2枚の招待札の照合を終えると、
使用人は馬車の中から主人を連れてくる。
館には従者や護衛の入館も禁じられ、
護身用の短剣も持ち込めない。
手に持てるだけの贈り物以外、
この館に入ることは許されない。
男達はドレイプに贈る宝石や装飾品、
季節の果物を両手に抱えていたり、
仄かな香りの石鹸や花束を持ってくる。
一度館を出たお客さんが、
忘れ物を取りに館に戻る行為を
避ける為の理由があった。
わたしはお客さんを連れて玄関を抜け、
館内に入るとハンドベルを鳴らして
従業員やフランジに注意を促す。
お客さんを玄関の隣にある
待合室に案内して、招待札を扉に掛ければ、
わたしの仕事は区切りがつく。
扉を閉めて招待札を飾ろうとすると
フランジが集まって注視し、
札を掛けると無言で指先を向け合う。
札はセセラのお客さんで、
彼女の部屋で手伝いをしているフランジ、
銀髪のポワンが誇らしげに口角を上げた。

フランジのポワンは招待札を手に取って
お客さんをドレイプの部屋まで案内する。
フランジが手伝いを済ませると、
後はドレイプが対応し、肌を重ね合う。
ドレイプが仕事をしているあいだ、
フランジは外廊下で流行の詩集を
読みながら終わるのを待つ。
今日は日陰でも暑いこともあり、
濡らした口布を膝の上に掛けている。
革を重ねた小さな扇で、
顔や伸ばした足先を仰ぐ。
砂糖と塩を混ぜて溶かし、
果汁で軽く風味付けしただけの
水を渡すと、おいしそうに飲む。
単純な調合の水でも暑さのせいか、
不思議と飽きずに飲みやすい。
水の作り方はサンサから教わり、
ヤゴウの許可を得て厨房の天秤で量り、
フランジにも作ってあげた。

昼食時を前にお客さんが帰る際は、
ドレイプかフランジか、もしくは
二人で北の出口まで見送る。
館の外では使用人達が
馬車を北側の出口に移動させている。
フランジがドレイプに代わって、
馬車の確認を行わなければいけない。
馬車を待つ場合は、
出口の隣にある待合室に
お客さんを案内する必要がある。

出口側の待合室をお客さんが出る時も、
フランジはハンドベルを鳴らす。
ハンドベルを鳴らして注意を促すのは、
客同士の無用な接触を避ける
合図にもなっていた。
◆
「ハーフガン。来なさい。」
玄関で使用人の対応をしているファウナが、
ずっと近くで座ってこちらを見ていた
ハーフガンを呼びつけた。
「おう、なんだ?」
「なんだたぁなんだぁ、オメー?」
相手のキャシュクには、
金糸の長い飾緒を胸元に渡らせている。
汚れたサンダルで足を開いて腕を組み、
服も裾が解れて清潔さに欠ける大男。
なにかの油を塗りつけた褐色の髪と、
胸元や手足は毛深いままで見栄えが悪い。
髭の剃り方が乱雑で、
口周りには痛々しい切り傷と、
赤黒い傷跡を見せている。

傷だらけで鼻を腫らし、
見覚えのある顔でも記憶と照合ができない。
「早くサンサってやつのベッドに
案内しろやい。」
ファウナは喧嘩腰の男を前にしても、
物怖じする様子は見せず鼻で返事をする。
男の声に聞き覚えがある。
――確か路地で…。
「ほい新入り。
これと同じ札を探してきて。」
記憶を辿るより先にファウナに言われて、
照合室から同じ絵柄の招待札を探す。
――今日はサンサに来客はないから、
棚から探すだけ無駄よね。
サンサを指名している男。
招待札の絵柄は、
白と黒の羽を持つ雪烏が
描かれた札ではない。
――サンサの札はこれで…、
カミーリャと羊って
ボナの札よね…?
この札を見た時点で
ファウナも気付くものだった。
認証管理をするボナの棚は、
照合室の奥にあるサンサの棚の下に
用意されている。
同じ絵柄、
縁の2進法も同じものがあった。
他の札と違って
予約日を示す
2進法の値は低く、
これは今日の物ではない。
ボナの棚から数少ない同じ札を見つけ、
自信が無いままファウナに渡した。
「ファウナ…。
これ、違うと思う。」
札ではなく、わたしを見てファウナは頷く。
「いつまで待たせんだっ! おい!
早く中に入れろやい。」
「ハーフガン。彼を『別室』に案内して。」
「はいよ。」
「なんだ! オメー!
溝女の犬が俺に触んじゃねえ!」
傷だらけの男は護衛達に囲われると、
なにか汚い言葉を放って暴れ、
走ってミュームの木のあいだへ逃げ出した。
「これ、偽物だったの?」
「なんでだと思う?」
質問に質問で返された。
わたしは二つの札を見比べても、
違いが分からない。
「材質?」
彫った模様をどんなに精巧に真似ても、
自然が生み出す木目は真似できない。
しかし2枚の札を並べても、
素材となっている木の種類は同じで、
並べた木目は繋がっていた。
「あれ…これ、本物なの?
…もしかして盗品?」
「なんだ。もう気付いたのか。
客のソフィが招待札を紛失したって
ボナに手紙が来てたのさ。
彼女の使用人が横流しした札が、
今回のその札なんだと思うぞ。」
「だからファウナは知ってて
わたしに探させたのね。」
彼女の口の端は緩んでいる。
「ソフィと会うなんて、
ボナの今日の予定にないからな。
なによりボナは獣を好いてないし。」
「サンサの予定にもないわ。」
「でも、木目に気付く点は良かったぞ。
偽物を持ってくるひともいるって
私が伝えたことを、ちゃんと
理解してたからできた証拠だな。
新入りは認証管理補佐の
さらに補佐として見込みがあるぞ。」
得意気になるファウナ。
「ついでに言うと、
例え本物を持ってきたって
受け付けなくていいぞ。
飾緒があっても態度が悪いやつは
館の品格を下げるだけだからな。」
――お客さんの品性は、館の品格に繋がる。
彼女は黒い目を細めて声も出さずに笑う。
「来るものは選ぶってことね。」
盗品の札を持ってきた男を
追いかけるグルグス達を見ながら、
ファウナは頷いてイオスを撫で回している。
「仕事に戻らないと
また急かされるわよ。」
「フランジに言われるくらいならいいけど
ミュパに知られると面倒なんだよなぁ。
あのひともお喋りなんだよ。」
ミュパはサンサから『戒め』という
不名誉な二つ名が与えられていた。
ファウナは口が軽いけれど、
知識に沿った考え方はスーに近い。
――スーに似てる
なんて褒めても嫌がるわね。
わたしは彼女の背中を見て、
なにも言わずに首肯した。
◆
招待札の照合を終えれば手紙の分別を行い、
昼食と休憩の後で再び照合を行う。
退館したお客さんの使用人がまた列を作り、
ドレイプ宛の手紙をわたし達に預けた。
折り重ねられた手紙は、
染められた帯紐やリボンに縛られ、
鮮やかな色の封蝋がされる。
封蝋には家名の頭文字以外にも、
動物や花などの意匠が施された
エンボスが浮んでいる。
こうした封蝋を見る度に
わたしは目を奪われた。
仕事中に受け取った手紙は照合室に置き、
仕分けは後日行う。
すぐに返事をしてしまうと
相手からは余裕のない娼婦と見られて、
品性を疑われるとファウナが言う。
イオスも一緒になって移動し、
室内を走り回ってはビャオと鳴き叫び、
わたしの背中から棚に跳び乗る。
爪を出すので引っ掻き傷が絶えない。
昼の照合を終える頃、
大男のグルグスが銀髪の少年を連れて
館の入り口にやってきた。

「おつかれ。」と、グルグス。
「よう。紐無し女。」少年が罵倒する。
「…誰?」
失礼な少年を無視して、
わたしはファウナに耳打ちした。
「護衛見習いのウントは、
まともに相手しないこと。」
今度はファウナがわたしに耳打ちする。
少年の名前はウントと紹介されたけれど、
彼女は家名までは言わなかった。

「お疲れ、グルグス。
あの男は捕まえた?」
グルグスは黙って目を逸らす。
盗品の招待札を持ってきた男には
逃げられてしまったらしい。
「ユヴィルの傭兵なんじゃねえかな?
ってみんな言ってたぜ。」
ウントが唾を吐いて言った。
――ユヴィルの。
男の話題が出てくるまで、
わたしは思い出せずにいた。
「あぁ。フルリーンに殴られてたひとね。」
あの男はユヴィルの傭兵だった。
男の顔を覆っていた特徴的な髭が無く、
傷だらけの顔が悪目立ちしていたせいで、
ユヴィルの名前が挙がらなければ
二つの顔が一致しなかった。
「お前の客かよ。」と、ウント。
わたしは口を閉ざして目を逸らした。
「ちょっとウント!
下々の者の分際で
お姫様に気安く話し掛けないで!」
「お姫様ではないわよ…。」
ファウナはウントを叱りつつ、
新入りのわたしを捓う。
「そっちの赤毛、お前、何歳だよ。」
「15歳よ。あなたは?」
「やっぱガキだな。」
――ファウナの言う通りね。
彼は自分の名前すらも名乗らない。
「…あなたは身長もわたしと
大して変わらないのに?」
自分から訊ねておいて
訊ねられたら答えもしない相手に、
わたしは敬意の持ちようがなかった。
「痛っ!」
ウントが中指を弾いてわたしの額を叩いた。
「紐無しが口答えするんじゃねえ。」
理不尽に叩かれて、痛さに目が濡れる。
足元のイオスが
耳を伏せてウントに威嚇した。
「おい! やめろー! グーグスー!」
わたしを叩いたウントは、
グルグスに襟首を掴まれて
軽々と持ち上げられた。
裾の短いキャシュクのせいで、
垢で薄汚れた肌着姿が露出する。

ウントも大陸語由来のグルグスを
正しく発音できない。
「大丈夫か? 新入り。
頭が開花してないか?」
「知ってて言ってるわね。」
ファウナが言ってから笑ったので、
わたしは溜め息を吐く。
彼女は両手首を合わせて、
蕾が花開く様子を真似した。
胎児が産道を通る時に頭蓋骨は
窄めるように形を変えるので、
骨には継ぎ目があって穴も空いている。
生後間もなく頭蓋骨の穴は閉じる。
成長した頭蓋骨であれば
事故にでも遭わない限り、
ウントの指で叩かれた程度では
わたしの頭蓋骨が割れはしない。
「ファウナ、これを
『粉挽きを笑う』って言うのね。」
痛む額を擦りながら言うと
ファウナは不思議がった。
図書館で対応した司書官には
孤児と見下されて相手にされず、
ウントには女というだけで叩かれた。
「粉挽きを、笑う?」
わたしは手で石臼挽きの
労働者の動きを真似てみせる。
パンの原料になるブレズの子実は
貯蔵室には無く、粉で仕入れているので
館で石臼や粉挽きを見ることも無い。

粉挽きの労働は知識や技術が必要なく、
煤染めの子供と同様に階級の低い者が行う。
「その定型表現よ。
誰にでも子供の時期があるし
誰だっていつかは年老いるから、
年長者や幼い相手を笑うのは
おかしいでしょ?
当たり前なものを嘲笑する行為よ。」
子供の多い館では、
子供という理由で見下すひとは居ない。
最年少のレナタなどは、
ドレイプからも親しまれて敬われている。
ネルタで塔に住んでいた頃のわたしは、
乳母達から散々な扱いを受けた。
噂を囀られても
正しい意味を理解できなかった。
「それ、『石臼を回す』だろ?」
わたしが説明を終えると、
ファウナは少し考えて訂正してきた。
「石臼って単語の中には
歴史や行い、過ちが繰り返される
って意味があるからそれだな。」
「由来が違うのかしら?」
石臼挽きの動作は円運動を繰り返す。
その作業に見立てた言葉遊びから、
発生した諺なのかもしれない。
「由来はどうか知らないが、
似た訓話は他にもあるぞ。
ニクスはそれも読んだことないのか。
石臼挽きは確かに単調な労働だが
ある男は鉄製の粉挽き器を作って、
それを売って金持ちになったんだよ。
男は石臼を古い道具だって嘲笑した。
そいつは酷い浪費家で、
金遣いが荒くて破産するのさ。
浮浪者に身を窶した男は
元通り石臼挽きになって地道に働く…、
これに類似した話に聞き覚えはないか?」
「神話に出てくる訓話で
ヴィカロスの話にも聞こえるわ。」
「あぁ…なるほどな。」
以前、日陰の庭でハーフガンと
四時の札遊びをさせられていた時に、
サンサとスーがした流れ星の夢の神話。
「神話ってなんだよ、それ?
オレを神話の神だと言いたいわけか。」
興味を示したウントは、
グルグスに吊られたままでも
腕を組んで顎を突き出す。
――この状況でこの余裕は
どこから湧くのかしら。
勇敢と無謀の違いを彼は理解していない。
「ヴィカロスは人間の男だよ。
新入りは説明してやったら?
フランジに勉強を教えてるんだし。」
「えぇ…。」
メノーの勉強会は
わたしが教えているわけではないし、
護衛には勉強会は開かれていない。
「古代にヴィカロスっていう名前の男が、
発明家の父と塔に閉じ込められた時に、
鳥の羽根を集めて、それを蝋燭で
固めて翼を作ったのよ。」
「そんなんで飛べんだ?」
わたしは首を横に振ってしまい、
結末を示唆してもウントは気付いていない。
「ヴィカロスはその翼で、
塔から空を飛んで星を掴もうとした。
けれど太陽の熱で翼の蝋燭が溶けて、
海に落ちて死んだっていう結末の
古代にある神話よ。」
不相応な力を手に入れた男の末路は、
訓話の一つとして語り継がれている。
サンサは星を掴むという欲望を、
流れ星の夢だとスーに語っていた。
「覚悟決めてんな、そいつ。
名前分かんねえけど。」
ヴィカロスの話はウントのように
覚悟や希望を見出すひとも多いので、
いまも神話の本に記されている。
ネルタの塔で退屈をしていた
幼い頃のわたしは、この話に興味が湧いて
本を読んで調べたことがある。
「人間が空を飛ぶには、
自分の身体の倍はある翼を
片手で振れるようじゃないと、
揚力が得られないんだよな。」
ファウナが言う。
「空気を受ける為の
巨大な翼が必要なのよね。
耐久性の課題もあるわ。
それに高く飛べても蝋燭は溶けなくて、
地面から離れた上空は寒くなるわ。」
「音の何倍も速く飛べないと
太陽には近付けないし、
重力に引かれて地面に落ちるもんな。」
ファウナの知識量に
わたしも嬉しくなって首を縦に振った。
「ぁ? んなもん、
速く飛べばいいだけだろ?
俺なんて走るの早いぜ。」
ウントの意見に
ファウナがこちらを見て口角を上げるので、
わたしは彼にこんな要望を出す。
「わたしの声がウントに届くよりも
速く飛べなければいけないのよ。」
「ほら、もう遅い。
ウントは死んだぞ。」
ファウナはすぐに彼の発言を拒絶した。
「なんだよ! 卑怯だぞ!」
ウントは吊るされたまま暴れる。
音の伝わる速度の約33倍にもなる速さで
飛べなければ太陽には近付けず、
この星の重力に引っ張られてしまう。
高速で地面に落ちる際には
身体が空気を押し潰し、
空気同士の衝突で熱が発生する。
翼の蝋燭は気化してしまい、
肉体は熱に耐えられない。
法則や定理の本を読解して
物語を理論で突き詰めると、
実現不可能な数字が突き付けられる。
「太陽神の戦車に轢かれるんだよな。
しかしヴィカロスなんて神話
よく知ってたな。」
神話に登場する神とは支配者の比喩で、
ヴィカロスは塔から脱走した罪により
処刑されたとする意味も含まれていた。
神話を別の観点から読み解き、
勉強の愉しさに気付いたわたしに
乳母達は誰も理解を示してはくれなかった。
「神話なんだから、有名な話のはずよね。
物理だけでは考えつかない話も多いから
神話って好きよ。」
「神話は古くてお堅い内容だけど
淫事が多めでお堅い本に偽装しやすいし、
猥本としても愉しめるもんな。」
「知らないよ。」
ファウナは共感を求めながら
わたしの反応を見て捓う。
神話には卑猥な内容の物語が多いのも
需給の要因とも考えられる。
「神のオレが鳥になる話じゃねえのかよ。」
神が白く美しい鳥に化けて、
異国の王后を辱めた話は
ウントも知っていた。
「話が逸れてたわね。」
「なんの話だったか。」
「石臼を回したってこういうこと?」
ファウナが笑った。
「違う違う。
島の開拓時代に
書き換えられた神話は多いよな。
ヴィカロスや石臼挽きの他にも
似たような話はあるぞ。
荷運びの馬追いが育てた馬を
競馬に出して大儲けして破産したり。
猟師がゼラチンで大儲けして破産したり。
商人が集めた資金を洗おうとして
川に落として破産したり。」
「みんな破産してる…。
それなのに石臼なの?」
「古代からある道具に回帰する、
って理由だろうな。
遥遠代より昔の。」
「あ、それで
鉄製の粉挽き器も出てくるのね。」
ファウナが笑みを浮かべながら、
わたしの前髪を分けて額を撫でてきた。
「割れてないわよ。」
「護衛の仕事はなんかないのかよ。
儲かるやつ。」
グルグスに吊られていても、
話を楽しんで反省の色を見せないウント。
グルグスも興味を示して低い声で唸る。
「無いね。
全部破滅する話だって聞いてたか?
お姫様が育った土地は
文化が違うから教養が偏ってるんだろ。
他になにかないか?
奇妙な言い回し。」
「そんなこと言われても…。」
「すぐには思い浮かばないか。
ウント、なにか愚かなこと言ってみて。
得意だろ?」
「紐無しの癖に
見下すんじゃねえっ!
ネルタの赤毛も覚えとけよっ!」
「おいっ!」「痛っ。」
彼はサンダルを蹴飛ばして
ファウナとわたしに当てる。
娼婦の仕事をしないわたし達に
彼は『紐無し』と繰り返す。
護衛見習いの失礼な言動に
わたしは意地を張った。
「ウント。
あなたが護衛なら護衛の見習いでも、
相手がフランジで認証管理であっても
彼女を名前で呼ぶべきよ。」
「補佐な。」
「護衛する対象になる相手でしょ?」
「ナルシャの赤毛がうるせえな!
オレに頭を下げるんなら
女にしてやってもいいぜ。」
「下品なやつ。」ファウナも憤る。
ウントは品のない発言をして
生娘のような反応を求めていたので、
わたしも彼を相手にするのは諦めた。
「ナルシャの女なんて
そこらの娼婦と同じだろ。」
――男は昼、女は夜。というわけね。
彼は男なので、女より社会的な地位が高い。
出自を明かせないわたしは彼の言う通り、
名乗ることも言い返すこともできない。
ファウナの忠告通りにしか出来ず、
ただ黙って下唇を噛むだけだった。
「ウントはまだ知らないんだよな。」
ファウナは手札を明かす前に、
その企みを隠しきれない表情を見せる。
「お姫様は新入りのフランジで、
いまはナルシャのニクスっていうんだ。
サンサの部屋のフランジだぞ。」
いまになってファウナがわたしを紹介した。
グルグスに逆さ吊りにされているウントは、
赤黒くなる顔から血の気が引くと
言葉を呑んだ。
「サッ…。」
グルグスが揺さぶって、
反応が無いのを確かめると
ウントを地面に置いた。
「お前が、サンサの、部屋の?」
ウントは不安定に立ち上がり、
着崩れたキャシュクを直す。
「えぇ。」
わたしは不承不承に首を縦に振って見せる。
「こいつ、サンサが怖いんだよ。」
「サンサになにかされたの?」
わたしは拾ったサンダルを奪われ、
彼はそのまま素足で護衛棟まで逃げ去った。
「怖くねえよ! 紐無し女っ!」
場所も弁えずに叫んだウントは、
御不浄から戻ってきたハーフガンから、
拳で頭が割れるくらいに強く叩かれていた。
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