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金貨の娘  作者: 美穂
第3章 花弁の湯

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第3章 第1節 鐘楼の島(第2項)

挿絵(By みてみん)



スーに手(て)を引(ひ)かれて西(にし)へ進(すす)むと、

彼(かの)女(じょ)の言(い)っていた川(かわ)沿(ぞ)いに出(で)る。



今(こん)度(ど)は運(うん)河(が)ではなく流(なが)れのある川(かわ)になる。



近(ちか)くには労(ろう)働(どう)者(しゃ)達(たち)が暮(く)らすという

4階(かい)建(だ)ての建(たて)物(もの)が並(なら)び、その隙(すき)間(ま)には

昼(ひる)でも日(ひ)当(あ)たりの悪(わる)くて細(ほそ)い路(ろ)地(じ)が見(み)える。



子(こ)供(ども)達(たち)が転(ころ)がり跳(は)ねる球(きゅう)体(たい)を、

追(お)いかけては蹴(け)って遊(あそ)んでいた。



挿絵(By みてみん)



箱(はこ)型(がた)馬(ば)車(しゃ)や乗(のい)合(あい)馬(ば)車(しゃ)は減(へ)り、

驢馬(ろば)や肉(にく)体(たい)労(ろう)働(どう)者(しゃ)達(たち)が荷(に)物(もつ)を背(せ)負(お)い、

鐘(しょう)楼(ろう)のある島(しま)への橋(はし)を渡(わた)っていく。



挿絵(By みてみん)



幅(はば)広(ひろ)の橋(はし)でも渡(わた)れるのは荷(に)車(ぐるま)程(てい)度(ど)で、

鉄(てつ)杭(くい)の突(つ)き出(で)たこの橋(はし)に馬(ば)車(しゃ)は入(はい)れない。



「ひとが多(おお)いね…。

 分(ぶん)水(すい)街(がい)の祭(まつ)りって春(はる)に行(おこな)うの?」



島(しま)の南(みなみ)側(がわ)、鐘(しょう)楼(ろう)の長(なが)い影(かげ)が伸(の)びた広(ひろ)場(ば)には、

木(き)で組(く)んだ簡(かん)素(そ)な店(みせ)にひとが並(なら)んでいる。



冬(ふゆ)を前(まえ)に収(しゅう)穫(かく)を祝(いわ)う祭(まつ)りでも、

ネルタではこんなに大(おお)勢(ぜい)のひとを

見(み)る機(き)会(かい)はなかった。



「日(にっ)中(ちゅう)この場(ば)所(しょ)は市(いち)場(ば)として、

 民(みん)衆(しゅう)に開(ひら)かれてるんだよ。


 ここにお店(みせ)を出(だ)すには別(べっ)途(と)

 納(のう)税(ぜい)して、営(えい)業(ぎょう)許(きょ)可(か)を得(え)ないと

 いけないんだって。


 それでも商(しょう)売(ばい)が成(せい)立(りつ)するのは、

 狭(せま)い街(まち)にお店(みせ)を持(も)つより、

 賃(ちん)料(りょう)が安(やす)いからみたいだね。


 中(なか)には、継(けい)続(ぞく)的(てき)な商(しょう)売(ばい)をしてない

 お店(みせ)も紛(まぎ)れているけどね。」



「これで市(いち)場(ば)…。」



まるでこの街(まち)の住(じゅう)民(みん)全(ぜん)員(いん)を集(あつ)めたかのような

賑(にぎ)やかさに驚(おどろ)き、口(くち)を開(あ)けて呆(ほう)けてしまう。



ネルタの塔(とう)から市(いち)場(ば)を眺(なが)めたことがあった。



塔(とう)の周(しゅう)辺(へん)は城(しろ)から離(はな)れた過(か)疎(そ)地(ち)で、

店(みせ)もひとも片(かた)手(て)の指(ゆび)で数(かぞ)えるより少(すく)なく

閑(かん)散(さん)としていた。



そんな記(き)憶(おく)はずっと前(まえ)のもの。



島(しま)の市(いち)場(ば)には木(き)の骨(ほね)組(ぐ)みと

染(そ)めた布(ぬの)で飾(かざ)った店(みせ)に、

濃(のう)淡(たん)様(さま)々(ざま)な肌(はだ)や髪(かみ)色(いろ)をしたひと達(たち)。



この都(と)市(し)に来(き)た時(とき)も、

西(にし)の広(ひろ)場(ば)には露(ろ)天(てん)商(しょう)が集(あつ)まっていた。



「街(まち)の中(ちゅう)心(しん)という立(りっ)地(ち)もあるわね。


 戦(せん)争(そう)が終(お)わって西(さい)門(もん)も開(かい)放(ほう)されたから、

 東(とう)西(ざい)の商(しょう)人(にん)の交(こう)流(りゅう)が盛(さか)んになったのよ。


 中(なか)には詐(さ)欺(ぎ)を働(はたら)く連(れん)中(ちゅう)も居(い)るわよ。」



サンサの説(せつ)明(めい)を聞(き)きながら、

夢(ゆめ)みたいな光(こう)景(けい)を眺(なが)めて深(ふか)く息(いき)を吐(つ)いた。



食(しょっ)器(き)や工(こう)芸(げい)品(ひん)などを買(か)い求(もと)め、賑(にぎ)わう市(いち)場(ば)。



緑(みどり)の上(うえ)では、頭巾(フード)と宝飾巾(ヴェール)をした女(おんな)が

股(また)に挟(はさ)んだ太(たい)鼓(こ)を握(にぎ)った棒(ぼう)で打(う)ち、

男(おとこ)の咥(くわ)えた高(たか)い笛(ふえ)の音(おと)は風(かぜ)に乗(の)せて、

広(ひろ)場(ば)に響(ひび)き渡(わた)る。



挿絵(By みてみん)



女(おんな)達(たち)の頭巾(フード)の奥(おく)の髪(かみ)は揃(そろ)って短(みじか)い。



大(おお)勢(ぜい)の男(だん)女(じょ)が花(はな)を眺(なが)めて、

酒(さけ)を飲(の)み、踊(おど)り、騒(さわ)いでいる。



「あそこの道(どう)化(け)は漁(りょう)の神(かみ)なんだって。」



遠(とお)くで真(まっ)黒(くろ)な服(ふく)を着(き)た

長(なが)い手(て)の神(かみ)とは別(べつ)に、別(べつ)に長(なが)い足(あし)をした神(かみ)。



二人(ふたり)の道(どう)化(け)が歩(ある)いている。



不(ふ)安(あん)定(てい)な姿(すがた)の道(どう)化(け)は、

倒(たお)れないように杖(つえ)をついて巧(うま)く歩(ある)き、

泡(あわ)玉(だま)を飛(と)ばして足(あし)元(もと)の子(こ)供(ども)達(たち)を魅(み)了(りょう)する。



他(ほか)にも台(だい)に立(た)つ人(にん)形(ぎょう)使(つか)いの姿(すがた)もあった。



銀(ぎん)色(いろ)の髪(かみ)を覗(のぞ)かせる

黒(くろ)装(しょう)束(ぞく)姿(すがた)の女(おんな)人(にん)形(ぎょう)使(つか)い。



挿絵(By みてみん)



糸(いと)で手(て)足(あし)が吊(つ)るされた人(にん)形(ぎょう)を棒(ぼう)で操(あやつ)って、

生(い)きているかのように巧(たく)みに動(うご)かす。



挿絵(By みてみん)



その技(ぎ)術(じゅつ)は子(こ)供(ども)のみならず、

大人(おとな)達(たち)からの注(ちゅう)目(もく)を集(あつ)め、

似(に)たような人(にん)形(ぎょう)を売(う)る。



「ニクスはなにか欲(ほ)しいものってある?

 サンサが買(か)ってくれるよ。


 あ、帯(おび)紐(ひも)売(う)ってるかな。」



しばらく人(にん)形(ぎょう)使(つか)いを見(み)ていたせいで、

スーから子(こ)供(ども)扱(あつか)いを受(う)けてしまった。



「今日(きょう)は街(まち)の案(あん)内(ない)と、

 ニクスの体(たい)力(りょく)作(づく)りを兼(か)ねて

 軽(かる)く散(さん)歩(ぽ)するだけよ。


 館(やかた)を脱(だっ)走(そう)するのなら、事(じ)前(ぜん)に

 街(まち)を知(し)っておくことも必(ひつ)要(よう)でしょ?」



サンサに言(い)われ、同(どう)意(い)できない。



「まだしばらくは休(やす)んだ方(ほう)が良(い)いわよ。


 身体(からだ)を休(やす)めるだけというのも、

 退(たい)屈(くつ)でしょうけれどね。」



彼(かの)女(じょ)は近(ちか)くの長(なが)椅(い)子(す)に座(すわ)って、

膝(ひざ)の上(うえ)のアルを撫(な)ではじめた。



「ニクスの虚(きょ)弱(じゃく)体(たい)質(しつ)は、

 運(うん)動(どう)と食(しょく)事(じ)で改(かい)善(ぜん)できるのかしらね。」



サンサがアルに向(む)かって呟(つぶや)くと、

ミャオと返(へん)事(じ)が返(かえ)ってくる。



彼(かの)女(じょ)は白(しろ)い顔(かお)を上(あ)げて言(い)った。



「スー。

 ニクスを連(つ)れてお店(みせ)を見(み)て回(まわ)るなら、

 西(にし)側(がわ)に行(い)ってはダメよ。」



「そのくらい分(わ)かってるよ。

 ニクスも座(すわ)って休(やす)もうか。


 帰(かえ)りは丘(おか)の上(うえ)まで、

 ずっと上(のぼ)り坂(ざか)だもんね。」



気(き)付(づ)けばわたしは肩(かた)で息(いき)をしていた。



預(あず)かったコートが酷(ひど)く重(おも)たく感(かん)じ、

座(すわ)った途(と)端(たん)にスーに寄(よ)り掛(か)かってしまった。



「今日(きょう)はもうお疲(つか)れかな?」



「自(じ)力(りき)で歩(ある)くのが無(む)理(り)なら、

 酔(よ)っ払(ぱら)いに背(せ)負(お)わせるわよ。」



「ひぇっ…。」



サンサの提(てい)案(あん)で息(いき)を吸(す)った時(とき)に驚(おどろ)き、

おかしな声(こえ)が出(で)た。



背(せ)筋(すじ)を伸(の)ばして横(よこ)を見(み)ると、

ハーフガンがまたわたしを睨(にら)んでくる。



――背(せ)負(お)われるのは、絶(ぜっ)対(たい)に嫌(いや)よ…。



足(あし)首(くび)まで巻(ま)いたサンダルの先(さき)で、

地(じ)面(めん)の小(こ)石(いし)を蹴(け)った。



踵(かかと)を固(こ)定(てい)する革(かわ)が擦(す)れて、

気(き)になる痛(いた)みを手(て)で撫(な)でた。



挿絵(By みてみん)



霞(かす)む天(てん)蓋(がい)山(さん)を眺(なが)めながら休(きゅう)憩(けい)をする。



麓(ふもと)の深(ふか)い森(もり)までは見(み)えず、

遠(とお)くの防(ぼう)壁(へき)の先(さき)しか見(み)えない。



たとえ防(ぼう)壁(へき)が無(な)く地(ち)平(へい)線(せん)が見(み)えたところで、

球(きゅう)体(たい)の星(ほし)の上(うえ)では観(かん)測(そく)に限(げん)界(かい)があって、

隣(となり)の村(そん)落(らく)も見(み)ることはできない。



「あの防(ぼう)壁(へき)の向(む)こうは、

 この街(まち)の中(なか)でも限(かぎ)られたひとしか

 行(い)くことが許(ゆる)されないんだよ。


 サンサみたいな貴(き)族(ぞく)様(さま)でもね。」



「肩(かた)書(が)きに権(けん)利(り)は含(ふく)まれないわ。


 法(ほう)律(りつ)で厳(きび)しい罰(ばっ)則(そく)を設(もう)けたところで、

 動(どう)物(ぶつ)の衝(しょう)動(どう)は制(せい)限(げん)できないもの。


 それに目(もく)的(てき)が無(な)ければ、

 行(い)ったところで意(い)味(み)が無(な)いのよ。」



「禁(きん)止(し)してるのは、ネルタがあるから?」



スーは頷(うなず)いて、

わたしのどんな質(しつ)問(もん)にも答(こた)えてくれる。



「昔(むかし)のひとが条(じょう)約(やく)で取(と)り決(き)めた禁(きん)足(そく)地(ち)。」



「ニクスは歴(れき)史(し)も詳(くわ)しくないのね。」



「う…。」



事(じ)実(じつ)を指(し)摘(てき)されては否(ひ)定(てい)もできない。



わたしの暮(く)らしていた塔(とう)には、

いくつかの本(ほん)があった。



乳(う)母(ば)達(たち)は文(も)字(じ)が読(よ)めず教(おそ)わってはいないし、

読(よ)める本(ほん)だけを読(よ)んで居(い)たに過(す)ぎない。



独(ひと)りで身(み)に付(つ)けたものもあって、

覚(おぼ)え違(ちが)いも数(かぞ)え切(き)れないほどある。



特(とく)に歴(れき)史(し)学(がく)は史(し)料(りょう)が無(な)いので、

知(ち)識(しき)が偏(かたよ)っている自(じ)覚(かく)はあった。



――ネルタがあそこにあるのね…。



天(てん)蓋(がい)山(さん)の麓(ふもと)には故(こ)郷(きょう)のネルタがある。



天(てん)蓋(がい)山(さん)と防(ぼう)壁(へき)を眺(なが)めて、

緑(みどり)豊(ゆた)かな湖(みずうみ)の景色(けしき)を想(そう)像(ぞう)するしかない。



――湖(みずうみ)から溢(あふ)れ出(で)た水(みず)は、

  湖(みずうみ)には戻(もど)らない。



以(い)前(ぜん)、サンサに言(い)われた通(とお)り、

わたし一人(ひとり)で帰(かえ)ることができない場(ば)所(しょ)。



笑(え)顔(がお)に満(み)ちた市(いち)場(ば)のひと達(たち)。



振(ふ)り向(む)いて背(はい)後(ご)に建(た)つ鐘(しょう)楼(ろう)を見(み)上(あ)げた。



瞼(まぶた)を閉(と)じて、ネルタに住(す)んでいた頃(ころ)の、

塔(とう)で過(す)ごした日(ひ)々(び)を思(おも)い出(だ)す。



窓(まど)から差(さ)し込(こ)む陽(ひ)の光(ひかり)を頼(たよ)りに、

独(ひと)りで本(ほん)を読(よ)んでいた。



――これはまだ、夢(ゆめ)ではないわ…。



目(め)を開(ひら)けば、隣(となり)に座(すわ)るスーとサンサがいる。



――彼(かの)女(じょ)達(たち)が、わたしから塔(とう)で暮(く)らしや、

  故(こ)郷(きょう)を追(お)い出(だ)したわけではないもの。



わたしは言(こと)葉(ば)を呑(の)む。



夢(ゆめ)みたいな生(せい)活(かつ)、夢(ゆめ)のような街(まち)。



昼(ひる)を知(し)らせる鐘(かね)が高(たか)い空(そら)に鳴(な)り響(ひび)いて、

見(み)上(あ)げると、展(てん)望(ぼう)台(だい)から白(しろ)色(いろ)の帯(おび)の付(つ)いた

ロープが降(ふ)ってきた。



こちらを見(み)下(お)ろしてくる影(かげ)を見(み)つめると、

視(し)線(せん)に気(き)付(づ)いたのか姿(すがた)を隠(かく)してしまった。



「ねえサンサ。

 倉(そう)庫(こ)に板(いた)の余(あま)りってあった?


 ニクスの札(ふだ)を用(よう)意(い)しないと。」



「書(しょ)室(しつ)に材(ざい)料(りょう)なんてないわよ。


 トレイを分(ぶん)解(かい)でもしないかぎり。」



「ガラクタばかりだもんね。」



「情(じょう)熱(ねつ)の残(ざん)滓(し)をそんな呼(よ)び方(かた)しないで。


 札(ふだ)用(よう)の板(いた)くらいなら

 ここで買(か)えばいいわ。


 ここらの材(ざい)木(もく)屋(や)なら

 その場(ば)で切(き)ってくれるでしょうし、

 ついでに箱(はこ)も作(つく)らせればいいわ。」



「やったー。」



スーが喜(よろこ)んで跳(は)ね、わたしの右(みぎ)腕(うで)を

引(ひ)っ張(ぱ)って立(た)ち上(あ)がらせた。



途(と)端(たん)、わたしのお腹(なか)が鳴(な)った。



いまのわたしは、

自(じ)分(ぶん)の身体(からだ)も思(おも)い通(どお)りにはならない。



「あなたのお腹(なか)は正(しょう)直(じき)ね。


 一(ひと)先(ま)ず、食(しょく)事(じ)にしましょうか。」



サンサの膝(ひざ)の上(うえ)でアルがミャオと鳴(な)いた。




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