いつもの庭のいつものテーブル。
サンサがいつも座る北側の椅子に、
今日はわたしが座らせられていた。
南側の椅子にはスーが座っていて、
アルは西側の椅子からテーブルに
前足を置いてこちらを見ている。
猫が食べられるお菓子は、
テーブルには置いていない。
まだ幼いイオスはわたしの太腿に挟まり、
食後の膨れたお腹を上にして寝ている。
札立てと呼ばれる木製の道具が、
わたしの目の前に置かれていた。
傾斜が掛かった状態で自立する板に、
札が立てられるだけの溝が彫られている。
「四時は船の上で貴族が始めた、
商人との商談を真似た札遊び、
という話はまだ覚えているよね。
自分の土地から品物になる札を選んで、
組み合わせたものを市場に並べて、
相手の品物より良い品物を出して競うんだよ。」
「品物っていうのが札?」
わたしが訊ねると、スーは頷く。
「2枚一組で優位な値を作って、
先に手札を無くすか、相手が自分より
優位な札を出せなくなったら勝ちだよ。
同じ種類と枚数の札から、
数字の組み合わせを競って
相手を包囲する遊びだね。
札の絵柄を楽しむことを
目的としたりもするけど、
駆け引きがあった方が楽しいから、
基本の10巡ルールを覚えて行こう。
ニクスならすぐ覚えられるよ。
このルールはとっても簡単。」
「…簡単?」
耳馴染みのない単語がいくつも並んだ。
「簡単簡単。」
今日は来客の予定もなく、
スーが作ってくれた札を使って、
四時の札遊びを教えて貰う日になった。
「札の種類は前に説明したけど、
ニクスは体調を崩してたから、
改めて説明するね。
0から9の数字札と記号を彫った星札、
その星札に関わる恐慌札があるよね。」
同じ数字が書かれた札は2枚ずつあり、
2種類の紋標が描かれている。
星札には鏃のような絵図があり、
地平線が引かれて上下左右は方角を示す。
先端が右向きの鏃が朝、上が昼、左が夕、
下が夜となり、太陽の位置を描く。
斜線が交差した絵図の札が恐慌札になる。
「まず札の配置を教えるね。
札立ての手前が自分の土地。
相手から見えない位置なら、
椅子の上やテーブルの網棚でもいいよ。
椅子や棚に置くと動きが忙しいから、
今日は優美にその札立てを使ってね。
サンサがやってたみたいに、
トレイで段差を作って隠すのもありだね。
土地には数字札と星札、
恐慌札をとりあえず全部置いて。
自分の好きな並びでいいよ。
次は数字札の0を1枚、
相手から見える位置に置いてね。」
札立ての前に、0と数字の書かれた
札を出してスーに見せる。
「土地の札は見せてはいけないけれど、
これは見せてもいいんだよね?」
「うん。
2枚あるうちの0の札を1枚だけ。
それ以外の、
相手に見せない土地の札は、
自分の領地の資源だと思ってね。
対等な資源で品物を競っていくよ。
土地に札を並べて、
準備が整ったら次の説明をするよ。」
首を捻りながら頷く。
数字を左側から値の小さい順に2段で並べ、
右端には4枚の星札を置く。
数字札と星札の22枚の札を並べて、
0の札と恐慌札は左端に上下に並べた。

「こんな感じだったかな?」
サンサの札の並べ方を再現してみたけれど、
精確さには欠けていた。
「次は並べた土地から6枚を選んで、
札立てに並べていってね。
そこに立てた札が手札になるからね。
表面を相手に見せたり、
札を重ねて枚数を隠すのもダメだよ。」
「なにを選んでも良いものなの?
選ぶ札の目安は?」
「まずは数字札の真ん中あたりの値の札を
4枚と、星札を2枚かな。
手札にした札を土地に戻したり、
差し替えたりはできないよ。
狡いやり方ができるもんね。」
数字の中央の値は0を除けば4・5・6。
札には同じ数字が2枚ずつあって
同じ数字でも、札の左上と右下に
刻まれた紋標は異なっている。
「この紋標になにか意味はあるの?」
わたしの札の紋標は杯と水瓶に見える。
「同じ数字の2枚を区別するものだから、
紋標の柄に特に意味はないよ。
でも私から見た場合に、
紋標は逆向きになって似てるから
紛らわしくなるよね?」
「確かに似てる。
…スーの絵は?」
「これが私の札ね。
動物の足跡。奇蹄と偶蹄。
馬や驢馬と、羊や牛だね。」
スーの持ってきた数字札は、
四隅全てに紋標が描かれている。
上半円に形作られた馬の蹄と、
先端の割れた羊の蹄。
これも札を逆向きにすると、
紋標がそれとなく似て見える。
「綺麗な札だね。
これもスーが作ったの?」
「こんなに巧くは彫れないよ。
これはサンサが、
知り合いの『道楽者』に
作って貰ったんだって。
道楽にしては巧いよね。
市場で売られてても、
おかしくない出来だもんね。
制作者は誰なんだろ。
私がこの館に来た時に、
サンサから貰ったんだよ。
ニクスもこの札を使いたくなったら、
いつでも使って良いよ。」
「わたしはこれを大切に使うよ。」
「あはは。ありがとう。
それはまだニスをしてないから、
すぐに悪くなるよ。
私の作った札を比べられると、
なんだか恥ずかしいね。」
木材の保護には
ニスと呼ばれる樹脂を表面に塗ることで、
細かな傷や湿気から木を守れる。
舞踏室で見たドレイプが使う弦楽器も、
表面に艶の出るニスが塗られているのは、
見栄え以外の理由もあった。
「今度、手入れの方法を
調べてやってみるね。」
「ニスなら道具倉庫にあったかな?
あ、話が逸れちゃった。」
「本当だ。
サンサにまた言われるよ。」
サンサのいない日陰の庭で、
わたし達は笑い合う。
「始める前に、お互いの札を
確認しなくちゃいけないんだけど。
四時は絵柄を自由にできても、
両者の合意の上でやるものだから。」
スーは絵が描かれた5枚の札を見せる。
「スーの星札は動物だね。」
星札の上下左右の縁近に、星になる点が
1枚に一つだけ彫られている。
点が右・上・左・下、そして右に戻り、
4枚の札で円弧を描き、天体の運行のように
星が札の縁を1周する様子が分かる。
札の短辺には下側に横線が彫られ、
この線が示す大地の上に動物が描かれる。


「全て星座? 猫も?」
札の中央に座って佇む黒い猫の姿。
この札には星が描かれていない。
「星座は関係ないよ。
これは恐慌札だね。
この札の使い方は後でするね。
サンサが言うには、
猫は気紛れだからなんだって。
ほら、アルが描かれてる。」
恐慌札は太陽の位置や
天体の運行に関係なく、
疫病や天災を表す札と言っていた。
アルが鳴き声で不満を顕わにし、
寝ていたイオスも起きてそれを真似した。
「この点の位置が太陽。
この動物は季節を描いた星札。
絵札や季節札なんて呼んだりもするよ。
この4枚が星札ね。
東から昇る太陽は朝を示して、
牛は土を起こす春の輓獣だね。
昼は羊になるよ。
夏になればもうすぐ毛刈りが始まるよね。
馬は夕刻。
沈む日を追いかける秋の姿かな。」
「夜の兎は雪?」
「厳寒の冬でもおいしいからね。」
「なにそれ。」
スーが言って笑ったので、わたしも笑った。
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