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金貨の娘  作者: 美穂
第4章 月夜の光

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第4章 第1節 教養の鍵(第1項)

どこかでビャオォと、

掠(かす)れた子(こ)猫(ねこ)の声(こえ)がする。



瞼(まぶた)の向(む)こう側(がわ)を影(かげ)が横(よこ)切(ぎ)り、

わたしは昼(ひる)寝(ね)から目(め)を覚(さ)ました。



昼(ちゅう)食(しょく)の後(あと)、わたしは日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)で

メノーから借(か)りた難(むずか)しい本(ほん)を読(よ)み、

椅(い)子(す)に座(すわ)ったまま疲(つか)れて寝(ね)ていた。



挿絵(By みてみん)



「あら、起(お)きたわね。」



胸(むな)元(もと)にあった毛(もう)布(ふ)を膝(ひざ)に落(お)として、

サンサの声(こえ)のした方(ほう)向(こう)を見(み)た。



「こんな場(ば)所(しょ)でずっと寝(ね)てたら、

 レナみたいに日(ひ)焼(や)けするわよ。」



彼(かの)女(じょ)が北(きた)側(がわ)の椅(い)子(す)から立(た)ち上(あ)がり、

その冷(つめ)たい瞳(ひとみ)でわたしに呼(よ)び掛(か)ける。



挿絵(By みてみん)



「案(あん)内(ない)するわ。

 もう暖(あたた)かくなってきたから、

 あなたのコートを片(かた)付(づ)けるのよ。


 衣(い)装(しょう)室(しつ)にはまだ入(はい)ったことないでしょ?」



サンサは青(せい)銅(どう)の鍵(かぎ)を摘(つま)んで見(み)せる。



彼(かの)女(じょ)の白(しろ)く細(ほそ)い腕(うで)には、

総(そう)督(とく)のマルフから貰(もら)った、

白(はく)羊(よう)毛(もう)のコートがあった。



「暑(あつ)い…。」



わたしは呟(つぶや)いてから、

毛(もう)布(ふ)を折(お)り重(かさ)ねて椅(い)子(す)に掛(か)けた。



庭(にわ)の日(ひ)陰(かげ)が短(みじか)くなっていて、

外(そと)の空(くう)気(き)は汗(あせ)が滲(にじ)むくらいに暑(あつ)い。



足(あし)先(さき)に触(ふ)れたなにかを見(み)ると、

テーブル下(した)の玉(たま)石(いし)にアルが居(い)た。



挿絵(By みてみん)



「南(なん)部(ぶ)に比(くら)べると分(ぶん)水(すい)街(がい)って夏(なつ)は暑(あつ)いし、

 冬(ふゆ)も雪(ゆき)は降(ふ)らないのに寒(さむ)いのよね。」



業(ぎょう)者(しゃ)に洗(あら)って貰(もら)ったコートを押(お)し付(つ)けられ、

わたしはそれを両(りょう)腕(うで)で重(かさ)ねる。



黄(き)色(いろ)く、毛(け)が硬(かた)くなっていたコートは、

以(い)前(ぜん)より白(しろ)く柔(やわ)らかさがあるように感(かん)じた。



分(ぶん)水(すい)街(がい)を見(み)て歩(ある)き、気(き)付(づ)いたことがある。



2階(かい)建(だ)ての夜(よる)の館(やかた)は、

この街(まち)では比(ひ)較(かく)的(てき)低(ひく)い建(たて)物(もの)になる。



川(かわ)沿(ぞ)いにある中(ちゅう)流(りゅう)階(かい)級(きゅう)の住(じゅう)宅(たく)地(ち)になると、

4階(かい)建(だ)ての建(たて)物(もの)が雑(ざっ)多(た)に密(みっ)集(しゅう)していた。



夜(よる)の館(やかた)はあくまで娼(しょう)館(かん)であって、

王(おう)の住(す)む城(しろ)でもなければ、

貴(き)族(ぞく)や上(じょう)流(りゅう)階(かい)級(きゅう)の邸(てい)宅(たく)でもない。



建(たて)物(もの)は高(たか)過(す)ぎず、敷(しき)地(ち)は広(ひろ)過(す)ぎず、

部屋(へや)は多(おお)過(す)ぎない。



塀(へい)と低(ひく)い建(たて)物(もの)に囲(かこ)まれた庭(にわ)は明(あか)るく、

居(きょ)住(じゅう)性(せい)に優(すぐ)れ、調(ちょう)度(ど)品(ひん)は品(ひん)格(かく)があり、

常(つね)に清(せい)潔(けつ)さが求(もと)められる。



孤(こ)児(じ)と女(おんな)達(たち)が働(はたら)く環(かん)境(きょう)で見(み)ても、

この館(やかた)は程(ほど)良(よ)い収(おさ)まりになっていた。



サンサの後(うし)ろを歩(ある)き、

貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)の横(よこ)の階(かい)段(だん)を上(あが)って、

近(ちか)くにある南(なん)西(せい)側(がわ)の部屋(へや)に案(あん)内(ない)された。



挿絵(By みてみん)



アルが尻尾(しっぽ)を立(た)ててわたしを見(み)上(あ)げる。



「ここがわたしとメノーの衣(い)装(しょう)室(しつ)ね。


 フランジが侵(しん)入(にゅう)して遊(あそ)ぶから、

 ドレイプが管(かん)理(り)するように、

 オーナーのルービィに言(い)われてるのよ。」



言(い)いながら鍵(かぎ)を開(あ)けた。



スーでもこの部屋(へや)の鍵(かぎ)は持(も)っていない。



館(やかた)の南(みなみ)側(がわ)と北(きた)側(がわ)の2階(かい)には、

ドレイプが使(つか)う衣(い)装(しょう)室(しつ)が並(なら)ぶ。



「なにこの臭(しゅう)気(き)…。」



鼻(び)腔(くう)に微(かす)かな痛(いた)みを覚(おぼ)える刺(し)激(げき)臭(しゅう)。



「防(ぼう)虫(ちゅう)剤(ざい)の香(かお)りよ。


 小(ちい)さな生(せい)物(ぶつ)が嫌(きら)うこの匂(にお)いの成(せい)分(ぶん)で、

 虫(むし)が糸(いと)のあいだに入(はい)るのを防(ふせ)ぐの。」



衣(い)装(しょう)室(しつ)は窓(まど)もなく暗(くら)く、

サンサに指(し)示(じ)されながら、

扉(とびら)から入(はい)る光(ひかり)だけを頼(たよ)りに、

コートをハンガーに掛(か)けた。



アルは部屋(へや)に入(はい)らず、

外(そと)廊(ろう)下(か)でお腹(なか)を床(ゆか)に当(あ)てて伸(の)びている。



「貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)と同(おな)じ理(り)由(ゆう)なんだ。


 食(た)べ物(もの)や調(ちょう)味(み)料(りょう)が無(な)いから、

 匂(にお)いが違(ちが)うのかな。」



「貯(ちょ)蔵(ぞう)室(しつ)は木(もく)炭(たん)で除(じょ)湿(しつ)しつつ、

 食(た)べ物(もの)に防(ぼう)虫(ちゅう)剤(ざい)の臭(しゅう)気(き)が付(つ)かないように

 脱(だっ)臭(しゅう)してるのよ。


 こちら側(がわ)がわたしとスーが使(つか)ってる列(れつ)。


 ニクスも服(ふく)を買(か)うようになったら、

 好(す)きに使(つか)っていいわよ。


 あちら側(がわ)はメノーとレナの列(れつ)ね。


 ウラの服(ふく)もまだ残(のこ)ってるわね。


 どれか着(き)てみる?」



東(ひがし)側(がわ)のメノーとレナタ達(たち)の服(ふく)は、

この部屋(へや)の半(はん)分(ぶん)を占(し)めている。



サンサ達(たち)の服(ふく)はスーの服(ふく)を含(ふく)めても、

壁(かべ)側(がわ)の一(いち)列(れつ)も埋(う)まっていない。



「メノーとレナタって、

 こんなに服(ふく)を持(も)ってるんだ。」



「お姫(ひめ)様(さま)のものではないから、

 許(きょ)可(か)もなく触(さわ)ってはダメよ。」



「サンサが選(えら)ぶように誘(ゆう)導(どう)したのよね。」



東(ひがし)側(がわ)の服(ふく)の袖(そで)を摘(つま)んだわたしを、

唆(そそのか)したサンサが諫(あさ)む。



彼(かの)女(じょ)もスーも

わたしをお姫(ひめ)様(さま)と呼(よ)んで捓(からか)うので、

そこは好(この)ましく思(おも)わない。



それでもサンサの指(し)摘(てき)した通(とお)りで、

勝(かっ)手(て)に服(ふく)に触(ふ)れた行(こう)為(い)をわたしは反(はん)省(せい)する。



「これ全(すべ)て着(き)てるの?」



「メノーより以(い)前(ぜん)にノーラという子(こ)が居(い)て、

 その子(こ)が置(お)いていったのよ。


 メノーが着(き)られるようにって。


 他(ほか)は養(よう)母(ぼ)のベリーからの頂(ちょう)戴(だい)物(もの)ね。

 エルテル領(りょう)の。」



暗(くら)くても服(ふく)の種(しゅ)類(るい)や色(いろ)の豊(ほう)富(ふ)さが分(わ)かる。



「はい、これ。」



コートの次(つぎ)は、紺(こん)色(いろ)の紐(ひも)の付(つ)いた

青(せい)銅(どう)の鍵(かぎ)を押(お)し付(つ)けられた。



挿絵(By みてみん)



この衣(い)装(しょう)室(しつ)の鍵(かぎ)だった。



「この部屋(へや)の管(かん)理(り)は、

 これからニクスがしなさい。」



「えっ? なんで?」



「責(せき)任(にん)者(しゃ)は、仕(し)事(ごと)を下(した)の者(もの)に

 委(ゆだ)ねることができるのよ?」



「下(した)の者(もの)の責(せき)任(にん)を取(と)るのが、

 責(せき)任(にん)者(しゃ)の仕(し)事(ごと)だよね?」



サンサの言(い)い分(ぶん)に反(はん)論(ろん)した。



「ニクスは失(しっ)敗(ぱい)を恐(おそ)れているのね。」



「…失(しっ)敗(ぱい)は想(そう)像(ぞう)できるよ。


 だからスーに任(まか)せたら?」



「想(そう)像(ぞう)できるのなら聞(き)くけれど、

 あの子(こ)にこの部屋(へや)の管(かん)理(り)を

 期(き)待(たい)しても良(い)いのかしら。」



スーは仕(し)事(ごと)を手伝(てつだ)っては、

レナタに迷(めい)惑(わく)を掛(か)けていた。



スーのベッドはいまも羊(よう)皮(ひ)紙(し)に埋(うず)もれ、

上(うわ)着(ぎ)が脱(ぬ)ぎ散(ち)らかされている。



サンサの言(こと)葉(ば)になにも返(かえ)せない時(じ)点(てん)で、

ここに居(い)ないスーに悪(わる)い気(き)がする。



「手(て)燭(しょく)は持(も)ち込(こ)まない。


 ランタンも部屋(へや)の奥(おく)には入(はい)れない。


 外(そと)廊(ろう)下(か)にある消(しょう)火(か)用(よう)の瓶(かめ)には、

 水(みず)を入(い)れて、蓋(ふた)をしておくこと。


 つまり注(ちゅう)意(い)する点(てん)は火(ひ)の扱(あつか)いくらいね。


 服(ふく)で遊(あそ)ばないこと、と言(い)っても、

 もう幼(おさな)い子(こ)供(ども)ではないのだから、

 あなたに言(い)う必(ひつ)要(よう)ないでしょ。


 鍵(かぎ)は無(な)くしてしまっても、

 従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)に言(い)えば鍵(かぎ)屋(や)が取(と)り替(か)えるわよ。


 無(な)くす頻(ひん)度(ど)が高(たか)いようなら

 オーナーに叱(しか)られるけれど、

 無(な)くしたままにする方(ほう)が危(あぶ)ないわね。


 防(ぼう)虫(ちゅう)剤(ざい)の取(と)り替(か)えは定(てい)期(き)的(てき)にやるから、

 従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)かレナにでも聞(き)きなさい。


 さぁ、一(いち)度(ど)部屋(へや)に行(い)くわよ。」



背(せ)を向(む)けたサンサに従(したが)い、

わたしは衣(い)装(しょう)室(しつ)を出(で)て、

その扉(とびら)の鍵(かぎ)をかけた。



――なんだか、ニースだわ…。



言(い)い包(くる)められたわたしは、

キャシュクの帯(おび)紐(ひも)に衣(い)装(しょう)室(しつ)の鍵(かぎ)を下(さ)げた。




 ◆




挿絵(By みてみん)



フランジの寝(しん)室(しつ)棟(とう)にある南(なん)端(たん)の部屋(へや)は、

教(きょう)育(いく)室(しつ)と呼(よ)ばれている。



「遅(おそ)くなったわね。」



部屋(へや)に入(はい)ってすぐ、

大(おお)勢(ぜい)の目(め)がサンサとわたしに集(しゅう)中(ちゅう)する。



階(かい)段(だん)状(じょう)に盛(も)り上(あ)がった床(ゆか)に、

フランジの顔(かお)があった。



彼(かの)女(じょ)達(たち)の後(うし)ろにはドレイプも居(い)る。



「みんなニクス目(め)当(あ)てなんでしょ。

 呆(あき)れるわね。」



わたしは屈(かが)み、

抱(かか)えていたアルを床(ゆか)に下(お)ろす。



入(い)り口(ぐち)から正(しょう)面(めん)奥(おく)の椅(い)子(す)にサンサが座(すわ)り、

その隣(となり)の椅(い)子(す)にアルが座(すわ)った。



彼(かの)女(じょ)は抱(かか)えていた本(ほん)をテーブルに広(ひろ)げる。



部屋(へや)から持(も)ってきた厚(あつ)い本(ほん)は、

マルフ総(そう)督(とく)から貰(もら)った本(ほん)だった。



初(はじ)めて入(はい)ったこの部屋(へや)に、

わたしの居(い)場(ば)所(しょ)はない。



みんなの正(しょう)面(めん)に立(た)って、好(こう)奇(き)の目(め)を向(む)ける

フランジやドレイプに困(こん)惑(わく)させられる。



わたしに微(び)笑(しょう)するフランジ、

隣(となり)のドレイプに囁(ささや)いて笑(わら)い、

その言(こと)葉(ば)に頷(うなず)く女(おんな)達(たち)。



正(しょう)面(めん)にスーとレナタを見(み)かけた。



挿絵(By みてみん)



二人(ふたり)は手(て)元(もと)に夢(む)中(ちゅう)で、

わたしに気(き)付(づ)いていない。



レナタは隣(となり)に座(すわ)るメノーを見(み)て、

板(いた)に嵌(は)めた布(ぬの)に木(もく)炭(たん)で絵(え)を描(か)いている。



挿絵(By みてみん)



「さて、改(あらた)めてわたしから軽(かる)く、

 みんなを紹(しょう)介(かい)しましょうか。


 ニクスはそのままそこに立(た)ってて。


 奥(おく)に座(すわ)ってるのがドレイプね。


 館(やかた)を支(ささ)えてくれる姉(あね)達(たち)よ。


 あなた達(たち)は背(せ)筋(すじ)を伸(の)ばして、

 胸(むね)を張(は)って飾(しょく)緒(しょ)を見(み)せて。


 左(ひだり)奥(おく)からレデとジールの姉(し)妹(まい)、

 カーミャ、ハーリャ、ボーシュの三(さん)姉(し)妹(まい)、

 戒(いまし)めのミュパと、好(こう)奇(き)心(しん)の塊(かたまり)のセセラね。


 メノーは紹(しょう)介(かい)する必(ひつ)要(よう)ないでしょ。


 この勉(べん)強(きょう)会(かい)の常(じょう)連(れん)よ。」



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



部屋(へや)の奥(おく)に座(すわ)るドレイプは手(て)を振(ふ)り、

目(め)立(だ)つのに存(そん)在(ざい)感(かん)をさらに主(しゅ)張(ちょう)している。



化(け)粧(しょう)をして、鮮(あざ)やかなキャシュクに飾(かざ)り布(ぬの)。



豊(ゆた)かな胸(むな)元(もと)に金(きん)糸(し)の飾(しょく)緒(しょ)を垂(た)らしている。



「フランジはもう覚(おぼ)えたかしら。


 シリィ、テミニン、ポワン。

 それとサャーミ、スレマ、カサドラの

 新(しん)入(い)り3人(にん)組(ぐみ)ね。」



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



労(ろう)働(どう)体(たい)験(けん)で一(いっ)緒(しょ)に働(はたら)いた子(こ)達(たち)以(い)外(がい)に、

館(やかた)で見かけない女(おんな)達(たち)の姿(すがた)もあった。



「せっかくだから、

 館(やかた)の賑(にぎ)やかな従(じゅう)業(ぎょう)員(いん)3人(にん)も、

 紹(しょう)介(かい)しておきましょうか。」



3人(にん)共(とも)に、淡(あわ)いピンク色(いろ)のリボンで

髪(かみ)をまとめて化(け)粧(しょう)までしているので、

下(した)働(ばたら)きの彼(かの)女(じょ)達(たち)に気(き)付(づ)かなかった。



「キーア、ナディ、メグ。


 彼(かの)女(じょ)達(たち)は元(もと)はフランジで

 この棟(とう)の上(うえ)の階(かい)に住(す)んでるわ。


 これで全(ぜん)員(いん)紹(しょう)介(かい)したかしら。」



挿絵(By みてみん)



「ボナとファウナは?」メノーが言(い)った。



「セセラ、知(し)ってる?」



サンサが、奥(おく)に座(すわ)っている

黒(くろ)髪(かみ)のドレイプに呼(よ)び掛(か)けた。



「あのひとのことだもの、

 部屋(へや)に籠(こ)もって、大(たい)陸(りく)の本(ほん)でも

 読(よ)んでるんですよぉ。


 女(おんな)でも子(こ)供(ども)には興(きょう)味(み)ないもの。」



「わたしも興(きょう)味(み)ないわよぅ。


 立(りっ)派(ぱ)なお髭(ひげ)と胸(むな)毛(げ)の豊(ゆた)かなひとが

 いいわね。」



セセラが横(よこ)目(め)にして言(い)うと

隣(となり)に座(すわ)る金(きん)髪(ぱつ)のドレイプ、

円(つぶら)な瞳(ひとみ)のミュパが冗(じょう)談(だん)を言(い)って笑(わら)う。



「あの二人(ふたり)は趣(しゅ)味(み)で忙(いそが)しいから、

 こんな見(み)世(せ)物(もの)小(ご)屋(や)に

 来(く)る必(ひつ)要(よう)もないわよ。」



みんな微(び)笑(しょう)して頷(うなず)き、同(どう)意(い)した。



「見(み)世(せ)物(もの)小(ご)屋(や)って。」



サンサの表(ひょう)現(げん)で、彼(かの)女(じょ)達(たち)の正(しょう)面(めん)に

立(た)たされた見(み)世(せ)物(もの)のわたしは、

不(ふ)満(まん)に近(ちか)い呟(つぶや)きが漏(も)れ出(で)た。



「来(く)るものは選(えら)び、去(さ)るものは追(お)わず。

 って聞(き)いたことあるわよね。」



スーが言(い)っていた館(やかた)の決(き)まりに、

わたしは首(くび)を縦(たて)に振(ふ)った。



サンサが続(つづ)ける。



「夜(よる)の館(やかた)というのは

 娼(しょう)館(かん)とは名(な)前(まえ)が違(ちが)うだけで、

 貴(き)族(ぞく)や上(じょう)流(りゅう)階(かい)級(きゅう)の資(し)産(さん)家(か)を

 相(あい)手(て)にする公(こう)娼(しょう)館(かん)よね。


 でもお金(かね)を払(はら)えば、

 誰(だれ)でも入(はい)れる場(ば)所(しょ)ではないの。


 この館(やかた)はお客(きゃく)さんに対(たい)し、

 なにを標(ひょう)準(じゅん)に選(せん)別(べつ)するか、

 知(し)らない子(こ)も居(い)るわね。


 ニクスはその標(ひょう)準(じゅん)を考(かんが)えて、

 言(い)ってみなさい?」



彼(かの)女(じょ)に問(と)われて考(かんが)える。



「資(し)産(さん)を持(も)っている前(ぜん)提(てい)なんだよね?


 金(きん)額(がく)の話(はなし)ではなくて?」



「お金(かね)を持(も)っているのは当(とう)然(ぜん)よ。


 その程(てい)度(ど)なら銀(ぎん)行(こう)が調(ちょう)査(さ)するわ。

 他(ほか)には?」



「他(ほか)? 血(けっ)統(とう)とか?」



サンサは頷(うなず)いて肯(こう)定(てい)する。



「手(て)紙(がみ)のやり取(と)りで相(あい)手(て)を決(き)めるの。」



「違(ちが)うのになんで頷(うなず)いたのさ。」



彼(かの)女(じょ)はわたしを捓(からか)う為(ため)に、

ただ頷(うなず)いただけだった。



「わたし達(たち)の下(した)の10番(ばん)部屋(べや)、

 ドレイプのボナは、認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)という

 仕(し)事(ごと)をしてるのよ。


 フランジのファウナはその補(ほ)佐(さ)ね。


 彼(かの)女(じょ)達(たち)は届(とど)く手(て)紙(がみ)の振(ふ)り分(わ)けや、

 内(ない)容(よう)の検(けん)閲(えつ)なんかをしてるわ。


 不(ふ)快(かい)な手(て)紙(がみ)を渡(わた)されても困(こま)るものね。


 文(も)字(じ)の読(よ)み書(か)き程(てい)度(ど)は、

 ドレイプになる子(こ)は必(ひっ)修(しゅう)だけれど、

 認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)になるにはドレイプ以(い)上(じょう)に、

 大(たい)陸(りく)語(ご)の教(きょう)養(よう)が無(な)ければ務(つと)まらない。


 字(じ)の汚(きたな)い手(て)紙(がみ)は論(ろん)外(がい)ね。


 お客(きゃく)さんの品(ひん)性(せい)は、館(やかた)の品(ひん)格(かく)に繋(つな)がる。


 偽(ぎ)貨(か)が混(ま)ざらないように、

 見(み)分(わ)ける大(だい)事(じ)な仕(し)事(ごと)ね。


 ニクスの知(ち)識(しき)で務(つと)まるかしら。」



わたしは首(くび)を横(よこ)に振(ふ)った。



「認(にん)証(しょう)管(かん)理(り)がやりたいのなら、

 やらせてあげるわよ。」



サンサはわたしの考(かんが)えなど

受(う)け入(い)れたりしない。



「サンサはわたしに、なにをさせたいの?」



「さて、お姫(ひめ)様(さま)はお勉(べん)強(きょう)をご所(しょ)望(もう)なのね。


 みんなが待(ま)ちに待(ま)っていた、

 勉(べん)強(きょう)会(かい)をしましょうか。」



「待(ま)っ…。」



――お姫(ひめ)様(さま)って!



わたしの出(しゅつ)自(じ)を明(あ)かすのかと思(おも)ったのに、

みんなは笑(わら)って聞(き)き流(なが)している。



「ニクスの紹(しょう)介(かい)がまだだわ。」



「サンサは二人(ふたり)も独(ひと)り占(じ)めして狡(ずる)いわ。」



「たまにはアルを貸(か)しなさいよ。」



それぞれ不(ふ)満(まん)の声(こえ)を放(はな)つドレイプの中(なか)、

最(さい)後(ご)に言(い)ったのはミュパになる。



「意(い)見(けん)があるのなら、

 前(まえ)に出(で)て立(た)ちなさい。


 わたしの代(か)わりに、

 この勉(べん)強(きょう)会(かい)を取(と)り仕(し)切(き)れる子(こ)なら

 耳(みみ)を貸(か)すわよ。」



サンサがテーブルを指(ゆび)先(さき)で小(こ)突(づ)くと、

奥(おく)に座(すわ)るドレイプは一(いっ)斉(せい)に黙(だま)ってしまった。



こうしたやり取(と)りを冗(じょう)談(だん)と受(う)け取(と)り、

ドレイプの顔(かお)は笑(わら)っている。



「この勉(べん)強(きょう)会(かい)はもう10年(ねん)もやってるけれど、

 初(しょ)回(かい)から出(しゅっ)席(せき)してるのは、館(やかた)に残(のこ)ってる

 メノーとレナくらいになったわね。」



――10年(ねん)も…?

  10歳(さい)のレナタは生(う)まれた時(とき)から、

  この館(やかた)に居(い)たのかしら?



わたしは思(おも)い浮(う)かんだその疑(ぎ)問(もん)を

広(ひろ)く、深(ふか)く考(かんが)える。



サンサは持(も)ってきた本(ほん)を、

細(ほそ)い指(ゆび)で優(やさ)しく撫(な)でるように捲(めく)り語(かた)る。



アルは後(うし)ろ足(あし)だけで立(た)ち、

テーブルには前(まえ)足(あし)を置(お)いて、

サンサの持(も)ってきた本(ほん)を横(よこ)で見(み)つめていた。



「みんなに良(い)いお知(し)らせがあるわよ。


 わたしが休(きゅう)養(よう)日(び)に勉(べん)強(きょう)会(かい)を開(ひら)いて、

 みんなの前(まえ)に立(た)って教(おし)えることは、

 もう辞(や)めようと思(おも)うの。」



「えぇーっ!」



真(まっ)先(さき)に驚(おどろ)きの声(こえ)を放(はな)ったのは、

前(まえ)に座(すわ)っていたメノーだった。



他(ほか)のドレイプも顔(かお)を見(み)合(あ)わせて、

サンサの真(しん)意(い)を測(はか)りかねている。



「ありがと、メノー。


 勉(べん)強(きょう)会(かい)そのものを無(な)くすと、

 ルービィもいい顔(かお)はしないわね。


 一人(ひとり)のドレイプが無(む)知(ち)や無(む)学(がく)を晒(さら)せば、

 その子(こ)だけではなく、館(やかた)全(ぜん)体(たい)の評(ひょう)判(ばん)に

 傷(きず)がつくのは、想(そう)像(ぞう)できるでしょ?


 そこでわたしは、

 信(しん)頼(らい)できる後(こう)任(にん)を立(た)てることにしたわ。」



わたしの背(せ)筋(すじ)が震(ふる)えた。



――なんだか、嫌(いや)な予(よ)感(かん)がするわ。



「賛(さん)成(せい)っ! 賛(さん)成(せい)ぇ!」



そんな中(なか)、目(め)の前(まえ)で挙(きょ)手(しゅ)して、

同(どう)意(い)する主(しゅ)張(ちょう)の激(はげ)しいメノー。



「勉(べん)強(きょう)熱(ねっ)心(しん)で、勉(べん)強(きょう)会(かい)に顔(かお)を見(み)せない、

 レデとジールでもいいのだけれど…。


 照(て)れなくていいわよ。褒(ほ)めてないもの。

 ミュパでもないわよ。座(すわ)りなさい。


 あなた達(たち)が辞(じ)退(たい)する前(まえ)に、

 指(し)名(めい)しないから先(さき)に詫(わ)びておくわね。

 

 この中(なか)でも奇(き)妙(みょう)な方(ほう)向(こう)に研(けん)鑽(さん)を積(つ)んだ、

 1番(ばん)部屋(べや)のドレイプ、メノーに頼(たの)むわ。」



「賛(さん)…はっ、反(はん)対(たい)っ! 反(はん)対(たい)ぃ!」



立(た)ち上(あ)がって騒(さわ)ぎ出(だ)すメノー。



肉(にく)付(づ)きの良(よ)い身体(からだ)を揺(ゆ)らし、

跳(は)ねて抗(こう)議(ぎ)する。



「異(い)議(ぎ)ある者(もの)は前(まえ)に出(で)なさい。」とサンサ。



指(し)名(めい)されずに安(あん)堵(ど)する他(ほか)のドレイプ。



館(やかた)で人(にん)気(き)のドレイプから教(おし)わることになり、、

歓(かん)声(せい)が湧(わ)くフランジが思(おも)い思(おも)いに喋(しゃべ)った。



――サンサは人(じん)望(ぼう)がないのかしら?



わたしはこの疑(ぎ)問(もん)を広(ひろ)く深(ふか)く考(かんが)え、

口(くち)には出(だ)さなかった。




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