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金貨の娘  作者: 美穂
第2章 白亜の館

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第2章 第2節 最初の客(第1項)

挿絵(By みてみん)



館(やかた)の南(みなみ)の玄(げん)関(かん)から北(きた)の出(で)口(ぐち)まで、

南(なん)北(ぼく)に繋(つな)がるコンクリート床(ゆか)の廊(ろう)下(か)。



その廊(ろう)下(か)を境(きょう)界(かい)に、

低(てい)木(ぼく)と緑(みどり)の敷(し)かれた庭(にわ)が

東(ひがし)と西(にし)に二(ふた)つある。



トレイを押(お)し付(つ)けられたわたしは、

スーに従(したが)ってテーブルの置(お)かれた

西(にし)側(がわ)の庭(にわ)にやってきた。



「覚(おぼ)える必(ひつ)要(よう)のないことを教(おし)えてあげる。」



スーの言(こと)葉(ば)の意(い)味(み)が分(わ)からず顔(かお)を見(み)ると、

彼(かの)女(じょ)は視(し)線(せん)を東(ひがし)に向(む)ける。



「噴(ふん)水(すい)のあるあっちが『歓(かん)喜(き)の庭(にわ)』、

 こっちは『日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)』って

 名(な)前(まえ)があるんだよ。


 でもあっちはみんな、

 噴(ふん)水(すい)庭(てい)園(えん)って呼(よ)んでるの。」



「庭(にわ)に名(な)前(まえ)があるんだ。」



「建(たて)物(もの)にもあるよ。


 南(みなみ)の玄(げん)関(かん)、待(まち)合(あい)室(しつ)が『暮(くれ)相(あい)の口(くち)』、

 北(きた)の出(で)口(ぐち)側(がわ)が『黎(れい)明(めい)の足(そく)跡(せき)』ね。」



「入(い)り口(ぐち)が夕(ゆう)刻(こく)で、出(で)口(ぐち)が朝(あさ)?」



「ここは夜(よる)の館(やかた)だからね。


 でも定(てい)着(ちゃく)してるのは『日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)』と、

 『御(ご)不(ふ)浄(じょう)』くらいかな。」



この館(やかた)では手(て)洗(あら)い所(じょ)を御(ご)不(ふ)浄(じょう)と呼(よ)ぶ。



「もしかして、まだ他(ほか)にも

 別(べつ)の名(な)前(まえ)があるの?」



スーが西(にし)側(がわ)を見(み)た。



「食(しょく)堂(どう)と浴(よく)場(じょう)の棟(とう)は『美(び)の脊(せき)椎(つい)』だって。

 東(ひがし)のドレイプ棟(とう)は『星(せい)座(ざ)の寝(しん)所(じょ)』。


 フランジで知(し)ってる子(こ)も少(すく)なくて

 伝(つた)わらないし、誰(だれ)も呼(よ)ばないんだよ。


 食(しょく)堂(どう)なら食(しょく)堂(どう)って呼(よ)ぶし、

 部屋(へや)ならだいたいは番(ばん)号(ごう)で呼(よ)ぶから、

 棟(とう)全(ぜん)体(たい)を呼(よ)ぶことはないもんね。


 『花(か)香(こう)の園(その)』なんて呼(よ)ぶより、

 フランジ棟(とう)って呼(よ)んだ方(ほう)が伝(つた)わるよね。


 でもドレイプになると皆(みんな)、

 話(わ)題(だい)作(づく)りに覚(おぼ)え直(なお)したりするよ。」



食(しょく)堂(どう)と浴(よく)場(じょう)がある西(にし)側(がわ)の建(たて)物(もの)は、

美(び)容(よう)と健(けん)康(こう)に関(かか)わる背(せ)骨(ぼね)と形(けい)容(よう)できる。



挿絵(By みてみん)



厳(おごそ)かな名(な)前(まえ)を付(つ)けても、

彼(かの)女(じょ)達(たち)が生(せい)活(かつ)で利(り)用(よう)するものが

名(な)前(まえ)の通(とお)りに呼(よ)ぶとは限(かぎ)らない。



そんな中(なか)でも手(て)洗(あら)い所(じょ)が御(ご)不(ふ)浄(じょう)と呼(よ)ばれ、

定(てい)着(ちゃく)したのは興(きょう)味(み)深(ぶか)い。



――『日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)』…。



娼(しょう)婦(ふ)になるつもりもないのに、

わたしは胸(むね)の内(うち)で呟(つぶや)いた。



庭(にわ)のテーブルは北(きた)側(がわ)に配(はい)置(ち)している為(ため)に、

建(たて)物(もの)の影(えい)響(きょう)で、いまも影(かげ)が落(お)ちている。



テーブルの足(あし)元(もと)に敷(し)かれた

黒(くろ)色(いろ)の玉(たま)石(いし)が影(かげ)を強(きょう)調(ちょう)する。



スーは持(も)ってきたトレイを

円(えん)形(けい)のテーブルの上(うえ)に置(お)いた。



ただし、裏(うら)返(がえ)しだった。



四(し)角(かく)のトレイに支(し)配(はい)された

テーブルの天(てん)板(ばん)は、見(み)える部(ぶ)分(ぶん)が

僅(わず)かな隙(すき)間(ま)だけになった。



「二人(ふたり)共(とも)、ご苦(く)労(ろう)さま。」



手(て)洗(あら)い所(じょ)に繋(つな)がる北(きた)の階(かい)段(だん)から、

サンサが日(ひ)陰(かげ)の庭(にわ)にやってきた。



アルが彼(かの)女(じょ)の前(まえ)を歩(ある)き、

西(にし)側(がわ)の椅(い)子(す)に跳(と)び乗(の)った。



サンサは暗(くら)い紫(し)紺(こん)の飾(かざ)り布(ぬの)を肩(かた)に掛(か)け、

チュニックの胸(むな)元(もと)に銀(ぎん)糸(し)の飾(しょく)緒(しょ)を

渡(わた)らせている。



それから彼(かの)女(じょ)は、輝(かがや)きのある

鮮(あざ)やかな赤(あか)色(いろ)の布(ぬの)を手(て)にしていた。



「今日(きょう)は風(かぜ)もないし、

 熾(おき)火(び)も必(ひつ)要(よう)なさそうね。」



彼(かの)女(じょ)はテーブルの北(きた)側(がわ)の椅(い)子(す)に座(すわ)り、

手(て)にしていた赤(あか)い布(ぬの)を

折(お)り重(かさ)ねたまま膝(ひざ)に掛(か)けた。



「おい! 客(きゃく)だぞ。」



ハンドベルが鳴(な)らされて、

男(おとこ)の濁(にご)った声(こえ)が庭(にわ)に響(ひび)く。



「不(ふ)審(しん)者(しゃ)よ。」



「酔(よ)ってないハーフガンだよ。」



スーが言(い)った。



「それは相(あい)反(はん)してるわね。


 ハーフガンは酔(よ)っ払(ぱら)いの

 代(だい)名(めい)詞(し)なのに。」



「蔑(べっ)称(しょう)にしたのはサンサだよね。」



サンサとスーが笑(わら)う。



剣(けん)を佩(は)いた黒(くろ)髪(かみ)に髭(ひげ)の中(ちゅう)年(ねん)男(おとこ)。



「今日(きょう)は髭(ひげ)だけではなくて、

 髪(かみ)型(がた)が普(ふ)段(だん)以(い)上(じょう)におかしいわね。」



「普(ふ)段(だん)は脂(あぶら)まみれの寝(ね)癖(ぐせ)頭(あたま)だもんね。」



髪(かみ)を左(さ)右(ゆう)不(ふ)均(きん)等(とう)に分(わ)けた中(ちゅう)年(ねん)男(おとこ)は、

後(うし)ろに初(しょ)老(ろう)の男(おとこ)を一人(ひとり)連(つ)れていた。



「どうして館(やかた)に入(はい)ってきたの?

 普(ふ)段(だん)こんな仕(し)事(ごと)しないでしょ?」



「おまえが館(やかた)の外(そと)は物(ぶっ)騒(そう)だと言(い)って、

 メノーのやつが連(つ)れてったんだよ。


 俺(おれ)は館(やかた)の護(ご)衛(えい)じゃねえぞ。」



「あなたに護(ご)衛(えい)を任(まか)せようにも、

 子(こ)供(ども)を追(お)いかけられない上(うえ)に

 足(あし)元(もと)も覚(おぼ)束(つか)ないのだから。


 連(つ)れ歩(ある)くだけで品(ひん)位(い)を損(そこ)ねるわ。」



「くっ!」



「無(な)いも同(どう)然(ぜん)の信(しん)用(よう)は、

 これからの行(こう)動(どう)で示(しめ)せばいいわよ。」



ハーフガンと呼(よ)ばれた男(おとこ)。



挿絵(By みてみん)



昨(さく)夜(や)の館(やかた)の脱(だっ)走(そう)時(じ)に酔(よ)って外(そと)で寝(ね)ていた

浮(ふ)浪(ろう)者(しゃ)のような中(ちゅう)年(ねん)男(おとこ)が、服(ふく)を新(あたら)しくし

姿(し)勢(せい)を正(ただ)して髪(かみ)を切(き)り整(そろ)えていた。



「せめて子(こ)供(ども)くらいは守(まも)りなさい。」



サンサになにも言(い)い返(かえ)せず、

彼(かれ)はわたしを睨(にら)みつける。



彼(かれ)の後(うし)ろに立(た)つ初(しょ)老(ろう)の男(おとこ)が咳(せき)払(ばら)いをした。



岩(いわ)のような顔(かお)つきに細(ほそ)い目(め)。



褐(かっ)色(しょく)の肌(はだ)に濃(こ)い日(ひ)焼(や)けをした小(こ)男(おとこ)。



挿絵(By みてみん)



白(はく)羊(よう)毛(もう)の長(なが)いコートを肩(かた)に掛(か)け、

裾(すそ)の短(みじか)いチュニックと黒(くろ)色(いろ)の帯(おび)布(ぬの)を巻(ま)く。



両(りょう)の手(て)首(くび)には豪(ごう)奢(しゃ)な黄(おう)金(ごん)の腕(うで)輪(わ)をしていた。



胸(むな)元(もと)の飾(しょく)緒(しょ)は長(なが)く4つに折(お)り束(たば)ねられ、

ひと目(め)で高(たか)い地(ち)位(い)の持(も)ち主(ぬし)と分(わ)かる。



顔(かお)には苦(く)労(ろう)と共(とも)に皺(しわ)が深(ふか)く刻(きざ)まれ、

少(すく)ない白(はく)髪(はつ)を生(は)やした荒(こう)涼(りょう)とした頭(あたま)は

見(み)事(ごと)な半球形(ドーム)で、陽(よう)光(こう)が反(はん)射(しゃ)する。



男(おとこ)は持(も)ってきた分(ぶ)厚(あつ)い本(ほん)をテーブルの足(あし)元(もと)、

玉(たま)石(いし)の上(うえ)に捨(す)て置(お)く。



「ごきげんよう。マルフ総(そう)督(とく)。


 手(て)紙(がみ)一(ひと)つで突(とつ)然(ぜん)呼(よ)び出(だ)して悪(わる)いわね。

 待(ま)ってたのよ。」



――総(そう)督(とく)?



彼(かれ)の肩(かた)書(が)きにわたしは静(しず)かに驚(おどろ)いた。



――それって偉(えら)いひとよね?



サンサは『たいしたお客(きゃく)さんではない』と

言(い)っていた、目(め)の前(まえ)に立(た)つ総(そう)督(とく)とは、

都(と)市(し)で高(たか)い地(ち)位(い)を持(も)つ役(やく)職(しょく)の貴(き)族(ぞく)だった。



「今(こん)回(かい)も、困(こま)った問(もん)題(だい)を引(ひ)き起(お)こして

 くれたものだな。」



マルフという男(おとこ)は怒(いか)りを見(み)せている。



「あれでは鼠(ねずみ)共(ども)がまた火(ひ)を放(はな)つだろう。」



「今(こん)回(かい)のはただの残(のこ)り火(び)よ。


 これで火(か)災(さい)にでもなれば

 エイワズの保(ほ)険(けん)屋(や)が儲(もう)かるわね。


 スーに椅(い)子(す)を引(ひ)かせましょうか?」



「その必(ひつ)要(よう)はない。


 総(そう)督(とく)なら相(そう)応(おう)の覚(かく)悟(ご)をせねばならん。」



テーブルを挟(はさ)み、

目(め)の前(まえ)の椅(い)子(す)に荒(あら)々(あら)しく座(すわ)るマルフ。



サンサはハーフガンを横(よこ)目(め)にする。



彼(かの)女(じょ)はなにも言(い)わずに顎(あご)を前(まえ)に出(だ)し、

ハーフガンに去(さ)るように促(うなが)した。



彼(かれ)は去(さ)り際(ぎわ)までわたしを睨(にら)みつける。



――嫌(きら)われたのね…。



わたしは彼(かれ)に不(ふ)名(めい)誉(よ)を与(あた)え、

恨(うら)まれてしまった。



ハーフガンが去(さ)ったのを見(み)て、

サンサは膝(ひざ)に掛(か)けていた赤(あか)い布(ぬの)を

裏(うら)返(がえ)しのトレイの上(うえ)に置(お)いた。



「スー。

 これを頼(たの)めるかしら。」



「ニクス。そっちを広(ひろ)げて。」



スーに言(い)われて意(い)味(み)を理(り)解(かい)し、

わたしはアルの後(うし)ろに立(た)った。



マルフが伏(ふ)し目(め)がちに

スーを見(み)ているのが気(き)になる。



わたしは布(ぬの)の両(りょう)端(たん)を持(も)って腕(うで)を広(ひろ)げ、

トレイをテーブルの天(てん)板(ばん)ごと

布(ぬの)を覆(おお)い被(かぶ)せた。



「光(ひか)って見(み)えるね。」スーが言(い)う。



「どう?

 飾(しょく)緒(しょ)に使(つか)われるシルクを、

 織(お)って染(そ)めたものよ。」



マルフは椅(い)子(す)を立(た)ち上(あ)がって布(ぬの)を見(み)た。



建(たて)物(もの)の日(ひ)陰(かげ)の中(なか)でも

僅(わず)かな光(ひかり)で波(なみ)打(う)つ生(き)地(じ)が光(こう)沢(たく)を作(つく)り、

わたしもその美(うつく)しさに目(め)を見(み)張(は)った。



「遥(よう)遠(えん)代(だい)より昔(むかし)、

 古(こ)代(だい)から織(お)られていたのだけれど、

 エルテル領(りょう)で10年(ねん)かけてようやく

 生(せい)産(さん)技(ぎ)術(じゅつ)の確(かく)立(りつ)ができたのよ。


 織(お)り方(かた)も工夫(くふう)してるのよ。」



「エルテル風邪(かぜ)のせいだろう。

 しかし…むぅ…見(み)事(ごと)なもんだ。」



怒(いか)りを見(み)せていたマルフも布(ぬの)に触(ふ)れ、

滑(すべ)る指(ゆび)先(さき)の感(かん)覚(かく)に口(くち)元(もと)を緩(ゆる)ませる。



「量(りょう)産(さん)が整(ととの)ったからと言(い)って、

 養(よう)母(ぼ)のベリーが館(やかた)に

 送(おく)りつけてくるのよ。」



サンサは、東(ひがし)にあるエルテル領(りょう)の養(よう)女(じょ)。



スーや本(ほん)人(にん)から説(せつ)明(めい)を受(う)けても

わたしは信(しん)じられずにいる。



「これは美(うつく)しいな…。」



宝(ほう)石(せき)を砕(くだ)いて散(ち)りばめたかのような

この美(うつく)しい生(き)地(じ)を目(め)にして、

マルフは静(しず)かに息(いき)を呑(の)み、感(かん)嘆(たん)する。



「大(たい)陸(りく)でもこの布(ぬの)を巡(めぐ)って、

 戦(せん)争(そう)も起(お)きるほどよ。


 帰(かえ)りにでも差(さ)し上(あ)げるわ。


 アイリアも気(き)に入(い)るはずよ。」



「あぁ。確(たし)かにこういう物(もの)は好(す)きそうだ。


 それにサンサを相(あい)手(て)に

 妬(ねた)まれても困(こま)る。」



「酷(ひど)い言(い)いようだこと。」



サンサは口(くち)元(もと)を手(て)で隠(かく)し、

微(び)笑(しょう)を浮(う)かべるのを見(み)て、

わたしは彼(かの)女(じょ)へさらに不(ふ)信(しん)感(かん)を抱(いだ)く。



彼(かの)女(じょ)はテーブルの天(てん)板(ばん)下(した)の網(あみ)棚(だな)から、

二(ふた)つの小(こ)箱(ばこ)を取(と)り出(だ)した。



「ここまで来(き)たのなら、

 札(ふだ)遊(あそ)びに付(つ)き合(あ)って貰(もら)うわよ。


 スー。渡(わた)して。」



「はい。」



サンサの左(ひだり)横(よこ)に立(た)っていたスーが、

受(う)け取(と)った箱(はこ)をマルフの前(まえ)に置(お)く。



小(こ)箱(ばこ)の中(なか)から、

手(て)のひらほどの革(かわ)の束(たば)が出(で)てきた。



「遊(あそ)びに来(き)たわけではないぞ。」



「わたしからの誘(さそ)いを断(ことわ)るなんて、

 恥(はじ)を掻(か)かせたいわけね。


 勝(しょう)負(ぶ)に負(ま)ける前(まえ)に。」



その一(ひと)言(こと)で娼(しょう)婦(ふ)に侮(ぶ)辱(じょく)されると、

マルフも強(つよ)くは断(ことわ)れずにいた。



スーが微(び)笑(しょう)している。



「サンサ相(あい)手(て)とはいえ、

 わしは手(て)加(か)減(げん)せんぞ。


 …これは羊(ひつじ)か?」



「普(ふ)通(つう)の羊(よう)皮(ひ)紙(し)よ。

 透(す)かし防(ぼう)止(し)で肉(にく)面(めん)を染(そ)めているの。」



「肉(にく)面(めん)を? 表(おもて)面(めん)でもなく?」



箱(はこ)から取(と)り出(だ)した札(ふだ)を見(み)て、

マルフは塗(ぬ)られた肉(にく)面(めん)を青(あお)空(ぞら)に翳(かざ)す。



サンサも札(ふだ)を取(と)り出(だ)し、

わたしは西(にし)側(がわ)の席(せき)に立(た)ってそれを見(み)ていた。



札(ふだ)に描(か)かれた数(すう)字(じ)や記(き)号(ごう)の反(はん)対(たい)側(がわ)の面(めん)は、

全(すべ)て濃(のう)紺(こん)色(いろ)に染(そ)められていて、

相(あい)手(て)から透(す)かし見(み)られる心(しん)配(ぱい)はない。



「従(じゅう)来(らい)の羊(よう)皮(ひ)紙(し)の製(せい)法(ほう)だと、

 どうしても体(たい)表(ひょう)側(がわ)に捲(めく)れてしまって、

 札(ふだ)として使(つか)いものにならないの。


 これはソーマが作(つく)ったとされる技(ぎ)法(ほう)よ。」



羊(よう)皮(ひ)紙(し)は通(つう)常(じょう)、体(たい)毛(もう)の生(は)える面(めん)を

表(おもて)面(めん)にしてインクを載(の)せる。



マルフは製(せい)法(ほう)の説(せつ)明(めい)には興(きょう)味(み)を示(しめ)さず、

札(ふだ)を眺(なが)めてさらに目(め)を細(ほそ)めて頷(うなず)く。



「持(も)ってる気(き)がせん。


 なるほどな。


 片(かた)手(て)で持(も)てれば、

 いつもの札(ふだ)立(た)ても要(い)らんか。


 男(おとこ)は機(き)能(のう)を重(じゅう)視(し)し、

 女(おんな)は軽(かる)く小(ちい)さなものを

 常(つね)に求(もと)めるようだな。」



「なんでも男(だん)女(じょ)に分(わ)けたがるなんて、

 マルフはいまでも男(おとこ)らしさを

 誇(こ)示(じ)したいのかしら?」



失(しつ)礼(れい)な疑(ぎ)問(もん)を抱(いだ)くサンサに対(たい)し、

横(よこ)のスーが静(しず)かに言(い)った。



「サンサ、下(げ)品(ひん)は禁(きん)止(し)だよ。」



「まだ言(い)ってないわよ。」



サンサは言(い)って笑(わら)っている。



「マルフはまだ若(わか)いつもりね。


 そんなお年(とし)頃(ごろ)でもないでしょ。」



「ふんっ。

 サンサの前(まえ)では

 いつでも若(わか)いつもりでいるさ。」



「それならもっと精(せい)励(れい)して貰(もら)わないと。


 総(そう)督(とく)としてね。」



サンサは手(て)にした札(ふだ)を

台(だい)となっている裏(うら)返(がえ)したトレイの手(て)前(まえ)、

テーブルの隙(すき)間(ま)に数(すう)字(じ)の順(じゅん)に並(なら)べていく。



羊(よう)皮(ひ)紙(し)には数(すう)字(じ)と図(ず)柄(がら)が描(か)かれた札(ふだ)と、

記(き)号(ごう)が描(か)かれた札(ふだ)と種(しゅ)類(るい)がある。



「わしの札(ふだ)の紋標(スート)は剣(けん)と盾(たて)か…。

 戦(せん)場(じょう)に出(で)んわしには似(に)合(あ)わん札(ふだ)だ。」



「マルフにお似(に)合(あ)いの男(おとこ)の紋標(スート)よ。


 この女(おんな)の札(ふだ)と交(こう)換(かん)しましょうか?」



「いや、よい。


 意(い)地(じ)悪(わる)なサンサからの贈(おく)り物(もの)だ。」



「手(て)厳(きび)しい言(こと)葉(ば)ね。」



サンサは口(くち)元(もと)を隠(かく)してまた笑(わら)った。




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