わたしは土地から数字札を4枚、
朝と昼の2枚の星札を札立てに並べる。
「ニクスが先に札を並べる先手にしようか。
後手の私がニクスより優位な札を並べて、
これで1巡。
私の後がニクスの手番で、私よりも
優位な札を並べるのが2巡目ね。」
「持ってる札が同じ枚数なら、
先に札がなくなるわたしの方が、
不利にならない?」
「これは先手後手で10回ずつ、交互に2枚の札を
出し合う10巡ルール。
先手だからって不利にはならないよ。
確率を調べたらわからないけどね。
市場に並べる枚数は同じ20枚。
それまでに勝ちが決まらなかったら、
残りの手札の枚数が少ない方が、
勝ちになるよ。」
「…分かった。」
公平になるのかは疑問が残った。
「手番のひとは選んだ6枚の手札の中から、
2枚の札を選んでね。
1巡目の先手は、必ず数字を2枚。
2桁の数字になるように、
2枚を並べて表面を見せて。
2枚一組だから『貝札』っていうよ。
この貝札を並べて公開、
相手と比較する場所が市場ね。
あ、最初に置いた0の札の、
隣に並べてもダメだよ。
市場に置いた札は取り戻したり、
表にした札の前後を入れ替えたり、
後で差し替えたりはできないよ。」
最初にわたしが出した2桁の数字は4と5。

正確なルールが分からないので、
様子を見て手にした札の中から、
まずは低い数字を2枚選ぶ。
「左側が2桁目、右側が1桁目で、
左右に並べて、2桁の数字に
なるように置いてね。」
「こうすると、45の貝札でいいの?」
「組み合わせて公開した札が貝札ね。
お金の代わりに貝を使った、
なんて記録もあったよね。
貝札はそこが由来なのかな。
貝札も公開してから取り戻したり、
前後の入れ替えや、差し替えは
できないから覚えておいてね。
これで後手の私は、ニクスよりも
優位な値の貝札を出せないと負け。」
まだ1巡目なので、
彼女はわたしの出した45よりも、
大きな値の貝札が作れる。
「私の貝札は99ね。」

――え?
「確認なんだけれど…、
大きな値が優位なんだよね?」
彼女は2桁で最大の数値の貝札を出した。
「『優位な値』って言ってたのは、
つまり大きな値だね。
2桁なら99が最大の組み合わせだよね。
それで、これが『商品』の一つ。」
「商品?」
耳馴染みがない言葉の表現。
「2枚の数字札を、
条件に合うように組み合わせることで、
商売を効率的にする方法っていうのかな。
市場に並べた札の組み合わせで、
成立した商品の札の枚数だけ、
土地から手札に加えるんだよ。」
彼女は土地から2枚を選び、
札立てに加えて並べた。
「市場で商品を成立させて、
土地から手札に加えることを、
『報酬』っていうよ。」
「市場での組み合わせ…。
これは同じ数字だから?」
スーが頷く。
「同じ数字の商品で、
双札が成立するよ。
これで私より優位な貝札は、
出せなくなったね。」
この組み合わせで勝敗が決まっては、
遊びが成立しない。
先手が99を出せば、
先手が必ず勝ててしまう。
大きな値の組み合わせ以外で、
別の対処法が求められる。
「こういう時に星札を使うんだよね?」
「ニクスはさっきは、
2枚の数字札で貝札を作ったよね。
今度は、数字札の1枚を星札に変えて。」
「スーの札より優位になるの?」
「相手の出した貝札の値を、
星札で『相殺』できる仕組みだね。
時期が変わったことを示す札。」
「それなら、この札で優劣が逆転する?」
わたしは土地の中から、
二つの斜線が交差した札を手にとって、
彼女に見せる。
スーの猫の絵柄と同じ意味の恐慌札。
「逆順になるのは、
その恐慌札と夜の星札もだね。
逆順になるとニクスが言った通り、
組み合わせた大きな値は劣位に、
小さな値の組み合わせは優位になるよ。
開始時と朝、昼、夕のいずれかの
星札が最後に並べられた時は昇順ね。
逆順になる夜の星札と恐慌札は、
もう少し後で説明するね。
それから、自分の札を
相手に見せたらダメだよ。」
「あっ。いまのは無しね。」
わたしは恐慌札を土地に戻す。
「貝札に星札を含めると相殺以外にも、
『税』が発生するよ。
相手、この場合に出された私は、
ニクスの出した貝札に含まれる
星札の枚数に合わせて、
自分の土地からその枚数分、
手札に加えないといけない。
貝札に含まれる星札が1枚なら、
私は1枚だけ手札に加える。」
「相殺できても、
わたしは手札を増やせないんだ。」
星札と貝札にする数字札で、
次の商品を作らなければ、
手札はさらに減ってしまう。
手札を先に無くした方が勝ちだけれど、
彼女の説明からはわたしの勝ちは
まだ見えてこない。
「ニクスから見たら
相手に札を加えさせるから課税だけど、
星札が出された側は
『還付』とも言ったりするね。」
「変わった名前ばかりだね。」
商品による報酬に星札による税、
手札に加える時の見かたで名前が変わる。
「四時は商人を真似た遊びだもん。
ルールには商売に関連する名前が
付けられてるよ。
私は還付で手札に加え、次の手番では
直前に並べられた貝札の値に関係なく、
好きな数字の組み合わせが出せる。」
「税って得なのかしら…。」
わたしの呟きを、スーは聞き逃さない。
「税金は表向きには
みんなが等しく払うから、
社会の会費って言われてるんだよ。
物流の道路や災害から守る運河の保全にも
税金は使われてるよね。
疫病を防ぐ清潔な水、図書館に美術館、
神殿や緑地、公共の手洗い所、
街の防壁は税を納めた住民の
生活保障だね。」
防壁に守られ、水と緑の豊かな分水街は、
住民からの税収で成立している。
分水街に住むわたしも恩恵を受けていて、
税の全てを否定はできない。
「星札も上手に使えば、
得はあっても損は無いかもだよ。
手札が増えれば選択の幅も増える。
でも手札を先に
全部無くした方が勝ちになるのは、
忘れないでね。」
「星札を使って
手札が奇数になるように並べられたら、
勝ちから遠のくんだね。」
漠然と見ていただけの四時の札遊びも、
彼女の説明で仕組みが把握できた。
「こう並べると、双札になる?」
数字札の5と朝の星札を貝札にして、
わたしの市場にある45の後ろに置くと
5が2枚並び、同じ値で商品が出来る。

「察しが良いね。
貝札は必ず自分の市場に、
直近の貝札の隣に並べるんだよ。」
「だってサンサのを見てたから、
そのくらい分かるよ。」
以前、サンサとマルフの札遊びを見て、
進行は覚えていた。
「2桁目の札を前札、
1桁目を後札と呼ぶんだよ。
後札に続く形で新しい貝札を
同じ向きで置くようにすると、
市場みたいになるからね。」
馴染みのない名前も
由来を知ると覚えやすくなるので、
スーの説明は分かりやすかった。
「1巡目で並べた45の1桁目と、
2巡目で前札にした5の数字札で、
55の双札が成立したね。
商品は市場に新しく並べた貝札と、
隣り合う札でしか成立しないからね。」
「商品っていうのは、
他にも種類があるんだよね?」
「商品は3種類あるよ。
双札、十札、段札。
この名前で意味はなんとなく分かるかな?
自分の市場に置いた貝札で、
左右に並んだ数字札が
同じ値なら双札が成立だね。
同じ品物を一つ売るより、
まとめて買ってくれるひとに
安く売る商売方法だね。」
「同じものだとサンダル?」

「あはは。サンダルは
片方だけでは売らないよ。」
「あれ、本当だ…。
おかしなこと言ってたね、わたし。」
またわたしは無知を晒してしまった。
わたしには買い物の経験すらない。
「十札は足して10になる組み合わせ?」
その名前から予想すると
スーは笑顔を向ける。
「正解。
貝札で市場に並べた2枚の札の値が、
足して10になった時は十札だね。
3枚以上を足して10にしても、
成立しないよ。2・3・5とかね。
3枚以上の商品は別にあって、
確認が大変になるからかもね。
あ、1と0って並べて10に見せても、
足しても1だから十札は成立しないよ。」
「分かるよ、そのくらい。」
「十札は、2個で一つの使い方になる
包丁とまな板とか、蝋燭と手燭みたいな
組み合わせで売る方法だね。」
「これで成立した場合はどうなるの?」
市場には5が2枚、左右に並んでいる。
双札の商品が成立し、
値を足せば10になるので十札も成立する。
「ニクスが並べた札は、
商品が二つ成立して『連結』するよ。
双札と十札が連結した場合、
4枚の報酬を手札に加えてね。
報酬で手にする札は
多くても少なくてもダメだよ。」
わたしはまた商品を作れるように、
土地の札を選んで手札に加える。

「ニクスが並べた朝の星札で、
次に出せる星札は決まったから、
手札を確認してね。」
「この次に並べられるのは
昼の星札だよね。
スーにも影響する?」
「するよ。
太陽の位置を示す札だからね。
朝の次は昼、昼の次は夕、夕の次は夜、
そして夜の次は朝になるよ。
星札には『運行の原則』があって、
私が次に並べられる星札も
昼に限定される。
星札を2枚使って貝札にする時も、
運行の原則に従ってね。」
星札は太陽の位置を進めることができ、
朝、昼、夕、夜の順に、規則に従って
並べなければいけない。
ただし、例外がある。
「恐慌札はその原則を無視できるんだ。」
二つの鏃の先端が向き合った形の
恐慌札には、地平を示す横線が無い。
「併せて恐慌札も説明しようかな。
最後に並べられた絵札が恐慌札の時は、
夜の星札と同じで優位な値は逆転するよ。
恐慌札を自分の市場に並べた時は、
公開してある0の札、商人札を
手札に加える必要があるよ。」
「商人札っていうの? これ。」
「市場で商売をする時に、
店先に許可証を掲げるのと同じだね。」
「土地に置いてある0の札と同じだよね。」
「札の代わりに、
身分証を使ったりもするからね。」
「身分証?」
「ニクスはこれ、まだ持ってないんだね。」
スーは、首元に下げていた
胸のあいだの布袋から、
銅の板を取り出した。

彼女はフランジの中でも成年なので、
こうした身分証を持ち歩いている。
わたしは自分の身分を示すものを
持ったことがない。
「相手に裏面を向けていても
手札にした0の札だけは分かるから、
同じ札の形をしてなくてもいいんだよ。」
相手から星札が並べられた時に
土地から選んで手札に加える還付とは違い、
自分が恐慌札を出した時には手札の1枚が、
0だと相手に知られることになる。
「手札が奇数の時に
調整できたりもするよ。」
「使い勝手は良いのかな?」
「無秩序、なんて名前を冠した
札だけはあるからね。
市場を乱す効果があるよ。」
「でも小さな値の組み合わせが
優位になるんだよね?」
「うん。競技のルールはね。
夜の星札も恐慌札も、逆順には
ルール以外の理由があるよ。」
「他の理由?」
――『広く、深く考えなさい。』ね。
サンサの言葉が頭に浮かぶ。
「商人の商談を模してるから品物?
それが夜に関わってくるんだよね。
作物とか?」
「植物は確かに影響を受けるね。
日照時間が減れば、作物も育たない。
昔、日食が起きて
市場が混乱した時もあったね。」
日食は塔に独りで暮らしていた頃に起きた。
月が太陽のあいだに入って翳る現象に、
乳母達は天文学への理解を拒んで
酷く怯えて逃げ出した。
「他にも毛皮にも影響が出たりね。」
「冬毛だね。」
スーは頷いて説明を加える。
「冬毛の毛皮は、寒い季節には
買い手も増えて高く売れるね。
夏に買おうなんてひとは居ないから。
宝石や工芸品なんかも
恐慌の影響を受けたよね。」
「恐慌の?」
「恐慌は価値を揺るがすんだよ。
需給の均衡が崩れるんだね。
ある物の需要が極端に高まると、
供給が追いつかずに価値が高騰するよね。
天候に影響されやすい作物は顕著だね。
水害や干害なんかで作物の収穫が減ると、
流通量も減って物の価値が上がる。
食料は高値で売り買いされても、
生活に不必要な他のものは売れなくなる。
生活に要らない物は買い控えるよね。
ダギラはどうなるかな?
需要が減って市場に溢れたら
価値を保つことはできない。」
「ダギラっていうのはなに?」
耳馴染みのない奇妙な響きの名前。
「これからが旬でおいしい果物だね。
形はマリセスに似てるんだけど。」
マリセスは、南部では夏過ぎから
冬にかけてよく採れる黒色の果物で、
氷室での保存が利く。

夜の館では食堂横の貯蔵室前に置かれ、
拳ほどの大きさで食べ応えがある。
厨房長のヤゴウは
フランジに盗まれないように、
いつも警戒してわざと盗ませていた。
ヤゴウとフランジの
遊びの一環らしいけれど、
わたしは参加しなかった。
マリセスを盗んだスーのおかげで、
わたしは毎日、ナイフで皮を剥いている。
皮剥きはレナタから教わり、
研鑽を積んでいる最中で、
刃物の扱いが危うかった為に
ナイフを持つにはスーの許可が必要だった。
マリセスの皮を巧く剥いて、
好きなだけ食べられる日はまだまだ遠い。
「ダギラは皮まで薄黄色で、
夏季限定なんだよ。
薬として売られてたりするよ。」
「果物なのに薬なの?」
「栄養豊富で水分も多くて、
食欲が落ちる夏でも
食べやすいからだね。」
「苦くない薬もあるんだね。」
わたしの短絡的な考えにスーは笑う。
笑わせるつもりのない、ただの暴論だった。
「高級品として売る為かな。
栄養価の高いマリセスも、
夏にはダギラの代用品とまで
呼ばれちゃったりするね。」
「ダギラって、
もしかして大陸から来た名前?」
ダギラはマリセスに比べて発音が難しい。
「熟して落ちた果実が
犬の頭の上に落ちた様子から、
『犬殺し』って異名が付いたんだよ。」
「大陸語で犬殺しをダギラって言うんだ。」
「あははっ。言わないよ。
その言葉が訛って、
ダギラって呼ばれるようになっただけ。
鼠除けのラッガと同じで、
島の言葉の訛りなんだろうね。
ダギラも大陸由来の食べ物だから、
ニクスはまだ食べたことないんだね。
犬も猫も食べられる果物だよ。
初物は市場にもう出てるかな?」
「…話が逸れてるよ。」
言うとスーが笑ってから続ける。
「恐慌札の話だよね。」
「ところで、その恐慌ってなに?
日食や水害、干害に
そんな呼び方があるの?」
わたしは恐慌の定義を知らない。
「これも話は逸れるけど、
経済の現象を恐慌って呼ぶんだよ。
恐慌は経済の本にある単語だね。
直近ではエルテル風邪に起因するよ。
私達が生まれる前後に起きた恐慌だね。
価値の変動で貴族は資産を保持する為に、
食料や毛皮、貴金属を買い集めたんだよ。
『あなたの持っている金貨に
価値はありません。』って
突然言われたら、誰だって驚くもんね。
金貨に価値があるうちに、
別の価値のあるものに変えるんだね。
でも資産を持たない民衆は、
税金を支払わなくなって、
食料や水の確保を優先する。
貴族は蓄えて格差を広げ、
飢えた民衆は略奪を始めると、
やがて外に向けた侵略が起きる。
カヴァとネルタの戦争は、
この恐慌も影響してるね。」
――戦争…。
「運行の原則から逸脱すると、
無秩序な状態になる。
これが恐慌札の由来だね。
ちょっと難しい話だったかな?」
黙っていたわたしは首を横に振った。
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