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金貨の娘  作者: 美穂
断章 絶海の孤

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断章 第2節 大地の塊

歴(れき)史(し)書(しょ)の中(なか)で、指(し)導(どう)者(しゃ)ソーマの名(な)前(まえ)が

輪(りん)郭(かく)を見(み)せはじめる。



『四(しい)時(じ)の札(ふだ)遊(あそ)び』を考(こう)案(あん)したとされる人(じん)物(ぶつ)。



彼(かれ)の活(かつ)躍(やく)は、いくつもの本(ほん)に記(しる)されている。



ソーマに比(くら)べ、メーニェ島(とう)海(かい)戦(せん)で活(かつ)躍(やく)した

ハーフガン将(しょう)軍(ぐん)の記(き)録(ろく)は、創(そう)作(さく)を含(ふく)めても

決(けっ)して多(おお)いとは言(い)えない。



将(しょう)軍(ぐん)の活(かつ)躍(やく)は

ゼズ島(とう)への上(じょう)陸(りく)を前(まえ)に途(と)切(ぎ)れてしまう。



ゼズの北(ほく)端(たん)には狭(せま)い洞(どう)窟(くつ)があり、

ソーマ達(たち)はそこから島(しま)への上(じょう)陸(りく)に成(せい)功(こう)した。



入(にゅう)植(しょく)暦(れき)の始(はじ)まり。



その洞(どう)窟(くつ)には

ハーフガン将(しょう)軍(ぐん)の名(な)前(まえ)が付(つ)けられた。



荒(あ)れ狂(くる)うゼズの近(きん)海(かい)であっても

上(じょう)陸(りく)を果(は)たしたナルキアの民(たみ)は、

これより海(うみ)の支(し)配(はい)者(しゃ)を名(な)乗(の)った。



『ナルキアの民(たみ)は優(すぐ)れた操(そう)舵(だ)術(じゅつ)を持(も)ち、

 荒(あら)波(なみ)は揺(ゆ)り籠(かご)も同(どう)然(ぜん)とする。』



こうした誇(こ)張(ちょう)は、

歴(れき)史(し)書(しょ)でも主(しゅ)観(かん)と思(し)想(そう)が混(ま)じって頻(ひん)出(しゅつ)する。



大(たい)陸(りく)とゼズ島(とう)のあいだを流(なが)れる、

寒(かん)暖(だん)二(ふた)つの海(かい)流(りゅう)の影(えい)響(きょう)で海(うみ)は荒(あ)れる。



冬(ふゆ)が過(す)ぎれば船(ふね)は北(きた)の岩(がん)礁(しょう)を抜(ぬ)けられ、

かれらの優(すぐ)れた操(そう)舵(だ)術(じゅつ)で

狭(せま)い洞(どう)窟(くつ)からの上(じょう)陸(りく)が可(か)能(のう)になっていた。



洞(どう)窟(くつ)港(こう)が築(きず)かれるその地(ち)は、

波(なみ)の穏(おだ)やかな入(い)り江(え)と狭(せま)い砂(すな)浜(はま)があった。



挿絵(By みてみん)



かれらの眼(がん)前(ぜん)には巨(きょ)大(だい)な壁(かべ)が、

東(とう)西(ざい)に延(えん)々(えん)と伸(の)びるゼズ山(さん)脈(みゃく)。



『我(われ)々(われ)の上(じょう)陸(りく)を拒(こば)むようであった。』

と、誇(こ)張(ちょう)が止(や)むことはない。



指(し)導(どう)者(しゃ)ソーマと従(じゅう)者(しゃ)達(たち)は洞(どう)窟(くつ)から東(ひがし)へ、

道(みち)とも川(かわ)とも呼(よ)べない傾(けい)斜(しゃ)を上(のぼ)って、

島(しま)の東(ひがし)側(がわ)に豊(ほう)穣(じょう)と安(あん)住(じゅう)の地(ち)を見(み)つけた。



牛(うし)が草(くさ)を食(は)み、羊(ひつじ)が群(む)れを成(な)し、

馬(うま)が子(こ)を連(つ)れ、兎(うさぎ)が耳(みみ)を立(た)てる。



ソーマ達(たち)はその地(ち)を拓(ひら)いて、集(しゅう)落(らく)を作(つく)った。



そこがメーニェ最(さい)初(しょ)の領(りょう)地(ち)、

エルテルと記(き)載(さい)されている。



挿絵(By みてみん)



エルテル領(りょう)から南(みなみ)に進(すす)んだ、

森(もり)と山(やま)に囲(かこ)われた狩(か)り場(ば)を持(も)つオーブ領(りょう)。



挿絵(By みてみん)



エルテル領(りょう)と洞(どう)窟(くつ)港(こう)を結(むす)ぶ

ゼズ山(さん)脈(みゃく)の麓(ふもと)では、養(よう)蜂(ほう)を行(おこな)い、

中(ちゅう)腹(ふく)にはペタのお城(しろ)を建(た)つ。



挿絵(By みてみん)



ゼズ島(とう)にできた領(りょう)地(ち)の開(かい)拓(たく)と、

一(ひと)つの港(みなと)の建(けん)設(ちく)を支(し)援(えん)したのが

メーニェの氏(し)族(ぞく)になる。



この氏(し)族(ぞく)が、開(かい)拓(たく)に求(もと)められる学(がく)者(しゃ)と、

労(ろう)働(どう)力(りょく)になる農(のう)民(みん)と奴(ど)隷(れい)、大(たい)陸(りく)の書(しょ)物(もつ)、

そして金(きん)貨(か)という文(ぶん)明(めい)を与(あた)えた。



ゼズ島(とう)の入(い)り口(ぐち)になる洞(どう)窟(くつ)港(こう)を、

メーニェの氏(し)族(ぞく)がいまも守(まも)り続(つづ)けている。



貴(き)族(ぞく)も奴(ど)隷(れい)も、貴(き)賤(せん)貧(ひん)富(ぷ)を問(と)わず、

豊(ほう)穣(じょう)、平(へい)穏(おん)、安(あん)住(じゅう)の地(ち)を望(のぞ)み、

欲(よく)望(ぼう)を抱(いだ)く者(もの)達(たち)が上(じょう)陸(りく)していった。



欲(よく)がかれらの思(し)考(こう)を止(と)め、

争(あらそ)いは土(と)地(ち)を変(か)えても続(つづ)いた。



開(かい)拓(たく)という、過(か)酷(こく)な労(ろう)働(どう)から

逃(に)げ出(だ)そうとする者(もの)も居(い)た。



ゼズ島(とう)はメーニェの氏(し)族(ぞく)以(い)外(がい)、

出(で)ることの叶(かな)わない島(しま)だった。



島(しま)からの脱(だっ)出(しゅつ)を試(こころ)みた船(ふね)は

荒(あ)れた海(うみ)に阻(はば)まれ、ナルキア海(かい)賊(ぞく)に

全(ぜん)部(ぶ)沈(しず)められていった。



メーニェの氏(し)族(ぞく)は洞(どう)窟(くつ)港(こう)を秘(ひ)匿(とく)し、

入(にゅう)植(しょく)者(しゃ)達(たち)に氏(し)族(ぞく)以(い)外(がい)との貿(ぼう)易(えき)どころか

大(たい)陸(りく)へ戻(もど)ることも法(ほう)律(りつ)で禁(きん)じた。



開(かい)拓(たく)を優(ゆう)先(せん)するソーマ、

東(とう)部(ぶ)3領(りょう)と洞(どう)窟(くつ)港(こう)は法(ほう)律(りつ)に従(したが)い、

氏(し)族(ぞく)からの庇(ひ)護(ご)と恩(おん)恵(けい)を受(う)けて、

貢(みつ)ぎ物(もの)を送(おく)り続(つづ)けた。



いくつもの本(ほん)に描(えが)かれるソーマは、

いくつもの顔(かお)を持(も)つ。



指(し)導(どう)者(しゃ)ソーマという名(な)前(まえ)も、

ソーンの出(しゅっ)身(しん)や流(る)刑(けい)者(しゃ)など諸(しょ)説(せつ)ある。



地(ち)名(めい)のソーンと、人(じん)名(めい)のソーマを

混(こん)同(どう)した書(しょ)物(もつ)も珍(めずら)しくはない。



ソーマの出(しゅつ)自(じ)についての疑(ぎ)問(もん)は

氏(し)族(ぞく)による思(し)想(そう)の歪(ゆが)みが事(じ)実(じつ)を歪(ゆが)め、

議(ぎ)論(ろん)が激(げき)化(か)すると、決(き)まって暴(ぼう)力(りょく)という

最(さい)終(しゅう)手(しゅ)段(だん)で解(かい)決(けつ)が図(はか)られてしまう。



大(たい)陸(りく)では伝(でん)道(どう)師(し)や盗(とう)賊(ぞく)、政(せい)治(じ)犯(はん)となり、

海(うみ)では海(かい)賊(ぞく)、船(せん)長(ちょう)、賭(と)博(ばく)師(し)と書(か)かれ、

島(しま)では労(ろう)働(どう)者(しゃ)、牧(ぼく)者(しゃ)、開(かい)拓(たく)者(しゃ)であり、

森(もり)の猟(りょう)師(し)や射(い)手(て)、人(ひと)々(びと)の指(し)導(どう)者(しゃ)となった。



ソーマが素(そ)描(びょう)されたという羊(よう)皮(ひ)紙(し)も残(のこ)り、

壁(へき)画(が)や石(せき)像(ぞう)は島(しま)北(ほく)部(ぶ)に多(た)数(すう)存(そん)在(ざい)する。



エルテル領(りょう)には、

杖(つえ)を持(も)つ牧(ぼく)者(しゃ)の姿(すがた)が描(か)かれている。



指(し)導(どう)者(しゃ)ソーマを開(かい)拓(たく)者(しゃ)と呼(よ)ぶ場(ば)合(あい)も多(おお)く、

杖(つえ)の先(さき)に鎌(かま)や鍬(くわ)が取(と)り付(つ)けられた姿(すがた)もある。



南(みなみ)のオーブ領(りょう)では

弓(ゆみ)矢(や)を構(かま)える射(い)手(て)の姿(すがた)で、

猟(りょう)師(し)のソーマとも呼(よ)ばれる。



モザイク画(が)には、ソーマが洞(どう)窟(くつ)港(こう)で

布(ぬの)袋(ぶくろ)を背(せ)負(お)った肉(にく)体(たい)労(ろう)働(どう)者(しゃ)の姿(すがた)もある。


北(ほく)部(ぶ)入(にゅう)植(しょく)記(き)録(ろく)、東(とう)部(ぶ)開(かい)拓(たく)史(し)、

ゼズ島(とう)冒(ぼう)険(けん)記(き)など、ソーマの活(かつ)躍(やく)が

書(か)かれた本(ほん)は多(おお)くても、彼(かれ)の死(し)以(い)外(がい)で

統(とう)一(いつ)された記(き)録(ろく)はなかった。



指(し)導(どう)者(しゃ)ソーマは旅(たび)の果(は)てに死(し)んでいる。




 ◆




入(にゅう)植(しょく)暦(れき)60年(ねん)の頃(ころ)。



災(さい)害(がい)が開(かい)拓(たく)拠(きょ)点(てん)のエルテル領(りょう)を襲(おそ)う。



川(かわ)の水(みず)が溢(あふ)れて、

作(さく)物(もつ)、家(か)畜(ちく)、建(たて)物(もの)までもが流(なが)された。



大(だい)水(すい)害(がい)の水(みず)が洞(どう)窟(くつ)港(こう)にまで到(とう)達(たつ)し、

記(き)録(ろく)は300年(ねん)以(い)上(じょう)経(た)っても残(のこ)っている。



灌(かん)漑(がい)による水(みず)の奪(うば)い合(あ)いで

川(かわ)の水(みず)が真赤(まっか)に染(そ)まった争(あらそ)いを、

この大(だい)水(すい)害(がい)と捉(とら)える思(し)想(そう)家(か)も居(い)た。



新(あら)たな水(すい)害(がい)を防(ふせ)ぐ為(ため)に、

指(し)導(どう)者(しゃ)ソーマと後(のち)のカヴァの氏(し)族(ぞく)が

西(せい)方(ほう)から流(なが)れる川(かわ)の治(ち)水(すい)工(こう)事(じ)を行(おこな)った。



かれらが工(こう)事(じ)を行(おこな)い、

川(かわ)を遡(さかのぼ)れば分(ぶん)岐(き)点(てん)に辿(たど)り着(つ)いた。



南(みなみ)から流(なが)れて来(き)た川(かわ)の水(みず)は

北(きた)のゼズ山(さん)脈(みゃく)に衝(しょう)突(とつ)し、

島(しま)の中(ちゅう)心(しん)で東(とう)西(ざい)に分(わ)かれる。



本(ほん)流(りゅう)になる南(みなみ)の地(ち)には、

天(てん)蓋(がい)山(さん)が聳(そび)えていた。



独(どく)立(りつ)峰(ほう)の山(さん)頂(ちょう)は常(つね)に雲(くも)を戴(いただ)くので、

山(やま)に畏(い)敬(けい)を込(こ)めてそのように呼(よ)ばれた。



川(かわ)の分(ぶん)岐(き)点(てん)には

治(ち)水(すい)で集(あつ)まった人(ひと)々(びと)の街(まち)が築(きず)かれる。



これが分(ぶん)水(すい)街(がい)の始(はじ)まり。



挿絵(By みてみん)



分(ぶん)水(すい)街(がい)という名(な)前(まえ)は、

後(こう)年(ねん)になって付(つ)けられた。



治(ち)水(すい)工(こう)事(じ)には大(たい)陸(りく)北(ほっ)方(ぽう)からソーンの奴(ど)隷(れい)、

中(ちゅう)央(おう)のエンカーからは肉(にく)体(たい)労(ろう)働(どう)者(しゃ)や娼(しょう)婦(ふ)、

南(なん)方(ぽう)のクレワからは口(くち)減(べ)らしの移(い)民(みん)など、

大(たい)陸(りく)の人(にん)間(げん)が多(おお)く集(あつ)められた。



労(ろう)働(どう)環(かん)境(きょう)は劣(れつ)悪(あく)で治(ち)安(あん)は悪(わる)く、

盗(ぬす)みや殺(ころ)しの犯(はん)罪(ざい)が横(おう)行(こう)する。



丘(おか)の上(うえ)で処(しょ)刑(けい)された罪(ざい)人(にん)の記(き)録(ろく)が残(のこ)る。



処(しょ)刑(けい)の場(ば)を赤(あか)土(つち)の丘(おか)と呼(よ)び、

この頃(ころ)には街(まち)は刑(けい)場(じょう)とまで呼(よ)ばれた。



それが最(さい)初(しょ)の公(こう)共(きょう)の娯(ご)楽(らく)になり、

街(まち)が重(じゅう)罪(ざい)人(にん)を東(とう)部(ぶ)3領(りょう)や洞(どう)窟(くつ)港(こう)から

運(はこ)んで来(く)るほどだった。



これより後(のち)の時(じ)代(だい)になると、本(ほん)を持(も)ち、

法(ほう)を司(つかさど)るソーマの石(せき)像(ぞう)が作(つく)られる。



分(ぶん)水(すい)街(がい)での治(ち)水(すい)工(こう)事(じ)が済(す)むと、

その事(じ)業(ぎょう)を主(しゅ)導(どう)していたカヴァの氏(し)族(ぞく)は

西(にし)の荒(あ)れ地(ち)に王(おう)座(ざ)を作(つく)った。



島(しま)に初(はじ)めて、

カヴァの氏(し)族(ぞく)による国(こっ)家(か)が誕(たん)生(じょう)した。



挿絵(By みてみん)



カヴァはメーニェの領(りょう)地(ち)ではなく、

国(こっ)家(か)として王(おう)座(ざ)を作(つく)った変(か)わり者(もの)の土(と)地(ち)。



東(ひがし)のエルテル領(りょう)から

西(にし)の山間(やまあい)にあるカヴァは遠(とお)く、

人(ひと)々(びと)の関(かん)心(しん)を集(あつ)めなかった。



カヴァは分(ぶん)水(すい)街(がい)とも交(こう)流(りゅう)をせず、

盗(とう)賊(ぞく)の拠(きょ)点(てん)との噂(うわさ)が広(ひろ)まった。



そんな遠(とお)くの国(くに)でも行(ぎょう)商(しょう)人(にん)が往(おう)来(らい)し、

東(とう)西(ざい)を結(むす)ぶ街(かい)道(どう)が作(つく)られ、村(そん)落(らく)もできた。



盗(とう)賊(ぞく)の拠(きょ)点(てん)と噂(うわさ)を広(ひろ)めた隊(たい)商(しょう)は、

カヴァで作(つく)られた金(きん)属(ぞく)製(せい)の食(しょっ)器(き)や工(こう)芸(げい)品(ひん)、

装(そう)飾(しょく)品(ひん)などを大(たい)陸(りく)製(せい)と偽(いつわ)って財(ざい)を成(な)した。



カヴァの氏(し)族(ぞく)は手(て)先(さき)が器(き)用(よう)で、

こうして精(せい)巧(こう)な細(さい)工(く)を作(つく)って暮(く)らす

変(か)わり者(もの)とされた。



かれらは街(まち)との交(こう)易(えき)の為(ため)に独(どく)自(じ)の通(つう)貨(か)、

オル銅(どう)貨(か)を作(つく)り、これを分(ぶん)水(すい)街(がい)に与(あた)えた。



カヴァが治(ち)水(すい)で分(ぶん)水(すい)街(がい)を発(はっ)展(てん)させ、

通(つう)貨(か)を共(きょう)有(ゆう)したところで友(ゆう)好(こう)とは限(かぎ)らない。



寒(かん)冷(れい)なカヴァは水(みず)と沃(よく)土(ど)を求(もと)めて

分(ぶん)水(すい)街(がい)との境(きょう)界(かい)で対(たい)立(りつ)が起(お)き、

何(なん)度(ど)も威(い)嚇(かく)行(こう)動(どう)を起(お)こしていた。



カヴァには剣(けん)を掲(かか)げるソーマの像(ぞう)が作(つく)られ、

カヴァの民(みん)衆(しゅう)を鼓(こ)舞(ぶ)する。



南(なん)部(ぶ)のカヴァとオーブより南(みなみ)は山(やま)に囲(かこ)われ、

その地(ち)より南(みなみ)は崖(がい)峭(しょう)になっていた。



コートを靡(なび)かせるソーマの像(ぞう)は、

冒(ぼう)険(けん)家(か)として描(えが)かれた最(さい)後(ご)の姿(すがた)。



ソーマは分(ぶん)水(すい)街(がい)から南(みなみ)の水(すい)源(げん)を目(め)指(ざ)し、

川(かわ)に沿(そ)って天(てん)蓋(がい)山(さん)の麓(ふもと)に向(む)かう。



一(いっ)行(こう)は深(ふか)い森(もり)と、広(こう)大(だい)な湖(みずうみ)を見(み)つけた。



『緑(みどり)に覆(おお)われ、土(つち)豊(ゆた)かで、水(みず)清(きよ)く、

 鳥(ちょう)魚(ぎょ)群(む)れなすオルタの対(つい)。


 この地(ち)において

 ひとであることは、

 神(かみ)より賜(たまわ)りし罰(ばつ)である。


 我(わ)が魂(たましい)が訴(うった)える。』



メーニェ島(とう)の狭(せま)く浅(あさ)いオルタの窪(くぼ)地(ち)から、

正(せい)反(はん)対(たい)の湖(みずうみ)は『ネルタ』と名(な)付(づ)けられた。



ゼズ島(とう)の未(み)開(かい)の南(みなみ)側(がわ)に行(い)くには、

天(てん)蓋(がい)山(さん)の麓(ふもと)を迂(う)回(かい)しなければならない。



崖(がい)峭(しょう)に阻(はば)まれる島(しま)の南(みなみ)側(がわ)には、

誰(だれ)も辿(たど)り着(つ)けなかった。



指(し)導(どう)者(しゃ)ソーマが遠(えん)征(せい)で死(し)亡(ぼう)した為(ため)に。



いくつもあるソーマを記(しる)す本(ほん)は、

彼(かれ)の死(し)についてのみ統(とう)一(いつ)されていた。



ソーマは禁(きん)足(そく)地(ち)と呼(よ)ばれる森(もり)の中(なか)で、

雷(かみなり)によって死(し)んだ。



彼(かれ)の死(し)因(いん)は『雷(らい)霆(てい)』と特(とく)殊(しゅ)な記(き)述(じゅつ)がされ、

いまもその単(たん)語(ご)と共(とも)に語(かた)り継(つ)がれている。



原(げん)語(ご)で書(か)かれた本(ほん)には、

『管(かん)理(り)者(しゃ)』と名(な)乗(の)る者(もの)が登(とう)場(じょう)する。



管(かん)理(り)者(しゃ)の容(よう)姿(し)や存(そん)在(ざい)は不(ふ)明(めい)瞭(りょう)にも関(かか)わらず、

ソーマは森(もり)の中(なか)で落(らく)雷(らい)に遭(あ)って死(し)んだ

という記(き)述(じゅつ)のみが共(きょう)通(つう)していた。



エルテル領(りょう)はソーマの足(そく)跡(せき)を辿(たど)る為(ため)に、

禁(きん)足(そく)地(ち)へ調(ちょう)査(さ)隊(たい)を何(なん)度(ど)も送(おく)ったものの

帰(き)還(かん)した者(もの)は僅(わず)かだった。



調(ちょう)査(さ)もせずに報(ほう)酬(しゅう)を持(も)ち逃(に)げした者(もの)や

道(どう)中(ちゅう)で盗(とう)賊(ぞく)に襲(おそ)われ壊(かい)滅(めつ)したという記(き)録(ろく)は、

民(みん)衆(しゅう)に公(こう)開(かい)されず図(と)書(しょ)館(かん)の保(ほ)管(かん)室(しつ)で眠(ねむ)る。



管(かん)理(り)者(しゃ)が発(はっ)したとされる

『ニース』という言(こと)葉(ば)がある。



その単(たん)語(ご)がなにを意(い)味(み)するのか、

照(て)らし合(あ)わせも統(とう)一(いつ)も流(りゅう)行(こう)もせず、

オーブ領(りょう)では畏(い)怖(ふ)や鄙(ひ)言(げん)として残(のこ)った。




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