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金貨の娘  作者: 美穂
第6章 暗晦の道(前)

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第6章 第1節 館の落実(第3項)

挿絵(By みてみん)



邸(てい)宅(たく)地(ち)を曲(ま)がると通(とお)りから鐘(しょう)楼(ろう)が見(み)え、

そこには夜(よる)の館(やかた)のオーナー、

ルービィ達(たち)の住(す)む館(やかた)がある。



「おかえりなさい。お嬢(じょう)様(さま)方(がた)。」



「ただいまぁ、ドロシア。」



「ジュースを用(よう)意(い)してるから

 後(あと)で持(も)って行(い)くわね。」



「ありがとうございます。」



ルービィの妹(いもうと)、ドロシアに迎(むか)えられて

わたし達(たち)は玄(げん)関(かん)から館(やかた)に入(はい)る。



挿絵(By みてみん)



「ドロシアが書(しょ)類(るい)仕(し)事(ごと)をしてくれて

 助(たす)かったわ。」



ドロシアはいまこの館(やかた)で、

使(し)用(よう)人(にん)のような仕(し)事(ごと)を趣(しゅ)味(み)にしている。



ドレイプの銀(ぎん)行(こう)口(こう)座(ざ)の管(かん)理(り)や給(きゅう)金(きん)、

納(のう)税(ぜい)、身(み)分(ぶん)証(しょう)の登(とう)録(ろく)なども行(おこな)っている。



彼(かの)女(じょ)の存(そん)在(ざい)が無(な)ければ、

わたしや、夜(よる)の館(やかた)さえ成(せい)立(りつ)しない、

とまでサンサは言(い)っていた。



「ところで本(ほん)職(しょく)は良(い)いの?


 最(さい)近(きん)あなたの活(かつ)躍(やく)を耳(みみ)にしないけれど。」



と、サンサが訊(たず)ねる。



「そっちは若(わか)い子(こ)達(たち)に任(まか)せてるわ。


 マルフみたいに

 若(わか)い子(こ)から仕(し)事(ごと)を奪(うば)ったら、

 成(せい)長(ちょう)しないものね?」



「それはいい心(こころ)掛(が)けね。


 後(うし)ろの護(ご)衛(えい)二人(ふたり)の面(めん)倒(どう)も、

 ついでに見(み)て欲(ほ)しいわ。」



ドロシアとサンサが笑(わら)い合(あ)っていると、

ハーフガンとウントは黙(だま)って庭(にわ)で別(わか)れた。




 ◆




「はぁ、疲(つか)れたぁ。」



応(おう)接(せつ)室(しつ)に着(つ)くと、

メノーはさっそく革(かわ)のソファに寝(ね)転(ころ)がる。



「早(はや)かったわねぇ。」



部屋(へや)の奥(おく)から果物(くだもの)の入(はい)った

ガラスの器(うつわ)を持(も)ってきたルービィは、

わたしを見(み)て頬(ほお)に美(うつく)しい皺(しわ)を作(つく)った。



挿絵(By みてみん)



年(ねん)齢(れい)を重(かさ)ねたひとにだけ生(う)まれる表(ひょう)情(じょう)は、

動(うご)きのない絵(え)には出(だ)せない魅(み)力(りょく)がある。



「ルービィ。

 本(ほん)日(じつ)はご多(た)忙(ぼう)の中(なか)、お招(まね)きに与(あずか)り

 ありがとうございます。」



わたしは半(はん)歩(ぽ)下(さ)がって

片(かた)膝(ひざ)を床(ゆか)に触(ふ)れるほど低(ひく)く腰(こし)を落(お)とし、

館(やかた)の主(あるじ)に向(む)かって深(ふか)く頭(こうべ)を垂(た)れる。



「やぁーまた美(び)人(じん)になってぇ。」



器(うつわ)をテーブルに置(お)くと、

ルービィは無(む)理(り)に高(たか)い声(こえ)を出(だ)して

わたしを抱(だ)き寄(よ)せる。



彼(かの)女(じょ)は白(はく)髪(はつ)交(ま)じりの長(なが)い赤(あか)髪(がみ)を、

後(こう)頭(とう)部(ぶ)に巻(ま)き上(あ)げている。



「ルービィ。

 これ以(い)上(じょう)レナを甘(あま)やかさないでよ。」



サンサの言(い)い分(ぶん)を無(む)視(し)して、

彼(かの)女(じょ)はわたしの髪(かみ)を優(やさ)しく撫(な)でた。



「狡(ずる)いわよ。

 あんた達(たち)は毎(まい)日(にち)見(み)てるんだから。


 長(なが)旅(たび)を終(お)えて帰(かえ)ってきたわたしを、

 労(ねぎら)ってくれるのはこの子(こ)だけよ。」



「わたし、ジュース飲(の)みたぁい。」



ルービィを気(き)にもせず、

メノーは横(おう)臥(が)した状(じょう)態(たい)で

器(うつわ)の果物(くだもの)に手(て)を伸(の)ばす。



「家(いえ)に帰(かえ)ってきてすぐこれって、

 いかがなものかしら。


 親(おや)の顔(かお)が見(み)たいわねぇ。」



「あなたよ。あなた。」



と、サンサが言(い)ったから、

ルービィの腕(うで)の中(なか)でわたしは笑(わら)った。



「ほら、新(しん)入(い)りのイオスよ。

 挨(あい)拶(さつ)なさい。」



サンサは義(ぎ)腕(わん)を

アームカバーごと乱(らん)雑(ざつ)に外(はず)すと、

イオスを手(て)にして抱(かか)えた。



「小(ちい)さな護(ご)衛(えい)ね。」



ルービィが鼻(はな)先(さき)に手(て)を向(む)けて挨(あい)拶(さつ)すると、

イオスはビャオと掠(かす)れた声(こえ)で鳴(な)いた。



「それで、本(ほん)は書(か)けたの?」



「えぇ、あるわよ。

 後(うし)ろの棚(たな)に。


 これが最(さい)高(こう)傑(けっ)作(さく)よ。」



「エルテルに行(い)くまで、

 ずっと書(か)けないって言(い)ってたのに。


 不(ふ)安(あん)しかないわね。」



「本(ほん)? 劇(げき)場(じょう)の?」



「ルービィは戯(ぎ)曲(きょく)なんて書(か)かないわよ。」



わたしは今日(きょう)、

3人(にん)でルービィの館(やかた)に来(き)た理(り)由(ゆう)を知(し)らない。



彼(かの)女(じょ)が長(なが)い旅(りょ)行(こう)から帰(かえ)って来(き)たのを知(し)り、

いつもの挨(あい)拶(さつ)のつもりだった。



「女(おんな)手(で)一(ひと)つで娼(しょう)館(かん)を大(おお)きくしたオーナー、

 ルービィの最(さい)高(こう)傑(けっ)作(さく)を

 本(ほん)にして売(う)るのよ。」



「なによ。依(い)頼(らい)通(どお)りに書(か)いたわよ。


 まとまってないけれどね。」



「ふふっ。

 先(さき)に最(さい)高(こう)傑(けっ)作(さく)と言(い)ったのは

 ルービィ、あなたよ。


 で、そんな本(ほん)を成(せい)功(こう)させる為(ため)に、

 レナにこれから働(はたら)いて貰(もら)うわよ。」



「わたし? なにができるの?

 法(ほう)律(りつ)に引(ひ)っかからない?」



「メノーはそこで脱(ぬ)いでて。」



「はぁい。」



サンサの粗(そ)略(りゃく)な指(し)示(じ)でも、

メノーはなにも疑(ぎ)問(もん)を持(も)たずに

キャシュクと肌(はだ)着(ぎ)を脱(ぬ)いでソファで寛(くつろ)ぐ。



「オーブにも行(い)ってきたの?」



狩(しゅ)猟(りょう)で有(ゆう)名(めい)なオーブ領(りょう)の

雄(お)鹿(じか)の毛(け)皮(がわ)がソファに掛(か)かっていたので、

メノーがそれを両(りょう)肩(けん)に掛(か)ける。



「えぇ。あの子(こ)達(たち)が居(い)たから、

 賑(にぎ)やかな旅(りょ)行(こう)だったわよ。


 言(こと)葉(ば)は分(わ)かってなかったけれど。」



「大(たい)陸(りく)のひとと一(いっ)緒(しょ)でしたよね?」



「フレヤとレイヤね。」



「あの子(こ)達(たち)も政(せい)略(りゃく)とはいえ、

 監(かん)視(し)までついて同(どう)情(じょう)するわねぇ。


 あなたやサテュラほどではなくても。」



ルービィが口(くち)にしたサテュラは、

スーの母(はは)の名(な)前(まえ)だった。



「比(くら)べるものではないのよ、ルービィ。


 あなたにも、

 他(た)人(にん)の物(もの)差(さ)しや天(てん)秤(びん)の錘(おもり)で比(くら)べられない

 経(けい)験(けん)はあるでしょう。」



サンサの忠(ちゅう)告(こく)に、

ルービィも頷(うなず)いて口(くち)を閉(と)ざした。



「メノーは括(くび)れを強(きょう)調(ちょう)して腰(こし)を捻(ひね)って。


 あなた、大(おお)きくなったわね。」



「えぇ。そんなことないよねぇ。」



「大(おお)きくなったわよ。」とルービィも言(い)う。



モザイク画(が)の頃(ころ)とは違(ちが)うメノーの姿(すがた)に

わたしも頷(うなず)く。



夜(よる)の館(やかた)と病(びょう)院(いん)との往(おう)復(ふく)頻(ひん)度(ど)が増(ふ)えると、

馬(ば)車(しゃ)での移(い)動(どう)のあいだに必(かなら)ず果物(くだもの)を食(た)べる。



食(た)べている途(と)中(ちゅう)で彼(かの)女(じょ)は寝(ね)て、

馬(ば)車(しゃ)の揺(ゆ)れに酔(よ)ったりもして、

食(た)べたものを吐(は)くこともあった。



ニクスと一(いっ)緒(しょ)になって夜(や)食(しょく)まで食(た)べている。



「レナはあのメノーを理(り)想(そう)化(か)して描(か)いて。


 アイリアの壁(へき)画(が)くらいね。

 得(とく)意(い)でしょ?」



「絵(え)を描(か)かされるなんて、

 わたし聞(き)いてませんっ!」



わたしは首(くび)を横(よこ)に振(ふ)って抗(こう)議(ぎ)した。



「まだ使(つか)ってない羊(よう)皮(ひ)紙(し)か、

 白(しろ)い布(ぬの)はあるかしら?」



「テーブル掛(か)けならあるわよ。

 これに描(か)くの? 大(おお)きいかしら。」



ルービィは巻(ま)いた生(き)地(じ)を棚(たな)から取(と)り出(だ)して

テーブルに広(ひろ)げた。



「ルービィも、レナが勉(べん)強(きょう)会(かい)の時(とき)、

 ずっとお絵(え)描(か)きしてるのは

 知(し)ってるでしょ?」



「えぇ。

 あなた、蔑(ないがし)ろにされてるのよねぇ。


 レナタは仕(し)事(ごと)に真(しん)摯(し)でも、

 それでは他(ほか)のフランジに

 示(しめ)しがつかないわねぇ。」



ルービィは腕(うで)を組(く)んでわたしを見(み)下(お)ろす。



喉(のど)からなにかが出(で)てきそうな、

不(ふ)安(あん)な気(き)分(ぶん)になる。



するとサンサがわたしの髪(かみ)を撫(な)でた。



「レナは将(しょう)来(らい)、

 アイリアみたいな画(が)工(こう)になりたいのよ。


 それでベッドの下(した)に色(いろ)々(いろ)隠(かく)してるわ。」



「えっ、なんで知(し)ってるのっ!」



サンサがわたしの秘(ひ)め事(ごと)を暴(あば)いたので、

大(おお)声(ごえ)を放(はな)ってしまった。



「わたしは知(し)ってたよ。」とメノー。



「ほら、ルービィを黙(だま)らせるくらい、

 巧(うま)く描(か)いてみせたらいいのよ。


 メノー、それ食(た)べたらもっと太(ふと)るわよ。」



メノーは器(うつわ)に置(お)かれた黄(き)色(いろ)の果(か)実(じつ)、

拳(こぶし)ほどあるダギラに手(て)を伸(の)ばした。



挿絵(By みてみん)



メノーの咀(そ)嚼(しゃく)音(おん)が耳(みみ)を擽(くすぐ)り、

イオスがソファに前(まえ)脚(あし)を伸(の)ばし、

何(なん)度(ど)も鳴(な)いてダギラを要(よう)求(きゅう)している。



アルまで隣(となり)に座(すわ)って待(ま)っていた。



サンサがわたしのチュニックから

木(もく)炭(たん)を取(と)り出(だ)して押(お)し付(つ)ける。



「…良(い)いの?」



「わたしがレナのやっていること、

 否(ひ)定(てい)したことあったかしら?」



彼(かの)女(じょ)から木(もく)炭(たん)を受(う)け取(と)って、

すぐに思(おも)い浮(う)かんだことを言(い)った。



「果(か)樹(じゅ)園(えん)からクァンを取(と)った時(とき)に…。」



「あったねぇ。」



メノーがダギラを頬(ほお)張(ば)って懐(なつ)かしむ。



「なにしたの?

 それ、おばあにも教(おし)えて。


 サンサはどうしてそんな大(だい)事(じ)なこと、

 わたしに報(ほう)告(こく)しないのかしらぁ。」



先(せん)日(じつ)のことを懐(なつ)かしむメノーと、

わたしを問(と)い詰(つ)めるルービィ。



わたしはそれで余(よ)計(けい)に恥(は)ずかしくて、

黙(だま)って布(ぬの)と絵(え)に向(む)き合(あ)った。



ダギラを貰(もら)えずにイオスが叫(さ)んでいる。



「酔(よ)っ払(ぱら)いはどうしてるの?」



「庭(にわ)で待(ま)たせてるわよ。


 外(そと)が騒(さわ)がしいから、

 新(しん)入(い)りのウントを教(きょう)育(いく)してるのね。」



わたしがメノーを描(か)いているあいだ、

サンサはルービィと館(やかた)について話(はなし)をする。



木(ぼっ)剣(けん)を打(う)ち合(あ)う乾(かわ)いた音(おと)が庭(にわ)に響(ひび)いて

応(おう)接(せつ)室(しつ)にまで聞(き)こえてくる。



「ウントに剣(けん)を渡(わた)したら

 ソーマを帰(かえ)そう思うわ。」



「あなたの企(たくら)み通(どお)りにいくのかしら。」



「彼(かれ)が自(じ)分(ぶん)自(じ)身(しん)を縛(しば)ってたのよ。」



「そんな風(ふう)には見(み)えなかったわよ。」



「加(か)齢(れい)と共(とも)に視(し)力(りょく)は衰(おとろ)えるのよねぇ。」



「メノーは黙(だま)ってなさい。」



メノーがおかしなことを言(い)ったせいで

ルービィに叱(しか)られている。



メノーが姿(し)勢(せい)を変(か)えたから、

わたしは布(ぬの)を横(よこ)に移(い)動(どう)させて

まだなにも描(か)いていない余(よ)白(はく)を探(さが)す。



「あなたはまだなにか企(たくら)んでるの?」



「人(ひと)聞(ぎ)きが悪(わる)いの悪(わる)い訊(たず)ね方(かた)ね、それ。


 人(にん)間(げん)は一人(ひとり)では生(い)きていけないけれど、

 誰(だれ)であれ、時(とき)には独(ひと)りになって、

 自(じ)分(ぶん)に向(む)き合(あ)う時(じ)間(かん)が必(ひつ)要(よう)なのよ。」



「…お祈(いの)りみたいな?」



サンサの言(こと)葉(ば)にわたしは訊(たず)ねた。



「似(に)ているわね。


 炭(すみ)がついてるわよ。」



サンサは頷(うなず)いて、

絵(え)を描(か)くわたしの顎(あご)を布(ぬの)で拭(ぬぐ)った。



「あんな男(おとこ)でも居(い)なくなると寂(さび)しい?」



「えぇー…。なんで?」



「わたしは寂(さび)しいわよ。


 みんな、いつかお別(わか)れが来(く)るのよ。

 突(とつ)然(ぜん)ね。」



「うん…。

 ウラも居(い)なくなりましたからね。」



わたしと同(おな)じメノーの部屋(へや)のフランジで、

春(はる)に入(はい)ってきたのがウラだった。



すぐに病(びょう)気(き)になってしまって、

病(びょう)院(いん)の別(べっ)館(かん)に隔(かく)離(り)されると、

彼(かの)女(じょ)はそのまま帰(かえ)ってこなかった。



入(い)れ替(か)わりで夜(よる)の館(やかた)にニクスが来(き)て、

ウラとは話(はな)すことがあったのに

なにも言(い)えずにお別(わか)れをしてしまった。



彼(かの)女(じょ)を思(おも)い出(だ)すと目(め)の周(まわ)りが熱(あつ)くなる。



「ウラの件(けん)は残(ざん)念(ねん)だったわねぇ。


 レナタも、彼(かの)女(じょ)の最(さい)期(ご)を

 看(み)取(と)ってくれてありがとう。


 つらかったでしょう。」



わたしは黙(だま)って首(くび)を横(よこ)に振(ふ)った。



「わたしへの労(ねぎら)いの言(こと)葉(ば)はぁ?」



「メノーは黙(だま)って

 レナタの為(ため)に動(うご)かないでっ。」



「ふぁい。」



ルービィがそんなことを言(い)ったから、

退(たい)屈(くつ)しているメノーは欠伸(あくび)をする。



「帰(かえ)ってからなにか問(もん)題(だい)はない?」



「物(ぶっ)騒(そう)な連(れん)中(ちゅう)が歩(ある)き回(まわ)ってるわね。


 今日(きょう)も忘(わす)れ物(もの)があったわよ。

 あなたがこちらに帰(かえ)ってきてからね。」



「ユヴィルの傭(よう)兵(へい)連(れん)中(ちゅう)ねぇ。」



「執(しゅう)念(ねん)深(ぶか)いわねぇ。


 手(て)切(ぎ)れ金(きん)を支(し)払(はら)ってあげたのに

 まだ催(さい)促(そく)に来(く)るのかしら。」



「脅(おど)せばお金(かね)が取(と)れるとでも

 思(おも)ってるんでしょう。」



ルービィがお金(かね)の話(はなし)を始(はじ)めたから、

サンサがわたしに目(め)で合(あい)図(ず)する。



「井(い)戸(ど)の水(みず)も、汲(く)み続(つづ)ければ

 いつかは涸(か)れることを知(し)らないのよ。


 学(がく)の無(な)い相(あい)手(て)って嫌(いや)になるわね。


 うちの子(こ)達(たち)は大(だい)丈(じょう)夫(ぶ)?」



「心(しん)配(ぱい)いらないわ。


 勉(べん)強(きょう)会(かい)もメノーに任(まか)せてあるし。


 鷹(たか)も戻(もど)ってきたのだから

 鼠(ねずみ)除(よ)けにはなるわよ。」



「鷹(たか)?」



挿絵(By みてみん)



鷹(たか)は狩(か)りを行(おこな)う肉(にく)食(しょく)の鳥(ちょう)類(るい)で、

山(やま)などの涼(すず)しい土(と)地(ち)を好(この)み、

人(にん)間(げん)を強(つよ)く警(けい)戒(かい)するので

街(まち)で見(み)かけるのは珍(めずら)しい。



赤(あか)土(つち)の丘(おか)では

今朝(けさ)のように羽(はね)を広(ひろ)げた姿(すがた)を見(み)た。



でもサンサ達(たち)の会(かい)話(わ)は

その鳥(とり)の鷹(たか)ではなかった。



「ラッガのことよねぇ。」



「どうして鷹(たか)なんですか?」



「オーブでは優(ゆう)秀(しゅう)な男(おとこ)に

 動(どう)物(ぶつ)の名(な)前(まえ)を与(あた)えて、

 獰(どう)猛(もう)な魂(たましい)にする為(ため)ね。


 空(そら)を飛(と)べるはずはないのにね。」



「ラッガと言(い)えば

 ネルタの子(こ)はどうしてるの?


 カヴァまで行(い)って拾(ひろ)わせたんでしょ?」



「心(しん)配(ぱい)しなくても

 ルービィは館(やかた)を売(う)らずに済(す)むわよ。」



「そんなお金(かね)に汚(きたな)い感(かん)じの訊(たず)ね方(かた)、

 してないでしょ。


 大(だい)丈(じょう)夫(ぶ)なのねぇ。

 フレヤとレイヤがずっと心(しん)配(ぱい)してたわ。」



「今日(きょう)は館(やかた)で待(たい)機(き)してるわよ。


 エルテルから手(て)紙(がみ)が来(き)てたのよ。


 ベリーがまた夏(なつ)服(ふく)を届(とど)けてくるからね。」



「もうそんな時(じ)期(き)なのねぇ。


 返(へん)礼(れい)も考(かんが)えないといけないわ。」



ベリーというひとはエルテル領(りょう)主(しゅ)の夫(ふ)人(じん)で、

サンサの養(よう)母(ぼ)にあたる。



夏(なつ)と冬(ふゆ)になると、

彼(かの)女(じょ)は作(つく)った服(ふく)を夜(よる)の館(やかた)に送(おく)ってくれる。



彼(かの)女(じょ)の作(つく)った服(ふく)を着(き)たドレイプの影(えい)響(きょう)で、

夜(よる)の館(やかた)から街(まち)の流(りゅう)行(こう)になることもある。



わたしは未(いま)だに会(あ)ったことがない。



「あのひとの楽(たの)しみなのだから

 気(き)を使(つか)う必(ひつ)要(よう)はないわよ。


 ニクスに衣(い)装(しょう)室(しつ)の鍵(かぎ)を預(あず)けたのよ。


 忙(いそが)しい時(とき)はレナも頼(たの)むといいわよ。」



「ニクスはいつもスーと一(いっ)緒(しょ)ですね。


 彼(かの)女(じょ)が来(き)てくれて

 わたしも助(たす)かってます。」



「いまごろ庭(にわ)で退(たい)屈(くつ)しているスーに

 付(つ)き合(あ)わされていると思(おも)うわ。」



「今日(きょう)もニクスは

 難(むずか)しそうな本(ほん)を見(み)てましたよ。


 あれもメノーの医(い)学(がく)書(しょ)ですか?」



目(め)を閉(と)じているメノーから返(へん)事(じ)はなく、

微(かす)かな寝(ね)息(いき)が聞(き)こえる。



彼(かの)女(じょ)は天(てん)井(じょう)を仰(あお)いで寝(ね)始(はじ)めた。



「あの子(こ)も好(こう)奇(き)心(しん)の塊(かたまり)よね。


 『正(せい)統(とう)記(き)』があったわ。


 ルービィが欲(ほ)しがってた本(ほん)を、

 マルフが持(も)ってきてくれたのよ。


 あなたが周(しゅう)遊(ゆう)に出(で)た日(ひ)にね。


 ニクスに預(あず)けているから

 しばらくは読(よ)めないわね。」



「いつでもいいわよ。

 どうせ要(い)らない本(ほん)なんだもの。」



「欲(ほ)しがっていた本(ほん)ではないのですか?」



要(い)らない本(ほん)を欲(ほ)しがるルービィ。



「わたしの持(も)ち物(もの)でもないし、

 所(しょ)在(ざい)を確(かく)認(にん)したかっただけだもの。


 どうせ読(よ)みはしないわ。


 マルフはわたしに媚(こ)びる為(ため)ではなく、

 サンサへの貸(か)しを返(かえ)したかっただけよ。


 わたしはあなたみたいに

 無(む)謀(ぼう)な買(か)い物(もの)はしないの。」



夜(よる)の館(やかた)の書(しょ)室(しつ)をガラクタ置(お)き場(ば)にした

サンサに向(む)かって言(い)っている。



メノーはダギラを手(て)にしたまま寝(ね)る。



サンサに言(い)われた通(とお)りに、

わたしはメノーを理(り)想(そう)化(か)して描(えが)く。



アルが床(ゆか)に伸(の)びたまま

果物(くだもの)をまだ狙(まだ)っていたけれど、

イオスはアルの尻尾(しっぽ)で遊(あそ)んでいた。



「このひとはまだ、

 ノーラとスーのことを

 言(い)ってるのかしら。」



「もういいのよ、あの二人(ふたり)のことは。


 あぁ、でもスーもいつか、

 ノーラみたいになるのかしらねぇ。」



「可(か)能(のう)性(せい)は否(ひ)定(てい)しないわよ。」



「あの子(こ)も高(たか)かったのよ?


 わたしはスーでまた

 石(いし)臼(うす)を回(まわ)すんだわ…。」



「ルービィ、また言(い)ってますよ。」



伝(つた)わるように溜(た)め息(いき)を吐(つ)く。



「だってぇ、レナタぁ。」



ルービィは泣(な)き言(ごと)を漏(も)らして

わたしの腰(こし)に抱(だ)きつく。



彼(かの)女(じょ)の服(ふく)に残(のこ)った

虫(むし)除(よ)けの香(かお)りが鼻(はな)を刺(し)激(げき)した。



ルービィはスーの未(み)成(せい)年(ねん)後(こう)見(けん)人(にん)になり、

街(まち)に高(たか)い保(ほ)証(しょう)金(きん)を支(し)払(はら)った。



そんなスーは自(じ)分(ぶん)の保(ほ)証(しょう)金(きん)を

財(ざい)産(さん)の所(しょ)有(ゆう)権(けん)と共(とも)に総(そう)督(とく)に売(ばい)却(きゃく)し、

ルービィに支(し)払(はら)い返(かえ)したという。



ルービィはスーの持(も)つ権(けん)利(り)を失(うしな)ったことを

いまも悔(く)いているのに、当(とう)のスーは

気(き)にする様(よう)子(す)を見(み)せたことがない。



「おばあはお金(かね)の心(しん)配(ぱい)ばかりし過(す)ぎよ。」



「あなたが『おばあ』って呼(よ)ばないでっ。


 2歳(さい)しか違(ちが)わないでしょっ!」



ルービィはよく分(わ)からない点(てん)で怒(おこ)るけれど、

捓(からか)うサンサはずっと子(こ)供(ども)っぽい。



「館(やかた)を退(しりぞ)いたのなら

 ルービィもノーラと差(さ)は無(な)いわよ。


 スーの将(しょう)来(らい)はどうなるかしらね。」



サンサに抱(だ)かれたアルが

ミャオと鳴(な)いて返(へん)事(じ)をした。



イオスは寝(ね)ているメノーの手(て)から

床(ゆか)に落(お)ちたダギラに飛(と)びかかり、囓(かじ)りつく。



アルも床(ゆか)に飛(と)び降(お)り、

前(まえ)脚(あし)でイオスの頭(あたま)を押(お)さえつけ、

ダギラを独(どく)占(せん)した。



「レナも、フランジの噂(うわさ)を

 耳(みみ)にしてるでしょ?」



「流(りゅう)言(げん)は好(この)まず。ではありませんか?」



「ここは夜(よる)の館(やかた)ではないわよ。」



決(き)まりを作(つく)り出(だ)したオーナーの、

ルービィが言(い)うのだから狡(ずる)い。



わたしは木(もく)炭(たん)の手(て)を止(と)めて考(かんが)える。



応(おう)接(せつ)室(しつ)が静(しず)まり、メノーの寝(ね)息(いき)と

ダギラを奪(うば)い競(きそ)う猫(ねこ)達(たち)の声(こえ)が響(ひび)く。



「スーは生(う)まれた時(とき)からずっと、

 この街(まち)で育(そだ)ってきたんですから。


 館(やかた)という庭(にわ)は、彼(かの)女(じょ)にとっては

 狭(せま)いのではないのでしょうか?」



こんなわたしの見(けん)解(かい)に、

サンサは口(くち)元(もと)を緩(ゆる)めて深(ふか)く頷(うなず)く。



「今日(きょう)もきっと、

 静(しず)かに待(たい)機(き)なんてしてないはずよ。」



サンサに抱(だ)かれたアルは静(しず)かになり、

イオスがダギラを抱(かか)えて

呻(うな)りながら咀(そ)嚼(しゃく)をした。



「ノーラと同(おな)じで、

 あの子(こ)もサンサの影(えい)響(きょう)を受(う)けてるのよ」



「スーはサンサより奔(ほん)放(ぽう)ですからね。」



「比(くら)べられても

 嬉(うれ)しくないわよ。」



わたしにまで言(い)われると、

サンサは強(つよ)く否(ひ)定(てい)できずに

下(した)唇(くちびる)を軽(かる)く噛(か)んで悔(くや)しがった。




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