで歩(ある)くことを喜(よろこ)んだ。



ムネモスの手(て)は柔(やわ)らかく、暖(あたた)かい。



広(ひろ)場(ば)には、

グルグスよりも大(おお)きな男(おとこ)達(たち)が居(い)る。



黒(くろ)装(しょう)束(ぞく)に身(み)を包(つつ)んだ二人(ふたり)の道(どう)化(け)が

静(しず)かに歩(ある)く。



一人(ひとり)は長(なが)い手(て)を地(じ)面(めん)に着(つ)けて、

四(よ)つん這(ば)いに。



もう一人(ひとり)は長(なが)い足(あし)と1本(ほん)の杖(つえ)を突(つ)いて、

不(ふ)安(あん)定(てい)に歩(ある)く。



「道(どう)化(け)達(たち)は広(ひろ)場(ば)に普(ふ)段(だん)から居(い)る

 オーブの曲(きょく)芸(げい)師(し)よ。」



「ねえ、あれって、どういう仕(し)組(く)み?」



トリンが誰(だれ)にでもなく訊(たず)ねる。



「趾(し)行(こう)器(き)具(ぐ)というものですね。」



「趾(し)行(こう)?」



ネルタでも使(つか)うひとを見(み)ない道(どう)具(ぐ)で、

トリンも当(とう)然(ぜん)知(し)らない。



「爪(つま)先(さき)で歩(ある)く犬(いぬ)や猫(ねこ)を真似(まね)た補(ほ)助(じょ)器(き)具(ぐ)です。


 オーブでは棒(ぼう)を足(あし)につけて魚(さかな)を獲(と)ったり、

 メルセでは果(か)樹(じゅ)の摘(てき)花(か)に使(つか)われますね。」



「広(ひろ)場(ば)の道(どう)化(け)は客(きゃく)引(ひ)きみたいね。


 あんな器(き)具(ぐ)を手(て)にする必(ひつ)要(よう)はないもの。」



「それにしたって、

 なんであんなことをしてんのさ?」



ムネモスまでわたしを見(み)る。



「なんでって…。」



古(こ)代(だい)の大(たい)陸(りく)から存(そん)在(ざい)する道(どう)化(け)の文(ぶん)化(か)を、

ここで説(せつ)明(めい)して理(り)解(かい)してもらうのは難(むずか)しい。



「あの道(どう)化(け)は人(にん)間(げん)をお魚(さかな)に見(み)立(た)てて、

 オーブで漁(りょう)を司(つかさど)る神(かみ)の代(か)わりに

 お魚(さかな)を集(あつ)めているそうよ。」



道(どう)化(け)の行(おこな)う儀(ぎ)式(しき)の

意(い)図(と)だけを簡(かん)潔(けつ)に説(せつ)明(めい)した。



「私(わたし)達(たち)はその魚(さかな)なんですね。


 では今日(きょう)は豊(ほう)漁(りょう)ですね。」



「…なにが楽(たの)しいんだか…。」



お魚(さかな)の群(む)れに喜(よろこ)ぶムネモスとは逆(ぎゃく)に、

お魚(さかな)を受(う)けてトリンは苛(いら)立(だ)ちを見(み)せる。



道(どう)化(け)は大(だい)小(しょう)様(さま)々(ざま)な泡(あわ)玉(だま)を飛(と)ばす。



子(こ)供(ども)が小(こ)魚(ざかな)のように道(どう)化(け)の足(あし)元(もと)に集(あつ)まり、

道(どう)化(け)を追(お)いかけ、道(どう)化(け)に追(お)いかけられて、

耳(みみ)を劈(つんざ)く絶(ぜっ)叫(きょう)と泣(な)き声(ごえ)が広(ひろ)場(ば)に響(ひび)く。



落(お)ち着(つ)きのある子(こ)供(ども)などは、

人(にん)形(ぎょう)使(つか)いの芸(げい)を見(み)て楽(たの)しんでいた。



台(だい)の上(うえ)に立(た)つ、黒(くろ)装(しょう)束(ぞく)姿(すがた)の女(おんな)が

足(あし)元(もと)で操(あやつ)る人(にん)形(ぎょう)を、子(こ)供(ども)は欲(ほ)しがる。



黒(くろ)く細(ほそ)い糸(いと)で吊(つ)るされる

棒(ぼう)で出(で)来(き)た操(あやつ)り人(にん)形(ぎょう)は、

魂(たましい)があるかのように歩(ある)き、走(はし)り、

激(はげ)しく踊(おど)り、力(ちから)強(づよ)い声(こえ)で歌(うた)う。



傀(かい)儡(らい)と呼(よ)ばれるその人(にん)形(ぎょう)は、

飾(しょく)緒(しょ)をした大人(おとな)にも人(にん)気(き)が高(たか)く、

いくつか売(う)れていた。



人(にん)形(ぎょう)にはいずれも

義(ぎ)髪(はつ)か染(そめ)糸(いと)で頭(とう)髪(はつ)が作(つく)られ、

布(ぬの)切(き)れで作(つく)った王(おう)冠(かん)飾(かざ)りが載(の)せられている。



赤(あか)、黒(くろ)、それから白(しら)糸(いと)は銀(ぎん)髪(ぱつ)らしく、

各(かく)地(ち)の王(おう)や領(りょう)主(しゅ)を模(も)した人(にん)形(ぎょう)がある。



挿絵(By みてみん)



人(にん)形(ぎょう)を買(か)って貰(もら)った子(こ)供(ども)は後(のち)に、

お金(かね)では技(ぎ)術(じゅつ)が身(み)に付(つ)かないことを学(まな)ぶ。



人(にん)形(ぎょう)を手(て)にしたところで、

人(にん)形(ぎょう)使(つか)いほど巧(たく)みに動(うご)かすには、

相(そう)応(おう)の研(けん)鑽(さん)が必(ひつ)要(よう)になる。



挿絵(By みてみん)



傀(かい)儡(らい)であっても統(とう)治(ち)者(しゃ)は簡(かん)単(たん)には操(あやつ)れない。



以(い)前(ぜん)この広(ひろ)場(ば)に来(き)た時(とき)には、

気(き)付(づ)かなかった発(はっ)見(けん)がいくつかあった。



市(いち)場(ば)が開(ひら)かれる広(ひろ)場(ば)では、

なにを売(う)るにしても、

街(まち)の許(きょ)可(か)を得(え)なければいけない。



店(みせ)先(さき)には決(き)まって数(すう)字(じ)と記(き)号(ごう)が刻(こく)印(いん)された、

営(えい)業(ぎょう)許(きょ)可(か)証(しょう)の板(いた)を掲(かか)げている。



数(すう)字(じ)と記(き)号(ごう)は、店(みせ)や位(い)置(ち)を記(しる)したもので、

縁(ふち)には等(とう)間(かん)隔(かく)に長(ちょう)短(たん)の線(せん)が刻(きざ)まれ、

館(やかた)で使(つか)っている招(しょう)待(たい)札(ふだ)と同(おな)じ仕(し)組(く)みがある。



広(ひろ)場(ば)に座(すわ)って

太(たい)鼓(こ)を股(また)に抱(かか)えて叩(たた)く娼(しょう)婦(ふ)達(たち)。



頭巾(フード)を頭(あたま)に被(かぶ)せて宝飾巾(ヴェール)を掛(か)け、

法(ほう)律(りつ)によって露(ろ)出(しゅつ)を控(ひか)えている。



挿絵(By みてみん)



跪(ひざまず)いて笛(ふえ)を咥(くわ)えて吹(ふ)く男(だん)娼(しょう)達(たち)。



宝飾巾(ヴェール)の奥(おく)の彼(かれ)らは若(わか)くて、

痩(や)せ細(ほそ)っていた。



挿絵(By みてみん)



エルテルの隊(たい)商(しょう)は豆(まめ)類(るい)を

大(おお)きな天(てん)秤(びん)で量(はか)り売(う)りしたり、

箱(はこ)に詰(つ)めたポッポなどの根(こん)菜(さい)を

小(こ)分(わ)けにして売(う)っている。



挿絵(By みてみん)



エルテル領(りょう)で過(か)剰(じょう)生(せい)産(さん)された作(さく)物(もつ)か、

分(ぶん)水(すい)街(がい)の方(ほう)が高(たか)く売(う)れるのかもしれない。



中(なか)には熟(じゅく)した果(か)実(じつ)を客(きゃく)の前(まえ)に並(なら)べて、

売(う)った客(きゃく)の籠(かご)に未(み)熟(じゅく)な果(か)実(じつ)や、

腐(くさ)った物(もの)を騙(だま)して入(い)れる

悪(あく)質(しつ)な店(みせ)も紛(まぎ)れていた。



郊(こう)外(がい)近(ちか)くの農(のう)家(か)は季(き)節(せつ)の根(こん)菜(さい)に果物(くだもの)、

豆(まめ)類(るい)の他(ほか)に蔓(つる)草(くさ)で編(あ)んだ籠(かご)やサンダル、

夏(なつ)に売(う)れ残(のこ)ったストロー帽(ぼう)を置(お)いている。



挿絵(By みてみん)



軽(けい)食(しょく)屋(や)台(たい)では食(た)べ物(もの)以(い)外(がい)にも、

調(ちょう)味(み)料(りょう)の箱(はこ)が並(なら)べられて棚(たな)を賑(にぎ)わせる。



別(べつ)の店(みせ)には洗(せん)濯(たく)物(もの)のように広(ひろ)げられた

軟(なん)体(たい)動(どう)物(ぶつ)の蛸(たこ)や魷(いか)が吊(つ)るされて、

風(かぜ)に吹(ふ)かれて回(かい)転(てん)しながら客(きゃく)を招(まね)く。



挿絵(By みてみん)



市(いち)場(ば)で売(う)られる燻(くん)製(せい)肉(にく)や塩(しお)漬(づ)け肉(にく)を

客(きゃく)の要(よう)望(ぼう)で小(こ)型(がた)の窯(かま)を使(つか)って、

その場(ば)で焼(や)いて調(ちょう)理(り)する店(みせ)もある。



グルグスは涎(よだれ)を垂(た)らしているし、

ウントまで餌(えさ)を前(まえ)にした犬(いぬ)と化(か)し、

引(ひ)き離(はな)すのに苦(く)労(ろう)した。



誘(ゆう)惑(わく)から逃(に)げて場(ば)所(しょ)を変(か)えると、

鮮(あざ)やかな光(ひかり)が視(し)界(かい)に飛(と)び込(こ)んできた。



洞(どう)窟(くつ)港(こう)から運(はこ)ばれる真(しん)珠(じゅ)の輝(かがや)きは、

光(こう)沢(たく)を持(も)つ石(いし)粒(つぶ)なのに人(ひと)々(びと)を魅(み)了(りょう)する。



表(ひょう)面(めん)を覆(おお)う石(いし)の層(そう)が光(こう)素(そ)を屈(くっ)折(せつ)させ、

層(そう)が均(きん)一(いつ)で厚(あつ)い綺(き)麗(れい)な虹(にじ)色(いろ)を作(つく)り出(だ)す。



四(しい)時(じ)の札(ふだ)遊(あそ)びで、雷(らい)霆(てい)の時(とき)に限(かぎ)って

貝(かい)札(ふだ)が3枚(まい)も並(なら)べられるようになったのは、

貝(かい)が作(つく)る真(しん)珠(じゅ)に由(ゆ)来(らい)していた。



飽(あ)きて店(みせ)を勝(かっ)手(て)に離(はな)れようとするウントの

革(かわ)の帯(おび)紐(ひも)を掴(つか)んだままわたしは見(み)て回(まわ)った。



小(ちい)さな宝(ほう)石(せき)を埋(う)めた装(そう)飾(しょく)品(ひん)、

顔(かお)が映(うつ)るほど研(けん)磨(ま)された金(きん)属(ぞく)の食(しょっ)器(き)。



釉(ゆう)薬(やく)の陶(とう)磁(じ)器(き)に、琺(ほう)瑯(ろう)の花(か)器(き)。



オーブの媚(び)薬(やく)という怪(あや)しい品(しな)物(もの)は獣(けもの)臭(くさ)くて、

わたし達(たち)は揃(そろ)って鼻(はな)を塞(ふさ)いだ。



美(び)容(よう)と健(けん)康(こう)を謳(うた)う、

効(こう)能(のう)の怪(あや)しい薬(くすり)も売(う)られていた。



それを100ルース、5個(こ)も買(か)うひとが居(い)た。



紐(ひも)と骨(ほね)や羽(は)根(ね)で作(つく)られた、

異(い)郷(きょう)のお守(まも)りなどを売(う)る小(こ)物(もの)屋(や)も隣(りん)接(せつ)する。



並(なら)べられた銀(ぎん)や鍍金(めっき)の装(そう)飾(しょく)品(ひん)を見(み)て、

レナタやスーが身(み)に着(つ)けた時(とき)の姿(すがた)を

想(そう)像(ぞう)していた。



彼(かの)女(じょ)達(たち)に似(に)合(あ)うと思(おも)ったけれど、

値(ね)段(だん)を見(み)てすぐに踟(ためら)った。



先(さき)に言(い)いつけていたわたしが、

好(す)きに買(か)い物(もの)を始(はじ)めては示(しめ)しがつかない。



フランジの規(き)範(はん)になっていたレナタに、

改(あらた)めて深(ふか)く感(かん)心(しん)する。



ムネモスがサンサへの贈(おく)り物(もの)を

提(てい)案(あん)したけれど、彼(かの)女(じょ)にあげたところで

喜(よろこ)ぶ姿(すがた)は想(そう)像(ぞう)し難(にく)い。



お客(きゃく)さんはドレイプに喜(よろこ)ばれる為(ため)に、

館(やかた)に贈(おく)り物(もの)を持(も)ち込(こ)む。



サンサは頂(ちょう)戴(だい)物(もの)には手(て)をつけず、

従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)達(たち)に配(くば)るよう

わたし達(たち)に指(し)示(じ)をする。



綺(き)麗(れい)な宝(ほう)石(せき)も繊(せん)細(さい)な装(そう)飾(しょく)品(ひん)も、

旬(しゅん)のおいしい果物(くだもの)であっても、

サンサを喜(よろこ)ばせることはできなかった。



美(うつく)しく魅(み)力(りょく)のある装(そう)飾(しょく)品(ひん)の数(かず)々(かず)は、

薬(くすり)とは桁(けた)違(ちが)いの値(ね)札(ふだ)が付(つ)けられ、

顔(かお)を背(そむ)けてもまた別(べつ)の誘(ゆう)惑(わく)に襲(おそ)われる。



大(たい)陸(りく)から来(き)た珍(めずら)しい鳴(な)き声(ごえ)の小(こ)鳥(とり)。

大(おお)きくて静(しず)かな鳥(とり)、変(か)わった羽(は)色(いろ)の鳥(とり)。

ひとの言(こと)葉(ば)を真似(まね)て喋(しゃべ)る鳥(とり)。



飾(かざ)られた色(いろ)鮮(あざ)やかな鳥(とり)の剥(はく)製(せい)が視(し)線(せん)を集(あつ)め、

違(ちが)う色(いろ)の鳥(とり)の羽(は)根(ね)が売(う)れていく。



遠(とお)くオーブから来(き)た行(ぎょう)商(しょう)人(にん)は、

鳥(とり)の羽(はね)叩(ばた)きや毛(け)皮(がわ)を売(う)る。



金(きん)毛(もう)の小(ちい)さな猿(さる)が牙(きば)を剥(む)き出(だ)しにし、

狭(せま)い籠(かご)の中(なか)で窮(きゅう)屈(くつ)に何(なん)度(ど)も跳(は)ね回(まわ)った。



猿(さる)が騒(さわ)がしい店(みせ)の隣(となり)では、

遮(しゃ)光(こう)布(ぬの)に覆(おお)われた籠(かご)の中(なか)で、

季(き)節(せつ)の虫(むし)が、翅(はね)を擦(こす)り合(あ)わせて

心地(ここち)の良(よ)い音(おと)を鳴(な)らす。



雄(おす)が雌(めす)を誘(さそ)う演(えん)奏(そう)の巧(こう)妙(みょう)さに、

猿(さる)を厭(いと)う前(まえ)を通(とお)る人(ひと)々(びと)が足(あし)を止(と)めた。



甘(あま)い香(かお)りの木(き)に誘(さそ)われると、

木(もく)炭(たん)、泥(でい)炭(たん)が補(ほ)充(じゅう)の度(たび)に売(う)れ、

肉(にく)体(たい)労(ろう)働(どう)者(しゃ)によって運(はこ)ばれる。



冬(ふゆ)の備(そな)えで取(とり)引(ひき)される泥(でい)炭(たん)の値(ね)段(だん)は、

テマッサよりも高(たか)い。



竜(りゅう)のように巨(きょ)大(だい)な獣(けもの)の毛(け)皮(がわ)。

ナショーの未(み)熟(じゅく)な皮(かわ)のような赤(あか)い色(いろ)柄(がら)。



冬(ふゆ)の毛(け)皮(がわ)や尻尾(しっぽ)は売(う)り切(き)れて、

夏(なつ)の毛(け)皮(がわ)と鞣(なめ)された穴(あな)開(びら)きの革(かわ)が、

いくつか店(てん)頭(とう)に売(う)れ残(のこ)る。



立(りっ)派(ぱ)な冬(ふゆ)毛(げ)を店(みせ)先(さき)に飾(かざ)って

貧(ひん)相(そう)な夏(なつ)毛(げ)を売(う)りつけていた者(もの)は、

詐(さ)欺(ぎ)行(こう)為(い)が徴(ちょう)税(ぜい)人(にん)に見(み)つかって

営(えい)業(ぎょう)許(きょ)可(か)証(しょう)を取(と)り上(あ)げられていた。



毛(け)皮(がわ)の中(なか)には義(ぎ)髪(はつ)も紛(まぎ)れている。



金(きん)髪(ぱつ)に見(み)えるように脱(だっ)色(しょく)された

人(にん)間(げん)の髪(かみ)が、いくつか飾(かざ)られていた。



厚(あつ)い絨(じゅう)毯(たん)生(き)地(じ)に大(たい)陸(りく)の模(も)様(よう)が織(お)られた、

奇(き)抜(ばつ)な服(ふく)装(そう)をした背(せ)の高(たか)い男(だん)女(じょ)が並(なら)ぶ。



耳(みみ)には羽(は)根(ね)飾(かざ)りや獣(けもの)の頭(ず)蓋(がい)骨(こつ)を被(かぶ)り、

両(りょう)の足(あし)には足(あし)枷(かせ)をつけている。



並(なら)べられた奴(ど)隷(れい)達(たち)は大(たい)陸(りく)語(ご)で反(はん)抗(こう)すると、

首(くび)のロープを引(ひ)っ張(ぱ)られて棒(ぼう)で叩(たた)かれる。



絨(じゅう)毯(たん)の服(ふく)はただのチュニックで、

人(ひと)買(か)いに捲(まく)られて女(おんな)の奴(ど)隷(れい)は裸(はだか)にされた。



若(わか)く血(けっ)色(しょく)の良(い)い奴(ど)隷(れい)に人(ひと)々(びと)は手(て)を挙(あ)げ、

唾(つば)を飛(と)ばして買(かい)値(ね)を叫(さけ)び、

奴(ど)隷(れい)の価(か)値(ち)が上(あ)がっていく。



値(ね)段(だん)を上(あ)げていくだけの者(もの)も

客(きゃく)の中(なか)に紛(まぎ)れている。



痩(や)せ細(ほそ)った奴(ど)隷(れい)はペヌンの袋(ふくろ)を身(み)に着(つ)け、

買(か)い手(て)も居(い)ないので端(はし)に集(あつ)められる。



50ルースの値(ね)札(ふだ)が首(くび)に吊(つ)るされている。



台(だい)の上(うえ)に立(た)って値(ね)段(だん)を叫(さけ)ぶ人(ひと)買(か)いを、

トリンがずっと睨(にら)みつけていた。




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